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第3話 天弓アマノカゴユミ

 生成される魔力は、通常。されど、奉納された信仰と魔力は、既に常識の圏外を突破している。

 ゆえに、必定。これより先は、初めから終わりである。

 女が柏手かしわでを打ち鳴らした。

 その瞬間、ヨウヒメの身体を魔装が包み込む。

 現出した莫大な魔力が部品となって彼女の周りを包み込む。纏っていた衣装が消えて、鳥居のような術式陣が広がりを見せて彼女の姿を隠した。

 高速回転する術式に合わせて部品が組みあがって行く。

 それは極東における巫女服にも似た物。しかし、それは戦装束である。左右非対称の軽武装。その左腕の篭手には弓が接続され、腰には矢筒が組みあがる。

 そして、高らかに宣誓を告げるのだ。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我が天弓アマノカゴユミよ!! 我が心を燃焼させ、我が魔装は駆動する――!!」

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 超常の力が彼方の空より現出する。これが魔族が畏れられ、この大地を制覇するに至った理由。上位魔族しか扱えぬ魔装の次なる段階。

 数十メートル、あるいは数百メートルにも及ぶ超巨大武装。

 それは、超巨大な弓だ。大地を、世界を穿たんとばかりに巨大な得物が現出する。

 如何な上位魔族であろうとも、これを戦いの場で出すことなど稀だ。そこまで魔心臓は加熱せず、意気は燃焼しない。

 これと相対するならば、同様のものを出す以外にない。

 戦の先端において出すことなど不可能。

 彼女――ヨウヒメのような特別でもない限りは。

 彼女は特別だ。なぜならば、極東と呼ばれる閉鎖特殊環境において異常発達した術式技術がある。

 それはいわば信仰だ。主と仰いだ者に、魔力を奉納する。それによって莫大な魔力を常に溜めておけるのである。

 九つの尾に蓄えられたその魔力、実に莫大。

 神滅魔装の展開を常時可能とするほどに。

「さあ、どういたしますツァリーヌ」

 神滅巨人闘争だ。これより先、真なる闘争が始まる。

 勇者アルスでは行えぬ、魔族としての黄昏の闘争(ラグナロク)が。

 だが、相対するツァリーヌには可能か? 否、不可能だ。

 そうヨウヒメは断ずる。

 高揚が更なる力を呼ぶ。意気高揚。魔力を発生させる魔心臓は高揚にて拍動する。

 激昂が力となり、高揚が強く、何よりも強く力になる。

 心を燃焼させることで、魔装は駆動する。

 なればこそ、常態で冷めている彼女には不可能。

 そう断定するのが常道。

「――いいえ」

 しかし、彼女ツァリーヌは否定する。

 なぜならば、この身は既に燃えている。何よりも強く、熱く、燃えている。

 魔心臓は何よりも強くその高揚に合わせて速く、速く鼓動を刻んでいる。 

 生成される魔力は既に、通常時の数十倍以上。

 彼女が持つ杖が回転する。彼女の広げた腕の間で、それは速くまるで鼓動がもっと速くなれと言わんばかりに回転する。

 衣装がはじけ、魔法言語が円陣となって彼女の身体を覆う。

 現出するは彼女の魔装。戦装束にして、花嫁衣装。

 漆黒に包まれていた彼女の衣装は、弾け今や純白のそれに変わった。

 鎧もなく、重武装もない。拡張された魔法杖と伝統的な魔法衣装。例えるならば、白い死神。

 純白に走る死の紋様が何よりも強く彼女が死の眷属であることを告げている。

 そして、高らかに告げる。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我が魔杖ケリュケイオン!! 我が心を燃焼させ、我が魔装は駆動する――!!」

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 そう、これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 超常の力が彼方の空より現出する。これが魔族が畏れられ、この大地を制覇するに至った理由。上位魔族しか扱えぬ魔装の次なる段階。

 数十メートル、あるいは数百メートルにも及ぶ超巨大武装。

 それは、超巨大な杖だ。大地を、世界を支配せんとばかりに巨大な得物が現出する

 ヨウヒメのように特別はない。だが、この心は燃えている。

 ならばこそ不可能などありはしない。心を燃やして魔装は駆動する。

 燃える心があるならば、高揚する意気があるならば。

 神滅を成さんと魔装は来る――。

 何より恋する乙女は無敵なのだ。

 恋の情動は、世界の条理を超えて魔装を駆動させるのだ。

「ならば良し――」

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 戦乱の世であっても実現しなかった、神滅魔装同士の戦い。

