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桜の宴

その日は、複雑な天気だった。

朝から、晴れていたと思うと曇って来たり、すっきりとしない。それが、今日の維心の気分かと思うと、蒼は苦笑せずにはいられなかった。何しろ、ああやって突き放されたのに、普通の感じで桜の宴に招待したのだ。

もちろん、毎年のことだったので、いつもなら普通に何の構えもなく来ていた。なので、天気もスカッと晴れていたのだ。

今年は、回りの宮の王達でさえ、身内だけだからと招待しなかった。維月が嫁いだ時点で、龍王も身内になるので、とても幸運な言い訳だった。しかし、維心には来てもらわなければ困る…公式に来る時、維心はいつも何かしらの品を手にやって来る。それが、ただの菓子箱一つでないことは、分かっていた。龍王の面子に関わるので、いつも最高級品を携えて来るのだ。

今度ばかりは、翔馬も他臣下達も、維心の来訪をそれは心待ちにしていたのだった。

朝早くから準備をして、じっと待ちながら見上げるその空に、先頭を行く龍がちらと見えた。かと思うと、どんどんと背後に続く龍の列が見えて、維心が大行列を引き連れてやって来た。

「来られたぞ!」

皆が、一斉に走り出て一列に並ぶ。先頭の龍が到着しても、まだ維心の輿は見えない。そうこうしているうちに、やっと中央の維心の輿が見えて、それは月の宮の到着口に滑り込んだ。軍神が駆け寄って布を左右に開くと、維心が険しい表情で輿から降り立った。そして、輿の中へと無言で手を差し出すと、維月がその手を取って降りて来た。

蒼が、頭を下げた。

「ようこそ、お越しくださいました、維心様。」

維心は、軽く会釈を返した。

「毎年のことであるからの。維月も、ここの桜が見たいと申したので連れ参った。」

どこか他人行儀な感じだ。しかし、維月が横で微笑んだ。

「上空から見ても、とても美しかったこと。今年も楽しみですわね、維心様。」

屈託なく微笑んで自分を見上げる維月に、維心も思わず微笑み返した。

「主がそのように申すのなら、来て良かったの。」

相変らず、夫婦仲はいいようだ。

翔馬達は、支援を絶たれたのは、維月の問題ではないことをそれで知った。恐らく、蒼に財政を省みる気にさせるつもりでやったことであろう。

「では、こちらへ。」

蒼が先に立って、桜の庭へと歩いて行く。維心と維月は、それについて歩いて行った。

それを見送ってから、義心が進み出て言った。

「あちらの輿に、此度こちらへお招き頂いたお礼の品がございまする。ご確認を。」

待ってましたと思ったが、翔馬は神妙に義心に頭を下げた。そうして、臣下達と共にそちらへ行って、驚いた…これは、常より多い。いつも、輿一台分なのに、今回は輿三台分ある。

嬉しさにふるふると震えながら、兆加からの文を開くと、そこにはこう、書いてあった。

「此度は桜の宴へのご招待、誠にありがとうございまする。王より、そちらへ着物一枚贈ることならぬと言われておるのですが、此度はご招待の御礼ということで、常より多くのお申し付けがございました。何分ご気分で何をおっしゃるか分からぬ王であられまするが、此度のこと、恐らくは親のような心地で命じられたかと存じます。蒼様にも、どうか王としてご政務に真摯に励まれるように、願っておりまする。」

翔馬は、うんうんと頷くと、たくさんの品々に感謝しつつ、それを奥へと皆で運んだのだった。


そんなことは知らない蒼は、品はどれぐらいあったんだろう、もしかしていつもより少なかったんじゃ、と頭の中で考えていた。何しろ、自分は何も知らなかった。何でも、維心に頼めばしてくれるので、それが普通になってしまっていたのだ。

あれから、烙真の娘は、僅か数週間で上から三つ目の序列、つまりはBランクの宮の皇子に無事に娶られ、支援が受けられるようになったのだと聞いた。蒼は、なんだかんだいっても、そうやって助けられるのだと知った。まさに、捨てる神あれば、拾う神あり、なのだ。

全く財政に困ることなど考えることもない龍の宮でさえ、支援となるとかなり審査するのだという。時にもう駄目だという神達は、謁見の時や宮が開かれる日に直接やって来て、その時だけ少し支援の品を受け取って帰るのだという。そんな神が多いので、宮が開かれる日のその人の多さは並ではなく、龍の宮の忙しさは大変なものだった。

