内輪もめ
思った通り、長く放って置いた維月はかなり拗ねていたが、十六夜と維心の姿を見るとホッとして、そんなことは忘れてしまった。なので、先に降り立った維心に抱きついた。
「ああ、維心様!おかえりなさいませ!」
維心は、維月を抱き止めてバツ悪げに言った。
「おお維月、長く放って置いてすまなかったの。思いのほか事が込み入ってしもうて…怒ってはおらぬか?」
維月は、維心に抱きしめられながら見上げて言った。
「はい。お顔を見るまでは怒っておりましたけれど、見たら吹き飛んでしまいました。お会いしとうございました…。」
維月が、すりすりと胸に頬を摺り寄せると、維心は維月を嬉しそうに抱きしめて微笑んだ。
「また10日ほどではないか…困ったヤツよの。」
十六夜が、そんな維心の肩をつんつんと突付いた。
「なんだよ嬉しそうに。お前が言うな、里帰りにすぐ追って来るくせに。」
維心は、興が冷めたという顔をして、じとっと十六夜を見た。
「何ぞ、再会を喜んでおるのに。」
十六夜は腰に手を当ててふんぞり返った。
「オレだって10日ぶりなんだぞ。さあ維月、来な。」
十六夜は、手を差し出した。維月は、十六夜の手を握って抱きついた。
「十六夜!どうして、途中で月から話してくれなかったの?待ってたのに。」
十六夜は、維月を抱きしめて嬉しそうにその髪に頬擦りしながら言った。
「途中経過を伝えたらお前が心配しそうな事態になってたからよ。全部終わってから言おうと思ってた。」と、維月を放して肩を抱いた。「さ、座りな。」
すると、少しふて腐れた顔になっていた維心が、ぐいと維月を引っ張って自分の横へと座らせ、その肩を抱いた。十六夜は、眉を寄せた。
「またかよ。お前なあ、ここは月の宮なんだし、維月は里帰り。少しは遠慮しろ。」
維心は、恨みがましい目で十六夜を見た。
「我だって久しぶりなのだし、共に居たい。」
十六夜は、ため息を付いた。
「くっつきたい、だろうが。しょうがないな。」と、自分も維月の反対側の隣りに引っ付いて座った。「じゃ、オレはこっちな。で、どっちが話す?オレが話すか?」
維心は、首を振った。
「我が。」と、維月を見た。「維月、美加のことぞ。」
維月は、ごくりと唾を飲み込んで、維心を見上げた。
「はい。問題なくしておりましたか?」
維心は、微笑んで頷いた。
「あれは、きつい労働にもよう耐えた。そのうえ、その中で己を見直し、驚くほど落ち着いた王族らしい気品ある気に変化しておって…我も驚いたわ。」
維月は、みるみる目を輝かせた。
「まあ!では、牢から出されましてございまするか?」
維心は、維月が嬉しそうなので自分も嬉しくなって微笑んだ。
「ああ。それに、婚姻も決まった…ヴァルラムの皇子である、ヴァシリーがあれを望んでの。美加も、喜んでおった。幸福になるであろう。」
維月は、涙ぐんで袖で口元を押さえた。
「何とおめでたいこと…正式に祝いを贈ることは出来ませぬが、そっと着物など贈ってやっても良いでしょうか。」
十六夜が、反対側から笑って言った。
「またオレが連れてってやるよ。こっそり行こう。月の宮から行けば、問題ないさ。維心は見て見ぬふりだな。」
維心は、不機嫌に十六夜を見た。
「ここにはそれほど珍しい物もないであろうが。我が宮から何か持ち出さねば大した祝いも出来ぬではないか。」
十六夜は、ムッとしたように維心を見た。
「ここだってレースの技術は上がってるんだぞ。あっちの洋服に合うやつはこっちで作ってるんだからな。」
維心も負けじと言った。
「細工物は神世広しといえども我が宮の物が一番ぞ。主に何が与えられる。」
維月は、慌てて割り込んだ。
「あの!」と、二人が自分を見るのを待って、言った。「十六夜は美しいレースを編んでもらえるように職人達に頼んでもらえる?維心様には、表向きは私の物と言う事で、頚連や額飾りなどを作ってもらえるように、職人達に指示して頂けますでしょうか。」
維心と十六夜は、同時に頷いた。
「わかった。」
そして、お互いに顔を見合わせて、ふんと横を向く。維月は、ため息をついた。この二人はいざと言う時にはとても仲が良いが、維月を挟んで三人で居ると、こうして張り合って不穏な空気になるのだ。
戻ったばかりで本当はこんなことはしたくなかったが、いつものようにしなければ、と維月は下を向いた。そして、悲しげな表情を作ると、それを隠すようにわざと袖を上げて、二人から顔を反らした。
「そのように…やはり私は、お二人の間では諍いの種でしかないのですわね。確かに、前世からとはいえ大変に不自然なことを、お二人のお気持ちに甘えて続けておるのでございますもの…。」
