夢の続き
「母さん!」
維月は、蒼の声にハッとした。そして、回りを見渡して驚いた…これは、あの美月の里の懐かしい屋敷だわ。
しかし、その維月は気だるげに答えた。
「なあに?蒼。いつもバタバタ走るなと私に怒るくせに。」
蒼は、上がった息を必死に整えながら言った。まだ、人の洋服を着ている。間違いなく、里で生きていたときの様子だった。
「のんびりしてる場合じゃないんだよ!書状が、来た!」
維月は、眉を寄せた。だったら何?
「私には関係ないでしょう。あなたがここの責任者なんだもの。」
蒼は、ぶんぶんと首を振った。
「大有りだ!あのね、鳥の宮って知ってる?」
蒼は、維月の前に座った。維月は、頷いた。
「知ってるわ。なんか、偉い神様の居る宮なんでしょう?龍と天下を二分してるとかなんとか…。」
蒼は、幾分息も整って来て、頷いた。
「そう。そこから、茶会ってのに招待されたんだ。神世での茶会が何か知らないし、いろいろ隣の宮の真那に聞いてみたんだけど。」
維月は、身を乗り出した。
「あの若い神様ね。何て言ってた?」
蒼は、顔をしかめた。
「若いっていっても、もう200歳越えてるんだよ?しかも王だし。神世の茶会っていろいろあって、戦の協議の茶会だったり、根回しの茶会だったり、いろいろなんだって。何でも、神世では茶会っていうらしい。」
維月は、ふーん、と興味なさげに言った。
「で、これは何の茶会なの?」
蒼は、ごくりと唾を飲み込んで、言った。
「この感じだと、まず見合いの茶会だって言ってた。」
さすがの維月も仰天して蒼をまじまじと見た。
「え…あなた、誰かと結婚するの?」
蒼は、また大層に何度も首を振った。
「だから!オレを招待したんじゃなくて、母さんなんだよ、母さん!ほら、王族の女神は軒並み招待している気軽な茶会ですので、是非にご参加を、って。」
維月は、慌てて書状を覗き込んだ。行書で達筆過ぎて分かりづらいが、確かにそんな感じに読める。今度は維月が首を振る番だった。
「あり得ないわ!神様よ?神様と、結婚ですって?確か、神様って一夫多妻だったじゃないの!いくらなんでも、そんな所にお嫁になんて行けません!」
維月が言うのに、蒼は困ったように悲しげな顔をした。
「母さん…これ、鳥の宮からだって言ったよね。」
維月は、蒼を警戒気味に見た。
「…だから何?」
蒼は、まだ表情を崩さない。
「真那が言うには、断るって選択肢はないって。何しろ、格が高い宮なんだ。本当なら、招待なんか来るはずもないんだよ。なのに来た。断ったら、攻め込まれてしまうほど、面子を潰す行為なんだってさ。」
維月は、思わず両手で頬を押さえた。
「そんな!もしも誰かの所へ行くなんて決まっちゃったら、どうしたらいいのよ!」
蒼は、落ち着いて頷いた。
「ま、いくらなんでも母さんを選ぶ神様なんていないと思うけど、そうなったら行くしかないね。大丈夫だよ、母さんは女神達とは比べ物にならないぐらいがさつだし、何でもはっきり言うし、逆らうんだもの。女神は、それの正反対だからね。王様達だって、いくら一夫多妻でも、相手は選ぶよ。」
ずいぶんな言われようだが、確かにもっともなことだった。維月は、恨めしげに蒼を見た。
「確かにそうかもしれないけど…そんな所へ行って、たった一人でお茶を飲まなきゃならないの?作法もなにも、全く知らないのに。知り合いだって一人も居ないのよ?どうしたらいいのか、教えてくれる神様だって居ないんでしょう。恥をかきに行くようなものじゃない。」
蒼は、気の毒そうに維月を見た。
「母さん、頼むよ。行かなきゃ攻められるかもなんだよ。平和な暮らしがしたかったら、行って来てくれ。作法とかは、真那が教えてくれるって。真那の宮で小さな茶会を開いてくれるらしいから、そこで分からない事は遠慮なく聞いて、行けばいいじゃないか。」
維月は、考えた。確かにそうだ。平和な暮らしを守るため、これは乗り越えなければいけない事なんだわ。これから先、同じようなことが起こるかもしれないんだから。
維月は、決心して頷いた。
「行くわ。とにかくどうにかしなきゃなんだから。月になったんだし、嫌でも神様とは接しておかなきゃでしょう。じゃあ、やるわ!」
蒼は、ホッとして肩の力を抜いた。
「良かった…どうしても行かないって言われたらどうしようかと思ったよ。オレも一緒に勉強するし、母さんも礼儀を覚えてね。神世って、いろいろ面倒でうるさいらしいけど。」
維月はそれを聞いて気持ちが一瞬萎えたが、そんなことは言っていられなかった。平和に暮らす。維月はそのためだけに、がんばろうと決めた。
維心は、また自分が昨夜と同じ夢を見ているのを感じた。はっきりとした、同じ空気。なぜにこのようなことが起こっているのか気になったので、原因を確かめるために起きようかと思ったが、なぜか目覚めるための神経が働かない。
それほどに疲れているのかと思った維心は、その夢の続きも気になって、そのままその夢を見続けることにした。なぜか、その夢の中の自分が、異様にいらいらしていたからだ。
目の前には、洪が居た。膝を付いて、必死の表情で維心を見上げていた。
「…ですが王、此度はどうしても。炎嘉様も、そのように構えることはないとおっしゃっておられました。王が、最近はお出かけも全くないのを案じてのことでございます。何も、妃を押し付けようと思うておられるのではありませぬ。」