 真なる恋愛闘争ラグナロク

「あなたに私の愛しい人は渡しません」

(わたくし)は、あの人が欲しいんですの。サルファー、カルナルス。あのもののふを打ち破った雄。手元においてきたいではありませんか」

 魔族は強い者に惹かれる。強い者を自らの雄にしたい。

 それは、魔族の本能だ。

『だから――』

『勝負――』

 だから、恋する乙女は全力を尽くすのだ。

「十将軍が一人、杖のツァリーヌ」

「十将軍が一人、弓のヨウヒメ」

 これより先、何人たりとも邪魔すること能わず。

 たとえ、愛しの男であろうとも、この闘争に参加することは出来ない。

『参る――』

 神滅魔装の真なる姿が展開し、闘争が始まる。

 歩くだけで大地が揺れ、暴風が吹き荒れる。住人達はそれらを羨望の瞳で見ながらも蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 如何に魔族であろうとも、神滅魔装の戦いに巻き込まれれば死ぬ。それほどまでの圧力があった。

 互いに目の前に来る。にらみ合うかのように神滅魔装の装甲をぶつけ合って飛翔を開始する。お互いに距離をとるように、アマノカゴユミとケリュケイオンは飛翔する。

 見上げるほどに巨大な人型が飛翔する。信じられないような光景であるが、事実だ。

 神滅魔装同士の戦い。それを住人たちは、逃げ惑いながらただただ見上げる。

 莫大な魔力の奔流を引き起こしながら上昇していく二体の神滅魔装。

 円を描くように飛翔し、互いに距離を開いていく。

 なぜならば、この二体は遠距離で戦うタイプであるからだ。弓と杖。物理と魔法による遠距離砲撃戦闘。それが彼女たちの戦いだった。

「では、行きますわよ」

 当然のように先に動くのはヨウヒメにアマノカゴユミだ。

 彼女の意思に従って、アマノカゴユミは左腕に折りたたまれるように接続された弓を展開する。

 それだけで雲が引き千切れ生じた暴風が大地を薙ぎ払う。

 展開された弓に魔力弦が張る。アマノカゴユミがそれを引き絞る。

 生じる矢。莫大な魔力が圧縮され、矢の形へと成形される。莫大な魔力の奔流にばちりばちりと光がはじけ、世界が揺れるようだった。

 矢先から出た術式陣が高速回転を始める。幾重にも重なった術式陣が個別に回転を開始する。

 それぞれが矢の加速、弾道誘導を可能とする魔法だった。

「穿ちなさいアマノハバヤ」

 強く引き絞られた弦の鳴りが響く。

 幾重にも術式陣を突き破る綺羅綺羅しい破砕音と共に矢は真っ直ぐ飛翔する。

 大気の壁を打ち破り、音を越えて、光を越えて飛翔する矢。

「――――っ」

 ツァリーヌはそれを躱すべく高速機動に入る。

 大気を引き裂いて飛翔するケリュケイオン。爆音が鳴り、衝撃波が山を崩す。

 防ぐ手段は今はない。神滅魔装の展開により、ツァリーヌの魔力は減少している。本来の戦いをするにはもう少し時間を要するのだ。

 だが、それもすぐだ。高揚は過去最高。恋に心は今も燃えている。

「たとえ、どのように不利であろうとも」

 元来、アマノカゴユミとケリュケイオンの相性は悪い。それは今、言った通りだ。 

 双方の特性もさることながら、戦闘方法時点で攻撃の速度に差がある。速いことはそれだけで強い。

 相手よりも速く攻撃できるという事は、それだけで強さになりうるのだ。

 ツァリーヌの武器は魔法だ。術式を使用して魔法を発動させるまでの工程は三つ。

 術式の展開。

 術式の解凍。

 術式の発動。

 その三工程。

 しかし、アメノカゴユミの攻撃に必要なのは矢をつがえて放つことの二工程。

 術式は矢をつがえると同時に発動する。その分速い。

