ひげおやじんピックとの出会い
俺はニートで引きこもりだ。学校に通っていれば高校一年生になる俺に俺の母親は家庭教師を頼んだ。
ふん、どんな奴が来たってこの部屋の扉を開けてやるもんか。
俺は布団を被って完全防備する。
ピンポーンと家のチャイムが鳴る。
ついに来たか。俺はますます布団をぎゅっと握った。
「ワーイデートゥモォーロー」
(なんだ!?)奇妙な声を発した俺の部屋の扉の前にいる家庭教師と思われる男―ー女かもしれないがあの野太い声は確実に男だ。
「ナァハーーナァハーー」
(なんなんだよいったい!)俺は恐怖にかられた。
「ワーイデートゥモォーロー」その奇妙な雄叫びはこの家全体に響き渡っている。
「ナァハーーナァハーー」まただ!
「いい加減にしてくれ!」
俺はその阿鼻叫喚にも似た男の叫び声にたまらなくなってついに部屋の扉を開けてしまった。
「ほらね、私のエンヤの歌によってヤナ君が部屋から出てきたよ」
あの叫び声、エンヤの歌だったのか! 全然違うけど。
「私の名は縁家春賀ご覧の通りのイケメン男だ。声もいいうえイケメンなのだ」
やめろ!自分でイケメンや歌声がいいと言ってる奴が家庭教師なんていう現実を受け入れたくない。
本当にイケメンや歌声がいいのなら話は別だが、どうみてもそうは見えない。そして、あの恐ろしい歌声なにかのお札で封印しておきたい。
てか姓がエンヤだったのか。だからエンヤ歌ってたのか!恐ろしい奴。
「エンヤコーラ」
いや、別に面白くないし、そんな自信ありげな顔で見てもらっても困る。
「今日からお勉強を教えてあげるよ」
えー、前から嫌だったけどこの人だともっと嫌だ。
「まずはひげおやじの描き方を学んでおこう」
はぁ?何言ってるんだ?ひげおやじ、て手塚治虫の作品に出てくる髭生やしたおっさんじゃん。たまたまお父さんが手塚治虫のブラックジャックを読んだ事あるので知ってたけど今の若者にその姿を想像できるのであろうか?
「なんでひげおやじなんか描かなきゃいけないんですか?」
「君には精神を強くするためにひげおやじんピックにでてもらうからだ」
また、変な事を言い出した。ひげおやじんピック?なんだそりゃ。
「ひげおやじんピックってなんですか?」」俺は誰もが疑問に思っている事をエンヤに聞いた。
「ひげおやじを白紙に描き、ひげおやじを召喚させるのだ。相手のひげおやじを倒したら勝ちといういたって簡単なルールだ」
(訳わからん)
「このひげおやじんピックによる覚書をよんでおけ、ひげおやじの上手な描き方と細かいルールが書いてある」
エンヤは埃っぽい本を俺の前にドサリとほっぽり投げた。
分厚い本の表紙を見てみるとざらざらしてる紙に大きくひげおやじが描かれていた。
「これは、かの有名な手塚治虫大先生がお描きになられた。ひげおやじだ。彼は漫画家だけではなく、ひげおやじんピックの考案者でもあったのだ」
この、おっさん頭おかしいんじゃないか?
「君は私を疑っているな? では紙とペンを用意してくれたまえ」
俺はいぶかしながらも紙とペンをエンヤに渡した。
エンヤは見本も見ずにさらさらと上手にひげおやじを描いた。
すると、どうだろう、エンヤの描いたひげおやじがみるみる立体化していき、ついにはミニチュアのひげおやじが俺の部屋の畳の上をチョロチョロ駆け回った。
「わゎ! なんだ? 分かったCGだろ? ビックリカメラかなんかで俺をだまそうってんだろ?」
「疑い深いなぁそれじゃ、エンヤひげおやじ、ヤナくんに攻撃だ!」
エンヤひげおやじはチョロチョロするのを止めて俺に襲いかかってきた。
こんなチビひとひねりだ、と思っているとひげおやじが俺のお腹にせいけんづきを繰り出した。
俺はうっと体をくの字にまげ口からは唾液が飛び散った。小さいくせに物凄い重いパンチをくらわしてきた。
「ぐっう! 」俺が悶絶しているとエンヤはにやにや笑っていた。
「どうだい?信じてくれたかい?」
むー、なんか怪しい。だいたい俺の母親はこの事を知っているのか?
