瑠璃色の玉
瑠維は、明輪と対面し、維心に許されて、明輪と共になら宮を出る事が出来るようになった。今まで宮に住みながら隅々まで見て回る事の出来なかった瑠維は、明輪に手を取られて初めて外宮から外へと、出る事が出来た。自分の住んでいた宮なのに、瑠維は目を輝かせて明輪と毎日宮を歩き回った。
そして、今日はついに完成した奥の大きな対、瑠維のためにと建設されていた場所を見せたいと明輪が申し出て、維明も共ならという事で、明輪の屋敷に来る事になった。
瑠維も、婚姻の後住む場所に行くという事で、朝からそわそわと落ち着かなかったが、明輪の屋敷の方も、皇子と皇女の二人が来るという異例な事に、朝から大騒ぎであった。
もちろん、来るのは一週間も前から決まっていたことであったが、準備万端とはいっても、万が一失敗があってはと、侍女侍従達は大騒ぎだったのだ。
明輪が、そんな屋敷を案じながらも、瑠維を迎えにすぐ側の宮へと飛び立ったのだった。
いつものように、もう許されているので瑠維の居間へと入って行くと、まず侍女達が頭を下げ、そこで待っていた瑠維が立ち上がって頭を下げた。
「いらっしゃいませ、明輪様。」
明輪は、頷いた。
「瑠維。」今まで瑠維様と呼んでいたので、未だぎこちなく明輪は会釈した。「本日は、屋敷を案内しようと迎えに参った。維明様にもご準備が整っておる様子。主は、どうか?」
瑠維は、顔を上げて微笑んだ。
「はい。もう全て整いまして、お待ち申し上げておりました。とても楽しみにしておりましたもの…前に一度、上空から見せて頂いただけでしたので。」
そう、宮から出て上空からいろいろと明輪に見せてもらっている最中に、瑠維は明輪の屋敷も見ていたのだ。その時には、まだ建設中の対も見えて、そこが自分達の住むための場所になるのだと明輪から聞いて、瑠維は楽しみにしていた。宮と設えを似せて造ってくれたのだと聞いて、明輪の優しさに瑠維は感動したものだった。
明輪は、笑うとまた美しい瑠維に思わず息を飲みながらも、頷いて手を差し出した。
「では、参ろうぞ。維明様を待たせるわけには行かぬ。」
瑠維は、扇で顔を隠しながらも目元は微笑んで明輪を見て、その手を取った。明輪は、それは凛々しくて美しい軍神だった。前に立ち合いの時には目に付かなかったが、瑠維は初めて会った時その落ち着いた様にも父のような安心感を覚えて、こんな形で決まったことであったのに、とても幸運だと思ったものだった。
明輪は、そんな瑠維に微笑み返して、二人は侍女を伴ってそこを出て維明の待つ出発口へと歩いた。
維明は、もう出て来て待っていた。瑠維と明輪が歩いて来るのを見ると、こちらを向いて穏やかに微笑んだ。
「初めて明輪の屋敷に参るのであるの、瑠維。楽しみにしておると、侍女達からも聞いておったぞ。」
瑠維は、ぽっと赤くなった。兄は最近、急に驚くほど落ち着いてなんとも言えない威厳を備えた。それが、父を思わせ、時に父以上の懐の深さも感じさせて、瑠維は戸惑っていた。お兄様、何かおありになったのかしら…。
瑠維が、赤くなって下を向いたので、明輪が慌てて言った。
「維明様、まだ建設中の折に我が上空から屋敷を見せておったので、新しい対が気になっておるだけなのでございます。」
維明は、そんな明輪に薄く微笑んだまま言った。
「良い。そのように庇わずともの。さ、参ろうぞ。我も、あまり時間を取ることが出来ぬのだ。あちらへ長く滞在したいであろう?よう新しい屋敷を見せてもらわねばならぬ。」
明輪まで少し赤くなった頬を隠すように、瑠維をいつものように抱き上げると、維明について飛び上がった。瑠維は、扇を最大限に生かして赤くなった頬を隠しつつ、屋敷へと運ばれて行ったのだった。
その頃、維心は蒼の来訪を知らされていた。政務も終えて居間へ戻ったところだったので、断る口実も見つからず、維月に似たその顔には少し抵抗があったが、維心は渋々蒼を招き入れることにした。
蒼は、維心の戸惑いは分かったが、何もないように慣れた居間へと入って行った。維心は、相変らず正面の椅子で座って無表情に蒼を迎えた。