 放たれる矢の雨。

 躱し、いくつかを杖で弾く。弾かれた矢は大地を穿ち山を抉る。

 その衝撃は、いくつかの装甲を削り魔力の粒子を生じさせた。

 ツァリーヌを襲う衝撃は強い。装甲が薄いとはいえど、神滅魔装としての魔力密度はほとんど同等。それどころか、術式特化型であることを考えれば相当に硬い。

 術式防御は導入されている。だが、それすらも越えてくる衝撃は強くツァリーヌの骨を揺さぶる。

「どんだけ、攻撃特化なんですか!」

 それはアマノカゴユミがそれだけ攻撃に特化していることを示す。

 相手は防御を一切考えていない。攻撃力に全振りしている。だから、通常弾幕であってもそれなりに痛い。

 だが、

「だからこそ、私の心は燃えるのです――」

 困難大いに結構。もとより困難があればあるほど燃えるのが魔族の本能。

 ツァリーヌも例外ではない。意気は高揚し、高揚に合わせて魔心臓は速く強く駆動する。

「行きますよ」

 受け続けてきた分を返すようにツァリーヌの意思に従ってケリュケイオンが反撃へと転ずる。

 手にした杖を前に、巨大な術式陣が展開される。

 天空高くに広がる術式陣。幾重にも重なった円陣となった魔法言語が高速で回転する。

「来い、ですわ――」

 それでこそだと言わんばかりに、ヨウジメの魔心臓も鼓動を速めていく。徐々に高まる高揚。久方ぶりに忘れていた高揚に魔力が滾って行く。

 九つの尾が、耳が震える。

 逃げる選択肢などありはしない。ツァリーヌがやるというのであれば、それを正面から受けるのが筋というものだ。

 ゆえに、弓を引き絞る。九つの副腕が背中より展開され、それぞれが大弓を構えて矢を引く。

 計五つの大弓が引きしぼられ長大な術式陣を現出させた。

「天墜せよ、星落し――」

「穿ちなさい、彗星の矢――」

 同時に一撃が放たれる。

 術式陣より現出する燃え盛る焔。

 それを迎撃するは五つの矢。一つの大矢と四つの小矢が混ざりあい一つの矢と化して飛翔する。

 激突し生じる衝撃波が遥か遠くにそびえる霊峰を削り取って行った。

 結果は相打ち。互いの技は互いに打ち消し合った。

 その結果を確認する前に、ツァリーヌは動いている。魔法弾を放ちながら次の魔法を構築して行く。

 アマノカゴユミに撃ちこまれる魔法弾。

 ヨウヒメは加速する。天高く縦横無尽に飛翔して自らに迫る魔法弾を躱していく。障害物のない空戦だ。何も気にすることなく加速を続ける。

 無論、その高速機動中であっても戦闘行動は可能だ。神滅魔装はありとあらゆる条理を超える。

 大気の壁だろうが、慣性であろうとも、何ら意味を持たない。術者本人が必要ないと思えば、それらは役目を終える。

 ゆえに、何者も加速を遮ることはなく、加速しながらも振り返り、砲撃をお返しすることができる。

 副腕の弓の後部が展開される。それは弓ではあるが、同時に多重砲撃装具でもあるのだ。小さく簡易化された弓に矢の砲弾が装填される。

 発射のトリガーは主腕の弓の弦だ。弦を引くことで、一瞬にして数十を超える矢が放たれる。

 大気中を矢が飛翔する。縦横無尽に異常な軌道で矢は飛翔する。追尾などないが、無茶苦茶な軌道の矢の大群を躱すことは難しい。

「だったら、この身で受けます!」

 高揚し莫大な魔力を吐きだし続ける魔心臓。その魔力を惜しみなく防御術式へとつぎ込む。

 一瞬にして生じる堅牢な光壁。次の瞬間には、数十の矢がそれに直撃した。

 弾幕弾と言えどもその威力は凄まじい。多重展開した術式防御のいくかを貫いて行った。だが、ケリュケイオンの装甲に傷はない。

 全て防いだ、そして、その分だけ意気は滾る。