「知ってるもなにも私はひげおやじんピックに出場させるために君のお母さんに頼まれたのだ」
なんだって?
俺は驚きの表情を隠せない。
「君のお母さんは立派なひげおやじニストだったよ」
エンヤはしみじみと頷いた。
「母親の過去を知っているのか? 」
「もちろんだとも彼女とはひげおやじんピックのライバルだったからね」
そんな過去が俺の母親とエンヤにあったのか。というか息子にそんなあやしげな事をつがせるなんてひどい母親だ。
「さぁ!さっそくひげおやじを描いてみるのだ」
描いてみるのだと言われても。絵心ない俺にそんな事言うかね?
俺はさっそくひげおやじんピックの覚書を見てひげおやじを描いた。
なかなか上手く描けていると思う。
しかし、ひげおやじは紙から出てこなかった。
「やはり私が毎日特訓させなきゃ駄目だな」
俺は悲鳴をあげた。こんな奴と毎日こんな馬鹿らしい事をするのか?
何日かたって。俺はついにひげおやじを召喚できた。しかしひょろひょろでエンヤのひげおやじにすぐにやられてしまった。
ある日、俺の家に俺が通っていたであろう高校の同級生が俺の家に訪ねて来た。しかも、その同級生は学校一美人の金田アランだった。
そんな美人がなんの用だろう。「奥君」俺の姓だ。
澄みわたった声にも怒りが感じられる声で制服に身に包んで仁王立ちしている
「あなたひげおやじんピックに出るらしいわね」
なんでそんなこと知ってんだ?
「どうしてそれを?」
「エンヤさんに聞いたわ、彼は私の師匠ですもの」
「そうなんだ」
アランはずいっと俺に顔を近づけた。わぁお、こんなかわいい女の子の顔をアップで見れるなんて。
でれでれした表情が顔に出たのかアランはぶちぎれた。
「なんで?なんでひげおやじんピックに出るの?生半可な気持ちで出るようならゆるさないから」
そう言われてもエンヤに勝手に決められた事だし。
「あんたみたいな学校にも通わない男がひげおやじんピックで優勝できるとおもってんの?」
これには俺もきれてしまった。
「好きで引きこもりになったんじゃない!あんたになにが分かるんだ」
「ふん、ケンカならひげおやじニストらしくひげおやじで勝負しましょうよ」
「あぁいいとも」いきおいで言っちゃった。
俺はノートと鉛筆を取り出してひげおやじを描いた。
しかし、アランはなんとGペンと漫画原稿用紙でサラサラとひげおやじを描いた。
アランのひげおやじはすらりと背が高くなんと青竜刀を持っていた。
俺のひげおやじは線ががたがたでたよりない。
アランひげおやじは関羽の如く俺のひげおやじをめためたにしていった。
負けた。なんだろう? この気持ち。すごく悔しい。何年も前に忘れてた感情が思い出された。
「こんな弱いひげおやじを描いて恥ずかしくないの?それでひげおやじんピックにでるなんてちゃんちゃら可笑しいわ」
「なんだよぉ。チキショウ」俺は悔しくて悔しくて畳をなんども叩いた。
次の日の朝、俺は徹夜でひげおやじを描いていた事に気付いた。
ピンポーン家のチャイムが鳴る。
「エンヤさんだ!」
俺は急いでエンヤさんの所に行った。
「エンヤさん、俺を、俺を、一流のひげおやじニストにしてください」
土下座など人生で初めてだ。それぐらいアランに勝ちたいと思ったのだ。
「どうしたの?あぁ、アランちゃんに会ったんだね」そしてエンヤさんは一呼吸おいて「僕の特訓は厳しいよ?」
「覚悟してます。俺はなにも生き甲斐がなく人生に嫌気がさして引きこもりになったんです。だけどひげおやじに会って、アランに負けてこれが俺の人生の生き甲斐だと感じたんです」
エンヤはほーと溜息をつき言った。
「アランちゃんは父親の借金で家庭がうまくいかなくてね。彼女の父さんも立派なひげおやじニストだったのにさ。ひげおやじんピックに出て優勝すれば借金は返せるほどの賞金がでるんだよ」
それを聞いてアランが怒った気持ちがわかった気がした。
「どうだい?同情するんだったらひげおやじんピックなんてでずに引きこもりのままでいた方がいい」
俺はきっと前を見て言った。
「やります!ひげおやじんピックに必ず出てみます」
こうして俺のひげおやじニストへの戦いが始まった。