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行動

維心が、いきなり立ち上がった。一緒に話していたヴァルラムは、驚いて維心を見た。

『維心殿?どうしたのだ。』

維心は、ヴァルラムを見た。

『ヴァシリーを、すぐにこれへ。一度出したほうが良い。』

ヴァルラムは何の前触れもなくいきなり言う維心に、怪訝な顔をした。

『何を言うておる?出すにしても、この時間ではおかしいのだ。皆に不審がられずに出るためには、朝でないとの。どうせ、我が精査する日程が近付いておることだし、明日にでも降りて参ろう。』

維心は、ヴァルラムを見た。

『精査?』

ヴァルラムは、頷いた。

『半年に一度、我が降りて皆の気を探る。さすれば綺麗に真っ直ぐになった気があれば分かるゆえ、そういう者は出してやるのだ。居って一人か二人であるがな。』

維心は、ヴァルラムの説明の途中でも、もう頷いていた。

『ではそれを、今せよ。明日では、面倒なことになっておるやもしれぬ!』

ヴァルラムは、目を丸くして維心を見ていたが、眉を寄せて険しい顔をした。

『理由を申せ。』

維心は、ふーっと息をついた。言わねばならぬか。

『…主には、本人に許しも無くと思うやもしれぬが、我には見知っておる者の目から物を見ることが出来るのだ。ヴァシリーが地下へ降りてから、ずっとあやつの目を通して全てを見て参った。』

ヴァルラムは、途端に仰天したような顔をした。

『え…そのようなことが出来るのか?』

すると、そこへ窓際から声が飛んだ。

『なんでぇ、お前もそ知らぬふりして見てたのかよ。オレも見てて、やばいなと思ったから降りて来たんだ。』

ヴァルラムは、十六夜のいきなりの訪問にはもう慣れていて、振り向きざまに言った。

『何ぞ、主も出来るのか!どうやるのだ、我もそれが出来ればそれは便利であろうに!』

困ったように維心を見る十六夜に、維心も困ったように言った。

『そうよな…コツがあっての。意識を繋いで、尚且つ己を気取らせぬようにせねばならぬし、難しい。我も、あまりに遠いとそやつの目を使うことは出来ぬし、知らぬ神の目は使えぬ。己の良い方法を探って己で編み出すよりないぞ。』

ヴァルラムはそれを聞いて、少し不満そうな顔をしたが、言った。

『で、主らが見ておってまずいと言うわけであるな?何を画策しておる。』

維心は、ヴァルラムを見た。

『仙術を知る男が居る…あれは、我が宮に居ったことのある男。我ら記憶を奪って新たに生きる術を与えておったにも関わらず、ある日突然に消えたのだ…どうも、何かの勢いで記憶が戻ったのではないかと思われる。』

十六夜も、頷いた。

己多(きだ)っていう、元は蛇族の王だった男だ。記憶を奪って新たに龍の宮の軍神として生きられるようにと面倒を見てやってた。』

ヴァルラムは維心と十六夜を代わる代わる見た。

『キダか。主らの方の神で、こちらへ来て我が領地内で民の家を略奪しようとしたゆえ、捕らえたのだ。だが、気が大きかったゆえ、本人は何も言わぬが恐らく王クラスであろうと、独房へ放り込んでおいた。あの男が、何かしようとしておるのだな。』

維心も十六夜も、頷いた。

『ただ出たいがゆえな。仙術は厄介ぞ。あれを使われては、解く方法が分からぬと我ら神でも手の付けようがなくなってしまう。おまけにそれは、神一人の命を奪ってしまうような術。掛けさせるわけには行かぬのだ。』

