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克輝と明輪

克輝が、初めて瑠維を見たのは龍の宮の七夕祭りの時のことだった。

まだ存命であった老いた父王に連れられて、初めて出て来るという龍王の第一皇女、瑠維を見ようとただの興味でしかなかった。何しろ、龍王の皇女となれば、嫁ぎ先は同じ最高位の序列の宮の王か皇子、もしくは龍王の守りの中に居る龍の軍神と相場は決まっている。なので、そんな高嶺の花の皇女などに、心底興味を持つことなどなかったし、特に期待もしていなかったのだ。

それが、その日父王と共に挨拶に出て、龍王の前へと進み出た時に全てが変わった。

まだ生まれて数十年であるという瑠維は、初々しい感じの残る、神世で随一と言われるほどの美貌を持つ龍王そっくりの、絶世の美女であったのだ。

あまりの美しさに、その場に居た神達はただ呆けたように瑠維を見つめるばかりで、話すことも忘れていつもは騒々しいそこが、シンと静まり返っていたほどだったのだ。克輝も、その神達の例に漏れず瑠維を見つめて呆けていたが、父王に小突かれて慌てて挨拶をした。龍王は苦笑していたが、瑠維はそれは美しく微笑んで返礼をしてくれた。その様がまた、幼さが残るのに美しくて、克輝はその瞬間から瑠維のことしか考えられなくなってしまった。

そして、父王が無理だと言うのに無理を言い、龍の宮へと婚姻の打診をしてもらった…しかし、簡単に断られてしまった。後から聞いたが、その時は婚姻の打診が殺到していて、一つずつ見ることもなく、全て断るように龍王が命じていたからだと知った。

なので、父王が亡くなって王座に就いた時、もう一度打診した。

しかしその時も、こちらの喪中を理由にまた断られた。

それから、喪が明けてすぐに、再び打診した。

だが、それもまたにべも無く断られた…克輝は、もう黙っていられなかった。瑠維も、成長して来ているはず。このままでは、他へと縁談が決められてしまう。

克輝は、龍の宮の様子を調べさせた。龍王が、留守にする時は無いかと探ったのだ。

すると、龍王は常、妃の里帰りに我慢がならず、七日ほどで追って行くのだと聞いた。なので、じっとその時を待ち、龍王が飛び立ったと聞いてすぐ、取るものとりあえず、瑠維に会うために龍の宮へと飛び立ったのだ。

龍王が居ない龍の宮など、軽いものだと思っていた。しかし、克輝は忘れていたのだ。瑠維には、維明という兄が居たことを。

第二皇子の維斗は、まだ少年の龍だった。しかし、維明は維心の良く似た容姿に加え、最近では落ち着いて雰囲気まで似て来ている第一皇子。その気は、間違いなく維心の子である、大きなものだった。その上、龍の宮筆頭軍神の義心は、その気の大きさから本来なら一部の王族しか叶わないと言われている長い寿命を持っていて、神世に勝てる軍神など居なかった。もちろん、克輝も絶対に太刀打ち出来ない軍神だった。

あわよくば略奪をと考えていた克輝には、この二人は邪魔でしかなかった。そんな二人に手間取っている間に、龍王は戻り追い返されてしまった…。

それから、克輝は必死に精進した。義心に勝つのも、龍王に勝つもの無理かもしれない。それでも、自分は王としての誇りを賭けて、どうあっても立ち合わねばならない。そうして、無残に負けるのではなく、いくらかでも追い詰めることが出来れば、その姿を見た瑠維が、自分に嫁いでも良いと言うかもしれない。

克輝は、そう思っていたのだ。


いよいよとなったその当日、克輝は、あまり歓迎ムードではない龍の宮へと降り立った。元より、わかっていたことだったが、自分の成長を見せ付けてやりたいと思っていた。いくら龍が優れた種族だとはいえ、馬鹿にされるのは我慢ならない。

案内されるままに訓練場へと足を踏み入れると、龍の軍神達や臣下達が観覧席にずらりと行儀良く座って、待っていた。これほどにたくさん居るのに、皆が皆じっと黙っているのに克輝は驚いた。少しためらいながらも、案内された位置に立って待っていると、急に観覧席全体が動いた…ように見えただけで、実際は龍達が一斉に立ち上がって、膝を付いたからだった。皆が見ている方角を見ると、維心が進み出て来ていた。

