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第2話 神槍グングニール

 砦を出た勇者。ぼろ布のような服とぼろ布の外套を纏って勇者は街道を歩く。

 良く整備された街道だった。土ではなく、何らかの加工がしてあるのだろう。

 灰色に舗装された道は凹凸もなくとても歩きやすい。

 かつて、この辺りは森の中であったことを考えれば進化と言えって差し支えないだろう。

 それが人間の手ではなく、魔族の手であることがとても残念で仕方がない。

 それもこれも己の非才が悪いのだ。満足な斬撃も出来ない非才で未熟なこの身が悪いのだ。

 だからこそ魔王を倒す。もはや仕えるべき主も国もどこにもいない。守るべき民も姫君も既に死に絶えた。既に人間は自分一人だ。

 この世は既に魔族の王道楽土。全ては敵。ならば是非もなし。

 もとより全てを斬ることこそが剣士の本懐にして剣の理。その高みへと至れるのであれば、思い残すこともないだろう。

 それが勇者として滅んだ世界に対する贖罪でもある。謝ろうとも思わん。いなくなった人間に何が出来ようか。

 これは自分勝手な自己満足に過ぎぬ。ただ魔王を殺す。そのためだけに費やした年月、その清算へと行くのだ。

「しかし、何もないとは」

 砦を落とし、魔族が支配する世界に足を踏み入れたは良いが想像に反して何もなかった。

 陽光はかつてと同じく大地を優しく照らしている。魔族に支配された全て破壊された想像図とは似ても似つかない平和そのものだった。

 陽光が照らし、小鳥がなく。なるほど、魔族がいても人間がいても世界というものは変わらないのだなとそんなことを思う。

 遠く雄大な霊峰はかつてとそんなに変わっていないだろう。せいぜいが中央に大穴が開いているくらいだ。向こう側から覗く太陽が中々良い景観を見せてくれる。

 森もかつてより小さくはなったが健在だ。道の整備と共に整えられたのだろう、森と道の境界は以前よりもはっきりしている。

 何よりも変わったと言えるのはここから見えるはずの城がなくなったことだろう。かつての人間が生きていた王都がいまはないのだろう。

 いや、より正確に言えば城はあるし、王都もそのまま改修されて使われているのだろう。かつて秘境に向けて旅立ったあの城はもうない。

 つくづく己の未熟というものを実感させられる。己に才があればと思わずにはいられない。

 夕刻まで歩けば、街に辿り着く。街の位置はかつての王都。城門はかつてここを出た時と変わらない姿を誇っている。

 変わっているのは、門の意匠とそこを警備する者たちと門の向こう側で生活する者たち。

 端的に言えば異形だ。角を持っていたり、尻尾や翼が生えていたりしているし、人型でないものもいる。粘着質なスライムがずりずりと巨体を引きずりながら自宅へ帰って行く様は思わず凄いと言うほどの光景だった。

「さて、どうしたものか」

 ここまで来たは良いが、何も考えていない。とりあえず、街に行ってみようとか思っていただけだ。砦に居た者は皆殺しにしたためアルスがここにいる事実はまだ誰にも知られていない。

