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桜の宴2

帝羽が、膝を進めた。

「しかしながら」皆が、帝羽を見る。帝羽は、ひるむことなく続けた。「こちらの宮には、他のどの宮にもない物があり申す。しかも、それは今や神世では無くてはならぬもの。龍の宮でも、我は使っており申したが、遡ってみると、幼い頃にも養父から与えられて使っておったものでございます。あれは、どこにでもあるので、どちらでも作っておるのだと思っておったが、龍の宮には無かった。もちろん、鷹の宮にも。調べ申したら、この月の宮だけでしか生産しておらぬのだと。」

蒼は、驚いて顔を上げた。何があるというのだろう。

維心は、眉を上げた。

「ほう。それはなんであるか?」

興味を持ったようだ。帝羽は、頷いた。

「はい。パイル糸を使った、タオルというものでございます。このパイル生地は、月の宮でしか生産出来ませぬ。なぜなら、あれは人が開発した技術で、特殊な機械を使って細かい作業を可能にして織っておるもの。手で織るにも、神なら可能やもしれませぬが、月の宮ほどの速さで大量には生産出来ませぬ。なので、どの宮でも、月の宮から他の物と交換する形でそれを手にしている。なぜなら、その方が易く手に出来るからです。月の宮には、その強みがある。これよりはその方向でいろいろな製品を編み出し、足りぬ物と交換して財政を補って参れば良いと考えます。」

確かにそうだ。

蒼は思った。今まで、タオルは必要な分だけしか生産して来なかった。必要だと言われたら、その分を織って準備させる。機械で織るので、すぐに出来るからだ。しかし、人はたくさんのタオル生地の製品を作っている。それをここでも作れば…。

維心は、感心したように息をついた。

「確かにそうよ。そうか、蒼よ、そのような事を思い付いておったとはの。それならば、財政もすぐに回復して参るであろう。ここにしかないのであるから、神はこぞって必要な品と交換を申し出るであろうし。」と、維月を見た。「ほんに良かったこと。少しは先も明るうなったのではないか?機械と申す物なら、職人も数は要らぬしな。育つのに何百年も掛からぬだろうから。」

蒼は、少しホッとして頭を下げた。帝羽も、ホッとしたような顔をする。十六夜は、帝羽が蒼を庇ったのだと分かった。龍の宮の職人の盛況ぶりを聞いて、蒼が自分の宮の至らない所を、恥ずかしく思うのではないかと案じたのだ。確かに、維心に叱責されて支援を打ち切られた後の席なのだから、こんな会話は蒼にとってつらいだろう。しかし、十六夜がそれを話題にしたのは、訳があった。龍の宮が、どんな状態で営まれていて、だからこそ、他の宮を支援出来るのだと蒼に教えたかったのだ。

十六夜が黙ってそう考えていると、蒼は口を開いた。

「…しかし、改めて分かった気がします。」蒼が言うと、皆が蒼を見た。「オレは、何でも維心様に頼りきりでした。この宮の領地も、元は維心様が管理していらした土地。そこに、大きな宮まで建てて頂いた。神世に来てから、何が起こっても全て維心様に聞いて、自分の手に負えない時には維心様か十六夜が何とかしてくれるって、そんな甘えがあった。月の宮が神世で高い地位につけたのも、維心様のお力があったからなのに、いつも助けてくれと言って来る宮を助けたり、命じただけで出来たから、それが自分の力であるような気がしていました。でも、違った。自分を支えてくれる臣下達や、それに維心様の宮の、龍達の力だったのに。」

維心が、それをじっと聞いていたが、フッと笑った。

「最初主を助けたのは、我の気まぐれ。しかしそれから先は、全て我のためよ。」蒼が驚いたように維心を見たので、維心は笑って続けた。「覚えておるだろうが。我は最初、維月に片恋であった。どうにか維月を側にと、主らを支援して己との繋がりを作り続けた。そうして十六夜に維月を許された後は、今度は維月を正妃にと、一刻も早く月の宮を高い位置に据えることを考え、領地を与え、宮を与え、我が龍を貸し与えた。そうした後は、主は維月の子であるし、月の宮は維月の里であるから、支援し続けたのだ。全ては、我が維月のため。つまりは、我のためぞ。」

