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行き違い

宮へ戻った維心から、箔炎崩御の知らせを聞いた維月は、大変に驚いていたが、もうそろそろだろうと維心から言われていたので、大きなショックは受けずに済んでいた。しかし、遺された母を思うと、維月は心が痛んだ。陽華は、本当に幸せそうだったのだ。あんな状態で、箔炎様を亡くして、父の元へ戻ろうと思うのだろうか。

維月は、また波乱が起こるのではないかと、案じていた。

しかし、維心が葬儀に出席だなんだとばたばたと忙しくしている間に、それは忘れられていった。後に碧黎から聞いたのは、陽華は地の宮へ残り、再び本体で眠りについているらしいということだけだった。

それでも碧黎自身はそれを寂しいとも思っていないようで、父がそれでいいのならと、何も言わなかった。

維月が、会合から帰って来た維心に駆け寄って抱きつき、維心がそれを嬉しそうに受けて抱き合っていると、そこへ兆加が入って来て膝を付いた。

「王。」

維心は、再会を台無しにされて機嫌を悪くした。再会といっても、維心がそこを出て行ったのがほんの一時間ほど前なので、一時間会わなかっただけの後の再会なので、維月は普通に兆加に向き直っていた。

「何ぞ。もう会合も謁見も終えたし、我はここで自由であろうが。」

兆加は、申し訳なさそうに言った。

「それが、その…王、克輝様に、立ち合いのお約束をなさったことを覚えておいででしょうか。」

維心は、眉を上げた。克輝。そういえば、そんなことがあったか。

「…確か、我の留守に瑠維に会いに参ったのを、わざわざ戻って追い返したことがあったの。しかし、あれは我が立ち合うと申したのではないぞ。軍神達と立ち合うてみよと申したのだ。」

兆加は、頷いて、そろそろと懐から書状を出して、維心に差し出した。

「これでございまする。」

維心は、その書状を受け取って、すっと開くと、また閉じた。それでもう読んでしまったのは、維月にはもうわかっていた。

「…まだあれは瑠維をと言うておったのか。しつこいの。あれから何十年経つ。」

兆加は、慌てて言った。

「まだ、10年ほどでございます。王よ、ですが此度はきちんとこうして申し入れて参ってのでありまするし、こちらとしても王自身が約されたこと、違えるわけにはいきませぬ。」

維心は、面倒そうに手を振った。

「ああ、誰でも良い、立ち合わせるが良いわ。大した技術でもないであろうが。」

しかし、兆加はずいと維心に寄ると、首を振った。

「王、あれから克輝様におかれましては、かなり精進なさったとのこと。ご油断はなりませぬ。瑠維様を差し上げることになるやも知れぬのです。」

維月も、頷いた。

「そうですわ、維心様。誰でもなどとおっしゃらずに、命じてくださいませ。義心なら、間違いないかと。」

それを聞いた維心は、気分を悪くしたようで、眉を寄せて何も答えずにいつもの椅子へと座った。維月は、慌ててその隣に座り、維心に言った。

「維心様、ご機嫌を損ねたのなら申し訳ありませぬ。ですが、確実に勝ってもらわぬと、瑠維を嫁がせなくてはならなくなるやも知れぬのですわ。私は、そのような危険は冒したくありませぬ。」

維心は、維月までも義心が最高に強いと信頼していることに面白くなかったのだ。確かにだからこそ義心を筆頭に据えているのだが、維心はそれが面白くなかった。

「…何も義心でなくとも良いわ。筆頭を出せば、この宮はそれより他良い軍神が居らぬと思われよう。ならば、我こそはという軍神を募るが良い。そやつらを立ち合わせ、一番に強い者が克輝の相手をせよ。勝ったなら、瑠維を許してやっても良いわ。あれを降嫁させる先に悩んでおったしの。他の王にと考えた時もあったが、外の神にはろくなヤツが居らぬ。炎嘉にもどうかと言ったことがあったが、我にそっくりの娘など要らぬと蹴られたしの。ならば、我が軍神ならば良い。左様触れを出せ。」

維月は、慌てた。

「維月様!それでは瑠維の気持ちは…、」

しかし、維心はそれを遮った。

「兆加。何をしておる。我は命じたのだぞ。」

兆加は、ハッと我に返って慌てて頭を下げた。

「は、ははー!」

そうして、軍にはその触れがなされたのであった。


維月は、いつもなら維心は、維月の機嫌が悪くなるを恐れて真実反対したらやめるのに、今回は本気なのだと知った。兆加が出て行った後、実は維月は維心に向き直って必死に言った。