 魔王を倒すという目的があるが具体的に何をどうするかなど考えていなかった。

 勇者になる前。騎士団時代は全て考えるのは部下に任せて自分はただ剣を振るってきたのだ。戦闘に関すること以外、考えることは得意ではない。

 とりあえず、隠し通路が生きているか確認し、そこから市中に入ろうかと思っていると、

「見つけた」

「む」

 突然、飛翔魔族の一団に取り囲まれる。肩などの衣服に刺繍された意匠は街の門にあるのと同じ。

 ということは、この街の警邏に類するものであろう。それにしては見目麗しい女しかいないのが気がかりであるがそういうこともあろう。

 見つかった。その事実だけが肝要。

 流れるように身体は動いた。腰の剣を抜き、年齢からは考えられないほどの踏み込みをして相手を斬ろうと疾駆する。

 飛翔魔族たちの驚愕が伝播する。淀みなく振るわれる剣筋に乱れなく、老年も佳境というべき人間の年齢において衰えも激しい時とは思える剣閃。

 それほどまでに冴えわたった剣技を見せる剣士の疾走は、ただ美しく驚愕とともに彼女らに伝播する。

 強い雄、雄々しい者というある種の本能に訴えかけるのだ。

 しかし、主命は果たさねばならない。

 完璧なる疾走は、もっともその行く末を見ることを望む彼女ら自身の手で止められることとなった。

「ようこそ、勇者アルス、辺境砦総督サルファーを倒した剛の者よ。あなたの来訪を心より歓迎いたします」

 そこに込められた感情は親愛と何よりも敬意。最敬礼で下げられる魔族一同の頭にアルスの動きも止まる。

「どうぞこちらへ。最上級の歓待をせよと仰せつかっております」

「……なんだ、これは」

 状況は不明であった。混乱がアルスを襲う。ここまでの混乱は久方ぶりであった。

「あなたはサルファー様に勝たれました。この歓待も当然です。どうぞ、こちらへ」

 敵意は感じない。少なくとも罠の類ではないだろう。

 そもそもアルス如きに罠を使ってどうするというのだ。圧倒的な物量差があるのだから、そのまま襲えばいいこと。

 如何にアルスと言えど人間なのだから物量で攻められればどうにもならなくなる時が来る。

 ならばついて行ってみるのも一興か。そう思いアルスは剣を収めた。

「では、行くか」

「はい、どうぞお手を」

 差し出される手を取る。人間と変わらぬ手だった。柔らかい女の手。誰かに触れあったのはいつ振りであろうか。

「ああ、班長ずるい!」

「職権乱用ですよ」

「だまらっしゃい! こんなにお強い方、主以外にはおられないのですよ。主が無理な以上、狙うのは当然です」

「うう、私たちだって狙っているのですよ! あの疾走、ああ、思い出しただけで濡れる!」

「濡れるなどはしたないですよ! 客人の前でしょう!」

「なら、班長は濡れなかったんですか?! 所詮はその程度の意気なんですね!」

「何を言いますか、濡れ濡れのぐちょぐちょですよ!」

『ええ~引くわー』

 お前らァ、と拳を握る班長。途端に静かになる一団。

 それくらいの実力差は理解しているし、単なるおふざけである。それくらいの余裕があるということ。

 ただし、半分くらいはという注釈がつく。

 もう半分は本気だ。

「…………?」

 何やら飛翔魔族たちがもめているが何を言って言るのだろうか。アルスにはその辺のことがまったくわからない。

 ゆえに、まったく無視をしてアルスは周りを見ることにした。

 都市としての形は変わってはいないが、その様相は大きく様変わりしている。

 まず活気にあふれていた。魔族と人間の違いはあるが、それだけで通りには魔族で溢れているし、そこにあるのは笑顔であろう。

 かつては、魔族との戦いのせいで、この都市には活気と呼ばれるものはなかった。

 通りは閑散としており、裏通りは浮浪者で溢れかえっていたのを覚えている。

 しかし、今はどうだ。活気に溢れ、裏通りには浮浪者の影も形もない。糞尿で溢れかえっていた路地にはそんなものはなく綺麗であった。

 通りも石畳ではなく、特殊な舗装が施されているようで凹凸なく歩きやすい。

 市が開かれており、露天商の魔族の呼び声は絶えることを知らないようだった。

 かつては、見ることが出来なかった光景だ。今が平和なのだと教えられる。

 それだけに、自らの不徳も、自らの未熟も、自らの弱さも教えられるのだ。

「これが、魔族の街か」

「はい、この土地を治めるカルナルス様の街で御座います」

「そうか」

 善政を敷いているようだ。

 人間ならばどうだっただろうか。おそらくは、こうなってはいまい。

