プロローグ
「いらっしゃいませー」
近所のコンビニに入ると、バイトの女性店員が呼応するように声を上げた。
俺は、寄り道もせずレジに向かう。
それから、隣にある金属製の枠切りされたケースを一瞥すると、店内での第一声を放った。
「おでんください」
「はい、どれになさいますか?」
レジを挟んで向かいに立つ、先程の女性店員が、愛想よく慣れた口調で尋ねる。
「ええと、大根と卵と薩摩揚げと…あと、牛串二本で」
「かしこまりました」
特に何を頼むか決めていなかったので少しぎごちなくはあったが、適当に注文を終えると、女性店員は手慣れた動きでおでんを器に盛り始めた。
「……」
盛り終えるまでの時間は、何となく気まずく感じる。
早くしてくれという焦燥感に浸りながら、店員の動きを見つめる時間。
特に、後ろに他の客が並んでるときなんかは、一層罪悪感を得てしまう。
だったらおでんなんか頼まなきゃ良いじゃないか、という話なのだが、おでんが食べたいのだから仕方がない。
「…お待たせしました。四百八十円になります」
と、どうでもいい思考を巡らせているうちに、準備を済ませた店員が請求額を口にする。
それに応じて、俺はポケットから財布を取り出した。
財布の中を見ると、どこかの店のポイントカードが数枚。あと、何となしに受け取ったレシートが多少入っているだけ。
お金は一切含まれていなかった。
しまった、これではおでんが買えないじゃないか! わざわざ盛り付けた店員にも申し訳が立たない!
…なーんてことはなく、俺は動揺もせず、澄まし顔で財布に手を突っ込む。
そして、
(四百八十円)
ついさっき店員が請求した額を、脳内で繰り返した。
チャリン…
聞き慣れた金属音が、耳に響く。
それは紛れもなく、硬貨と硬貨が触れ合う音。
一文無しだった財布の中に、今しがた思い浮かべた金額が出現したのだ。
厳密に言えば、財布の中ではなく、俺の手の中だが。
俺はそのまま財布から手を抜き、握った金を店員に差し出す。
「…一、二……はい、丁度ですね」
受け取った店員は、硬貨の数を確かめると、怪しむ素振りも見せずに後処理を始める。
「レシートはご利用ですか?」
「いえ、結構です」
やがて、最後の応答を終えた。
俺は目前に置かれた商品を受け取ると、変わった様子もなく普段通りの足取りで店の出口へと向かう。
「ありがとうございましたー」
応対した女性店員が発する、決まった言葉を乗せた声を耳に残すと、俺は店を後にした。
「…おー、寒っ……今日はやけに冷えるな…」
季節は冬。
薄く雲が掛かる寒空の元で、俺は、おでんの入った小袋を片手に、白い息を吐きながら帰路に着いた。