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第7話 巨槌ミョルニル

 ユーリのところから更に東へ行くこと数日。

「暑いですねぅ」

「暑いですわぁ」

「暑いねー」

 一行を襲っていたのは熱気だった。

 周りの景色もそれに見合ったものとなっている。荒野が辺り一面に広がっていた。

 古くからの、かつて魔族たちが這い出してきたとされている魔族領に近くなっているのだ。本来ならばこのような環境変化はありえない。

 しかし、魔族が這い出してきた地域ただそれだけで周辺の環境は激変する。

 大地は赤茶けた荒野が多くなる。また、何かに遮られたように環境が突然切り替わるようにもなる。

 地方ごとに異なる植生、異なる環境が存在する。

 その理由は単純だ。旧ヘヴルの大地をそのまま持ってきている為。

 今はもういない巨人族が持ち上げて持ってきた魔族の故郷ともいえる大地がここ。

 アルスらが来たのは、ムスレム地方。灼熱の大地が支配する地方だった。

 ここに存在する者はいない。灼熱の大地にて全てが焼き殺される。巨人種のみが生存を許されたこの地にもはやその主はいない。

 主でない魔族にとってもこの地は地獄だ。

「グッドマンは暑くないでしょうにどうせ。でも、ツァリーヌが死にそうなのはどういうことですの?」

「不死系でもリッチなもので、火の気に通じる熱には弱くて、はにゃぁ」

「ちょ、ここで倒れたら死にますわよ! アルス様がペースを落とすとでも?!」

「でもぉ、うひゃぁぁ」

 ぶっ倒れるツァリーヌ。

「あははははは―――」

「グッドマン! 笑ってないで手伝ってくださいですわ!」

 相変わらず後ろでぎゃーぎゃー騒ぐ三人組に一瞥の視線すらくれてやることなくアルスは先を急ぐ。

 倒すべき将軍は残すところ三人。魔王の力はユーリという魔族のおかげでわかった。

 ゆえに、急ぎながら鍛錬出来る場所を探す。

 できることならば水場や比較的強力な相手。そう竜クラスが生息している場所があれば理想的だ。

 竜の群れに交じって生活すれば嫌でも修業になる。

 あるいは大岩などがある場所だ。それらを常に背負って修行するのも効果的である。

 水場があるならば何日も野営が出来るので良いが、

「ふむ……」

 あまり良い場所が見つからない。

「まあ構わぬか」

 精神集中でもしておけば食事も水もいらんだろう。

 さながらそう言わんばかりに彼は腰を下ろす。

 目の前に流れるは溶岩の河。

 触れずとも肌が焼けるほどの灼熱。もはやその熱量自体が致死の猛毒。拡散する熱量だけで人は近づくだけで炭化し石は溶けて流れゆく。

 そんな莫大な熱量。突っ込むことすら無謀。それは、どのように強い男でも例外ではなく。人間という括り、タンパク質にて構成される人間だからこそ不可能。

 タンパク質は高熱で変性する。ゆえに、人体に高熱は禁忌。人が平温でしか生きれぬ理由がそれだ。例え英雄だろうと人間としての物理法則には逆らえない。

 40度を超えれば問答無用でアウト。だが、アルスは止まらない。あろうことか剣にそこにあった鋼鉄を超えるイロカネを突き刺して持ち上げる。それを背負った。

 莫大な質量を持ったイロカネ。それは想いの長けによってその色と重量を変えるという特性がある。

 変わる色は漆黒。何よりも重いこの大地よりも重いとされる重量へと変化した。

 アルスの身体が沈み込む。だが、それでも彼は溶岩へと突っ込んでいく。

「ちょっ!?」

「何してますのおお!?」