 術式防御につぎ込んだ以上の魔力を生み出し、攻性術式へと繋げる。

 両腕を広げるケリュケイオン。雲を引きながら広げた両腕の間で杖が回転し、竜巻を引き起こしながら術式陣を展開させる。

 それを邪魔すべく放たれる矢の全てを防壁で受ける。

「相変わらず硬ったいですわねえ!!」

「相変わらず攻撃に全振りし過ぎですよ!」

 そう言いながら攻撃術式を起動する。ケリュケイオンは防御特化だ。攻撃術式のバリエーションは少ない。

 だが、その分だけ防御に振っている。どんなに邪魔されようとも確実に発動できる。

 砲身を形成する術式陣。その中を光線が走る。

 極大の光線。ケリュケイオンが持つ攻性術式の中でも、最大級の貫通性能を持つ。

 防御の薄いアマノカゴユミにとってはただでさえ防御性能がないというのに、貫通性能の高い術式。

「きちんと、追尾性能つきです」

 ゆえに、逃がさない。

「逃げる? 冗談ですわ」

 逃げる気などない。困難上等。魔族とはそう言うものだ。窮地であれば窮地であるだけ、眠った力を目覚めさせるのだ。

 だからこそ、人間が魔族に勝てなかった。

 九本目の副腕が稼働する。弓を持たぬがゆえに、その副腕が持つのは唯一の近接兵装。

 片刃の刀身を持つ刀。黒曜に輝く刃が翻る。

 ただの一振りで術式が分解され光線が拡散する。

「ちょ、術式分解刀って、それ本来攻撃兵装でしょ!?」

「攻撃こそが、最大の防御ですわ!」

 本来ならば相手の術式防御を消し去り切り裂く為の兵装を防御に転用していた。

 そして、それを矢にして放つ。

「ぐ――」

 術式防御を貫通してそれは容易くケリュケイオンへと突き刺さる。

 左腕肩口に突き刺さり、その先の機能を破壊する。修復しようにも術式を流せばその端から全て破壊していく。

 抜かない限りはどうしようもなく、そして、

「抜かせませんわよ!」

「しまっ――」

 次なる一射にヨウヒメは入っている。

 主腕の弓を極限まで引き絞った、アマノカゴユミはケリュケイオンの目の前にいる。

 零距離射撃。厚い装甲も術式防御も、この距離ならば貫通できる。

 容赦なく放つ。ケリュケイオンの機関部分に。そこにいるツァリーヌを貫くように。

「まだ――!」

 まだやられるわけにはいかない。あの人にまだ何も伝えていないのだから。

 だから、ケリュケイオンはその意思に従って身体を捻る。

 わずかではあるが狙いは反れた。ツァリーヌを貫くはずの矢は彼女の左半身を抉るにとどまる。

 ――リッチで良かった。

 そう霞む視界を莫大な魔力でつなぎとめる。意図的に神滅魔装を解除して、その為に生じた莫大な魔力で死を繋ぐ。

 魂はとっくの昔に枯れ果てて、燃えるは死の続きだ。

 死を繋ぎ、そのまま疾走する。放たれた矢を抜けてアマノカゴユミの胸部へと乗り移る。

「はぁぁ」

 深く息を吐くと同時に抉られた左半身から血が噴き出す。

 だが、それでいい。

 それは深く、相手へと浸透する。

「ちょ、それは――」

 不死の血は死者の血だ。ゆえに、そこに宿る濃密な死を魔力で高めてやる。術式としては初歩の初歩。ゆえに、発動を遮る間もなく発動する。

 そうすれば、相手の神滅魔装に亀裂が走る。機関部に穴が開き、内部のヨウヒメと相対する。

「くっ――」

 弓を構えるがもう遅い。

 既に術式は完成している。莫大な魔力で組み上げた鉄槌が堕ちる。 

 砕けるアマノカゴユミ。そして、術式がヨウヒメを貫いた――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ここが、(わたくし)の治める街ですわ」