「蒼。」
維心は言った。維心の方が格が上になるので、先に声を掛けなければならないからだ。蒼は、頭を下げた。
「維心様。ご機嫌いかがでしょうか。」
維心は、頷いた。
「良い。して、何用か。」
蒼は、そこに何か悲しみのような、怒りのような、そして孤独のような、そんな感情を感じた。それでも、気付かないふりをして、明るく答えた。
「はい。本日は兆加に聞きたいことがあったので参ったのですが、十六夜から、龍の宮へ行くならどうしてもと言われて…あの、維心様には瑠璃色の玉というのを、お持ちでしょうか?」
維心は、片眉を上げた。
「瑠璃色の玉?」
蒼は、頷いた。
「はい。あの、昔から持っているとかいうもので、隣りの世を見ることが出来るという玉です。」蒼は、小さく光の玉を浮かせた。「大きさは、これぐらいとか。」
維心は、それに覚えがあった。維月と二人、前世からよくそれを使って隣の世…人世でいう、パラレルワールドというものを見に行った。その隣りの世の自分達の目から見た出来事を、まるで映画のように見られると、維月が喜んでよく見に行きたがったのだ。神世には、映画とかいうものはないからだ。
維心は、それを思い出して、ちらと奥の間を見た。あれは、確か奥の寝台の横の引き出しに入っていたはず。しかし、なぜに十六夜が。
「…確かに、ある。だが、十六夜が何に使いたいと申すか。あれは、珍しいものであるからと我に献上して参ったもの。我も簡単な理由では手放すつもりはない。」
蒼は、じっと維心を観察していたが、維心にそう言われて首を振った。
「いえ、本当にあるのかどうかを知りたいから、聞いて来てくれと言われただけです。何でも、母さんからそんな玉があるのだと聞いたらしくて。」
維心は、スッと眉を寄せた。
「あるかと聞かれれば、ある。ただ、最近では使ってはおらぬが。」
蒼は、頷いた。
「そうですが。では、そうお伝えします。本当に、聞いて来てくれと言われただけですので。」と、蒼は立ち上がった。「では、オレはこれで。お時間をお取りして申し訳ありませんでした。」
維心は、それだけなのかと驚いたが、頷いた。
「そうか。気をつけて帰るが良い。」
蒼は、維心の部屋を出て、急いで回廊を進んだ。十六夜がとにかく早く知りたいと言っていたから聞いたが、その瑠璃色の玉とやらがどこにあるのか知って、それでどうするつもりなんだろう。
しかし、蒼も早くどうにかなるならなって欲しいので、一刻も早くと月の宮へと飛んで帰ったのだった。
一方、明輪の屋敷では、皆が一斉に床にひれ伏した状態で三人を迎えていた。
というもの、その中に維明が居たからだった。維明は、そんな召使達に苦笑して言った。
「そのようにひれ伏す必要などない。父上が来たのではなかろうが。そんな状態では、瑠維が主らの顔を見ることも出来ぬ。」
摩耶が、ぶるぶる震えながら言った。
「し、しかしながら…。わ、我ら初めて皇子にお目通りを…。そ、そ、そのようにご無礼なことは…。」
維明は、しかし首を振った。そして、わざと断固とした口調で言った。
「本日我に、そのように接することは許さぬ。妹の目付け役として来ただけなのだ。それでは、安心してあれをここへ任せることなど出来ぬぞ。嫁いだ後、妹に会いに参ることも出来ぬではないか。」
摩耶は、それを聞いて恐々顔を上げた。
「は、はは!申し訳ありませぬ!」
明輪が、見かねて進み出た。
「とにかくは、維明様もこのようにおっしゃってくださっておるのだ。本日は、新しい対をお見せするためにお連れしたのだ。主らも、常と同じように責務をこなせ。我に恥をかかせるでない。」
そこで、やっと摩耶は立ち上がって頭を下げた。
「は!我ら、決して明輪様の恥になるようなことは!」
明輪は、頷いて瑠維の手を取って、維明に言った。
「では、維明様。こちらへ。」
明輪は、瑠維の手を引いて維明を促すと、先に立って新しい対へと案内して行ったのだった。