「このようなこと!瑠維の気持ちを聞いてから、嫁ぎ先を決めるのだと約してくだっておったではありませぬか!これでは、瑠維に聞くことも出来ませぬわ!」

しかし、維心は険しい顔で首を振った。

「聞くとて、どうせ嫁ぎ先など決まっておるのだ。王達は瑠維はよくとも我が認めることが出来るような王が居らぬし、唯一良いかと思う炎嘉は一笑に付したし、後は軍神しかおらぬではないか。だからと我が命じれば我が軍神は嫌でも瑠維を娶らねばならぬ。ならばああして名乗りを上げさせれば、相手は望んでおるわけであるし、しかも我の軍神であるし、双方不幸にはならぬ。これが一番良いのだ。それに、決まったからとすぐに嫁げと申しておるのではない。弁えぬか。」

維月は、袖で口を押さえて下を向いた。確かにそうかもしれない。龍王の皇女である以上、確かに嫁げる先など限られている。しかし、維心が神世の王達を尽く駄目だというのなら、確かにもう、軍神達しか残ってはいない。龍の宮の軍神達は、大変に優秀でそこらの王より頼りになった。なので、維心が言うのも分かる。しかし、瑠維の気持ちはどうなるのだろう。女に生まれたのだから、恋だってさせてやりたいと思っていたのに。

いつもなら、維月がこうして下を向いた時点で、維心が維月の機嫌を取ろうと必死になるのだが、今度は違った。

「ですが、ですが維心様…!それでも、最後には瑠維の気持ちを聞いてやって欲しいのです!話し合って、そのことは二人で決めたのではありませんでしたか?」

維心は、断固とした様子で、首を振った。

「維月。気に入らぬのはわかっておる。だが、我が決めたこと。これ以上何も申すでないぞ。」

維月は、維心を見上げた。維心は、絶対的な表情でこちらを見返している。維月は、これ以上何を言っても無駄だと思い、黙って頷くと、椅子から立ち上がった。

「瑠維の所へ。これを、先に知らせてやりとうございます。いきなり聞いては、ショックでありましょうから。」

維心は、頷いた。維月は、そうしてそこを出て行った。そして、瑠維にそのことを話したところまでは維月も宮に居たのだが、そこから維月の気配は宮から消えた。


次の日の朝、維心は眠れないまま寝台から起き上がった。維月は、結局帰って来なかった。強引に決めた時から、恐らくこうなるのではないかと思ってはいたが、思った通りだった。前世のように人の身を持つわけではない維月は、本来自由に月とこちらを行き来出来る。月であるから、維心の結界も気取られることなく抜けてしまうからだ。

あれから、月へと昇ってそちらへ気配を気取ったので、維月が十六夜の元へと戻っているのは知っていた。維心は、それでもあの決定を後悔してはいなかった。自分は、間違っていないという確信があったからだった。維月も、今まででも誤解をして騒いだことも出て行ったこともあったが、最後には自分が間違っていなければおとなしく謝って、従った。なので、此度も落ち着いて考えたら、こちらへ戻るだろうと思っていた。

そのうちに、維月の気配がまた宮の中に戻り、維心は慌てて立ち上がった…維月が、戻って来た。

急いで袿を羽織ると、維心は居間へと飛び出した。すると、そこには維月が十六夜と共に立って、こちらを振り返った。

「維心様…。」

昨夜帰らなかったから、さぞ怒っているだろうと思っているらしい。しかし維心は、落ち着いて維月を見た。

「…月へ戻るのなら、我に一言言うてからにせよ。確かに気配は気取れるが、それが礼儀というものぞ。」

維月は、頭を下げた。

「はい…申し訳ありませぬ。」

すると、十六夜が言った。

「何でも、軍神に瑠維をやるんだって?お前も強引だな。あいつの気持ちを汲んでやればいいのに。地位なんて、別にどうでもいいだろうが。」

維心は、首を振った。

「良くはない。龍王の第一皇女なのだ。滅多な所へ嫁がせるわけには行かぬ。美加の件で思い知ったのではないのか?龍の王族に、変な血など混ぜることが出来ぬのだ。そうそう、あちらこちらと縁付くわけにはいかぬ。主らの娘とは、立場が違う。」

十六夜は、長いため息をついた。そして、意外にも頷いた。

「そう言うだろうと思った。確かにな。オレも維月も、そんなことには構わねぇ生まれだから、分からなかったが、昨夜いろいろ話し合ったんだ。親父も来て、神世のことは維心に任せよ、って言うしな。確かにそうだから、まあ、維月も渋々納得したって感じだな。瑠維は、思ったより落ち着いて話を聞いたそうじゃねぇか。あいつはさすがにここで皇女らしく育てられただけある。何もかも、よく分かってるんだ。」

維心は、眉を上げた。瑠維は、取り乱さなかったのか。

「瑠維は、王族とは何たるかと知っておる。そうして、王である父の言うことには従わねばならぬこともまた知っておる。なので、落ち着いておったのだろうの。我とて、あれが不幸になることは望んでは居らぬ。何もかも良いようにと考えたら、こうするよりないのだ。ここは、人世のように自由ではない。」