「ほう」

 アルスには見たこともない風情の街だった。木製の高さの低い家々が建ち並ぶ街だ。

 理路整然とした街並み。碁盤目のようになっているという。

 極東式というものらしい。ヨウヒメの出身である極東にあるという島国の街をそのまま持ってきたもの。

 通りは多くの魔族たちが行き来して、露店の商人たちは彼らを呼び込もうと大声を張り上げている。

 活気で溢れる街だった。

「しかし、被害がさほどないな」

 先ほどのツァリーヌとヨウヒメの戦いの被害はまったくと言ってよいほど感じられない。少なくとも凄まじい余波であったがどういうわけかあまり被害はないようであった。

「街には防御術式が組んでありますわ。ですので、あの程度ならば被害にはなりません」

「そうか」

 その代わりに遠くの山々などは凄まじい有様だ。地形が変わっているし、山が出来ていたり谷が出来ていたり。

 果ては新しい湖などが出来ていたりと凄まじいことになっていた。

 そんなことができるものを斬らねばならない。未熟なアルスには厳しいどころではない話だった。

「しかし、なぜ戦ったのかね」

 この街の入り口で待ち構えていたヨウヒメたちにアルスが歓迎を受けた時、ツァリーヌに彼女が気が付いた瞬間に、どういうわけか始まった戦い。

「あら、それを女の口から言わせますの? まあ、一応負けた身ですので、特に何かしらしようとかありませんので」

「そうか」

 戦いの勝者はツァリーヌだった。最後に立っていたのが彼女だ。だが、彼女は左半身を抉られた為に現在療養するために医院に放り込まれていた。

 そのために案内はヨウヒメがやることになり、酷く嘆いていた。

「お前は良いのか」

「あら、心配してくださいますの? ご心配なく。身体が抉られたわけではありませんし、なにより獣人ですので、ただの魔族よりは強靭ですの。まあ、向こう数年分の魔力を使いきってしまったので、しばらくはこういうこともできませんが」

「そうか」

「それと、カルナルスの領地の管理はこちらからその手の者を派遣いたしました」

「助かる」

 街をもらったは良いが、統治などする気もなかったので適当に任せてきたが専任の者がいるならばそれに任せた方がいいだろう。

 そう思い頼んだのだ。魔王の治世は平穏だ。それを乱している自覚はある。

 勇者の役目であるためにそれで止まる気などないが、一応の後始末はすべきだろう。自分の起こしたことの始末はつけなければならない。

 そのための魔王討伐。そのための統治者の派遣だ。

「で、魔王を殺す為にお前を斬る必要があるなら、そうしたいのだが」

 魔王を討伐するために十人の将軍を倒さねばならない。そのために斬る必要があるのであれば、目の前のヨウヒメもツァリーヌも斬る。

「斬りたいのであれば、どうぞ。ですが、それをやっても意味はありませんわ。真に必要なのは、私たちが持つ、宝珠を破壊することですから」

 そう言って彼女は赤い玉を懐から取り出して見せた。

(わたくし)たちの魂に根差したものですが、こうやって取り出せば所有者の命を奪わずとも破壊できます。どうぞ」

 手渡されたそれを放り投げ切り裂く。硝子玉を斬ったかのような感触ですっぱりと斬れて風化して風に乗っていった。

「これであと七人か」

「ええ、剣、鎌、槌、本、銃、杖、拳。まあ、杖はツァリーヌですので、彼女に言えば破壊させてくれるはずですわ」

 ならばあと六人か。全員斬り、魔王を倒す。

「お前は魔王を倒すことに何も思わないのか」

「ええ、あなたに倒されるのであればあなたが凄かった。ただそれだけのことですわ。それに魔王様は強い。(わたくし)やツァリーヌ以上に。十将軍を束ねても勝てないほどに強い。ですので、どうぞ、遠慮なく戦いを挑んでくださいまし」

