第10話 斬滅闘争《ラグナロク》
黄昏の闘争が、今、幕を開く。世界のあらゆる全てを巻き込んで、全てを滅ぼし台無しにする最終戦争が幕を開けた。
もはや全てが終わった終末で、今、新たな終末が始まりを告げた。これより先は、魔族の誰もが望んだ瞬間。
誰もが望んだ。そう、だって言っているだろう。来たれ、ラグナロク――と。
ゆえに、誰一人として不参戦などありえない。誰もかれもが嬉々として最終決戦を始める。
「アハハッハハ!!! 楽しいなァ!!」
よって、最も素早く動くのはこの男――グッドマン。神滅魔装を展開してなお高まり続ける魔力全てを打撃強化に回す。
天を貫く巨人の腕を、何重も術式陣が取り囲む。その莫大な魔力に、天が悲鳴を上げていた。大地が震えて、あらゆる全てが、その脅威に怯えている。
「――だから、どうした」
だが、渦中のアルスは平静そのもの。一度切ったものだ。ならば斬れなければおかしい。勇者であれば、この程度の事で負けることなどありえない。
斬気が猛る。正義を想う心を燃焼させて、今、斬気は何もかもを斬滅すると言っている。走る斬線。ポリュデウケースの腕を通り、心臓へと達する。
斬れる。かつてのように斬れぬという結果などありはしない。斬れるのだ。斬れなければ、勇者ではない。
「なに、一人で楽しくなっているんですの――?」
大気を引き裂き、振ってくる拳。されど、それを真っ向から打ち砕くものがあった。天を行くアマノカゴユミ。
逆立った九つの尾が揺れて、放たれた魔力矢は、大地を穿ち、世界に魔孔を空けた。噴出する瘴気。下層へと届いた一撃。
紛れもなく界を割った一撃は、ポリュデウケースの腕を粉々に粉砕した。
「ハハハハハ!! いいじゃないか、楽しいんだからさァ! 幾星霜を待ち望んだ、ボクらが待ち望んだ、闘争だ! 君もそうだろう!!」
「当たり前ですわ!!!」
ゆえに、やらせはしない。最上の獲物は私のものだ。天上にて展開される術式陣。巨大を通り越して、星の海へと突き抜けた矢が装填される。
世界ごと全てを殺しつくして穿つ絶死の矢。
「私を、忘れないでください――」
その紛れもない窮地に、世界が凍り付く。心を燃焼させ、あらゆる全ては氷結した。ケリュケイオンが駆動する。ただそれだけであらゆる全ては氷となって砕け散った。
魔王城以外の戦乱全てを凍り付かせて、死へと埋葬した。もはや魔族のほとんどが、その一撃で死に絶えたと言っていい。
だが――この程度で終わると思ったのか?
凍り付いた端から、魔力が溢れだす。窮地、困難、あらゆる壁が立ちふさがる限り、魔族は強くなる。止まらない。
もはや下級魔族すらも神滅魔装を出せるほどの魔力量へと成長する。それだけで、世界が軋み、死に絶えていく。
「邪魔だ」
剣閃が閃く。光を引き裂いて、あらゆる全てを切り裂いた。その一撃にて、その場の全ての神滅魔装が切り伏せられた。
アルスは斬ることしか考えていない。例え何があろうとも、敵が何であろうとも、斬るのだ。全ては魔王を倒すため。
勇者は止まらない。枯れかけた身体を、残りの魂全てを燃やして前へと進む。
「つれないなぁ、戦おうよ!」
グッドマンが操るポリュデウケースが拳を振るう。大気圧が叩きつけられ、アルスの鼓膜が破裂する。耳から血を流し、血涙が流れ続ける。
赤熱する巨拳。切り裂かれた端から魔力が昂り再生する為、防ぐことなど不可能。防ぐならば、それを操る本人を殺す以外にない。
「邪魔だ――死ね」
旅をしてきたことなど関係ない。邪魔ならば斬る。それだけだ。斬線のままに刃を振るい、グッドマンごとポリュデウケースを両断する。
轟音を立てて倒れる巨人。斬撃は、グッドマンすらも両断した。
だが――。
「まだだ――!」
ただ真っ二つになっただけで、戦いをやめるはずがない。魔族の宿願がここに叶った。最上の敵がそこにいる。
ならば、身体が真っ二つになっただけで止まれない。魔心臓はまだ動いている。寧ろ、更に昂って魔心臓は駆動する。
「ぐ――」
高まる魔力。再構成される肉体に、神滅魔装。より強く、より強靭に、より巨大に。成層圏すら突破して、それは大地に立っていた。
もはや動くだけで、あらゆる全てを消し飛ばす。
「術式固定――射撃――」
そんな巨人を弓矢の一撃が打ち砕く。攻撃力に全振りした一撃は、重力のくびきなど容易に突破して太陽を破砕して見せた。
いいや、それだけに飽き足らず、この中層界を支える天球の鎖を破壊したのだ。世界の崩壊への一番手をヨウヒメは刻んだ。
「今度は、私です――我が弓よ、我が矢よ、我が魂を乗せて穿ちなさい!!!」
