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変化

維月が、今日も一人休もうかと月を見上げると、十六夜の声が言った。

《維心のヤツが、もうしばらく掛かると維月に伝えて欲しいってさ。》

維月は、月に向かって頷いた。

「私のことは心配しないでくださいませと伝えて。それで、美加の様子は分かったのかしら。」

十六夜は、少し困ったような感じに黙ったが、言った。

《…オレ、ヴァシリーの目を通して見てるんだ。本当は相手に知らせずにそんなことをするのは良くないんだが、この際仕方がねぇ。維心は、それを知らねぇから、ヴァシリーからの報告を待ってるんだよ。》

維月は、驚いて月を見た。

「まあ、十六夜ったら!見ているんなら、維心様に教えてあげてくれたらいいのに。それで、ヴァシリーって誰なの?

軍神?』

十六夜は答えた。

《ヴァルラムの息子だよ。あっちじゃ皇子も何も関係ないらしい。何でも経験させることに意味があるって考えだ。》

維月は、驚いて、それでも考え込むように言った。

「維心様は、きっと皇子の目から物を見るのは、はばかられていらっしゃるのだと思うわよ。だって、失礼なことなのだもの。」

十六夜は、頷いたようだった。

《ああ、確かにそうなんだ。だからオレから維心に言えてねぇんだけどよ…美加、あいつはやっぱり明維の娘だな。オレは、そう思った。》

維月は、眉を寄せた。

「なに?美加がなんですって?」

十六夜は、少し困ったように言った。

《いや…これ以上は言えないが、近い内に動きあるだろう。お前は、維心に心労かけねぇようにとにかくおとなしくしてな。》

維月は、ぷうと頬を膨らませた。

「何よ、教えてくれてのいいじゃない。」十六夜の気配が、月から消えた。恐らく、どこかへ降りたのだろう。「十六夜!ちょっともう!」

十六夜からの答えはなかった。


ヴァシリーは、今日も美加と共に古い方の採掘場へと来ていた。美加が何か言いたそうにしていたが、自分から言い出すまではとヴァシリーは知らんふりをして、ゴツゴツと岩を掘っていた。

『ヴィクトル。』美加の声がして、ヴァシリーが振り返ると、美加はびっくりするほど近くに居た。『我は、こっちを向いて採掘しながら話すから、あなたもそっちを向いて作業に集中しているふりをして聞いて。』

美加は、そう小さな声で言うと、目の前の岩をコツコツと控えめに叩き始めた。ヴァシリーは、言われた通りに前を向いて、美加の声が聴こえるように、自分も控えめに岩を叩いた。すると、美加は言った。

『キダが言っていたことなのだけれど…』美加は、小さく息をついた。『あの、あの時は言えなかったわ。でも、実はまだ我は、キダの言うようにするかどうか悩んでおるの。』

ヴァシリーは、ゴツゴツと岩を叩きながら答えた。

『ここから出る唯一の方法なのではないのか。』

美加は、小さく首を振った。

『確かにそうなのかもしれない。我だって始めは気持ちが揺れたの。だって、もう南には帰れないの…あちらでは、我はとても恥ずかしい女であるから。でも、キダが言うようにしたら、帰れるかもしれないって、そう思ったから…。』

ヴァシリーは、確かに維心は二度とあちらへは帰さないようなことを言っていたと、思いだしていた。美加は、前の岩を見つめながら続けた。

『でも、我はもうこれ以上世を乱すようなことをしたくない。我は子供であったから、己のことしか考えずに皆に迷惑を掛けて、お祖母様やお母様、それにお父様にまで迷惑を掛けてしまったわ。その上やっとこんな場所とはいえ受け入れてくださったドラゴンの王の下で騒ぎを起こしてしまったら、あちらの皆はどうなるのかしら。我のために、誰かが困ったり苦しんだりするのは、もう嫌なのよ。我のせいで、祖母も母も離縁されて、しかも里からも戻ることを拒否されてひっそり暮らしておるの。それなのに、ここへ来るまでの我は、それすら己のことばかりで分からなかったの。どうして自分だけがこんな場所へ送られるのか、恨んでばかりいたのよ。』

美加は、そう言い終わると、唇をかみ締めて一気にガンガンと前の岩を砕いた。ヴァシリーは、そんな美加の横顔を見た。美加は、まだどこか幼さの残る顔立ちで、今は髪を束ねて男と同じ服を着せられて、しかも汚れてとても美しいと言える状態ではなかったが、それでもヴァシリーはその横顔が、美しいと思った。なぜだか分からないが、こうして贖罪の言葉を並べる美加は、内側から輝いているように見えたのだ。

ヴァシリーは、口を開いた。

『…主は、キダの片棒を担ぐことはない。』ヴァシリーの言葉に、美加は驚いたようにヴァシリーを見た。ヴァシリーは、微笑んで続けた。『では、許されてここを出される日を待とう。我と共に、ここを許されて出で、暮らして参ろう。見たところ、主はもうここに居るべき女ではない。王が次にここを精査なさるまであと数日。主を調べれば、王にも分かろう。』

