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夜明け

気が付くと、自分の宿舎の部屋だった。体が鉛のように重い…何が起こった?

ヴァシリーが身を起こそうと横を見ると、美加が叫んだ。

『ああ!ヴァシリー!ヴァシリー!我は…ああ我のせいでこのようなことに!』

ヴァシリーは、横になったまま半身で覆いかぶさるように抱きついて来る美加に、驚いた。

『ああ、気が付いたぞ!ヴァルラムを呼べ!』

後ろから、聞き覚えある声が聴こえる。ヴァシリーは、美加に抱きつかれたまま横を見た。

『十六夜…?』

十六夜は、笑って頷いた。

『大したヤツだよ。もう駄目かと思ったが、最後の最後で術を消しちまいやがって。』

ヴァシリーは、やっと状況を把握していた。頭がはっきりして来る…そうだ、術は?

『術は消えたのか。我は…なぜに助かった。』

十六夜は、苦笑して言った。

『気が付いてないのか。ま、そうだろうな。だが、お前は術に勝ったんだ。』

美加は、涙でくしゃくしゃになった顔を上げてヴァシリーを見た。

『我も見えていたの…それなのに、どうすることも出来なかった。玉はもうあなたの中にあって、我には干渉出来なかった。』

ヴァシリーは、美加を見つめた。

『ミカ…助かったのだな。本当に良かった…。』

美加は、何度も頷いた。

『あなたのお蔭よ。ヴァシリー、本当にごめんなさい。我が、あなたを信じなかったから…。きちんと話し合えば良かったの。それなのに、あんなものを飲んで…。』と、ヴァシリーに頬を摺り寄せた。『もう疑ったりしないわ。我は、あなたについて参る。どんな扱いを受けても、我はそう決めたの。』

『ミカ…。』

十六夜は、困ったように微笑んでそれを見ている。すると、戸が開いてヴァルラムと維心、それに己多が入って来た。ヴァルラムは、目覚めているヴァシリーを見てホッとした顔をしたが、それも一瞬で、すぐに真顔になった。維心が言った。

『良かったことよ。あれからもう七日も眠り続けておったゆえな。美加が服の前を閉じるのもそこそこに部屋を飛び出して来て主が危ないと叫んだゆえ、皆仰天して駆けつけたのだ。』

ヴァシリーはハッとした。そういえば…我はあのままであったか。目覚めた美加は、己の知らぬところでそんなことになっているのに、さぞかし驚いたことだろう。ヴァシリーは、案じるように美加を見た。美加は、真っ赤な顔をしていたが、言った。

『あの時は何も考えられなくて…気が付くと、駆け出しておったの。まさか、あんな恰好でいるとは思わなかったものだから。』

ヴァシリーは、美加に小さく頭を下げた。

『すまぬ。あれしか方法がなかったとはいえ、主の許しも得ずにあのようなことを。だがしかし、我にも初めしか記憶がなくて…。』

美加は、ヴァルラムや維心が居るのを気にしながらも、小さな声で言った。

『ヴァシリー、あの、まだ…その、そこまでは。何も無かったようなの。』

すると、己多が口を挟んだ。

『すまぬの。口付けただけで術中へ入って行ったようぞ。なので主らはまだ夫婦ではないの。』

ヴァシリーは、驚いたが少しホッとした。あんな普通でない状態での初夜など、望んでいなかったからだ。

『だが、我は確かに術に負けたのだと思うておった。あの術が見せておった幻は、確かに我を食ろうておったのだと思うたが。』

それには、維心が答えた。

『最後の最後で、主は術を遮断したのだ。あれの示した道を絶望のままに流されておったなら、主は今頃生ける屍と化していただろう。だが、主はそうしなかった。あれの言うことを拒絶し逆らうことが、あれを滅する力となって消し去るのだ。主は、美加への想いの真実を語ることでそれをやってのけた。ようやったと褒めてやろぞ。』

