今
維心が真っ先に目を開いた。
十六夜は遅れて目覚め、維月は目覚めようとモソモソと動く。外は、山の端に日が昇ろうとしているところだった。
「あー、朝か?」十六夜が、言った。「なんだか寝た気がしねぇな。」
維心が、身を起こして隣の維月の顔を覗き込みながら答えた。
「当然ぞ。寝ておったのではないからの。」と、維月に語り掛けた。「維月…気がついたか?」
十六夜は、伸びをしながら寝台の端に腰掛けていたが、そんな二人を振り返った。
「維月は普通でもまだ起きねぇ時間帯だ。寝かせといてやれよ。」
しかし、維月は無理矢理に目を開いて維心を見た。
「維心様…あの、あの二人は婚姻を。」
維心は、微笑んで頷いた。
「案じておったが、我が口を出すでもなく決まったの。良かったことよ。」
維月は微笑み返したが、何やらモヤモヤとした口調で言った。
「安心しました。それで…まだ眠いので…。」
維心は頷いて言った。
「ああ良い。まだ寝ておっても…」
維心がそう言い終わるのを待つ事もなく、維月はもう寝息を立てていた。十六夜は笑った。
「ほら見ろ、こんな早くに維月が起きられるはずねぇだろうが。」十六夜は、立ち上がってもう一度伸びをした。「さて、親父に礼でも言って、オレも寝直すとするか。じゃな、維心。オレは帰る。維月を頼む。ケンカすんなよ。」
維心は、大真面目に頷き、十六夜を見て真剣に言った。
「此度は、世話を掛けた。今度こそ無理かと…礼を申す。」
十六夜は少し驚いたような顔をしたが、笑って言った。
「仕方ねぇよ。オレにとっては、維月もお前も大事なんだ。維月が嫁ならお前は親友だしさ。気にすんな。」
維心が目を丸くするのに、十六夜は構わず窓から月の宮へと飛び立って行った。
そうして、維月は龍の宮へと何事も無かったかのように戻り、また宮は普通通りに動き始めた。維月は、隣に座る維心を見上げて言った。
「維心様…それで、瑠維は機嫌よくしておるようでございまするね。あちらから月を通して様子を見ておりましたけれど、大層明輪と仲睦まじい様子。驚きましてございます。」
維心は、頷いた。
「明輪は、大変に落ち着いた優秀な軍神であるし、見目も良い。義心を好むなら、明輪も恐らく良いと思うはずだと思うておったが、思った以上に幸福そうよ。」
穏やかに微笑む維心に、維月は微笑み返しながら言った。
「本当に…私とは育ちが違うのだと認識し直した次第ですわ。維心様にはご存知なかったかもしれませんが、側で見ておった私には、瑠維が帝羽を想うておるように見えておりましたの。ですけれど、あの子は決まった明輪に前向きで、今では帝羽の事はおくびにも出さないのですもの…女神は、ああして状況に従って、その中で幸福を見出だして参るのだと知りました。」
維心は、苦笑した。
「そうよな。男ではそうは行かぬもの…我もそこの辺りは神世の女は柔軟性があると感心する。望まれた先で、己の立ち位置を上手に決めて幸福になるのだからの。」
維月は、それには耳が痛かった。自分には決して出来ない事だからだ。
「誠に…私は恥ずかしいですわ。愛しておらねば無理でありまするし、王であっても維心様以外など…。あの、隣の世の私も同じでしたもの。」
維月は、口を押さえて下を向いた。維心は、慌てて維月の顎をソッと上げると目を見つめて言った。
「主はそれで良いのだ。我だけを見ておれば良い。ま…十六夜も居るがあれは良いし。」
維月は、維心を見つめて微笑んだ。
「はい。愛しておりますわ…維心様。」
「知っておる。」
そうして維心が維月に口づけてていると、戸口が開いた音がした。誰が来たのかと、邪魔をされたのに気を悪くした維心が維月から唇を離して見ると、維明が入って来て、頭を下げた。
「父上、母上。」
維心が、不機嫌に会釈した。
「維明。何用か。」
維明は、顔を上げた。
「母上がお戻りになり、瑠維もゆっくりとお話をしたいと。ならば我もと思い、瑠維を奥宮東に待たせておりまする。母上には、ご都合はいかがでしょうか。」
維月は、微笑んで頷いた。
「ええ、私は大丈夫よ。参りましょう。」
維月が立ち上がったので、維心は慌てて維月を椅子へと引き戻して言った。