「克輝。よう参ったの。」

維心が、克輝の数メートル前まで来て立ち止まり、言った。克輝は、軽く頭を下げた。

「お約束通り、少しは成長した己をお見せできるのではないかと思い、参った次第。此度は、瑠維殿は同席されぬのか。」

維心は、頷いた。

「いつなり、こういう場には座らせぬようにしておるのだ。何しろ、とち狂った男が何をしよるか分からぬからの。しかし、主がこれに勝つのならこの限りではない。」

克輝は、表情を引き締めた。

「確かに、約していただけるか。」

維心は、頷いた。

「龍王の名の下にの。」維心は、手を上げた。すると、明輪が進み出て維心の前に膝を付いた。維心は、言った。「我が龍軍の中より、瑠維を望む者を募った。精鋭の中で、唯一全勝で勝ち残ったのがこの明輪。本日主の相手をするのは、この明輪ぞ。これに勝ったなら、瑠維を許そう。これが勝ったなら、我は瑠維をこれに降嫁させる。そのように決した。」

克輝は、目を見開いた。では、勝たねば瑠維殿を、軍神に取られると言うのか。

「そのような…では、この一戦で、瑠維殿の行き先が決まってしまうとおっしゃるか。」

維心は、片方の眉を上げて克輝を見た。

「戦いとはそういうもの。そう何度も機を与えられることなどない。戦では一度討ち取られたらそれで命が散るであろうが。同じぞ。主も、これで勝てなんだら瑠維を諦めよ。」

克輝は、ぐっと黙った。まさか、この一度で決しられるとは思ってもみなかった。一度腕試しをして、また挑戦し、それを繰り返しているうちに、瑠維にも目通りを叶い、慣れて来てくれるものだとばかり思っていたのだ。

だが、義心ではない。この明輪という軍神は、序列筆頭でも次席でもなかったはず…ただの、偶然で勝ち残った軍神だというのなら、勝てる機はある。

克輝は、そう思って明輪を見た。明輪は、膝を付いてこちらをじっと睨むように見ている。その瞳は、やはり龍のそれで鋭かった。

維心は、じっと黙ってにらみ合っている明輪と克輝に、言った。

「では、始めるが良い。審判は義心。案じずとも、どちらかを贔屓するようなことはせぬ。我ら龍は正々堂々と戦うことを良しとするゆえな。」

維心は、そう言い置くと、そこを離れて言った。義心が、すっと進み出て言った。

「では、これより克輝様、明輪の立ち合いを開始する!」

克と明輪は、お互いに向かい合って、刀を抜いた。



この立ち合いの前日、明輪は一度、義心から与えられた新しい甲冑は宿舎へ置いたまま、あの帝羽との試合でばらけた甲冑を持って自分の屋敷へと帰った。義心から、王の命で犯人をはっきりさせる必要がある、と言われたせいだった。

だが、明輪にはもうわかっていた。義心にもわかっているようだった。つまりは、王も分かっているのだ。それでも、今度の立ち合いで克輝に負けるわけには行かないので、次はこんなことがないようにと、犯人をはっきりさせろということなのだろう。

更に、結奈が治癒の対で仕事がこなせなかったと聞いた時から、その疑いはより確実になった。治癒の施術は、心が清く真っ直ぐでないと行なえないもの。もしも邪な思いを持っていたら、その気が濁り治癒の術が放てないのだ。体調が悪いのだと明輪は侍女から聞いていたが、そうではないことは、この件を知る者から見たら一目瞭然だった。

明輪が持ち帰った甲冑を見た侍従長は、それを手にふるふると震えながらやっとのことで言った。

「なぜに…なぜにこのような。決して手を抜いた設えではありませなんだ。我も、明輪様にお渡しする前に何度も確認したのでございます。それなのに、これは立ち合いの最中にここまで崩壊してしもうたと。」

明輪は、頷いた。

「これのせいで、一瞬手元が狂うた。だが何とか勝利したのは、主らが知る通りぞ。」と、側の侍女に言った。「結奈を呼べ。」

侍従長は、まだ震えている。他の侍従達も、進み出て他の部位を持ち上げると無惨な姿になったそれを見ている。明輪は、言った。

「では、主らが確認した時には何も無かったと?」

侍従長は、頷いた。

「はい。大変に頑丈で、良い甲冑であると。だからこそ、明輪様にお引き渡ししたのでございますから。」

明輪は、ため息をついた。そうか、確認は引き渡しの前か。

「では、主らは後でもう一度甲冑を確認しようとは思わなかったのだの?」

侍従長は、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。そこまで我ら、気が付きませず…!」

明輪は、首を振った。

「主を責めておるのではない。」

そこで、結奈が入って来た。

「明輪様、お呼びだとお聞きしました。」

明輪は、長く息をついた。いくら王の命だといって、皆の前でこれを暴かねばならぬか…どのみち、王にご報告となれば、侍従達も知る事となる。明輪は、結奈を見た。

「我の甲冑が、試合の最中に崩壊しての。我は、何とか勝つことが出来、克輝様と立ち合う権利を戴いたが、王がこれが故意になされたことだと判断され、犯人を突き止めるようにと命じられた。」