十六夜も、何度も頷いた。

『そうそう。オレら何回それに悩まされたか。』

ヴァルラムは、ため息をつくと立ち上がった。

『では参る。主らは引き続きヴァシリーでも、我でも良いから、その目から見ておれば良いわ。我が行って参るゆえ。主らが居ると、何かと面倒だろう。』

維心と十六夜は、顔を見合わせた。確かに、美加の性質では素直になれず、困ったことになるかもしれない。

『主に頼んだ、ヴァルラム。』

ヴァルラムは頷くと、マントを翻してそこを出て行った。

維心と十六夜は、それを黙って見送りながら、もうヴァルラムの目を通して見ていた。


ヴァルラムが突然に地下へと現われたので、牢番達は慌てふためいて慌てて集まって来て、ヴァルラムの前へとひれ伏した。今は格段に穏やかになったとはいえ、ヴァルラムは維心と同じく力で押さえつけ、皆を治めている絶対的な王なのだ。

近隣の王達でも、ヴァルラムを前にすると皆頭を下げて、顔を上げることが出来ないのだという。

ヴァルラムは、いつものことなのでそれを気に留めることもなく、ダヴィートを見て言った。

『気が向いての。まだ数日後にしようと思うておった、精査を今するかと降りて来たのだ。囚人は皆、牢へ戻ったか。』

ダヴィートは、岩がむき出しになってごつごつとした床にひれ伏したまま答えた。

『は!皆、戻しておりまする。』

ヴァルラムは頷くと、すいっと飛んで大牢の方へと向かった。

『ついて参れ。』

薄暗い中、ヴァルラムは先に立って飛んで行く。ダヴィートと、四人ほどの部下は、ためらいがちにその後ろへと続いて飛んで行った。

ヴァルラムが近付くと、大牢の中の囚人達が一斉に向こう側へと転がるように寄った。疲れて寝転がっていた者が大半だったのに、皆向こう側の岩の壁に、張り付くように我先にと逃げて行く。しかし、どう逃げてもヴァルラムが誰かに制裁を加えに来たのなら、逃げ切れるはずもなかった。

ヴァルラムは、じっと皆を見渡して、そして言った。

『男には、今回は一人も居らぬな。』と、女の大牢の方へと目を向けた。そして、少し驚いたように目を開いた。『…こちらには、何やら変化があるような。』

そう、前までの殺伐とした気がやわらいでいる。あれだけ己が己がと言っていた囚人達が、女達に限っては幾分落ち着いていた。

『そうよな…まだ出すほどではないが、幾らかマシになって来ておるようだ。これはどうしたことかの。だが、良い傾向よ。』と、ダヴィートを見た。『前にも言うたが、ここの囚人がゼロになり、我が軍神達が採掘に回るようになれば、気を使うゆえかなりの効率になる。ここの採掘をさせておるのは、人手が無いからではなく、あくまでこれらに己を見つめ直し、正しい道を見出す時間を与えるためぞ。鉱脈はここだけではないゆえ、ここには作業の効率など求めておらぬのだ。ここの囚人をなくすように尽くすのが、牢番達の役目ぞ。つまりは更生を促すための力になるようにとの。その点から言うならば、此度の目覚しい改善は主らの功績であろう。褒めてやろうぞ。』

ダヴィートは、ホッとして深々と頭を下げた。

『はは!』

ヴァルラムは、しかし首を振った。

『だが、此度も出所出来る者が居らぬのは、変わらぬ事実。主ら、また半年を尽力するが良い。』

そして、踵を返して戻ろうとするヴァルラムに、ダヴィートは慌てて言った。

『お、王。独房の方を、まだご覧になっておりませぬ。』

ヴァルラムは、ああ、と足を止めた。

『おお、そうであったわ。あそこは、今は三人であったの?』

ダヴィートは、また頭を下げた。

『は!男が二人、女が一人でありまする。』

ヴァルラムは頷くと、そちらへ向けて飛んだ。少し傾斜を登った所に二列に並んである独房の、向こう側には二人の囚人、美加と己多が居るのが見える。その格子の前に立つと、背後にヴァシリーの姿があるのが分かった。

