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暗い穴

美加は、ぼんやりと独房の冷たい石の床に座って、遥か上から微かに差し込む仄かな灯りを眺めていた。

着ているのは洋服というもので、ここへ来てから与えられた唯一の身につけるものだった。しかも、男女全く同じもので、生まれてこのかた着たこともなかったズボンというものと、被って着るシャツというもの、それに上着の三つだけだった。

ここでは、飛ぶ事も出来ない。ヴァルラムというドラゴンの王が支配しているここでは、王に許されない限りは気の力を使うことは一切出来なかった。なので、ここに居る男女の咎人達は、皆同じようなものだった。

それでも、自分はまだいい方だった。

こうして独房を与えられているのは、暴れて手が付けられない気が触れた犯罪人か、それとも高い身分でありながら罪を犯した者か、どちらかだった。それ以外は、全て同じ部屋に押し込まれ、そこで一緒に生活せねばならなかったのだ。

しかし、気が触れた者は、ある日身分の高そうな軍神が一人やって来て、ちらと見たかと思うとあっさりと処分してしまうので、その独房はすぐに空になった。

今ここに入れられているのは、美加と隣りの男の、たった二人だけだった。

暗くて所々に設置されている燭台からの炎しか灯りがない中、奉仕とかいう労働に狩り出されて戻ると、いつも美加はここでじっと座って高い天井の横にある、日の光らしくおぼろげな光を見ていた。

すると、隣りの独房の男の声がした。

「起きているんだろう、ミカ。」独房の間には、石の壁があるので、声は前の格子の方から聞こえた。「今日も少し、話さないか。」

美加は、面倒で答えなかった。どうせ、向こうからこちらの様子は見えないのだ。気を取り上げられている以上、こちらの気を探ることも出来ない。なので、黙っていた。

それなのに、男の声は勝手に続けた。

「お前のその目…見たことがあるんだ。オレは、こっちじゃなくて島国に居た。こっちへ流れて来る前は、あっちで神をやっていた。だが、その目の色は、誰も真似が出来ないものだろう。龍王の色と言われている色だ。」

美加は、それでも何も答えなかった。毎日、懲りずにこの男は同じことを言う。確かに、この瞳の色は龍王の色。あの、父から譲り受けたこの血の証…。

美加は、下を向いた。だからなんだというのだろう。血なんて、結局何の役にも立たなかった。せいぜい、ここで独房を許されたことぐらいだ。僅かな気の緩みで、その血の潔白を守るため、切捨てられてしまったのだ。こうして、明らかに分かる瞳の色を持ったまま…。

男の声は続けた。

「お前はこんな所に居ては行けない女だろう。オレに考えがある…一緒にここを出ないか。」

美加は、驚いてそちらを見た。昨日までは、言わなかったことだからだ。

「…気も使えないくせに。」

美加は、呟くように言った。相手の声は、答えた。

「お前は自分の血の力を知らなさ過ぎる。オレは知ってる…龍王とは、ここのドラゴンの王でも敵わぬほどの力持ち主。そんな王から続く血族の力は、簡単に抑えられるものではない。オレは…その血の使い方を知っている。」相手は、息を飲んで聞く美加に気付いているのか、そこで一呼吸置いた。そして、続けた。「その方法を知っていて操れるオレとお前が居れば、必ずここを出ることが出来る。それどころか、この城だって手中に出来るぐらいの力があるんだ。だから美加、ここを出ないか。オレと一緒に。」

美加は、突然のことにためらった。確かに…このままではここで死ぬことになってしまう。精進して心を入れ替えればここを出られると聞いていた。だが、心を入れ替えるとはどうすればいいのか、美加にはさっぱり分からなかったのだ。

そうして迷っていると、正面の格子の間から、カツンと音がした。美加がハッとして見ると、そこには直径一センチほどの小さな赤い玉が落ちて転がっていた。男の声が言った。

「それが、役に立つ。この格子の外で一緒になった時、オレが合図したらそれを飲み込め。そうすれば、この気の拘束を破って、気を使えるようになる。しかも、その血に潜む力を引き出せるのだから、ここを出ることも可能だろう。ただ、それを解放するということは、また抑える必要もある。オレは、そのどちらの呪も知っている。生きてここを出たければ、オレの言うようにするのだ。」

美加は、ただ呆然とその赤い玉を見つめた。血に潜む力…本当に、ここから出られると言うの…?

