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立ち合い

龍の宮では、皇女を賭けた立ち合いの準備に忙しくしていた。

維心は、維月が里帰りをしていると皆に告げ、決してその内容のことは話さなかった。瑠維は、それがどうしてなのか十六夜に月から聞いて知っていた。それが、自分のせいなのではと、密かに心を痛めたが、しかし謝ろうと訪れた父の居間では、父は見たことも無いほど険しい顔で、じっと考え込んでいて話しかけられる状態ではなかった。瑠維は、改めて父と母は、違う種族同士なのだと思った。同じ、龍同士であったなら、このようなことは無かったのだろうに。

瑠維は、それを思って今回、軍神に嫁ぐように言われたことが、父の気まぐれでないことは理解出来た。恐らくは、自分の幸福を思ってこのようなことを考えてくれたのだろう。確かに、勝ち残った軍神に縁付くという乱暴な話ではあったが、いつもいきなり嫁げと言われる皇女達の中にあって、自分は恵まれているほうだと思っていたのだ。

でも…。と、瑠維は思った。帝羽が、その立ち合いに参加してくれたなら。義心殿は出ないのだと、始めから辞退された話を聞いている。それには、瑠維はむしろホッとしていた。義心が出たら、間違いなく瑠維の嫁ぎ先は義心の所だったからだ。確かに凛々しく慕わしい義心も、今では瑠維もただの憧れでしかなかった。それよりも、もしも帝羽が参戦してくれたなら、とそればかりを願っていた。帝羽ならば、きっと勝ち残って、克輝様にも勝ってくれるはず。

瑠維は、帝羽のことを考えるたびに、胸が締め付けられるような気がしていた。やはり、月の宮で感じたあの想いは間違いではなかった。自分は、帝羽を想っているのだ…。


一方、帝羽達軍神は、王からの突然の触れに震撼した。王は、あの瑠維様を降嫁なさるおつもりであるのか。

義心が、言った。

「此度は、どうあっても王は克輝様に瑠維様を娶らせたくないとお考えであり、前々から考えておられたように、我ら龍の宮の軍神にご降嫁をということになったようだ。しかし、決したからとすぐにはご降嫁とは思うておられず、瑠維様のご意向を汲んでとのこと。つまりは、時期は未定であるが、大変に光栄なことぞ。王の、ただお一人の皇女であられるのだ。そういった訳で、志願者を募ることとなった。先に申すが、我は此度の立ち合いには参加せぬ。なので、誰にでも機はあるということぞ。我こそはと思う者は、後で我の執務室まで名乗り出るが良い。」

皆は、ざわざわとした。義心が出ない。ということは、本当に王の御娘を、しかもあのように美しく神世の誰もが妃にと申し出ている皇女を、娶ることが出来る可能性があるのだ。

実は瑠維は、軍神達の間では手の届かない高嶺の花として、崇拝の対象にもなりそうなほどの人気であった。たまにしか見かけないが、その美しさと優しく癒すような、王妃にも似た気に、誰もが夢中になった。まさに絶世の美女と謳われる瑠維は、本当に夢のような存在だったのだ。

それが、手に届く所へ来ようとしている。

皆が一様に色めき立つのは、当然のことだった。

解散して出て行く義心の背を追ってまで、名乗り出る軍神が居るのを横目で見た帝羽は、ぐっと拳を握り締めた。我は、克輝とかいう王には決して負けぬ。だが、こちらの宮では皆、日々精進している(つわもの)ばかり。帝羽が敵わないのは、何も義心だけではなかった。次席の帝羽を追って技術を伸ばして来ている、祖父は元筆頭軍神の慎怜である、序列三位の慎也。日々黙々と鍛錬して最近に序列を上げて来た、同じく祖父が元序列5位の明蓮である、明輪。二人共に、月の宮には父の慎吾と明人という将が居る、筋金入りの軍神家系だった。もしもこの二人が参戦して来たなら、今の状態で勝算は帝羽6分に相手4分といったところだろう。

