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婚姻の日

瑠維の婚姻当日がやって来た。

今回は降嫁するということで、正式に大々的な式を行なうことになっていて、維心と維月も揃って正装して明輪を迎えることになっていた。

本来なら、まだ成人もしていないので、成人するまでと長く時を開けることもあるような婚姻の取り決めであったが、明輪からのたっての希望を維心が汲むという形で、このように婚約から数ヶ月という異例の早さでの挙式となり、宮でも急なことに大忙しであった。

維月が、正装をして侍女達に着物を支えられ、維心の居間へと入って来た。維心は、その維月を見て嬉しそうに目を細めた。

「おお維月よ。何と美しいことか…常なら七夕や正月ぐらいしか見られぬ姿であるのに。さ、早よう側へ参れ。」

維月は、急かせる維心を恨めしげに見ながら、慎重に足を進めて言った。

「維心様ったら、これはとても重いのでございまするわ。私も、瑠維の婚姻でなければこのような格好は致しませんでした。身動き取るのが大変で、億劫になってしまいまするもの。」

維心は、やっと側に来た維月の手を取って言った。

「何を言う。王妃がそのように機敏に動く必要などないではないか。侍女に任せておけば良いのだ。さあ、もっと寄れ。」

同じように正装なのに、維心の着物は豪華であるが維月よりも軽そうだった。何しろ維月の着物には、宝石の類いが山のように付けられているのだ。その上、これでもかと挿されたかんざしで、頭も本当に重かった。バランスを崩したら、誰かに手伝ってもらわないと頭を上げることすら出来ないだろう。

しかし、維心は維月を飾り立てるがの好きだった。これは前世から変わらず、いつも公の場に出る時にはこんな感じにされてしまうのだった。

「龍王妃であるから仕方がないと分かってはおりまするが、それでもいつまで経っても私はこれに慣れませぬわ。」

維月がふて腐れたように言うのに、維心は維月の肩を抱きながら言った。

「たまには良いではないか。いつもは気軽な着物で許しておるのだから、本日は我慢せよ。」

そう言う維心は、大変に機嫌が良かった。ここのところぴりぴりとして落ち着かなかった維心なので、維月は苦笑して頷いた。

「はい。」

そうやって維心が維月に見とれていると、侍女が二人入って来て頭を下げた。

「王。瑠維様が、ご挨拶にと参っておられまする。」

維心は、侍女達に頷き掛けた。

「通せ。」

すると、侍女達に先導されて、そして維月ほどではないものの、侍女達が回りを取り巻いて着物を持つ中、瑠維がゆっくりと歩いて入って来た。特別に誂えられたその着物は大変に豪華で、そして頭に挿されたかんざしも、かなりの量だった。それ、重いわよね、分かるわ、と維月が同情して見ている前で、瑠維はやっと立ち止まって両膝を付いて頭を下げた。

「お父様、お母様。」

維心は、軽く会釈した。

「瑠維。婚姻であるの。」

瑠維は、頭を上げた。

「お父様、お母様には、大変にお世話になりました。我はこれより、この宮を出て明輪様にお仕えして参ります。」

維心が、答えた。

「まだ幼いかと案じておったが、明輪と共に居る様を見ておって、主はよう弁えておる。ならば早い方が良いかと思うた。主も、夫のためとよう心得て、幸福になるのだぞ。」

瑠維は、また頭を下げた。

「はい、お父様。」

維月が、言った。

「何事も初めてのことばかりで、分からぬことも多いと思いまするけれど、お父様の結界を出るのではないのです。ここに、私たちが居ることを思い出して、何事も乗り越えて参ってね。」

瑠維は、維月を見上げて、涙ぐんで微笑んだ。

「はい、お母様。」

瑠維は、立ち上がった。すると、脇に控えていた瑠維の侍女が進み出て、手にしていた大きなベールで瑠維を覆った。維月は、婚姻のベールを見て、自分達の婚姻のことも思い出し、微笑んだ。

「まあ維心様、あれには覚えがございます。懐かしいこと。娘が、もうあのように育つのでございまするわね。」

維心も、頷いて維月に頬を摺り寄せた。

「誠にの。我らの婚姻は前世の折のこともあり、ややこしゅうなってこのように正式な式を挙げた時には、もう我らとっくに夫婦であったし、これほどの感慨はなかったものだが。」