「あなた…いったい何をしたの?」

美加がその赤い玉を見つめたまま言うと、相手の声は嘲るように変わった。しかし、それは美加ではなく自分のことを嘲っているようだった。

「忘れておったことを思い出して、それでも何も出来ぬ自分に嫌気がさしてな。」その声は、答えた。「行く場が無く、こちらへ逃げて参ったのだ。そして、住処を探して家を略奪しようとして、ドラゴンに捕らえられ、ここへ放り込まれた。我の気が大きいのと、南の島から来たということで、独房へ入れられたんだがな。だが、我はあちらへ戻りたい。戻って、我をこのような目に合わせた輩に仕返ししてやるのだ。」

美加は南の島と聞いて、唇をかみ締めた。自分は、もう帰ることすら許されていない。いつか許されてここから出されたら、このドラゴンの城で仕えさせてもらえと言われた…あちらでは、二度と許されない罪なのだ。

美加は、その小さな赤い玉を拾って握り締めた。

「…しくじったら、承知しないわよ。」

相手の声は、ほくそ笑んだようだった。

「我も千載一遇の機会ぞ。間違いは起こさぬ。」

美加は、相手から見えないというのに、しっかりと頷いた。ここを出たい。そして、もう一度南の地へと戻りたい…!


維心は、ヴァルラムと会うため、ドラゴン城を訪れていた。十六夜は、月から見ているからと言って、月に帰っている。己が言い出しておいて、と維心は思ったが、何も言わずに義心のみを連れて、維心はドラゴン城へと降り立った。

すると、ヴァルラムが進み出て、維心を見た。

『維心殿。久しいの。壮健か?』

ロシア語だ。こちらへ自分が出向いたので、維心も会釈してロシア語で話した。

『長く失礼した。蒼から聞いたが、面倒を引き受けてもらったようで、すまぬな。挨拶が遅れてしもうた。』

ヴァルラムは、笑って首を振った。

『良い。あちらではああいった神は少のうて、皆処刑されるか、良くても生涯籠められるのだ聞いた。こちらでは多いので皆、殺しておったらきりがないのよ。なので、一応ああして籠めて、幾人かは更正に成功しておる。さあ、こちらへ。』

ヴァルラムは、城の奥へと案内する。維心はそれについて、ヴァルラムの居間へと向かった。

そこへ到着して椅子へ座ると、ヴァルラムは言った。

『して、用件は何ぞ?主がただ遊興に来たはずはあるまい。維月も連れておらぬし。』

維心は、頷いた。

『頼んでおる、咎人のことぞ。』維心は、険しい顔で言った。『聞いておろう。あれは前世の息子の子。様子を聞こうと参ったのだ。』

ヴァルラムは、片方の眉を上げた。

『あやつは独房に入れ、待遇としては悪うない。連れ帰るのか?』

維心は、首を振った。

『いいや。終生あちらの土は踏ませぬつもりぞ。神にあるまじき心根であって、とても我が血族に繋がるとは公言出来ぬのだ。ただ、最近変わった事はないか。』

ヴァルラムは、首を振った。

『いや。何も報告は受けておらぬな。だが、牢番長を呼ぼう。待つが良い。』

側に立っていた侍従が出て行くのを見送って、維心はふと、一人の若い軍神が側に控えているのに目を留めた。維心の視線に気付いたヴァルラムは、ああ、とその軍神に手招きをした。

『主には初めてであったの。我が息子の、現在では次席軍神として仕えてくれておるヴァシリーぞ。』

確かに、そう言われて見るとヴァルラムによく似た男だった。ヴァシリーは進み出て、頭を下げた。

『初めてお目通り致しまする。』

維心は、軽く会釈して応えた。

『知ってはおったが、こちらでは世襲制ではないか。王の子であっても、軍神として仕えるのであるの。』

ヴァルラムは、少し驚いたような顔をしたが、頷いた。

『おお、そうであったの。そちらでは王の子は皇子と言われて別待遇を受けるのだった。こちらでは、王の子でも力が無ければただの軍神と変わらぬ。しかし、現在の王である我の血を引いておるから、他の軍神よりも恵まれておって、こうして大きな気を持つゆえ、他より王になる確率は遥かに高いがの。ただ今は、気は誰より大きいが技術が追いつかぬゆえ次席であるが、そのうちに筆頭になって我を助けてくれるであろう。』

ヴァシリーは、それを聞いて驚いたような顔をしていたが、頬を紅潮させた。恐らく、父がそう思っている事実を、今知ったのだろう。維心は、感慨深げに言った。

『そうか。我らの方では皇子が王となるべく幼い頃から育てられ、そうして王亡き後必然的に王になるのであるが、こちらでは違うの。それはそれで、確かに合理的ぞ。力強い者を選ぶだけで、王の条件は我らのほうと変わらぬ。』