 共通の敵がいたからこそ、一つにまとまってはいたが内部ではごたごたが多かったことをアルスは覚えている。

 勇者になってすぐの時に開かれたパーティーでは後ろ暗い話ばかりあった。いや、騎士団の頃から、出世すればするほど大貴族などがやっかみに来たし邪魔も多くあった。

 そのおかげで詳しくもなりたくない政治に少しばかり詳しくなってしまったし、裏の事情も知ってしまった。

 酷いものだった。腐敗とはこのようなものなのだと理解したものだ。

 どうにかしようにもどうにできない。今となってはもう過去の話である。

「俺の不徳ではあるが、何とも嫌なものだな」

 見せつけられているような気がする。あるいは、これが目的なのか。

「まあ、関係ないか」

 己はただの剣である。ならばこそ、斬ればいい。

 考えるのは別の誰かの仕事だ。その別の誰かがいないのであれば、もはやもう考える必要などない。

 ただ斬る。それだけだ。

 しかし、

「見られているな」

 サルファーは人間は絶滅したと言っていたし、このような飛翔魔族に連れられているのが珍しいのであろう。

 見られて減るものもなし。気にすることもない。敵意はまったく感じられず、好奇が勝っているようだ。

 なんとも平和なものだと思わずにはいられない。

 かつて、魔族を捕えて同じ道を歩いたことがある。

 その時は、酷いものであった。住人は敵意を丸出しにし、石などを投げていたものだ。

 長い戦乱で、夫や息子を殺されたものもいただろう。そういう者たちの恨みを投げつけていたものだった。

 それがまったくない。魔族からしたら人間など敵でもなかったということなのか。

「何か入り用なものなどありましょうか。そういうものがあれば、今ここでおっしゃって下さい」

 ふと、市へと入ると手を引いている女がそう言った。

「ない」

「では、お食事などは?」

「今は必要ない」

「畏まりました。では、このまま城へと向かいます」

 向かうは城。かつての城とは大きく変わっている。

 かつては豪華絢爛というべき城であったが、今では質実剛健と言うべきだろうか。

 すっかりと様変わりしている。

「待っていたよ、サルファーを倒した君をね」

 謁見の間に通されたアルスをその言葉が襲う。伝令魔族が伝えていたのだろう。その言葉に敵意はなく、ただただ歓迎と敬意が込められている。

 その男は金の長髪に赤の瞳をたたえた魔族であった。サルファーと比べると細いが、弱弱しいということは断じてない。

 細く引き締まった肉体はサルファーと比べてもそん色ない。タイプが違うだけだ。

 サルファーが斧なら、この男カルナルスは槍だ。

 鍛え上げた心眼が見抜くカルナルスの本質。これは槍だ。力で押すのではなく、技で突き穿つ槍。

 この男もまた強い。

「恨み言を言われるかと思っていたが」

「なぜだね? 全力で戦った相手を正々堂々と打ち破った男に、なぜ恨みや怒りをぶつけねばらない?」

 アルスは目を細める。

 勝者と敗者、武人としての価値観が人間とは異なっている。

「我らは、勝者を尊ぶ。それが例え敵であろうとも、勝者は敬う。それがサルファー、我ら十人の幹部の一人とあれば、それを倒した勇者には最大の敬意を払おう」

 魔族は実力主義だ。勝った者が正義である。真剣勝負において負けたのならば、そこまで。むしろ、勝った相手をこそ賞賛する。

 勝った者を敬うことこそすれど、恨むことなどない。

 例えば、夫が負けて死なれた妻の心境はこうだ。

 私が愛したとてもすごい夫に勝つなんてあなたはなんて凄いんだ尊敬する、である。

 相手がとても強かった、凄かった。そのことを賞賛する。

 無様に恨みをぶつけて夫の名誉が守れるのか? 否だ。

 夫の名誉は相手の勝利と共にある。勝者が勝てば、夫もまた凄いのだと言えるのだ。

 彼は私の夫に勝ったのだ。それほどまでに凄いのだと言える。

 だから、恨みはない。怒りはない。

「お前は勝ったのだ。神滅魔装(ラグナロク)まで持ち出されて、それでもなお勝ったお前は素晴らしい。尊敬する。

 ゆえに、最大の敬意をもって君を歓待しよう。歓迎する最後の人間にして、勇者アルスよ」

「なるほど」

「だからこそ、抜くが良い」

 そんな相手だ。自らも戦いたい。カルナルスの覇気が増大する。

「お前が勝てばこの街をやろう。栄えるも、滅びるも好きにしていい。もとより、魔族は勝者に従う。安心せよ。私が死んだところでこの街はお前を襲わんし、歓待は続く。むしろ、今以上にな」