侍従長も、仰天した顔をした。

「なんと、これは故意に行われた事だと?!」

明輪は、頷いて甲冑を裏返した。

「全ての紐に、裏から刃物を当てた後がある。義心殿が言うに、これの造りが丈夫であったゆえあそこまでもったが、そうでなくばもっと早くにこうなっておったと。」

侍従長は、また震え出した。

「そのような…明輪様にお持ちするまで、決してこのような痕はありませんでした。それからは明輪様のお部屋にございましたのに!誰にも、持ち去る事など出来ませぬ。」

明輪は、結奈を見た。

「…主、これを持ち出したの。」結奈は、ぶるぶると震えている。明輪は、続けた。「これらは、我に引き渡すまでに確認し、その後は確認してはおらぬと申す。主は、あの時侍従らが確認すると申してこれを持ち出した…あの後、どうしたのだ。」

侍従長他侍従達は、驚いて結奈を見つめた。結奈は、まだ震えていたが、言った。

「…何も。ただ、明輪様が勝つ事だけはと、その一心で…少し傷を。」

それを聞いた侍従長は、顔を真っ赤にして結奈に詰め寄った。

「なんということを!少しですと?!全ての紐が傷付けられておりまする!もしも、もしも明輪様にお怪我があったら何とされた!なんと恐ろしい事をなさるのか!」

明輪は、手を上げた。侍従長は、黙った。明輪は、落ち着いて結奈を見た。

「であろうの。義心殿と話しておるうちに、我も主であろうと気付いておった。だが、内々の事と口にはせなんだが、それは義心殿も同じなようだった。しかし、王は瑠維様にも関わって参ることと、犯人を明らかにされることを望まれた。我は、これを王にご報告せねばならぬ。主が休暇を与えられてここへ留められたのも、我が立ち合いまであちらへ留められておるのも、状況から主が犯人であるだろうと思われておるゆえ、変な策にはまらぬようにと考えておられるからだ。王は、我を信じて克輝様との一戦に出されるのだ。そのようなつまらぬ事で負ける訳にはいかぬ。軍神に対する妨害は、神世でも重い罪となる。残念ではあるが、こういうことになってしもうた…結奈。主は皇女に関わる立ち合いで何かあった時、事が大事になることが分かっておらなんだのか。」

結奈は、首を振った。

「そのようなこと、考えてもおりませんでした!ただ、我は悲しく、辛くて、このお話がなくなれば良いと、そのためには明輪様が立ち合いで一つでも黒星を付けられたら良いのだと、そればかりを思って…!」

侍従長が、顔を赤く上気させ、まくし立てた。

「そのような私情で!明輪様は、王が命じられた立ち合いに志願して出られたのでございまするぞ!?万全の状態で、最高の立ち合いで臨むのが軍神の使命。それなのに、身内の不始末で粗末な立ち合いなどをした時には、明輪様が無礼だと罰しられても何も言えぬことだと言いますのに!何と浅はかな!これほどの軍神の、奥方とは思えませぬ!」

結奈は、それを聞いてショックを受けた。確かに、神世の考え方ではそうなのだ。だが、あの瞬間は、そんなことなど思いもしなかった。ただ、瑠維を娶るのだと浮き足立つ親族や侍女侍従達が恨めしく、そんな状況を生み出した明輪も恨めしく、成し遂げさせてなるものかと、勝たせないために甲冑に細工をした。それで、明輪が怪我するとか、王に咎められるとか、そんなことは欠片も考えなかったのだ。

明輪が、侍従長を制した。

「もう良い。我がどうのと出来る状況ではなくなってしもうた。とにかくは王がどのように考えられるか案じられる。もしや我を克輝様との立ち合いに出さぬと言われるのではと案じたが、それは無いようだ。だが、主は何某かの沙汰があるだろうと、覚悟はしておった方が良い。」

結奈は、まだ震えながら頭を下げた。何がどうなったのかわからない。自分は、ただ明輪を誰かに取られたくないだけだった。それなのに、事がそんなに大きなことになってしまうなんて…。

明輪は、再び屋敷を出て宮の宿舎へと戻った。そうして、立ち合い当日を迎えていたのだった。

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