維月は、十六夜を見た。十六夜は、頷いた。

「分かってるよ、維月。」十六夜は言ってから、維心を見た。「維心、だがしかし、オレ達は月だ。わかっていて理解出来ても、感情がついて行かないんだ。生まれながらにそうやって過ごしてたんなら、オレ達だって分かっただろう。だが、前世は維月は人でオレは月に一人きり、今生は二人で最強の地の両親に育てられて王は蒼。王が絶対だなんて、思わずに育った。維織のことだって、二人で話し合って決めた。お互いに納得して、妥協してな。命じられることには、慣れてねぇんだ。二人の子のことなのに、片方が一方的に決めるなんざ、まあ言ってみれば、何様なんだってなるわな。ま、お前は王だし、王様なんだけどさ。」

維心は、そこで初めて表情を変えた。昨日のあれは、命じたことになるか。だがしかし、それも瑠維のことを考えてのこと…。

「…維月は、神世を未だに知らぬ。だから、我が瑠維の幸福を考えて決したこと。先に義心のことが出ておったゆえ、誤解しておるのやもしれぬが、我は一時の不機嫌で決定を下すなどということはない。前々からそうした方が良いか、と漠然と考えておったゆえ、克輝のことが出たついでに言うたのだ。」

十六夜は、また頷いた。

「分かってる。オレ達には、わかってるんだ、維心。だが、感情が追いつかねぇんだって言ってるだろう。」

維月が、顔を上げて言った。

「しばらく時をくださいませ。私は、命じられることに慣れておりませぬ。これは、以前より申しておったこと。維心様に間違いがないことは、よう知っておりまする。この気持ちのまま、今までのようにお側に居ることが出来ぬだけ。己の感情に整理をつけまする。そうして、維心様の許可があれば、こちらへ戻って参りまするから。」

維心は、維月に足を踏み出した。

「維月、我が間違っておらぬとわかっておるのなら、なぜに離れておらねばならぬ。ここに居れば良いではないか。」

十六夜が、維月の前に進み出て維心を遮った。

「だから、お前の側に居たくないって言ってるんだろうが!察しろよ。今までみたいにお前がベタベタとして来たりしたら、維月は払いのけるかもしれねぇぞ?それでもいいのか。ちょっと時間をやれば、こいつだって気持ちを切り替えて、またお前が寄って来ても今までと同じように出来るかもしれねぇし。」

維心は、ショックを受けた。なぜにそうなる。たった一度命じただけではないか。

「たった一度命じただけで、なぜにそのようなことになる。まるで維月が我を愛しておらぬような言い方を。」

十六夜は、さすがに言いにくそうな顔をしたが、言った。

「…その、まるで、だよ。ただ、分からないようになっただけだけどな。あのさあ維心、百年の恋も冷めるって知ってるか?たった一言で、全てが崩れるっていう。分かり合っていたようで、実はそうではなかったと知ったら、それまで積み上げて来たものって崩れちまうよなあ。そうは思わねぇか?」

維心は、急いで首を振った。そんなつもりではない。

「我は、ただそれしかない道を示しただけ。維月と話したとて、その結論しか我は首を縦には振らなんだ。それなのに、なぜにそうなる。確かに強引だったやもしれぬが、時は無駄にならなんだであろう。」

十六夜は、同情したように維心を見た。

「お前、変わったな。というか、元に戻っちまってる。維月との最初を思い出してみろよ。維月に、神世の常識が通じたことがあるか?理解はしても、感情的に追いつかないと、ずっと言い続けて来たろうが。なのに、わかってるはずのお前まで維月に命じて時が惜しいなんて言っちまったら、こいつのことは誰が理解してやるんだ?これまでだって、どうにかして維月に納得させようとしてたじゃねぇか。それを省いちまって、愛情が持続するなんて、まさか思ってるんじゃねぇだろうな?」

維心は、十六夜に言われてハッとした。だからこそ、今まで面倒でも維月に根気強く話しておったのではなかったか。なのに昨夜は、義心のことも手伝ってその時を惜しんだ。なので、命じてしまったのだ。

十六夜は、維心の答えを待たずに維月の手を取った。

「じゃあ、な。ちょっと離れてる方がいいんだよ。オレ達は、長く一緒に居すぎてる。前世はたった100年ほどしか一緒に生きなかったのに、黄泉を経てもう今生は数百年だ。お前も初心を忘れて来てもおかしくはねぇ。ここらで一度、リセットしようや。離縁とかじゃなくて、離れてみるだけだ。お互いに責務とやらだけを考えて、しばらく生きよう。」

二人は、光に変わって行く。維心は、慌ててその光に手を伸ばした。

「待て!そのような一方的な…!」

十六夜の声が答えた。

《一方的?そうだな。じゃあ、これでおあいこだ。》

そして、二つの光は月へと戻って行った。

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