 玉座からカルナルスが立ち上がる。従者が差し出す槍を手に、さあ抜けとアルスへと告げる。

「我ら十の将軍を倒さねば、魔王様の城には入れぬ。さあ、理由はあるぞ。抜くがよい」

「…………」

 アルスもまた剣を抜く。勝負を受けよう。なにより魔王を倒すのに必要であるのならば是非もない。

 サルファーから受けた傷は深くはないが多い。それらは治ってはいないが、戦うのに問題はない。

「十将軍が槍のカルナルス」

「勇者アルス」

「いざ、尋常に――勝負」

 互いに動かない。探り合いをする。

 カルナルスは魔装を使っていない。使えないわけではないが、この場合は現状において展開できないだけのことだ。

 魔装を編むにはそれなりの魔力がいる。魔力嚢の魔力貯蓄量がすくなければ、最初から使うことはできない。

 魔力の瞬間生産量が少ない者は、それだけ溜めておく必要がある。ゆえに魔力嚢が大きい。

 そんな魔族は、瞬発力に非常に富む短期決戦型となる。

 サルファーはこのタイプで恒常的に魔力を貯めていたために魔装を展開できたのだ。

 カルナルスはこれとは逆のタイプに分類される。

 魔力瞬間生産量が多く、魔力を貯めておく必要がない。ゆえに魔力嚢が小さいタイプ。

 生産量が多いため困ることはないが、瞬発力が低いためスロースターターである。

 だが、一度戦闘を始めてしまえばその魔力の生産は他の追随を許さない。

 戦闘が長くなれば長くなるほど強くなる長期戦タイプと言える。

 今のカルナルスが弱いということなく、磨き上げられた槍さばきはやはり感嘆するほどだ。

 下方向から上へと突き上げるように出された槍の突き。全身のバネを使った神速の突きだ。大気を抉るような刺しこみは当たれば肉を抉り取られるだろう。

 放たれた突きを弾き、距離を詰めるべく動く。

 槍は長い。おそらくは近接武器の中でも最も長いリーチを誇る。

 リーチの差はそれだけで戦力の差となりうるのだ。如何に剣の達人であろうとも、刃が届かなければ斬ることができないだろう。

 だからこそ、リーチの差はそれだけで戦力の差になりうる。

 なおかつ相手は巧みだった。接近しようとするアルスの足を払うように突きを放つ。

 機動力をそがれることはリーチ差がある以上許容できないアルスはそれを躱すか迎撃する以外に選択肢がない。

 しかし、少しでも別の動きを加えてしまえばそこで接近は止まる。

 たとえ一瞬であろうとも、動きが止まればカルナルスは距離を保つ。

 槍が届く槍の間合い。カルナルスの領域を保つ。領土には侵入させんと槍の領主が告げている。

「巧いな」

「あなたこそ。流石は勇者」

 こちらは、殺す気で放っている。手加減などすることはないし、この槍の一撃は全て一撃必殺だ。それだけを自負できるくらいには鍛錬をしてきた。

 だというのに、その全てを迎撃している。対した見切りだ。良い目をしている。

 最小の動作で、最小の力でうまくやりを逃がしてる。

