判明
奥宮東には、王族のみが入れる小さな庭と、それを望む居間のような部屋があった。そこは、主に家族で使う場で、維心や維月と、子供達の交流や、子供同士の交流などにも使われる場所だった。
そこへ、維心に手を取られた維月が入って来たのを見て、瑠維と維明は立ち上がった。維月が、微笑んで言った。
「ああ、良いのよ、そのままで。」
維明が、頭を下げて言った。
「しかし、父上のおられるのですから。」
維心は、首を振った。
「良い。久方ぶりに、主らと話しても良いかと維月も言うので。」維心は、維月に微笑みかけた。「確かに、最近はそんな時間も取っておらなんだと思うての。もうすぐ、瑠維も嫁ぐのであるし。そういえば、維斗はどうした?」
維明が、答えた。
「はい。ただ今はまだ訓練場に。あれは、前回の交流試合に出られなかったことを悔しがっておったので、ただ今はひたすらに鍛錬の毎日でありまする。」
維心は、フッと笑った。
「そうか。誰もが通る道よ。」と、維月を伴って椅子へ座った。「座るが良い。」
瑠維と維明は、そこへ座った。侍女達が、茶を持っていそいそと入って来る。維心は、それには構わず、言った。
「瑠維。最近では明輪とはどうか?母が大変に案じておっての。」
瑠維は、ぽっと赤くなった。維月は、それを見て微笑ましく思って、自然頬が緩んだ。
「まあ…婚姻も近いのに、夫となるかたの名を聞いただけで、恥ずかしがっておっては駄目よ、瑠維。でも、明輪は大変によく出来た神のようね。」
瑠維は、小さく頷いた。
「はい。いつも我を気遣ってくださり、少しぐらい粗相をしてしまっても、笑って許してくださいまする。お優しくて、いつなり気に留めておってくださって…。」
瑠維は、愛おしそうに指にある金色の指輪にそっと触れた。それを見た維月が、あら、と口を押さえた。
「まあ。見たことのない指輪だこと。」
瑠維は、途端に耳まで真っ赤になった。それを見た維心が、苦笑した。
「今、母に言われたばかりだというに。わかりやすいことよ。」
維月は、微笑んだ。
「明輪に貰ったの?」
瑠維は、また頷いた。下を向いて、顔を上げられないようだ。
「あの…お父様とお母様の指輪のことを、お話したのですわ。我が、それを大変羨ましがっておったのを覚えておってくださって、ではこれをと細工の龍に作らせてくださったのです。」
維月は、じっとそのシンプルな指輪を見つめた。
「では、結婚指輪なのね。」と、維心を見上げた。「維心様、同じものですわ。」
維心は、維月に微笑みかけた。
「そうよな。神世にはこんな習慣はなかったが、それでも本人達がそれで絆を深めると申すなら、良いことよ。」
維月も、満足げに微笑み返した。もしかして見せ掛けだけではと案じていたが、瑠維と明輪は、真実愛し合って幸せを感じているらしい。何より瑠維が幸せそうなので、維月は満足だった。
すると、維心が維明の方を見て言った。
「時に維明。」維心は、表情を引き締めて言った。「主、最近ことに落ち着いて大きな穏やかな気を発するようになったの。時に、我より落ち着いておるのではないかと思うほど。何かあったのか。」
維明は、それを聞いて手にしていた茶碗をすっと置いた。
「いいえ、父上。我は、気が落ち着いておりまするか?何やら、急に悟ったような心持ちになって、気が付けばこのように。」
維心は、じっと維明の目を見つめた。維明は、その目を見つめ返したが、黙っていた。そのまま、実に5分ほど黙ってお互いの目をじっと見ていたので、瑠維は戸惑うように維心と維明を交互に見て、そして維月を見た。維月は、維心が維明を探っているのだと知っていたので、それを黙って見守っていた。
「…瑠維。」維明が、不意に口を開いた。「主は席を外せ。我は、父上に大切なお話があっての。」
瑠維は、いきなりのことに驚いた。しかし、どうなったのか結果が分からないまでも、何かあると思った維月が、瑠維に頷き掛けたので、瑠維は慌てて席を立ち、そして頭を下げると、そこを出て行った。