維月は、横で赤くなった。

「まあ維心様…そのように、昔のことを。」

しかし、維心は笑って言った。

「何が昔ぞ。今でもそれは変わらぬぞ。蒼がもっと学んでおったなら、支援を凍結などしなかった。しかし、これで主も分かったの。人世の金と同じ、振って湧いておるのではないのだと。神世でも、神達が必死に精進して毎日作り上げておるのだ…それが、我らの財力となる。そして、我ら王は、それらの努力に報いるために安心して暮らせる場を与えるのだ。」

蒼は、それを肝に銘じた。確かにそうなのだ。いくら金という概念が無いとはいえ、その代わりの物だって、簡単に手に出来るものじゃない。

蒼が、悟ったように微笑んで維心に頷きかけると、維心も微笑んで頷いた。そうして、同じように微笑んでいる維月を横から抱き寄せると、頬を摺り寄せた。

「おお、機嫌が良いの。では、毎年参る、枝垂れ桜の所へ参るか?」

維月は、ふふと笑った。

「そうですわね。でも、せっかくに十六夜も居りまするから、もうしばらく、こちらへ。」

維心は、がっかりしたように、しかし笑った。

「しょうがないの。」

十六夜が、維月の横へ移って、維心から維月を引っ張った。

「そうそう、オレの嫁を横取りしてるんだから、一緒に居る時は遠慮しな。こいつはよ~、計画的に維月を持って行きやがって。人世でなら、金と権力にものを言わせてモノにしたって言われても文句は言えねぇぞ?」

維心は、心外な、という顔をした。

「我は無理やりに維月を娶ったのではないぞ。確かにカネと申すものも、権力も、あるものなら全て使ってでも維月を手にしたかったがな。」

維月は、目を丸くする回りの帝羽や蒼、それに向こう側に黙って座る維織と大氣に、恥ずかしくて手を振って言った。

「もう、十六夜!維心様!おやめになって、皆の前で!恥ずかしいですわ!」

維月は、二人の間で後ろへと身を退いて立ち上がった。維心が慌ててその手を掴んだ。

「維月!わかったゆえ、もう言わぬから!座るのだ、主は怒るとどこへ行くか分からぬから…。」

以前、同じ桜の宴で怒って宮へ戻った維月が、そのまま行方不明になったことがあったのだ。維心はそれから維月が怒ると、必要以上に脅えるようになってしまっていた。十六夜も、言った。

「冗談じゃねぇか、怒るな維月。それに誰も気にしちゃいねぇって。」

確かに身内は皆、そんな三人を見慣れていたが、帝羽は違った。なので、それをどう理解していいのか分からないようだった。龍王の妃…しかし月の妃。取り合っておるが、確か嘉韻殿も維月が妻だと言っていたような…。

帝羽が難しい顔をしているので、維月は余計に恥ずかしかった。なので、維心に腕を掴まれてはいたが、くるりと踵を返して歩き出した。維心は、それに引きずられるように立ち上がった。

「維月、宮へ戻るか?我も行く。」

維心は言いながら、決してその手は離さなかった。維月は、ため息をついた。

「少し歩いて来るだけでございまするから。どこかへ行ったり致しませぬわ。」

それでも、維心は横へ並んでしっかりと肩を抱いた。

「共に行く。」

十六夜は、仕方ないかと肩をすくめた。

「わかったわかった。オレは里帰りの時まで待ってやるよ。枝垂れ桜の所へでも行ってきな。」

維心は、何度も頷いた。

「おおそうよ。維月、参ろうぞ。」

維月は、困ったように微笑むと、根負けしたように頷いた。

「わかりましたわ。」

そうして、ホッと胸を撫で下ろした維心と共に、そこを歩いて離れて行った。

十六夜は、それを見送って帝羽に言った。

「お前、理解出来ないとか思ってるだろう。ま、オレ達にだって理解出来ないんだよな。だが、これで上手く行ってるんだから、これでいいのさ。」

帝羽は、何がいいのか分からなかったが、とにかくは頷いた。龍王があれほどに想ったからこそ、この月の宮はこうしてここにあるのだ。それを思えば、恐らくはいいのだろう。その意味の、いいということだろうと、帝羽は自分なりに理解して、何とか自分を納得させたのだった。

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