危ない橋を、渡るわけには行かぬ。

帝羽は、皆が必死に義心に話しかけている中、一人訓練場へと足を向けた。何が何でも、自分は皆の頂点に立って、克輝様と立ち合い、勝たねばならぬのだ。

帝羽が、その思いを強くして早足に進んでいると、前から落ち着いた足取りで向かって来る影を見つけた。相手は、帝羽を見つけてこちらへ向かった。

「帝羽!何やら大変な騒ぎで義心が軍神達に埋もれておったが、主は義心に名乗り出ぬのか?」

冗談のような感じだ。帝羽は、じっと相手を見た。

「維明。我は、立ち合いに出ようと思う。」

維明は、目を丸くした。まさか、帝羽が出ると言うとは思わなかったのだ。

「主…しかし、常の立ち合いではないぞ?瑠維を娶らねばならぬ。勝っておいて、辞退など父上の顔に泥を塗ることになるからの。」

帝羽は、首を振った。

「維明、我はどうしてもこれに勝たねばならぬのよ。しかし、慎也や明輪が参戦して参ったら、我には厳しい戦いになろう。主、相手をしてくれぬか。」

今では、維明の相手になるのは義心ぐらいしか居ないほどだったのだ。維明は、まだ驚いたまま言った。

「それは…いくらでも相手になろうが、しかし瑠維であるぞ?主、あれを娶っても良いか。」

帝羽は、力強く一度、頷いた。

「我は、元より望んでおる。ただ、言い出せずに居ただけ。なので、主に手伝って欲しいのだ。」

維明は、あまりのことに言葉が見つからないようだったが、しばらく黙ってから、帝羽を見て、頷いた。

「良い。ならば参ろうぞ。手加減はせぬぞ?慎也も明輪も、最近ではかなりの腕ぞ。主が三回に一回は一本取られると聞いておる。」

帝羽は、険しい顔で頷いた。

「油断した時だけぞ。まだ、我の方があれらより筋が良いはず。何より、負けるわけには行かぬのだ。」

維明は、帝羽を促して歩き出しながら、ニッと笑った。

「ようわかっておるではないか。では、我も付き合おう。」

そうして、二人は訓練場へと向かい、夜遅くまで立ち合っていた。そうして、その夜、帝羽は義心に、自分も出ることを伝えた。


維心は、膝を付く義心の報告を、常よりずっと不機嫌に聞いていた。義心は、手にした紙から顔を上げた。

「…以上が、このたびの立ち合いに参加を申し出た者達でございます。王は、観覧に来られまするでしょうか?それとも、結果だけまた我がこちらへご報告に参ればよろしいでしょうか。」

維心は、横を向いたまま言った。

「任せる。どちらにしてもその面子なら、残るのは帝羽と慎也、明輪のいずれかであろう。誰に決まっても、我に異存はないし、克輝に負けるとも思えぬ。後で報告に参れ。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、義心がそこを出て行こうとした時、維心は、ぽつりと言った。

「主は、出ぬか。」

義心は、驚いて維心を振り返った。我が、なぜに出ぬのか知っておられるはずなのに。

義心は、そう思いながらもまた膝をつくと、維心に頭を下げた。

「は。我は、瑠維様を幸福に出来る男ではありませぬ。以前のようなことは、もう二度と。」

維心は、頷いて義心を睨むように見た。

「維月の信頼を得て、そうして主は維月の心を持って参ろうとするか。その身を側に置かずとも、主はあれを気遣うことで離れていても心を掠め取ろうと。」

義心は、驚いたような顔をした。そのようなこと…出来るはずもないことを。

「我には、そのようなつもりはありませぬ。いくら想うておっても、維月様のお心には、十六夜の他王しか入り込むことは出来ぬ。それは、恐らく許されておるという、月の宮の嘉韻であっても同じでありましょう。なので、我は見ておるだけで良いのです。我の心を知ることで、あのかたは苦しまれる。それは、本望ではありませぬ。」

維心は、それを聞いてふるふると震えた。義心がびっくりしていると、維心は急に立ち上がった。

「それよ!」維心は、今にも刀を抜くのではないかというほどに、激昂して言った。「そのように控えめでいて、主は維月を気遣い、その心を己に引き寄せようとしておる!なぜに己を殺して維月を想う!それこそが、維月の心の琴線に触れるのだと、主は知っておってそうしておるのではないのか!」

義心は、それを聞いてただただ驚くばかりだった。そうだったのか…自分は、控えめにしていても、あのかたの心に入ることが出来ておるのか。だからこそ、王はこうして我を厭わしく思われるのか。

義心は、ただ深々と頭を下げた。そんなつもりはなくても、確かに維月を想う自分の気持ちは変わらずそこにあったからだ。維心は、しばらく拳を握り締めたまま、じっと黙っていたが、踵を返した。

「下がれ!」

そうして、維心は奥へと入って行った。

義心は、維心と維月の間に、何かあったのだとその時知った。ただの里帰りではないのだ。

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