蒼が、いろいろなことに考えを向けながら桜の下で座って杯を形ばかりに持っていると、十六夜が言った。

「それにしても、お前のところってのは凄いな。オレ、ちょっと前に見に行って来たんだけどよ。」

維心は、びっくりした。見に来たと。

「主が来たなど、知らぬが。」

十六夜は頷いた。

「だってよーお前に頼んだら、みんな萎縮しちまっていつも通りじゃないじゃないか。だから、いつもの宮ってのを見ようと思ってさ。覗いて来た。」

維心は、呆れたように言った。

「我に一言もなく。勝手に覗きに参っておったとはの。」

「別にお前らの部屋は覗いてないぞ?」十六夜は続けた。「腹が立つしな。そうじゃなくて、お前んとこの政務ってのはどうなってるのか、見てみたいと思ったんだ。おーい帝羽、こっちへ来い!」

十六夜は、突然に軍神の席で皆と歓談している帝羽に叫んで呼びかけた。帝羽は、驚いたようにこちらを見たが、月が呼んでいるのだ。仕方なしに立ち上がって、こちらへやって来た。

「ご無沙汰いたしておりまする。」

帝羽は、維心に頭を下げた。維心は、頷いた。

「よう務めておるようよ。我が眷族として、我も鼻が高いわ。」

帝羽は、恐縮して深々と頭を下げた。

「は、もったいないお言葉でございまする。」

十六夜は、面倒そうに手を振って、自分の横をぱんぱんと叩いた。

「ここへ座れ。堅苦しいんでぇ、お前らは。」

帝羽は、戸惑いがちにそこへ座った。維心が、自分の杯を干してから、十六夜に言った。

「して、何か学んだか?政務とて、いろいろあろう。」

十六夜は、頷いた。

「お前のところには、山ほど物をくれくれ言って来るやつが来るんだな。ま、あの蔵が空になることはないだろうけど、あれは大変だ。」

維心は、苦笑した。

「仮に蔵が空になろうとも、翌日にはある程度は揃えられるだけの職人が居る。神世最古の宮であるぞ?職人の数も多い。」

十六夜は、真面目な顔で頷いた。

「知ってる。布を織る職人だけでも、ズラッと並んで部屋の端から端までびっしりだ。数百は居るだろう。」

維心は言った。

「それはの、主に他の宮へ下賜する着物を織る職人であろうの。あれらが織るのは綿や麻を使った単調なもの。絹もあるが、あまり質は良うない。そこで腕を上げた職人が、次の間の臣下達に着せる布を織る職人となるのだ。そこでもまあ、百人ぐらいか。我ら王族がまとう布となると、一番の腕利きとなるゆえ、僅かに三十ほどしか居らぬ。」

蒼は、目を丸くした。それでも、三十?!

維月が、横から言った。

「王族に贈る品とかも、それらが織ってくれておるの。同じ王族でも、維心様や私の着物の布を織るのは、僅か三人ほどの龍で…それは素晴らしいわよ。その他に、縫製の龍達も居るし、染めの龍達もいるし。それらもそれぞれ、そうやって腕によって部屋を分かれて頑張ってくれているわ。」

ただただ蒼が驚いていると、十六夜が言った。

「そう。それにまず驚いたんだよな。他に金属細工の龍だろ、木工の龍だろ、鍛冶の龍だろ、布細工の龍、醸造の龍、焼き物の龍…。」

維月が、笑った。

「ふふふ、十六夜ったら、職人達を見て回っていたの?そうよ、物凄い数でしょう?私も、最初に見た時はびっくりしたもの。こんなものにまで、専門の職人が居るんだ!ってね。」

維心は笑った。

「そうよ、あれらは凝りよるからの。なので精巧なものが出来て、面白いであろう?何でも専門の者が作ったほうが、良い物を作るからの。例えば、我の宮には椅子しか作らぬ職人も居る。しかしあやつらが作る椅子は、細工も細かく繊細でも丈夫で長く使える。座り心地も良いしな。厨子専門の職人が作る厨子は、中に入れるものを考慮して通気性などもぴたと合わせて作るしな。着物用、菓子用、文用との。」

蒼は、それを聞いて声も出なかった。月の宮は、やっと龍の宮の職人に教えてもらって職人らしくなって来た者が三十人ほど。それも、布を織る職人、縫製の職人、染めの職人が五人ずつで、残りは酒を醸造している十人と、細工をしている五人だった。つまりは、それだけしか生み出していないのだ。

恒が収入が五桁ほど違うといっていたが、それも道理だった。もっと違うのかもしれない。

とても追いつけない遠いことのように思えて来る…。

蒼は、先の見えないことに、暗く沈んで下を向いていた。

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