じっと聞いていたヴァルラムが、口を開いた。

『どちらにしろ、時が掛かったことよ。己の未熟さをこれで知ったであろう。これからはもっと精進するが良いぞ。』

ヴァシリーは、身を起こして、頭を下げた。

『は、父上。』

ヴァルラムは、すっと踵を返すと、そこを出て行った。十六夜がその背を見送ってから言った。

『なんでぇ、目が覚めるまで心配で夜も寝てないくせによ。助かったとはいえ、お前の体の中は大変だったんでぇ。治癒のドラゴン達が必死に治療したんだぞ。死ぬかと思った。』

ヴァシリーは、驚いたように十六夜を見た。

『父上が?』

維心が、苦笑して頷いた。

『少しは休めと申したのにの。やはり子はかわいいものぞ。我も素直ではないなと思うが、ヴァルラムの気持ちも分かる。面と向かっては、そのようには言えぬもの。』

己多が、呆れて言った。

『何との。力の強い王ともなると、そうなるか。我には理解出来ぬが、そんなものかの。まあ、我には子がおったことがないゆえ。』

維心は、己多を睨んだ。

『誰の術のせいでこうなったと思うておる。これからは、面倒なものは作ってくれるな。蒼とて仙術には面倒を掛けられておるのだ。主は、蒼を助けて参らねばならぬ。分かったの。』

己多は、仕方なく頭を下げた。

『龍王の言葉。我は真摯に受け止めるつもりぞ。』と、肩の力を抜いた。『では、我にはここですることが無うなった。十六夜、月の宮へ発つか?』

十六夜は、頷いた。

『ああ、オレもそろそろ帰らないと、維月が何も分からなくてイライラしながら待ってるだろうしな。維心、お前はどうする?』

維心は、十六夜に頷き掛けた。

『ああ、我も去ぬ。あまり留守にすると、維月がどれほどに怒るか分からぬからな。』

己多が、また呆れ顔で二人を代わる代わる見た。

『だから主らの妃はどれほどに恐ろしいのよ。妃の顔色を伺う龍王など、聞いたこともないわ。』

維心は、ふふんと笑って踵を返した。

『維月の恐ろしさは主には分からぬ。とにかくは、我は去ぬ。』と、ヴァシリーを見た。『ではの、ヴァシリー。主は次代の王候補。我が見たところ、主しかヴァルラムの跡など継げまい。美加を頼んだぞ。我が血に繋がる女、一筋縄では参らぬが、維月の血が入っておるゆえ。おそらくは恐ろしい妻となろうがな。』

美加は、維心が自分を公然と血筋だと言ったことに驚いて、口が開けなかった。しかし、ヴァシリーはそんな美加の肩をしっかりと抱いて、頷いた。

『今は軍神の妻でも、必ずや、美加を王妃にしてみせまする。ご安心を。』

維心は、頷いた。

『我が妃に良い土産話が出来た。ではの。』

維心はそこを出て行った。十六夜が、二人を見た。

『じゃあな、美加。元気でな。また維月を連れて様子を見に来るよ。あっちのことは心配するな。里帰りはできねぇだろうが、それでも何かあったら月に言え。すぐに来てやるよ。』

美加は、涙目で頷いた。

そうして、十六夜も己多も出て行った。

ヴァシリーは、美加を見た。

『ミカ…我の心の真実を、知ってもらえたのだの。』

美加は、涙ぐんだまま頷いた。

『ええ。我も本当に…。あなたは我を救ってくれた。我のような女に価値を見出してくれた。我は、あなたについて参るわ。』

ヴァシリーは、心から微笑んで美加を抱き寄せた。

『ああミカ、愛している…。我は、此度のことで、それを更に深く知った。終生共に。』

美加は、頷いてヴァシリーに抱きついた。

ヴァシリーと美加は、その夜から、夫婦となってドラゴン城の中のヴァシリーの部屋で暮らすことになったのだった。

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