維心は、しかし言った。
「それが迷惑だと申すのだ!我はここで居るのが性に合っておる。炎嘉も主も、我に構いすぎぞ。」
すると、そこへ遠慮なく足音を立てて踏み込んで来る影があった。維心がそちらを向くと、相手はこちらへ近付いて来ながら言った。
「また何をわめいておるのだ、維心。声が回廊にまで届いておるわ。」
洪が、ホッとしたようにその相手を見上げた。
「炎嘉様…。」
維心は、グッと眉を寄せると、炎嘉を睨んだ。
「主があのような茶会など開くから、我は迷惑しておるのだ!やるのは良いが、我を誘うでないわ。」
炎嘉は、ため息を付いて、勧められもしないのに維心の前の席に座った。
「あのなあ維心。これも、考えがあってのことぞ。大々的に行なうと言うたであろう…来ぬ宮の王族など居らぬ。」
維心は、まだ炎嘉を睨んだままだった。
「我は行かぬ。」
炎嘉は、ため息を付いた。
「聞いておったのか?来ないやつは居らぬのだぞ?」と、少し声を潜めて維心の方へと身を乗り出した。「…主、月に興味はないか。」
維心は、不意を突かれて表情を緩めた。月…最近、急に現れた、月の眷族。今まで月は天上に輝いているだけで、人がその力を僅かに借り、小さく使うのを見ていた。それが、最近になって月の命を分けられて、人から月になったのだという。しかし、それらは小さな人の屋敷に住み、表に出て来ることはなかった。どうやら、その近所の宮の王とは少し話すこともあるらしいが、何分神世を知らぬので、出て来ないのだと聞いていた。しかし、月の力は侮れず、今までこの世最強を誇っていた龍族の王である維心でさえ、その力には敵わないと思われた。なぜなら、月と神の力は力の種類が根本的に違うからだった。
誰かが、月の結んでは大変なことになる…。
いつか、炎嘉と酒の席で話したことだった。
「…月も、来るというか。」
炎嘉は、頷いた。
「あれらは宮と言うて小さな屋敷に、たった二人で住んでおるらしい。月は相変らず時々に降りて来るだけ、しかしの、月には二人居て、そのうちの一人が元は人の女、もう一人は、月とその女の間の命が宿った男であるのだそうだ。神世全ての女を集めるという名目で、そちらの宮にも遣いを出した。先ほど、摩耶の宮の軍神を借りて、返事を寄越しおったのだ。その、月の女が、当日来る。月の力とやら、見てみたいと思わぬか。」
維心は、それを聞いて黙り込んだ。確かに、月の力を目の前で見てみたい。そうしなければ、何かあった時に対策を練っておくことが出来ないからだ。知っていれば、心積もりも出来る。
維心が黙ったのを見て、炎嘉は続けた。
「主を、ただの茶会へ呼ぶと思うたか。主の事など、この1500年でよう知っておるわ。そうではなくて、我は月を呼ぶためにこの茶会を開くことにしたのだ。あちらがどんな性質なのか分からぬのに、あれだけを呼んで警戒させるわけにもいかぬであろう。こうして盛大に開く茶会の賓客の一人であれば、あちらもこちらの意図など分からぬわ。なので、主と共に品定めしてやろうと思うたのよ。」
維心は、しばらく黙って考え込んでいた。確かにその通りだ。力があるのが分かっているのに、それをわざわざ刺激することは得策ではない。炎嘉が、こうして大きな茶会を開くとなれば、まさか自分達目当てなどとは思わぬだろう。
維心は、炎嘉を見て頷いた。
「ならば、参る。月の力とやら、見ておかねばならぬからの。」
じっと聞いていた洪が、肩の力を抜いた。炎嘉も、満足げに頷いた。
「最初からそう言えば良いものを。主を引っ張り出すのは、至難の業よな。」と、傍らの洪を見た。「そういう訳で、洪よ。維心もその日は出掛けるぞ。左様手配せよ。妃が何だとこやつを煩わせるでないぞ?また来ぬと言い出すやもしれぬから。」
洪は、深く頭を下げた。
「はは!」
維心が、面倒そうに手を振った。
「下がれ。」
洪は、また頭を下げ直すと、いそいそと出て行った。その姿を見送りながら、炎嘉は大袈裟に息を付いた。
「面倒な男よな、主も。わざわざ我が出掛けて来なければならぬとは。もう少し、意味を考えぬか。茶会だというだけで蹴りおってからに。」
維心は、ふんと鼻を鳴らした。
「主のように女好きが開く茶会など、考える余地もないではないか。だがまあ、此度はご苦労よの。」
炎嘉は、怒ったように眉を寄せた。
「なあにを臣下に言うように。いちいち腹が立つのだからな、この男は!」
維心は、涼しい顔をして言った。
「妃が21人も居る主が何を言おうとも無駄ぞ。」
炎嘉は、立ち上がって声を荒げた。
「あのな、あれは主が半分引き受けてくれておったら、ああはならなんだのだ!皆支援を必要としておる宮の皇女であろうが!助けてくれと言うておるのに、主が頑なに娶らぬから、我が娶ることになってあんなことに!妃の名前も間違うのだぞ!誰が誰か分からぬわ!」
維心は、はいはいとでも言いたげに手を振った。
「世話好きであるからな。我は主のようには出来ぬ。あんな面倒な生き物が、回りをうろうろすると思うだけで身の毛もよだつわ。」
炎嘉はまだ怒っていた。
「あのな、主だけはほんに…!」
そうして、炎嘉の怒鳴り声は延々と龍の宮の奥宮居間に響いていたのだった。