ヴァルラムは、一人一人をじっと見た。己多…来た時から思っていたが、何やら物悲しいような悲哀を感じる。何か恨みを持っているような感じでもなかった。本当ならば、この気ならここに入れることはないのだが、それでも南から来た元は王であった神で、民の屋敷を無理に奪おうとしていたのは事実。なので、見せしめにここへ放り込んで、そのままになっているのだ。もう、出して維心に引き渡すべきか、とヴァルラムは思ったが、何も言わずに今度は美加の方へと視線を移した。

そして、驚いた。

美加の気は、間違いなく神の王族のそれと変わりがなかったからだ。ここへ来た時には、気品など欠片も感じなかったその気は、王族特有の悟ったような深い気品を感じさせた。そして、何やら穏やかな、愛情のような暖かいものも感じた。ヴァルラムは、これはここに入れて置くわけには行かぬ、とダヴィートを振り返った。

『この女はもう出せ。ここに置く意味は最早ない。拘束を解くが良い。』

ダヴィートは頭を下げたままスススと格子に寄って行って、その鍵を外した。美加は、ヴァシリーが言った通りであったが、それでも俄かには信じられず、呆然としていた。ヴァルラムは、とにかく唖然としてそこへ立ち尽くしている美加に言った。

『何をしておるのだ。出て参れ。』

美加は、ハッと我に返ると、おずおずと外へ出て来た。すると、横の独房の己多が叫んだ。

『なぜにその女を?!』

ヴァルラムは、片眉を上げた。ダヴィートが、慌てて叫んだ。

『黙れ!王の御前であるぞ!』

しかし、ヴァルラムは手を上げてそれを制した。

『これは気がすっかり変化した。これは、心底改心せねばならぬ状態ぞ。しかし、主のことは迷っておる。しばし待て。』と、背後の、ヴァシリーの方を見た。『さて、主は手違いでここへ入ったのであったの。我はもう主の罪がどうのと思うておらぬ。戻れば良いわ。』

また、ダヴィートが進み出て、今度は物凄い速さでその鍵を開けた。どうも、ヴァシリーを牢へ入れているという事実が、どうにも落ち着かなかったらしい。ヴァシリーも、そこから出て来た。美加が、嬉しそうにヴァシリーを見上げて微笑んだ。

『ヴィクトル…。』

ヴァシリーは、美加の方を見たが、何も言わなかった。ヴァルラムが、また己多の方を向いた。

『さて、我には主を拘束しておく理由がない。民から屋敷を略奪しようとしたが、略奪されはしなかった。しばらくここへ放り込んだのは、見せしめのため。なので、もう出してやろう。』と、ダヴィートに頷き掛けた。ダヴィートが、急いでその鍵を開く。己多は、驚いたようにヴァルラムを見た。ヴァルラムは続けた。『だが、主に面会人が来ておるぞ。連れて参る。謁見の間へ。』

己多は、背を向けようとするヴァルラムに、叫ぶように言った。

『なぜに今出すのだ!このように普通に解放されては…!』

ヴァルラムは、ちらと己多を振り返った。

『何が悪い?出たかったのであろう?それとも、何か他に企んででもおったか。ここを出る他に、主がしたかったのは何ぞ?』

己多は、それを聞いてヴァルラムは自分が何をしようとしているのか知っているのだと悟った。脱獄を理由にして、あの仙術を発動したかった理由。そう、自分はここを単身でも出ようと思えば出られた。あんな牢番など、恐らく気が使えなくても倒すことは出来ると自信がある。それでも、そんな遠回りなことをしようとした、理由…。

『…面会人とは、誰ぞ?我は、この地に知り合いなど居らぬ。』

ヴァルラムは、ふふんと笑った。

『まあ、古い知り合いかの。参れ。』と、ヴァシリーと美加を見た。『主らは着替えよ。侍女に部屋に案内させるゆえ。』

そうして、ヴァルラムは先に立って、己多を連れてそこを出て行ったのだった。

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