 槍の突きはその性質上、点の攻撃となる為に少しでも軌道をずらせば当たらない。無論、そうさせないように突いているが、アルスもまた巧みだ。

 うまく剣を槍に絡めてその機動をズラす。

 久方ぶりの強敵の出現にカルナルスもまた徐々に高ぶって行く。

「このままでは埒がいかんな」

 アルスも攻めているが、巧みにかわされる。

 ならばとアルスは、相手の突き入れと同時に踏み込んだ。

 裏霞(うらかすみ)。霞のように揺らめいて相手の裏を取る神速の歩法にて相手は槍でアルスを突いたかのように錯覚するだろう。

 だが、アルスは突かれておらず、その姿は霞のように消えて再度現れたように感じられたはずだ。

「さすが」

 その言葉が耳に届くとともにアルスは剣を振るう。

 カルナルスは、槍の柄で受けて横へと流す。それと同時に突き入れ。アルスの心臓へ向けて槍を突き放つ。

 それに対してアルスは一歩下がることで僅かな距離を稼ぐ。その隙間に剣を振り戻して迫りくる穂先を打った。

 穂先先端、長物の常として働くてこの原理よろしく少しの動作で攻撃をいなす。

 良い、やはり出来る。ならばもう少し段階をあげるか。そう言う風に、カルナルスの戦闘域が一段階上昇する。

「来たれ、我が魔装!」

 カルナルスが魔装を展開した。

 サルファーとは異なる魔装。白を基調とした魔装ではあるが、鎧部分は極端に少ない。篭手と具足、胸鎧として少し。

 全身鎧ではなく部分鎧。おそらくは速度を重視したのだろう。その証拠に、彼の速度は魔装を展開したことにより上がる。

 何より、槍も変わる。今まで使っていた槍を包み込むかのように展開された槍の姿は剣が穂先についているかのよう。

 その突きは鋭く、アルスですら見失うほどの速度域にカルナルスは到達していた。

 しかし、アルスはそこから放たれる攻撃を的確にいなしていく。

 槍の攻撃は大別すれば二つ。

 突きと払いだ。そこに更にバリエーションが加わり多彩な攻撃を成すが、大別すると二種。

 前に突きだすか振るうか。この二つ。

 ゆえに、そこを見切ればある程度、攻撃を選別して捌くことが出来るのだ。

 アルスが数十年をかけて築き上げてきた技術の粋による心眼の見切り。

 また、それだけでなくある一定の隙をこの時、アルスは創りだしている。

 隙があればつくのが武芸者というもの。

 だからこそ、捌くことは容易い。来るとわかっている攻撃ほど読みやすいものはないのだ。

 だが、それが有利なものかと言われたら違う。終止攻撃しているのはカルナルスだ。アルスは防戦一方である。

「さすがは勇者ですね」

 それは決してアルスが弱いわけではない。全ての突きは一撃必殺。当たれば最後、死に至る魔槍の域。

 全てをいなし躱すアルスは決して弱いわけではない。だからこそ、カルナルスは賞賛する。

「…………」

 その賞賛をアルスは受け取るが、喜ぶことなどできようか。

 この程度で賞賛を受けてどうする。

 互角に見える戦い? 防戦でも傷は受けず、攻める側も攻めきれていない?