 なにせ、久方ぶりの動乱である。戦だ。最後に人間が挑む、おそらくは最後になるであろう戦。

 とても楽しいのだ。平穏は確かに尊ぶべきものだろう。

 だが、魔族にとっては歓迎すべきものではない。

 闘争の日々。血沸き肉躍る戦い。これこそが、求めるもの。魔族としての本能が望む全て。

 神々に挑み、全てを崩壊させる黄昏の種族の在り方。

「だから、あなたの存在を我々は歓迎するのですわ」

「…………」

 ようは、お楽しみになわけだ。全力のお遊びともいえる。

 脅威をこそ歓迎する。魔族とはそういう窮地や脅威の中でこそ輝ける。

 だからこそ、歓迎なのだ。アルスという存在。敵という存在を魔族は歓迎する。

 例え魔王が死んだとして何も変わらない。

 いや、むしろ望むところではあるかもしれない。

 魔王が死ねば、次の魔王を決めるべく戦いが始まるだろう。

 魔王とは最も強きもののことだ。ゆえに、闘争が始まる。

「ああ、それこそ、望むべきことかもしれませんわね」

 平穏も良い。その意味は良くわかっている。

 だが、どうしようもなく魔族と言うものはその平穏を望まない。

 魔族の本能は常に闘争を、上を目指す。

 次の相手、次の相手、次の相手。

 より強い相手を求めて魔族は前進する。

 振り返ることなく、ただただ前に進み続けるのだ。

 ありとあらゆる分野で、それは行われる。

 政治も、経済も、武術も、ありとあらゆる分野にて魔族は前に進む。

 滅びが全てを呑み込むまで止まることはないだろう。

「ですので、是非とも勝って下さい」

「善処しよう」

「ふふ、流石は勇者様と言った方がよろしいかしら」

 それほど上等なものじゃない。そうでなければ、今この時このようなところにいないだろう。

 なにせ、友人が殺されていても、仕えた王が殺されていても、敵討ちをしようともしない男だ。

 希望になれなかったただの塵屑に何を言うのか。流石などと言われる身ではない。

「あら、そう言われるのはお嫌いみたいですわね」

「そうでもない」

「隠さなくてもよろしいですわ」

「そうか」

 別段どうでもよい。

「ふむ、まあ、良いですわ。ねえ、あちらの団子屋でお団子でもどうかしら」

「団子とはなんだ」

「甘いお菓子ですわよ」

「菓子?」

 そんなものはとんと聞いた覚えがない。

「ふふ、あなたならば気に入ると思いますわよ。さあ、どうぞ。人間の世では味わえなかった味を味わう。そんなのも良いのではなくて? あなたは誰が何というと勇者であり、勝利しているのですから」

「…………」

 ――勝利とはなんだ。

 それは人間の勝利ではないのか。個人の勝利が何になるというのか。

 それがアルスにはわからない。ただ人類の為に修業して勇者になろうとしてなれなかった憐れな男だ。

「まあいい」

 斬ればいい。目の前に現れる敵を斬って、斬って、魔王を倒せばそれでいい。

 その後のことなど考えるのは誰かがやるだろう。そもそも人間がいないのであればこの身のみ考えればいい。

 ならば何も考えず斬る。他を捨ててこそ、非才で未熟で弱い己は魔王に届かないのだから。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「土産だ」

 アルスから差し出された土産は団子。ヨウヒメが選んだであろうものだった。

「ありがとうございます」

 少し複雑ではあるが、アルスから貰えるものだ嬉しいに決まっていた。

「あと、これを」

 紫色の玉。魔王の城へ向かうためのもの。

「ああ」

 アルスはそれを砕く。ほれぼれとする剣技だ。

「あと六人か」

「はい、ですが彼らは私たちと違って戦うことを好むでしょう」

 このようなことはもうない。女の身だからこそ、今回のようなことが起きたが、他は全員戦いを好む者らばかりだ。

「そうか。まあ、二人斬る手間が省けたと思っておこう」

「あはは……」

 ――これ本気で言ってますよね。

 なぜヨウヒメと戦ったのかもまったくわかっていないだろう。

 ――そりゃ思いなんて伝えてないですけど、少しくらいは察してくれてもいいんじゃないでしょうか。

 そう思うがまあ、良いだろうともツァリーヌは思うのだ。

「では、行く」

 そして、彼はそのまま行こうとする。土産を渡して見舞いの義理は果たしたとでも言わんばかりだ。

 どこまでついていくかとか相談してなかったので、動けないのであれば別れるのは当然だろう。

「あ、ちょっ、ちょっと待ってください。治ってますから、私もついて行って良いですか?!」

「ついて来たいのなら勝手にしろ」

 敵対しないのであれば斬らない。敵対すれば斬る。

 絶賛敵対中の人間と魔族という構図であるが、そこら辺、どういう判断をしているのだろうか。

 あるいは自分だから? とかちょっと乙女なことを考えてもいいのだろうか。

「はいどーん」

「ぐえ」

 などと思っていると窓からヨウヒメが飛び込んでくる。その姿は旅装。

(わたくし)もついていきますわよ。こんな楽しそうなこと逃せませんもの」

「勝手にしろ」

「ちょっ!?」

 ――ああ、やっぱり何も考えてないのが正解だこの人。

 落ち込むが落ち込んでもいられない。

「あなた、なんで一緒に来るなんて言ってるんですか。領地はどうするんです」

「ああ、コウジに任せました」

 彼女の従士長だったはずだ。

「おじょうさまああああああ!?」

 ――何やら後ろの方で悲鳴が響いているが、アレじゃないことを祈ろう。

「一度は負けてますので、彼が選ばない場合は二番手で良いので、早いところいたしてくださいですわ」

「いた――」

 ――なんてこと言うんだこの人は!!