 慌ててツァリーヌとヨウヒメが止めようとするがアルスは止まらない。ただ歩いて、剣を振るった。

 剣圧に溶岩が吹き飛ぶ。その間に、彼は溶岩の河の中心へと歩いて行った。

 剣圧に押されていた溶岩が戻ってくる。その中で彼はまた剣を振るう。何度も何度も、見えない速度で剣を振るうアルス。

 一度でも剣を振るうことを緩めれば止めれば彼は溶岩に飲まれてしまうだろう。

 超重量を背負い、剣にも己にも加重しているというのにその剣速は早い。均等に溶岩を吹き飛ばして彼は未だ生存していた。

 更にイロカネの色が濃さを増していく。刻一刻と増していく超重量の意志。アルスの身体が大地に沈みこもうとも彼はそのまま剣を振るい続ける。

「う、うぇぇぇ――すごいです」

 ツァリーヌはその姿に更に惚れ直す。

 まさに漢。なによりも強く何よりも熱いその超重量の意思と姿に、ただただ女がうずくのだ。

 そんなこと知らずアルスは剣を振るう。更に速度をあげんと、剣速を最適化していく。

 修業の為にありとあらゆるものを使う。それは勝手についてきていた三人の魔族も例外ではない。

 強くなるのだ。魔王に勝てるように。

「…………」

 逆にヨウヒメはその姿にひかれるが流石にドン引きしていた。ツァリーヌほど盲目でないゆえに、その規格外さが良くわかるのだ。

 超加重を受けながら剣を振るうその姿は人間のそれではない。それはある種魔族と言われても信じられるくらいだ。

 だが、彼は人間だ。魔力を持たない人間だ。

「いったい、どいういう神経してますの。あきらかに普通じゃありませんわ」

 だからそう問うた。

「……普通だ。この程度準備運動だろう」

「ああ……」

 ――そうですのね。

 まったく持って異常だ。その意思が完全に人間を振り切っている。

 だからこそ、そんな姿に惚れたのだ。相変わらず期待を裏切らない彼の姿にやはり彼女もまた女がうずく。

「あはははは――」

 グッドマンは笑う。この無茶苦茶な修業が準備運動。ここからいったい何を見せてくれるというのだろうか。

「強敵との戦いかな。あとは、そうなると全然いないしなぁ」

 ならばここはまた自分が戦おうかなとグッドマンは思う。あの状態のまま、更に負荷をかけても面白そうだ。

「うんうん、そうしようそうしよう」

 一日、彼が剣を振るい続けて夜が明けた。彼は未だに剣を振るい続けている。その剣速は落ちるどころか上がっている。

「ほー、すげえなー」

「――――!!」

 それを見ていた一同にいつの間にか一人増えていた。

 髭を蓄えた小男。ドワーフと呼ばれる種族の男だった。

「強そうな匂いを感じて来てみれば面白いことになっとるじゃないか。良し、わしも手伝うとしようかのォ――」

 何の説明もなく、その手に槌が顕現する。

「あはは、やっぱり爺さんも来たんだ」

「そりゃそうじゃ。鍛え甲斐のありそうな剣があれば鍛える。それがわしじゃよ」

 グッドマンのことばに男は笑った。

 そうこの男はそんな男なのだ。鍛え甲斐がある者を見つければ誰彼かまわず襲いに行く。

 そして鍛えるのだ。今回もまた、それと同様。

 アルスがやって来た。鍛錬をしている。なら鍛えてやろう。

 そんな単純な思考回路で男は行動していた。 

 酒の力で生成される魔力は既に通常時の数十倍以上。

 十将軍グアンドル。世界の焔の炉。つまりはここで武器を鍛え続けている男がその力を顕現させる。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我が巨槌ミョルニル!! 我が心を燃焼させ、我が魔装は駆動する――!!」