 違うだろう。アルスは防戦しか出来ていないのだ。上位者であるならば、相手の突き入れの際に反撃して一撃を食らわしている。

 それがアルスには出来ていない。歯噛みする。

 都合五十五度も攻撃を受けていながら、まったくと言っていいほど反撃できていないのだから。

 やはり未熟だ。これが、先代であればどうだっただろうかと考えずにはいられない。

 笑いながらどんな風に魔族を倒したとか、一撃必殺で倒したとか言っていた彼ならばそもそも五十五度も攻撃などさせないだろう。

 最初の一撃で勝敗が決まっているはずだ。

 だが、アルスは駄目だ。魔装を展開する前に攻めはしたが、それだけ。魔装を展開されてからは防戦一方。

「見事ですね、勇者」

 放たれた無拍子の突き。完全に察知などできるはずもなく、その心臓に向けての一撃は決まっていたはずだ。

 しかし、その槍を躱す。同時に、身を振って背後からの一撃を躱す。

 瞬時の突き入れからの背後への高速移動からの突き。普通ならば回避することなど不可能。この攻撃にて何度も多くの人間が死んできた。

「あなた本当人間か。いや、侮辱ではないよ。純粋に驚いているだけです」

 一体どれほどの鍛錬を積めばこの領域まで至れるのか。流石はサルファーを打倒しただけのことはある。

 だからこそ、カルナルスの魔心臓は跳ねるように鼓動する。

 その魔力の高鳴りを肌で感じながら、アルスは自嘲する。

「ああ、人間だよ」

 どうしようもなく、非才で未熟な人間だ。

 勇者ならば、先の一撃を防ぐだけではないと何度も言っているだろう。防げただけで見事などと言うなよ。

 勇者であれば、反撃し敵を倒している。それが出来ていない時点で自らは勇者失格なのだ。

 話に聞いただけであるが、先代以前の勇者と比較してみるが良い。比較対象が間違っている。ただの人間と勇者である自分を比較するな。

 先代以前と比較してみろ。自分なぞ、木端のような存在でしかない。敵を屠れず、希望にすらなれない弱い勇者など勇者であるはずがないだろう。

 だから、賞賛するな、見事などと言うな。そんな評価は過分だ。

 しかし、カルナルスの評価はまったくの真逆。防げば防ぐほど、いなせばいなすほど高まって行く高揚。

 そう高揚だ。高揚する。意気が高揚する。

 これが勇者。流石だ。壊れぬとは素晴らしい。だからこそ、

「私も本気を出そう」

 高揚が更なる力を呼ぶ。意気高揚。魔力を発生させる魔心臓は、何よりも強くその高揚に合わせて速く、速く鼓動を刻んでいる。 

 生成される魔力は既に、通常時の数十倍以上。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我が神槍グングニールよ!! 我が心を燃焼させ、我が魔装は駆動する――!!」

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 超常の力が彼方の空より現出する。これが魔族が畏れられ、この大地を制覇するに至った理由。上位魔族しか扱えぬ魔装の次なる段階。