維月は、確かにそうだわと思って、苦笑して維心を見た。

「誠に…私たちは、前世も先に済ませてしもうておって、後から式でばたばたとしておりましたものね。一度ぐらいは、普通にこうして婚姻の日を向かえても良いのに。」

維心は、少し不安そうな顔をした。

「後悔しておるのか?こうして、正式な縁ではなかったと。」

維月は、慌てて首を振った。

「まあ!いいえ。無事に前世、今生と夫婦になれたのですから、私は良いのですわ。ただ、少し瑠維が羨ましくなっただけ。明輪は、よう弁えて瑠維を待ってくれたのでありまするから。」

維心は、更にバツが悪そうな顔をした。

「それは…確かに我が性急で、式を終えるまで待てなんだのは悪かったと思うが…。」

維月は、困ったように維心の頬に触れた。

「責めておるのではありませぬわ。待てなかったのは、私も同じ。」維心が驚いたような顔をするのに、維月はふふと笑った。「様々な形があって良いではありませぬか。愛し合っておるのに、変わりはありませぬ。」

「維月…。」

維心は、自分に触れる維月の手を握って、頬を摺り寄せた。瑠維は、それを見てベールの中で赤くなった。本当に…この両親は、とても仲睦まじくて、羨ましい限りではあるけれど、目の前で見ると気恥ずかしくて。

すると、侍女が小さく咳払いをして、言った。

「明輪様が、お待ちでございまする。」

維心は、ハッとしたように顔を上げた。

「そうであった。あやつはとっくに迎えに来て待っておるのだったの。」と、立ち上がった。「これ以上待たせるわけには行かぬな。では、謁見の間へ。」

維月に侍女達が、わらわらと寄って来て着物の裾を、せーのっと声が聴こえるのではないかと言った感じでタイミングを合わせ、持ち上げる。維月はやっと立ち上がって、差し出された維心の手を取った。

ふと見ると、瑠維の侍女達も着物を持ち上げて瑠維を補佐している。

一人で歩けないような着物を、果たして着るのに意味があるのかと維月はその時思ったが、しかしすぐに歩くのに必死になって、そんなことを考えている余裕はなくなったのだった。


謁見の間では、明輪が緊張気味に待っていた。夜明けには来てこうして待っているが、王族の準備はかなり時間の掛かるもの。だが、最初から一日中でも待つつもりで来た明輪は、ただ黙ってそこに居た。先ほどから、維明が入って来て側の椅子へと座っている。明輪は、もうすぐなのか、と自分の中の緊張感が高まるのを感じた。

維明が、そんな明輪をちらと見たかと思うと、苦笑して言った。

「…明輪。主らしゅうないの。落ち着かぬか、瑠維は逃げはせぬし。今、父上と母上と共に、瑠維は居間を出たと我に知らせが来た。もうここへ着くであろうぞ。」

見ると、第二皇子の維斗も急いで正装で駆け込んで来た。本当に、もう来るのだろう。

維斗が、言った。

「兄上。もう、父上がそこの回廊までいらしておりました。ですが、母上と瑠維が、あのような着物であるので、足を取られておるようで、なかなかに進まれぬようで。」

維明は、それを聞いて、その状況が目に浮かんだ。そうか、王妃の正装はかなり重装備であるし、瑠維も婚姻でかなり着こんでいるだろう。維心のイライラが伝わって来るようぞ…。

維明は、笑いたくなったが、堪えた。すると、やっと先触れの侍女が入って来て頭を下げた。

「王、王妃様、瑠維様のお越しでございます。」

明輪は、急いで膝を付いて深々と頭を下げた。維明と維斗は、立ち上がってそのままで頭を下げる。すると、そこへいくらか機嫌が悪くなった維心と、疲れ切った表情の維月、そしてホッとしたような顔をした瑠維が入って来た。

「皆、ご苦労。」維心は、そこに居る維明、維斗、それに明輪とその背後に控える明輪の親族達に向けて言った。「しばし待て。妃は座らせる。」

維月がもうふらふらなので、維心は慌てて持って来られた椅子に、維月を座らせた。

「維月、少しは楽か?」

維月は、ホッとして頷いた。

「はい。ですが、申し訳ありませぬがなるべく早ようにお願い致しまする。」

維心は頷いて、自分は立ったまま皆の方を向いた。

「本日は大変にめでたいことよ。では、明輪、前へ。」

明輪は、ためらいがちに前へ進み出て、維心の前に膝間づいて頭を下げた。維月が横で、少し青い顔で座っている…確かに重そうな衣装なので、かなり疲れるのは分かるが、こんなに慌しい引渡しの儀式で良いのだろうか。