「維月、我が用があるのだ。」そして、維明を見た。「一時後にせよ。」
維明は、維心に頭を下げた。
「はい。では、後ほどあちらでお待ちしておりまする。」
維月は、頷いた。
「ええ。維心様の御用が終わったらすぐに参るわね。」
維明は、そこを出て行った。維心は、それを険しい顔で見送っている。維月は、不思議そうに口元を押さえながら、維心を見上げた。
「維心様?どうかしましたの?私が居らぬ間に、維明が、何か?」
維心は、ちらと維月を見た。そうだった、維明の問題が残っておったのだった。
「維月、そういえば主に聞きたいと思うておったのだ。主、維明をどう思うておる。」
維月は、詰問口調で言う維心に、きょとんとして答えた。
「どうって…息子でございますわね。最近では突然に落ち着いて、何やら懐の深さも感じさせ、何かあったのかと私も案じておりましたの。お心当たりがおありなのですか?」
維心は、憮然とした表情だった。その心当たりが将維であるから、我が主に聞いておるのだというのに。
しかし、維月は何も分かっていない。維心は、仕方なく言った。
「我がなぜにこう言うかというとの、あの様には覚えがある…前世、将維に主を一夜だけと許したことがあったろう。あの後ぞ。」
維月は、その瞬間に維心が言いたいことを悟って目を丸くした。将維…では、維明が私をと、思っていらっしゃるの?!
「そのような!維心様、あり得ませぬわ。あちらで、私は維明と話しはしましたが、夜を共になどしておりませぬ。何もなくて突然にあのような様になったので、私はこちらで何かあったのかと思うて…そう、好きな女神が出来たのかと維明に聞きましたわ。でも、そのような暇はないと答えておったのです。」
維月は、庭で維明と話した時のことを思い出して、そう言った。維心は、維月が嘘を言っているようには見えず、恐らく本当に何もなかったのだろうと思った。だが、あの様子はおかしい。維月を見る時の視線も、以前とは違う。まるで、前世の叔父上のように。
「…維月、ならば我にも心当たりはない。だが、あやつが臣下達も戸惑うほどに大人びたのは確か。しかも、突然にぞ。それに、あれが主を見る目は以前の維明ではない。まるで、叔父上のような。」
維月は、息を飲んだ。確かに、維明は前世の維明様の生まれ変わりだけれど。
「…でも、維明様はご記憶を失くして転生されておるはずですわ。あちらで、確かにそのようにおっしゃっておるのを、私も覚えておりまする。維明様の意識の片鱗もないと、生まれ出た維明を探って維心様もおっしゃっておったではありませぬか。」
維心は、頷いた。確かに、そうなのだ。生まれた時、いつか記憶を戻すこともあるかもしれぬと、気を探った。しかし、叔父の意識の欠片も見つからなかった…つまりは、秘めている記憶などないということだった。黄泉で、すっかり浄化されて生まれて来たのだと、あの時確認したのに。
「…確かにの。あるはずはないと思いながらも、あまりにもあれが前世の叔父上に、しかも急に近付いたゆえ、もしやと思うたのだ。ならば…我の、考え違いか。」
維月は、頷いた。
「きっと、そうですわ。もしもご記憶が戻っておったとして、維明様が私達にそれを知らせぬはずはありませぬもの。きっと、王の意識が急に芽生えたとか、そんなとこではありませぬか?」
維心は、自信無さげに頷いた。そうだろうか。王の意識など、あれはとっくに持っていた。帝羽としのぎを削っておった時、いいように成長して安心しておった…だが、まだ若い意識であったのに。
「維月。」維心は、維月を真剣な目で見た。「このようにここで申しておっても始まらぬ。我は、あれを今一度探ってみようぞ。生まれた時と同じ方法で探り、それでも出てこなんだらあれは新しい維明が成長した姿。素直に喜ぶとしよう。しかし…叔父上が戻って来られたとしたら、今までのように維明と二人で会ってはならぬ。」
維月は、目を見開いたが、しばらく黙って、頷いた。もしも、維明様が戻っていらしたのなら…でも、そんなはずはない。だって、何もかも忘れて、今度こそ幸せになるのだと言っていらしたのだもの…!