 超常の力が彼方の空より現出する。数十メートル、あるいは数百メートルにも及ぶ超巨大武装。

 それは、巨大な槌だ。大地を、世界を叩き潰さんと巨大な得物が彼方の空より現出する。

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 いいや違う、鍛錬だ――。

「…………」

 大いなる力の現出にただアルスは剣を向ける。

「よっしゃ、行くぞ鍛錬なのじゃろう。それは、鍛冶屋の十八番じゃわ。お前のような出来の悪い剣を見るとな、わしは鍛え直してやりたくなるんじゃ」

 ゆえに、お前を叩き直してやろうぞ。

 そう言わんばかりに神滅魔装が人型へと変わり、槌を振るう。

 空に天井がうまれたかのようにアルスに影が落ちる。

 落ちてくる巨槌。ただそれだけで周辺が圧でへこみ溶岩が消し飛ぶ。

 アルスはそれを受ける。莫大な圧。ただそれだけで鼓膜がはじけた音がしたがどうでも良い。

 目の前に圧倒的な敵がいる。ならば斬る。鍛錬中だろうがなんだろうが、敵がいるのならば斬る。

 だからまずは剣を振るった。

 天へと昇る斬撃にてミョルニルの一撃を受け止める。

「おー流石、流石」

 だが、そのまま押し込まれる。巨大な敵に力勝負など挑めるはずがないのだ。

 そのまま溶岩へと叩き込まれる。莫大な熱に身を焼かれるがアルスはただ前だけを見据える。

「さて、鍛錬と行こうかのう」

 鍛造する際、剣は何度もたたかれる。それを鍛錬と呼ぶ。そうすることによって強度があがる。

 つまりは――。

「ほれ、行くぞい」

 ミョルニルが叩き付けられる。

 何度も、何度も。

 それを剣で受けながらアルスは前へと向かう。

 ただ全力で目の前の相手を斬るという意思を滾らせていく。

 柄が歪むほどに握り込み。歯が砕けそうになるまで食いしばり。身が焼けようとも、関係なくアルスは前に進まんとする。

 勇者として、相手を一撃で斬り伏せられるようにただ己の斬撃を高めていく。

 相手が付き合うというのならば是非もない。

 鍛え直してくれるというのならば存分に。

 そのために腕が折れようとも、脚が砕けようとも関係ない。

 ただ魔王を斬るために、

「強くなる――」

 そのためならば、死すらも辞さない。もとよりここで死んだのであればそこまでの男だったというだけのことだ。

 ならば死ね。

「死ね、名も知らぬ男」

「ほっほっほ、威勢が良いのォ。ならもうチョイ強く打つとしようかのォ」

 槌の速度が上がる。振るわれる速度があがり、比例して威力が高まって行く。

 ただ振り下ろされうだけでアルスの身体が傷ついていくほど。

 戦いにおいて重要なのは、威力と速度と防御力。

 その全ては敵が勝っている。普通ならば死ぬ。それだけの一撃が放たれている。それも何度も。

 それでもアルスはまだ生きていた。

 彼は剣を振るい槌の一撃を受けている。超絶技巧によって全ての一撃をまともに受けていない。全て流している。

 響くのは剣の絶叫。ただの一度でもまともに受ければ主ごと木端微塵になると叫んでいる。

 今にも砕けそうなほどだが、それは微塵も訪れる気配などなく、ただ圧倒的な一撃を鋭い剣閃にて受けている。

 攻撃、受け流し、その全てにおいてアルスの技巧が生かされていない場所などありはしない。全てが絶技。

 練達という言葉すら生ぬるく、むしろ侮辱とすら言えるほど。達人など烏滸がましく全てが極まっているというのに、アルスは未だ満足していない。

 この程度で魔王が切れるかと今だに先を見据えている。

 圧倒的な力の差を覆さんとする望外の意思に比例して、積み上げてきた技量はまさに悪魔を通り越して邪神的でもある。

 彼の行動すべてが敵を斬るということに集約している。無駄など一切ない。遊びなど一切ない。

 戟の火花を散らせて輝く姿はまさに勇者。

 だからこそ、見ているヨウヒメは思わずにはいられない。盲目に男の姿を見据えるツァリーヌとただ笑うグッドマンの横でヨウヒメはどうしようもなく思わずにはいられないのだ。