その界を穿つ一撃を、アルスへと向ける。あるのは期待だった。認めた雄は、きっとこの程度の一撃なんて切り裂いてしまうに違いない。
きっとそうだ。そうに違いない。だから、もっともっともっと! 見せてくれ、全てを切り裂く斬撃を。その果ての為に、こちらもまた果てへと征くのだ。
「そうか」
だが、想いは届かない。まさしく正しく、愛にほかならない一撃は、無駄なく振り下ろされた一撃によって切断された。
それだけに飽き足らず、アマノカゴユミを裁断してヨウヒメを解体する。飛翔した斬撃の一撃が分かれて細切れにされた。
「ま、だだ――」
それでもなお、ヨウヒメは止まらない。魔族であるがゆえに、際限なく高まる魔力は単独での神化すら可能とした。
極点には極点の技術を。神となり、際限なく高まる魔力が成し遂げるのは権能。何を用意しても斬られてしまうのならば、世界をぶつける。
神化アマノカゴユミが掲げた手の先に、巨大な大地が現れる。そのサイズ、まさしくこの大陸と同等。いや、世界と同等の大きさ。
「さあ、受けてくださいませ!!!」
振り下ろされる一撃。天が降ってくる。
「だから、どうした。邪魔だと言った」
鞘走りを利用した抜刀。神速を超えた一撃が放たれて、世界すらも両断する。
「――――」
間髪入れずに放たれる巨大術式。光の柱が降り注ぐ。一つ一つの光の粒子が別種の術式を内包した神の杖。
魔の杖ケリュケイオンですら、その一撃を放っているというのに耐えきれず自壊していく。
「知ったことではないです」
ツァリーヌはそんなこと頓着しない。この闘争の熱のままに、魔心臓が刻む鼓動のままに、ただ戦う。
「そうか」
アルスは、しかして平静。凪いでいた。今ならば、全てが斬れる。そう思えた。ゆえに、歩いて向かって行く。
あらゆる攻撃が、ただ神滅魔装が動くだけで傷を負っていくからだ。だが、アルスは何一つ気にしない。振るうための腕があればそれで十分とでも言わんばかりに前へ、前へ、前へ。
立ちふさがる魔族どもは例外なく血祭りにあげていく。屍山血河を築き上げながら、アルスは神滅魔装をしたから輪切りにしていく。
うえまで上がる体力などない。ならばこそ、その中にいる魔族を斬るために、こちらへと引き落とす。超高速で振るわれる剣はまさしく嵐と化す。
斬撃の嵐が、ケリュケイオンを削り取っていく。数分のうちに巨人は、半分以下へとなり果てた。その間も放たれる術式の雨はもはやアルスになんの痛痒すらも与えない。
「ぁ――――愛しています、アルスさん――」
「…………そうか」
そして、ついにツァリーヌへと辿りついたアルスは容赦なく剣を振り下ろした。両断した感触。肉体ではな。魂を両断した。
もはや魔心臓は過熱しない。死の王はこれで終わった。その瞬間、爆裂する。ケリュケイオンに残った魔力全てが爆裂し、上空へと爆炎を跳ね上げた。
其れに乗って打ちあがったアルスは、アマノカゴユミへと目を向ける。
装填された矢を足場にしてアマノカゴユミへと突きを放つ。攻撃特化したそれに容易く剣は入って、ヨウヒメを貫く。
「――愛していますわ、アルス様」
「そうか」
首を撥ねた。
「もらったー!」
ポリュデウケースがアマノカゴユミ事アルスを握りつぶす。へし折れる全身の骨。
「斬る」
腕が細切れに切断される。それどころか、斬撃が生きているかのようにうねり、巨大なポリュデウケースを消し飛ばす。
「アハッ――」
「死ね」
凛と音がなった。金属の鳴りが静まると同時に、全てのグッドマンが切り裂かれた。斬撃が、次元を超えて伝播したのだ。
「次は、貴様だ」
ノートゥング、ダインスレイフ。静かに刃を研いでいた男が、ただ一撃、剣を振り下ろす。ただそれだけで、次元も世界も斬れる。
圧倒的なまでの風圧は、アルスの肉体を細切れにしてもおかしくない。
「まだだ!」
それを気合いと根性でアルスは耐えた。必ずや魔王を斬るのだという意志が人間という種の限界を容易く突破して見せる。
同じく放たれる勇者の剣。つまようじのようなサイズ差をものともせずに、静かなる斬撃はダインスレイフの仮面ごと両断した。
「ならばよし――」
武人はそれでよしとした。最高の一撃を放ってなお、負けた。まだだ、などとは言わぬ。武人は去る。なぜならば、最後の主役がそこにいる。
全ての魔族は、余波と斬撃によって死に絶えた。望む通りの終末の最前線で、アルスと魔王はついに相対した。
神滅の魔装ヴェンディダート。それは人間サイズの神滅魔装。正しく、彼の力の全てを凝縮したもの。漆黒の鎧。
「ゆくぞ、勇者よ」
「来い――魔王」
ここに最終決戦が幕を開けた。