美加は、少し赤くなった。ヴァシリーの顔が、また見えたのだ。笑うと、また更に美しい顔立ちだった。

共に?それって…どういうことかしら。

『でもヴィクトル、あなたはまだ来たばかりでしょう?もし我が数日後に出れるとして、あなたはそんなに早く出られるの?』

ヴァシリーは、ふっと笑った。

『そうであるな。では、主に待っておってもらわねばならぬの。だが、そんなに気が長い方では無さそうであるが。』

美加は、それこそ真っ赤になって、慌てて岩の方を向いて、道具を振り上げた。

『何を言っているのよ!我は…』そうして、小さな声になった。『待ってもいいわよ?…待ってて欲しいと言うなら。』

ヴァシリーは、声を立てて笑った。

『おお、素直でない女よ。待ちたいのではないのだな。』

すると、牢番がそれを聞きつけて叫んだ。

『そこ!無駄口を叩くな!』

ヴァシリーは、涼しい顔で黙るとまた採掘を続けた。美加は、横を向いて慌てて採掘した石を籠へと移している。そうしながら、美加はぽつりと言った。

『ヴィクトル…あの、ここを出て共に暮らすの…?我と…。』

美加は、こんな我と、という言葉を飲み込んだ。ヴァシリーは、作業の手を休めず背を向けたまま答えた。

『ああ。主のような前科者で気の強い女を娶ろうという奇特な男も居らぬだろう。しかし我のような軍神の妻には絶好よな。我で我慢せよ。』

美加は、真っ赤になりながらも、拗ねたように横を向きながら、石を次々と籠へと放り込んだ。

『どうせ前科者よ。早く出て来ないと、お婆さんになってしまうから、急いでもらわないとね。』

ヴァシリーはそれを聞きながら、作業を続けた。そして、父に今の美加を見てもらい、判断してもらおうと思っていた。ヴァシリーも驚いたことに、この気が強くこんな場所で真っ直ぐになろうとしている美加を、どうしても幸せにしてやりたいと思うようになっていたのだ。


作業の後、美加達は先に戻されたが、ヴァシリーは残った石の入った籠を運ぶように言いつけられて、一人そこに残って作業をしていた。すると、あちらの作業場から男達がぞろぞろと戻って来た。

ヴァシリーが作業している横を通る時、そこからキダが出て来て牢番に言った。

『我も手伝いをしよう。』

牢番は、ヴァシリーが一人で籠を集めているのをちらと見て、頷いた。

『では、お前手伝え。他はさっさと戻れ。』

他の男は疲れ切った顔で、手伝うというキダを気がふれたのかと言わんばかりの表情で見てから、ぞろぞろと大牢へ戻って行く。キダは、ヴァシリーに歩み寄って籠を持つのを手伝いながら言った。

『傷はもう良いのか。』

ヴァシリーは、頷いた。

『少し痛むぐらいよ。』

キダは頷いて、せっせとヴァシリーを手伝った。キダが手伝うと、驚くほど早く進む。キダは、籠を持って行き来しながら、言った。

『明日ぐらいには、皆新しい方へ移るらしい。なので、今日はここを閉じるつもりで皆集めさせておるのだろう。』キダは、にやりと笑った。『明日か、明後日に実行しようと思うておる。』

ヴァシリーは、キダを見て言った。

『どういった術なのだ。本当に発動するのか?』

キダは、頷いた。

『それは間違いない。我は何度もそれを見たからの。だが…』と、キダは声を小さくした。『…術を使われた本人は、恐らく助かるまい。まずは術を掛けた赤い玉を飲ませ、それに向かって呪を唱えるのだ。それによって体に宿る力を全て解放される。我は、この術でまるで枯れ木のようになった遺体を幾つも見て来た。』

ヴァシリーは、目を見開いてキダを見た。しかし、顔を隠す長い髪のせいで、キダにはそれが見えなかった。

『それは…』ヴァシリーは、努力して平静を装って言った。『どうやって、その赤い玉を飲ませるのだ。』

キダは小さく笑った。

『もう渡してある。同じ場に居る時に、その玉を飲めと言ってあるから、あれはどうなるのか知らぬのだ。だが、ここを出るためならば、女一人の命など何であろう。そうは思わぬか?』

ヴァシリーは、気もそぞろだった。美加の手に、もうその玉があると言うか。だが、美加はここを出れるのだ。我は、そう美加に言って希望を持たせた。玉を飲むはずはない。だが…もしも無理にでも飲んでしまったら?呪を唱えられるだけで、美加は力を搾り取られて抜け殻となってしまうだろう。

黙って考え込みながら作業しているうちに、籠は全て集められた。牢番が言った。

『さあ、戻れ!』

上から、牢番が着いて来る。ヴァシリーとキダは、無言のまま独房へと歩いて行った。

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