「頭おかしいですわ。やっぱり」

 好きな男になんて言いぐさだが、誰も言わないのだから自分が言うしかない。自分の役割はそういうところだと理解して、やはり言わずにはいられないのだ。

 気合いと根性だけで神滅魔装の一撃を受け続ける。それがどういうことかヨウヒメは正確に理解できるのだから。

 気合いと根性で絶望的な差を覆す。そんな火事場の馬鹿力でどうにかなるような領域を遥かに超えている。それをどうにかできるのは魔族のみ。

 アルスが行っているのは、まさに魔族の領分としか言えないような光景。

 だからこそ、もしかしてと思ってしまうのだ。

「魔王様を本当に、斬ってしまいそうですわね」

 彼の背中に魔王を倒すその姿を幻視して。

「ああ、本当、どうしようもありませんわね」

 たまらなくその衝撃に震えるのだ。そして、そこから先を見据えるのだ。

「ならば、次は(わたくし)が王になっても良いですわね」

 それで彼と殺し合いを演じられるのであればよし。あるいは、自らの子や、ツァリーヌの子と殺し合いを演じられるかもしれない。

 そう思ってしまって、

「ああ、なんて甘美」

 その熱狂に堕ちていくのだ。

「しかし、なんであの人は脈絡もなく出てきたんですの?」

 おそらくはただの思いつきなのだろう。魔族ほど突発的に動く種族もない。それが大惨事に繋がろうともやめられないのだ。

「さて、なら次はこういこうかねぇ」

 打つ速度は更に上がり、同時に莫大な水が生じる。ミョルニルが発生させた大規模術式が全てを押し流していく。

 熱して、打って、冷やして、熱して、また打つ。

 さながら剣の鍛錬のように続けられる攻撃の数々。

 異変は早々に起きていた。

「むお――」

「――――」

 圧倒的な暴虐など数々打ち破ってきた。勇者は前へと進んでいる。

「斬る――」

 まるで、言葉にすれば斬れるとでも言わんばかりにその言葉をアルスが口にした瞬間、神滅魔装が両断される。

 世界を二分しかねないほどの剣閃が走り、まずはと言わんばかりに槌が斬れた。

 今まで打ち付けていたのだから当然だろうと言わんばかりに両断され、その斬撃は止まることなく走る。

 天上へと昇る勢いで神滅魔装を一刀の下に両断して見せた。

「はは、ははははっは!!」

 それでこそ、と言わんばかりにグアンドルが嗤い飛び出した。

 神滅魔装などいらぬとばかりにその両の手を握り超上空からその重量をアルスへと叩き付ける。

 加重もその威力に耐え切れずアルスは吹き飛ぶ。イロカネが砕け、アルスが吹き飛んで行く。

 地面をバウンドして大岩へと叩き付けられる。

 グアンドルは、そこへと踏み込んだ。地面を蹴り疾走する。ドワーフとは思えぬその速度は大地を蹴ることによって生じる莫大な反発力による跳びだ。

 ゆえに、その速度は速い。

 振るわれた拳がアルスを討ちぬく。ハンマーの如きその一撃は叩き付けられた脇から入り、肋骨を薙ぎ払い砕き内臓をぐちゃぐちゃにしていく。

 それだけにとどまらない。拳はまだもう一つあるのだ。

 反対側から拳が叩き付けられる。二つの衝撃が内部でぶつかり、アルスの腹がはじけた。胸から下が裂けてはじけた。

 そこから覗くのは彼の内蔵だ。無事なのは肺と心臓が辛うじてか。

 ただならぬ量の血が流れ出す。

 しかし、アルスの目は死んではいない。

「斬る――」

 言葉と共に実行される剣戟。この程度の傷などもはや苦ではない。

 そう言わんばかりに剣戟は鋭い。いや、いまも鋭さを増している。

「ほうほう、中々の仕上がり」

 一房の髭を斬り降ろされたグアンドルはひたすらに笑みを浮かべている。

 ゆえに、拳を握る。型などない。ただ殴る。蹴る。

 自らの性能にとっては足を止めての殴り合い、斬り合いの方が良い。

 己の頑強さと膂力でもってグアンドルはアルスを圧倒する。

 左腕をへし折り、右脚をへし折る。

 だが、アルスもまたそれは同じだ。

 左腕を斬り飛ばす。右脚を斬り飛ばす。頭の半分を斬って飛ばす。

 それでも互いに引かずにただ己の一撃を繰り出していく。

 滾るのだ。グアンドルが滾っている。

 ならばこそアルスもまた鋭さを増していく。

「さすがよのォ!」

「まだだ――」

 そうまだだ。この程度では足りない。ゆえに、もっとだ。

 アルスは求め続ける。強さを。

 だからこそ、彼の成長は止まらない。今もなお死を目前とした老人であろうとも成長は止まらない。剣閃の鋭さはただ振るえば天が斬れ、大地が斬れる。

 いつしか音を越えて、光すらも捉える。

 グアンドルは笑う。己の鍛え上げた剣と同じようにこのにんげんもまた良い仕上がりであると。

 その上で、まだ上があるという。これが笑わずにいられるだろうか。いられるわけがない。

「そうだろうとも。わしも、まだだ――」

 そして、それにひきだされる自らの力にただただ笑う。

 これだから勇者と戦うことはやめられない。鍛錬など理由をつけてきたが、最終的にこれだ。ただ戦いたかった。

 だからここに来た時には真っ先に来たわけだ。

 鍛錬もして強くなった勇者と戦う。これが楽しくないはずない。

 惜しむらくは、最も極まった勇者と魔王が戦う瞬間を見れないことだろう。

 互いに血濡れ。焔の大地は冷却されて黒く染まっている中で赤い花が咲いている。

 どちらかが死ぬは決まっている。ならば、死ぬのはこちらだ。なぜならば、

 ――この成果に満足してしまった。

 このままいけば、彼は銃と剣を殺す。そうなれば、極まったも同然だ。魔王との戦いが待っている。

「楽しみだ――」

「斬る――」

 グアンドルは笑う。笑って斬られた。


今回は鍛錬。誰が何を言おうとも鍛錬。

さて、アルスの旅ももうすぐ終わり。果たして、どうなるのか。


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