ヴァルラムは、頷いた。

『その通りよ。そちらでは、王の血筋以外でいきなり大きな気の神が生まれることは少ないと聞いておるが、こちらでは多い。我とて、前の王を弑して今の地位に就いたからの。力が己より弱い王に仕える理由などない。』

維心は、同じ考えでもこちらではこうなるということが、面白いと思った。どちらも結果は同じなのだが、やり方が違うのだ。全て、環境なのだろう。

『ところで、主は我が方の他の王との交流はあるか。炎嘉とは交流があると、前に炎嘉から聞いたことがあるが、他の王からは何も聞かぬな。』

ヴァルラムはそれを聞いて少し眉を寄せた。

『他の王?』そして、息をついた。『そうよな、主らの方とそこが考えが違うのやもしれぬ。我から見て王と思えるのは主と炎嘉、それに蒼殿ぐらいのもの。他は王とは思えぬのだ…何しろ、主の軍神であるその義心に、いったい何人の王が勝てるのか?我とて危ういやもしれぬ。我にしたら、義心が王であって当然と思われる。主らの所では、その種族の王として敬われるようであるが、こちらではそのように単純なものではない。我は、我が軍神よりも力の弱い王のことは、王と認めておらぬ。自称するのは勝手であるが、王としての扱いはせぬの。』

維心は、そのはっきりした様にしばし驚いて黙った。徹底している…神世は力が全てではあるが、こちらではそれがもっと顕著なのだ。

『そうか…であろうの。しかし、我が方にも確かに王と思われる力の持ち主は居る。主が知らぬだけぞ。また、あちらへも訪ねて参るが良い。引き合わせようぞ。』

ヴァルラムは、少し興味を示したように表情を緩めた。

『参ろうぞ。』

すると、そこへ体の大きい、がっちりとした体型の男が入って来た。男は、深々と頭を下げて、大きな体を必死に縮めようとしているように見える。ヴァルラムが、それを見て言った。

『牢番長よ。』ヴァルラムが、維心に言った。『ダヴィート。主に聞きたいことがあって呼んだのだ。』

ダヴィートと呼ばれたその男は、頭を上げた。

『は。何なりと、王。』

維心は、その様子にヴァルラムがあちらの自分と同じように、非情の王で通っている事実を見た。思わず苦笑していると、ヴァルラムがこちらを見た。

『何を笑うておる。何を聞きたい?維心。』

維心は、答えた。

『美加。あやつは今、どのように過ごしておる。』

ダヴィートは、維心にも極端に恐れているような様で必死に答えた。

『はい。ただ今は独房から出て、地下の鉱脈で採掘を。』

維心は、頷いた。

『その様子、気取られずに見たい。』

ヴァルラムは、目を丸くした。

『何を言うておるのだ。主の身分で、あんな地下へ入るのか?』

維心は、ヴァルラムを鋭く見た。

『あれは、龍の王族の血を引いておるのだ。何らかの形で抗おうとしたのなら、主らにも抑えられるか分からぬ。我は、もしあれが何かを企んでおったなら、それを未然に防がねばならぬのだ。』

ヴァルラムは、考え込むように維心を見た。

『…何か掴んだのか?』

維心は、今碧黎の話を言うべきなのかと悩んだが、言った。

『地を、覚えておるだろう。維月と十六夜の父よ。』

ヴァルラムは、頷いた。

『覚えておる。あれが、何か気取ったか。』

維心は、息をついた。

『そうだ。本当ならば言うべきではないのだが、あれは人や神の寿命が見える。我らが美加を処分しなかったのは、残りの寿命が少ないと知っていたゆえ。だが、あの時点では確かにその寿命が短いと言っておった碧黎が、ここに来てあれの寿命が延びておると…つまりは、何かやるべきことが出来たからではないかというのだ。』

ヴァルラムは、思わず身を乗り出した。

『あの大きな気の神は、そんなことまで分かるのか。何との…』と、興味深げに言ってから、ダヴィートを見た。『我も地下へ参る。そういえば最近は見回っておらなんだしの。分からぬように主らと同じ服を準備せよ。参る。ああヴァシリー、良い機会であるから、主も地下を見て置くか。』

ヴァシリーは、頭を下げた。

『は。しかし父上、我は何度か気がふれた囚人を始末しに階下へ降りておりまする。これが初めてではありませぬ。』

ヴァルラムは、そうだったと頷きながら立ち上がった。

『そうであったか。とにかくは、主も参れ。さ、維心殿。主も着替えよ。』

そうして、維心とヴァルラム、ヴァシリーの三人は、牢番と同じ服に身を包んで、地下へと向かった。


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