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縁2

十六夜が、維心の腕を掴んだ。

《待て!出て行ってどうなる、あいつはそんな気はねぇから!》

念の声が、維心を引きとめた。維心は、維明が維月の肩を抱いたのを見て、茂みから飛び出そうとしたのだ。維心は、十六夜を振り返った。

《なぜにそんなことが分かるのだ!あやつは…あの気は、どういうことだ。ここで、まさか主が維月を維明に許したのではあるまいの!》

十六夜は、ぶんぶんと首を振った。

《ないっての!それより、お前は維月を迎えにも来なかったくせに、今ごろ何を言ってるんでぇ!維明に取られると思ったら、惜しくなったのか?そんな意地だけなら、悪いが出てってくれ。ほんとに維月が好きだってんなら、考えてやってもいいけどよ。》

そう言いながらも、十六夜はちらと維心の頭上を見た。やはり、立派な太い縁が維月に繋がったままだった。他の縁は、全く見当たらなかった。

取り越し苦労だったか。

十六夜が、維心と念で話しながらもホッとしていると、維心は立ち上がった。

《…分かった。ならば、我は去ぬ。我とて、よう分からぬのだ…維月もそうであろう。だからこそ、ああやって叔父上に会いたいなどと申す。やはりあれは、我と叔父上であれば、叔父上の方が良いと思うておったのだろう。》

十六夜は、焦った。だから、なんでそうなるんだ。

《なんだって?お前、維明に譲って帰るってのか?》

維心は、憮然として立ち上がった。

《譲るなどというておらぬ。そんなことは、維月が決めることであろう。我とて、維月のことは愛しておるが、お互いに歩み寄れぬ限り、上手くはいかぬ。そんなに、夫婦生活というものは甘いものではないからの。ここは去ぬ。まだ、我も我がどうしたいのか分からぬのだ。》

維心は、そう言い置くと、すっと飛び立って行った。十六夜は、慌ててその後を追った。

《維心!お前、そんなことしてたら維月を維明に取られちまうぞ!》

維心は、ちらと十六夜を見た。

《あの様子では、維明は維月に手を付けてはおらぬ。だが、確かに油断はならぬようよな。なぜにあれがあのように成長したのか分からぬが、それでもあれが前世の叔父上に近付いておるのは確か。だが、我は我でしかない。このままの我が好みでないと申すなら、仕方があるまい?》

そんなことを言って、飛び立って行く維心の後ろ姿を見送りながら、十六夜はじだんだ踏みたい気持ちだった。だから、前世のお前だったら、そんなことは言わなかったじゃねぇか!全く、お坊ちゃんはろくな事がねぇ!今生も、せいぜい苦労しやがれ!


維明は、維月を見つめて、言った。

「…ならば、維月。」維月が驚いた顔をした。維明は、続けた。「我を、その維明と思うが良い。維心には言わぬ。思うておることを申せ。」

維明が、わざとそんな風に言っているのだと思ったが、維月には、それが本当に維明に見えた。あの時別れた、あの維明のままに。

「…維心様が、変わってしまわれたのですわ。」維月は、堰を切ったかのように話し始めた。「確かに、子供っぽいところもおありになった。でも、私はそれが逆にいとおしく感じたので、多少のわがままは聞いておりましたの。そうしたら、最近では話を聞かずに命じる事が多くなられて。それでも、時々にでしたから、仕方がないかと思うて。なのに、瑠維の事まで、そのように。維心様は間違っておられぬのでしょう。分かっておっても、二人の子のことは、今まで必ず納得行くまで話しておりましたのに。もう、我慢出来ませんでした。私もわがままなのは分かっておるのです。それでも、このような事から今までの全てが崩れていくように思えて…お側に居る事が出来ませんでした。私の中の、愛しておった維心様が消えてしまうような気がして、怖かったのでございます。」

維月は、一気に話して、胸のつかえが取れたように泣き出した。維明は、そんな維月を抱き寄せながら、言った。

「そうか…それゆえか。」維明は、分かった気がした。変わった維心を、愛せるか維月には分からないのだ。「それでも、主は向き合わねばならぬ。維心のためにも、己の気持ちをはっきりさせねばな。このままではならぬ…分かっておろう。」

維月は、顔を覆って泣きながら、頷いた。

「分かっておりますわ…維明様。」

二人は、しばらくそのままそこで抱き合ったまま、じっと立っていた。

十六夜はそれを見て、このままでは縁も消えて行くような、そんな悪い予感がした。


空も暗くなり始め、維明はまだ一人庭に居た。十六夜が、そんな維明の側に、ソッと降りて来た。

「維明…もうそろそろ帰らなきゃ、維心が怪しむんじゃないか。」

維明は、十六夜の方を見ずに答えた。

「そうよな。だが…どうしたものか悩んでおる。」

十六夜は、維明の横に並んだ。

「維心に、記憶の話をするのか?」

維明は、しばらく黙ったが、首を振った。

「いいや。あれは我など必要としておらぬだろう。むしろ、邪魔であるはず。それより維月が、今我を必要としておる。それが気にかかってならぬのだ。しかし、今生は子として生きると決めておったしの。迷うておるのだ。」

十六夜は、維明を見た。

「記憶が戻った以上、お前の性格だとほっとけないだろう。オレは、絶対話した方がいいと思うがな。維心にも、維月にも。」

維明は、頷きも、首を振りもしなかった。

「時はある。考えようぞ。それよりも、あの二人の関係をなんとかせねば。主も、そう思うておるのだろうが。」

十六夜は、はーっと長く息をついた。

「もう、どっちでもいいよ。維心のヤツは、前世と違って維月が側に居て当然な意識が抜けないんだ。前にも一度、それでこじれたってのに。前世ほど、維月と結婚するのに苦労してないからさ。忘れちまってるんだよ、お坊っちゃま育ちで。」

維明は、十六夜に眉を上げて見せた。

「お坊っちゃま?変わった表現よな。まあ、此度は、帰る。」と、維明は浮き上がった。「がしかし、維月がここに居る限りあまり来れそうにない。維心が要らぬ気を回しておるようよ。将維のことがあるゆえ、我を警戒するのも分からずではないが。あれはほんに、前世と比べて我が儘であるようだ。困った事よな。」

そう言い置くと、維明は龍の宮に向けて飛び立って行った。十六夜は、それを見上げて、もうどうにでもなれ、という気持ちになっていた。すると、碧黎がパッと目の前に現れて困ったように顔をしかめて浮いた。

「お、親父?!急に出るな!」

十六夜が思わず後ろへ飛びすさると、碧黎は浮いたまま言った。

「あ~ほんに、困った奴らよな。仕方のない、此度は知恵を貸そうぞ。維明まで出て来て事がややこしくなりそうぞ。主の手に負えぬようになる。だが、それでもあやつらが背を向けたままなら、時を待て。もっと時が経ってから再会した方が上手く行くのやもしれぬからの。何しろ、前世は維心が1700歳の時に出会ったのであるから。分かったの?」

十六夜は、滅多に折れる事のない碧黎がそんなことをいうので、嬉々としてその話に飛び付いた。

「ほんとか、親父!?何でもいい、ほんとに何とかしてくれ!」

碧黎は苦笑しながらため息をついて、十六夜にその方法を語り始めたのだった。



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