 数十メートル、あるいは数百メートルにも及ぶ超巨大武装。

 それは、超巨大な槍だ。大地を、世界を突き穿たんとばかりに巨大な得物が現出する

 如何な上位魔族であろうとも、これを戦いの場で出すことなど稀だ。そこまで魔心臓は加熱せず、意気は燃焼しない。

 だが、この場においての相手は勇者アルス。強敵だった。

 滾ったのだ。忘れかけていた闘争の日々。血沸き肉躍る戦い。これこそが、魔族としての本能。神々に挑み、全てを崩壊させる黄昏の種族の在り方。

「行くぞ、真なる姿を現せ、我が槍よ!」

 そして、槍が変わる。槍から人型へと変わる。これが真なる神滅魔装の姿。

 言っただろう神滅巨人闘争(ティタノマキア)であると。

 大槍を持った人型がアルスの前に現れる。城は崩れ落ち、現出した姿に魔族は圧倒的なまでの強さを見るのだ。

 人の身でこれに抗うことなどできないだろう。これが、魔王に、魔族に勝てない理由。

 だが、世界を滅ぼす力を前にしてアルスは引かない。引けない。

 何度も言うが、これを斬る。そうでなければ勇者ではない。勇者は誰よりも輝き、鮮烈な希望でなければならないのだ。その背にて希望を示す。それこそが勇者。

 ならばこそ、やるのだ。

「勝つ。勝つのは――俺だ」

 勇者としての矜持をもって叫ぶ。

 剣の柄を更に強く握る。悲鳴をあげるかのように剣が軋んだ。

 今度こそ勝利するのだ。

 サルファーとの戦いで掴んだそれを強く強く握りしめて、目を見開き腰を落とす。

 突きがくる。超常の高みから巨大な槍の突きがくる。

 当たれば死ぬ。

 なればこそ、いなす。いなす、いなす。受け流す。

 相手の力を完全に流す。巨大であるがゆえに、少しでもずらしてやれば大きな波紋となって伝播し当たらない。

 少しでも間違えれば受け流すことに失敗すればアルスは死ぬだろう。

 しかし、極限の中でこそ集中力は高まって行く。余波で身体が傷ついていこうともアルスは引かぬ。

 受け流し続ける。

 剣を受け取っていてよかったとアルスは思う。ただの剣ならば折れていただろう。受け流せるのも、サルファーからの剣のおかげだ。

「斬る」

 だからこそ、斬る。

 斬線が静かに走ったのをアルスは見た。長く伸びた斬線。

 身体が勝手に走る。受け流すことはもうやめた。槍へと向かって伸びていく斬線。

「突き穿てグングニール!」

 放たれる槍。

 今にも折れそうな程柄を握り込む。だからどうした。アルスはそう言わんばかりに自らの身体を引き絞る。

 槍の突き。ただのそれだけで凄まじい風が木々を薙ぎ山を削る。

 身体が切れていくのを自覚しながらアルスはただ身体を引き絞る。引き絞り、ただ引き絞る。ぎちぎちと全身の筋肉が悲鳴を上げてもただ引き絞るのだ。

 伸びた斬線が敵に届いた時、アルスは剣を振るった。漆黒の軌跡を描き、刃は走る。

 何の音もない。ただするりと感慨もなく剣はグングニールの刃へと入る。

 リィィンと、鈴の音が鳴り響く。

 剣の言葉が響く。

「フッ――、流石は、勇者か」

 グングニールが切り裂かれる。槍から振りぬかれた斬線に沿って切り裂かれた。

 両断には至らず、しかして内部のカルナルスには届いた斬撃はすっぱりと彼の皮膚を裂き、肉を抉り、骨を断っていた。

 主を失い砕けるグングニール。砕け、青空が見える謁見の間には、アルスとカルナルスだけが存在していた。

「お前の勝ちだ。強いな、お前は」

「…………」

 お前の方が強い。なぜならば、己は神滅魔装を両断できなかったのだから。ただ、カルナルスを斬れたから勝てただけに過ぎない。

「そう言うな、お前は確かに強いのだから」

 カルナルスの純粋な賞賛だった。 

 負ける気などなかったし、今放った一撃もまた自らにできる最上のものだ。ただ相手が強かったのだ。

 ならば良し、悔いはない。

「すばらしき、戦であった。見事だ」

「……こちらもだカルナルスよ。感謝しよう。また一歩、勇者に近づいた気がした」

 弱いのだから、一歩一歩進むしかない。今回もまた、一歩進んだような気がした。

「そうか」

 所詮我らも踏み台か。だが、良いだろう。悪い気分ではなく、むしろ――。

「清々しいなァ」

 サルファーよ、お前もこんな気分であったのか。

 見上げた空は美しく輝いている。

「滅ぼすも好きにするが良い。お前がこの街の主だ」

「…………」

「では、お前を黄泉で待つとしよう」

「ああ」

「私に勝った最後の人間アルス。おまえと戦えたこと、最上の誉としよう」

 そう言ってカルナルスは死んだ。彼もまた武人であった。願わくば、黄泉で再び逢いまみえることを切に願う。

「行くか」

 アルスは行く。魔王を倒すべく、行く――。


槍使いとの戦い。

これが本来の神滅魔装の姿。巨大ロボットと人の戦い。

荒唐無稽ですがファンタジーだしこれくらいやってもいいよねと開き直っております。


ではまた次回。


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