同時に剣を振るった。ただそれだけで、天の惑星の半分が切り裂かれた。衝撃は大地を消滅させ、もはや二人が立っている場所以外が失われる。
二撃。続くように接続された連撃。それは、互いの肉体を切り裂いた。それは致命傷。互いの身体に深々と突き刺さり抜けていった斬撃は、互いの命の糸を切り裂いている。
「「まだだ――!」」
だが、それを二人は当然のように乗り越える。
たかが一度致命傷を食らっただけで、どうして止まらなければならないのだとでも言わんばかりに、意志力にて致命傷というものを乗り越える。
天元突破した意志力が、あらゆる全てを凌駕して、彼らをさらに強く、さらに前へと押し出す。
柄がつぶれるほどに握り込まれ、振るわれた一撃。致命傷。
「「まだだ――」」
致命傷。復活。致命傷。復活。
無限ループするかのように、ただ意志力だけで剣を振るう。全ては互いを殺すために。そのためだけに生きて来たのだ。
アルスも魔王もまた、そのためだけに生きてきた。ならばこそ、この好機を逃すはずがない。たとえ、この世界が滅ぼうとも、魔王を殺すのだ。
「ああ、なんて、弱い――」
その中ですら、アルスは自嘲していた。己の弱さ、己の非才、ただ一撃で魔王を屠れない己の至らなさにただひたすらに怒りだけが沸き立つ。
このような塵屑がどうして生き残っているのだ。どうして勇者などになってしまったのだ。そう思うばかりだ。
だからこそ、猛っていた。遅くなってしまったが、ようやく果たせる王命。己の全てはこの瞬間の為にあったのだと確信する。
力が湧きあがる。負ける気など何もしない。ここに来て、ようやく自分は勇者になったのだ。そう納得する。
やはりこの場においてというのはまったくもって遅すぎるが、もはやそんなことすらどうでもよくなっていた。
ただ斬る。目の前の相手を斬るのだ。斬らなればならない。
「斬る――」
振るわれた斬撃が魔王の剣を切り裂く。
「まだだ――!」
武器がなくなったくらいでどうだというのだ。振るわれた魔王の拳がアルスの剣を砕く。
「まだだ――!」
剣がなければ腕がある。手刀でもって切り結ぶ。
これが剣の理。
もはや存在そのものが剣である。
腕が飛んだ、ならば足で、足がなくなった、ならば気合いで。
あらゆる全てを駆使して、切り結ぶ。
「まだだァ――!!!」
「まだまだァ!!」
斬るという意志そのものがもはや斬撃と化す。
勇者と魔王は互いに一歩も引かず、意志が燃え尽きるまで戦い続ける。
その瞬間、天上から降り注ぐ極光。神々の光――世界が新生を果たしていく。それこそは神々の権能。上位世界から、神が降臨する。
「邪魔だ」
「邪魔をするな」
それを二人は両断する。二人だけの斬滅聖戦を邪魔などさせない。魂を燃やす闘争はもはや神々ですら介入不能。
傲慢なる上位者は、二人の意志に振れただけで切り裂かれて消滅する。
新生した世界が切り裂かれていく。
「これで、終わりだ、勇者よ!」
「まだだ――!」
極黒の斬撃がアルスを斬った。
透明なる斬撃が魔王を斬った。
全てが止まる。時が止まる、世界が止まる。
「――フッ、まだまだ我らは、先に行けるぞ」
消滅する魔王。
勝ったのだ、アルスが。
「――――」
勇者が魔王を倒した。これにて物語は終わりを告げる。比翼を欠いた鳥はもはや飛ぶことはない。古今東西、あらゆる物語において魔王を倒したその後などありはしないからだ。
全てはめでたしめでたしで終わる。これもまた同じく。
勇者は魔王を倒した。
めでたし、めでたし。
終末のその後に起きた物語は、結果も過程もなく終わりを告げるのだ。
勇者が魔王を倒した。その事実を以て世界は物語を閉じる。何事もなかったかのように回り続けるだろう。いつの日か再び、比翼の鳥が新生を果たすその時まで。
「アルスさん、アルスさん」
彼を呼ぶ声がする。
「早く起きてくださいまし」
「そうだよー、はやくしないと、みんな行っちゃうよー?」
どこかで聞いた誰かの声。さて、その声はいったい誰のものだろうか。
アルスにはわからない。
だが、そう、だが――悪くないと彼は思った。
これにて終了です。
誰も彼もが好きに戦って、好きに死にました。
魔族はそういう種族です。
私もそんな感じに書き連ねました。
もう好き勝手、テンションのままに書き連ねました。楽しかったです。テンプレ要素とかありましたけど、大味な戦闘は楽しいですね。
――これより先は神滅巨人闘争。
このフレーズ、私のお気に入りです。
とまあ、時間がかかってしまいましたが無事に完結です。
ありがとうございました。