それは、儀式のために待ち受けていた、兆加も同じようだったが、頭を下げて前に出て来た。

「それでは、これより臣下へと降嫁なさる瑠維様へ、まずは王より下賜される品々の引渡しを行ないたいと思いまする。」

明輪の親族達が後ろから出て来て、明輪の後ろに控えた。維心は、兆加から渡された書状を、ちらと見てから明輪へと渡した。

明輪は、頭を下げてそれを受け取り、それを後ろの親族の一人に渡す。その親族は、頭を下げて、そのまま後ろへとすすすすと足を擦って下がって行った。

今のは、瑠維の荷の目録だった。

明輪は、思った。すると、また兆加が言った。

「では次に、王妃様より、瑠維様の夫となられる明輪様へと、特別に作らせた王族の催しなどに出席する際の、正装用の甲冑を。」

維月が、明輪に頷き掛けた。しかし立ち上がることはなく、維心が兆加からまた書状を受け取って、それを明輪に渡した。そして、明輪が後ろの親族に渡す、と一連の流れが済むと、また兆加が言った。

「続きまして、月の宮、蒼様より、瑠維様への…」

儀式とはいえ、同じことの繰り返しなのに、維心が無表情で淡々と、どうやらイライラしているらしい風情なのに、明輪は気を遣った。維月はというと、維心とは違って、ここへ入って来た時より幾分顔色も良くなって来て、笑顔も見せていた。どうやら、座っているのが良かったようだ。

明輪は、それを見て気遣わしげに瑠維の方をちらと見た。瑠維は、ベールをすっぽりと被っているので、詳細な表情が見えない。ああして、王妃さながらな衣装に身を包んでいるのに、具合が悪くなったりはせぬだろうか。

しかし、明輪の心配を他所に、瑠維は正装を見つけた明輪に、ただただ見とれて衣装の重さなど忘れてしまっていた。これから、あのかたの屋敷へ行くのだわ…。

瑠維の心の中は、それだけだった。

やっと、兆加が頭を下げて下がった。維心が、ふっと息をついて、瑠維へと手を差し出した。

「…では、これへ。」

瑠維は、俄かに緊張して進み出て、その手を取った。

「明輪、前へ。」

維心が言い、明輪は立ち上がって維心と瑠維の真ん前に行き、再び頭を下げた。維心は、頷いた。

「我と妃の一人娘。これよりは主に任せる。よう精進し、これを幸福にしてやって欲しい。」

明輪は、また深々と頭を下げ直した。

「は。必ずや、お約束致しまする。」

そうして、維心は、瑠維の手を放した。明輪は、頭を上げて、その手を取った。

維心の背後で、維月がほっと息を付いたのが分かる。維心は、言った。

「では、我と妃から、嫁ぐ娘のために宴を贈りたいと思う。」

兆加が、進み出て声を上げた。

「大広間へ!」

背後の戸口が、大きく左右に開かれる。

維心は、維月の手を取った。

「今少しぞ。あちらへ行ったら、そのかんざしを減らして、もう少し軽い袿に変えさせる。」

維月は、また侍女達に着物を持ち上げられながら頷いた。

「はい。座っておったので、具合はよろしいので、ご心配はなさらずに。」

維心は頷いて、維月を引っ張ると、抱き上げた。

「運んで参ろう。歩かずに済む。」

維月は、苦笑しながら維心の首に腕を回して頷いた。

「申し訳ありませぬ。」

しかし、かなりの重量になるはずだった。だが、維心は軽々と維月を抱いたまま、さくさくと歩いて先に出て行く。明輪は、ベールの中の瑠維に、声を抑えて言った。

「瑠維、疲れておらぬか。そのように、たくさんかんざしを挿されて。」

瑠維は、明輪が気遣ってくれるのが嬉しくて、微笑んで答えた。

「大丈夫でございまするわ。あの、明輪様に、ご覧になって頂きたく思って…頑張って、装いましたの。」

あまりに素直に瑠維がそう言うので、明輪まで少し頬を上気させた。

「そうか…その、では、そのままで。楽しみにしておる。」

瑠維は、そんな明輪に手を引かれ、維心の後について大広間へと向かったのだった。

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