「あら? 不死種アンデットにはそういう事はありませんの?」

「あ、あります、ありますとも!」

 幸いなことにリッチの中でも特殊な部類のツァリーヌにはそういう機能もきちんと備わっている。だから問題はないはずである。

「なら良いではありませんか。あ、もしかしてやりかたがわからないとかではありませんわよね。さすがに――」

「…………」

「え、ちょっと、え? あの、嘘ですわよね」

「…………」

「自慰とかは? そういう艶本とか見たことありますの?」

「…………」

「…………」

 一瞬の沈黙のあと――。

「はあああああ!? あなた、あなた、あああ、もう、もうっ!! (わたくし)が認めた相手がこんな喪女って」

「うぅうう、言わないでくださいよ!」

 ――これでも気にしてますから。

「だまらっしゃいですわ! あなたそんなので良く(わたくし)の数倍も生きているって言えますわね。ああ、もうあなたがしっかりしないと(わたくし)が苦労することになりますわよ。というか、あまりしてると(わたくし)が一番になってしまいますわよ」

「だ、駄目です!」

「なら、しっかりしなさいな!」

 ――あれ、なんでライバルっぽいヨウヒメに心配されてるんでしょう。

 それどころか、なんで叱咤激励されているのだろうか。いや、魔族としては正しいありようだったりするわけなのだが。

「あなたが予想以上にダメダメだったからですわ。大方術式研究にかこつけて必要な事何もしてこなかったのではありませんの?」

「ぎくっ」

「図星ですわね。あなた女としての自分の価値がいかほどかわかっていますの? ゼロですわよゼロ」

 半眼で睨まれる。それから深いため息。

 ――あれ、なんでこんなことに?

「駄目そうですけと一応聞いておきますわ。料理は出来ますの?」

「…………」

 ギギギギギと顔をそらす。

「……洗濯は?」

「魔法で?」

「ご自分の手で」

「…………」

「掃除は? もちろんご自分の手で」

「…………」

 魔法頼りです。魔法がなければ何もできない自信があります、とは到底言える空気ではなく。

「はああああ」

 ――ああ、なんて深いため息。

(わたくし)がしっかりするほかありませんわね。はぁ、二番手で楽できると思ったのですけど、そういうわけにも行きませんわね。この調子なら」

「で、でも」

「はい、でもではありませんわ。あなたの女としての価値はほとんどゼロ。せいぜいがその胸くらいですが、そのくらいなら(わたくし)もありますので。しかも可変機能付き」

 貧乳、美乳、微乳、巨乳、虚乳、奇乳までなんでもござれ。狐系獣人の特性である変化の応用である。

「あなた、本格的に無価値ですわよ? あとは魔法ですけど、それ女の価値とはいいませんので」

「うぅぅぅぅううぅうぅぅ」

「はい、泣かない! はぁ、泣くくらい自覚があるのなら、少しは努力なさいな。良いですわね。まったく。さて、アルス様。って、いませんわ!?」

「ああ、アルスさんなら私たちが話している間に荷物持って出ていきましたけど」

「なんで言いませんのこのおバカ!」

「ヨウヒメさんが怖くて」

「ああもう! ほら、追いかけますわよ。あ、コウジあとは任せましたわ」

「おじょうさまああああああああ!?」

 絶望したような従士長を置き去りにして、ヨウヒメが飛び出していく。慌てて追う。


 そんな風に、勝手についてきたツァリーヌとヨウヒメを加えて、アルスは魔王を討伐するために、行く――。

今回は神滅魔装同士の戦いをお送りしました。

内容は女の戦いですけどね笑。


魔族という連中はとにかく強い奴が好きなので、人間なのに十将軍を二人も倒して超絶実力者認定されたアルスはとてもモテるということなのですが、本人はまったく興味がありません。


次回は、拳かな。予定は未定ですが。


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