すると、維心も十六夜も途端に表情を変えた。前世、本気でそう考えた維月が、自分を封じて池の底へ隠れてしまったことがあったからだ。
「何を言う…我らは、諍いを起こしておるのではないぞ。ただ…こうして一緒に居ると、たまに軋轢が起こるだけだ。維月、気にするでない。我らは常共と約した仲ではないか。」
十六夜も、頷いた。
「そうだぞ。オレも維心だって親友だと思ってるし、こいつだからこそこうして一緒に居ることを許してるんだ。前世だって黄泉でだって今生だって一緒に来たんじゃねぇか。そんなこと、気にするんじゃねぇ。」
維月は、二人を見た。そして、十六夜に言った。
「分かっているわ。でも…やっぱり無理をかけているのは事実。あの、今日は維織の所へ行って来るわ。少し、三人で居るのは避けなきゃ。」と、維心を見た。「維心様…それでは、里帰りが終わりましたら宮へ戻りまするので。」
出て行く維月に、維心と十六夜は、同時に足を踏み出した。
「維月!」
しかし、維月は二人に軽く頭を下げると、そこを出て行った。そして、思っていた…一緒に居るから、諍いになる。これは、前世から学んだことだった。十六夜も維心も維月を望み、維月はどちらも選べなかった。ならばどちらにも行かぬと決めた維月に、十六夜が譲歩し、維心が譲歩して始まったのが三人の関係だった。始めから望んだことではないのだし、それが二人にとって堪えられないことなら、共に居ない方が良い、というのが一貫した維月の考え方だった。なので、時にこうして、二人に考えてもらう。もう嫌気が差したというのなら、自分は二人にこんな関係は強要出来ない…。
そんな維月の背を見送ってから、維心は言った。
「…困ったことよ。我も分かっておるのに、久しぶりに維月の顔を見るとつい己の方ばかりを見て欲しくなる。前世より、成長せぬことよな。己で己に呆れるわ。」
十六夜が、珍しく真剣な顔をして言った。
「お前が悪いんじゃねぇ。お前がそんな感じだって、前世から嫌ってほど知ってるのに、意地を張ったオレも悪いんだ。他の男には余裕のオレも、お前のことには嫉妬しちまう時があるんだよな…。維月は今でも、二人も夫が居る事実にはたまに自分を責めてる時がある。やっぱり、三人であんまりおんなじ所に留まるのは良くないな。」と、窓の方を見た。「蒼の所に置いて来た己多の様子も気にかかる。オレはあっちへ行って来るよ。お前はどうする?ここの部屋へ戻ってもいいし、龍の宮へ帰るってんなら止めねぇがな。」
維心は、ふーっと肩で息を付いた。
「このまま維月を放って置けぬ。我はここの我の対へ帰るわ。明日、維月の気持ちが落ち着いたら話をする。帰るかどうかは、それから決める。」
十六夜は、頷いた。そして、窓から出て飛んで行った。
維心がそれを見送ってから、心持ち落ち込み気味にとぼとぼといった風で月の宮で自分に与えられている対へと歩いていると、自分の部屋の戸が開いた。
「維心様?」
維心は、驚いて駆け寄った。
「維月!」維心は、その手を握った。「維織の所へ行ったのではなかったか。」
維月は、首を振った。
「維心様がこちらへお戻りになるやもと、こちらで待っておりました。」
維心は頷いて戸を閉めて維月と共に中へ入ると、椅子へと座った。
「維月、先ほどはすまなんだ。我ら、もう主の前であのようなことないゆえ。」
維月は、また首を振った。
「良いのですわ。悪いのは私なのです。こうして一緒に居られるのならと、甘えておるのですから。維心様…本当に、ご無理を申しましたわ。二人の諍いを止めようと、わざとあのように振る舞いましたの。申し訳ございませぬ。」
維心は、少しホッとして微笑んだ。
「良いのだ。我らも悪かった。維月…我は主に会いたかった。」
維月は、微笑んで、維心に頷き掛けた。
「はい。私もお会いしたかったですわ。」
維心は、維月に口付けた。ホッとする…維月が側に居るのは…。
そのまま、維月を寝椅子へと押し倒そうとすると、維月は言った。
「維心様、今宵はこれで。あの、ここは月の宮でございます。十六夜を放っては置けませぬ。」
維心はそのまま無理にでも愛してしまいたい衝動に駆られたが、力を抜いて、頷いた。
「そうであるの。我が安心したように、十六夜にも安心させてやらねばならぬ。分かった、行くが良い。だが、明日は我の所へ。それで良いか?」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。維心様…それではまた明日。」
維心は、頷いて維月から手を放した。
「待っておる。」
そうして、維月はそこを出て行ったのだった。