維心が、言った。
「皆、去れい。」
すると、控えていた侍女達が、さらさらと衣擦れの音をさせてそこから離れて行くのが気取れた。皆の気配が去った後、維明が、口を開いた。
「…隠せなんだか。終生言わずに置こうと思うておったのに。我を探ったの、維心。」
維月が、仰天して両方の袖で口を押さえた。維心は、険しい顔で維明を見つめた。
「叔父上。記憶は持たずに来られたのではなかったか。」
維明は、頷いた。
「そのつもりであった。しかし、転生の土壇場になって、どうしても維月だけは忘れたくないと思うてしもうた。それがあまりに強かったゆえ、こうして記憶を奥深くに持って転生してしもうていたのだ。」
維月は、それを聞いて絶句していた。確かに、維心と同じ命の維明が強く願ったのなら、記憶を持って来ることも可能だっただろう。
維心は、苦々しげに言った。
「今生は幸福にと、維月と共に育てたのに。あの維明は、もう居らぬと言うか。」
維明は、首を振った。
「主らも記憶を持って参ったのだから分かろうが。そうではない。元の維明が、これを思い出した状態ぞ。我は、今生幸福に父母や祖父母、兄弟、それに友まで側に育った。皆に大切にされ、決して孤独ではなかった。この生が愛おしい。主らが我を幸福にと思うてくれたお蔭ぞ。それに感謝しておるゆえ、混乱を招かぬようにと、記憶が戻っておることは黙っておったのだ。だが、気は裏切るの。こうして、前世の気へと戻ってしもうて。何とか誤魔化そうとしたが、主にはやはり無理であったか。」
維心は、じっと維明を見た。
「あまりにも突然過ぎたわ。これが、時を経て徐々に変わったのなら我も気取れなんだ。だが、急にであるからの。おかしいと思わぬ方がおかしい。」
維明は、維月を見た。
「維月、主は維心が変わってしもうたと悩んでおったの。我は、あの時生涯隠すと決めておったのに、主には話すべきかと悩んだのだ。だが、言わなかった。主がまた維心と仲良うなったので、言わずにおって良かったと思うたものだったのに。結局は、こうして知られてしもうた。」
維月は、維明を見つめた。
「維明様…。」
維心は、見つめ合う維明と維月に、眉をぐっと寄せると、言った。
「ならぬ。」と、維月を自分の袖の中へ引き込んだ。「叔父上、今生は維月を許すつもりなどない。また、維月を我から掠め取ろうというか。」
維明は、驚いたような顔をしたが、ふっと笑って首を振った。
「そのようなつもりはない。我は、将維とは違う。生涯維月以外は慕わしく思えぬだろうが、我はそれでも側近くに生きておるだけで良いのだ。ゆえに黙っておるつもりであったからの。十六夜にも碧黎にも、黙っておるようにと言った。あれらは、言うべきだと言っておったがな。」
維心は、横を向いた。そうか、碧黎も十六夜も…。だから、ごたごたするとか申しておったのだな。
「しかし…今生はそのような訳には行くまい。跡取りの皇子として転生したのだからの。」
維明は、首を振った。
「分かっておろう。我は主と同じ。我には無理ぞ。記憶が戻る前であったなら、もしかして分からぬが、しかし無理であったろうと思う。なので、維斗に頼もうかと思うておるのだ。あれの子でも、維心の血筋。何ら問題はあるまいが。」
維心は、維明をキッと睨んだ。
「新しい生を生きておるのに!まだ維月をと…。」
維明は、それには穏やかな表情を崩して、険しい顔をした。
「主はどうか?維心。」維心が、ぐっと黙った。維明は続けた。「己ばかりが同じように生きられると思うたら間違いぞ。我は、維月を愛しておる。維月しか愛せぬ。だが、主から取ろうなどとは考えておらぬ。跡は、維斗の子に譲る。それでも異議があると申すか?」
維心は、維明を睨み続けた。確かに、何も問題はない。表面上は、それで上手く行く。だが、維月の心は…この、自分そっくりの姿の、穏やかで思慮深く、懐の深い叔父が戻って来てしもうて、それと比べられて暮らすというのか。維月が、叔父を選ぶことに脅えながら、生きよと申すのか!




