結果
蒼は、何の罪もない悠を、まさか700歳を越えてから離縁することになるとは思ってもいなかった。
神の寿命は普通なら長くて1000年ほど、普通の力の神ならば、なだらかに老いて、黄泉へと旅立って逝く。それでなくても、悪い気に弱い悠を案じて、父王が存命の時に乞われて蒼は悠を娶っていたのだ。この歳で自分の結界を出してしまったなら、そう長くは生きていけぬだろう。これが今生の別れになるかと思うと、蒼は居た堪れなかった。
「蒼様。」悠は、頭を下げた。「元はといえば、我が美羽を持て余し、躾けることが出来なかったのが罪でありました。そうしてその美羽が産んだ子を躾けられるはずなどなかった。このようなことになるのも、道理なのでございます。そのように、悲しまないでくださいませ。」
もう、顔にも深い皺が刻まれ、美しかった金髪は白くなっていたが、それでも悠は美しかった。蒼は、首を振った。
「里と申して、もう代も二度代わり、今は主の父の孫の代。あちらへ行っても、厄介者扱いであろう。」
悠は、首を振った。
「良いのですわ。我は、これまでこちらで大切にして頂きました。とても楽しかった…桂殿や、華鈴殿と仲良くして頂いて。もう、充分でございます。」
しかし、蒼は言った。
「…悠。実は、あちらの宮からは、主らを迎え入れることは難しいと言うて来た。なので、オレは結界のすぐ外に、小さく結界を張って、そこへ屋敷を準備させたのだ。」と、下を向いた。「維心様からは、約したのはそんなことではないと言われるやもしれぬが、主と美羽は、そこで。」
悠は、扇で口を押さえた。里は、我を受け入れぬと。本来ならば、離縁されて帰る所がない妃は、王に斬り捨てられてしまう。しかし、蒼は外に屋敷を準備させたのか。
「ですが…美加は?」
蒼は、険しい顔をした。
「美加は、主らと共には出来ぬ。あのような気性、何をしでかすか分からぬからの。主に、そのような物思いを持って行かせたくない。」
悠は、しかし心配そうに蒼を見た。
「蒼様…ですが、そんな娘でも孫なのですわ。どうか、温情を。」
悠は、美加が蒼に斬り捨てられるのではないかと思ったらしい。蒼は、苦笑した…いっそ、その方が美加も楽なのかもしれない。
「美加を、受け入れてくれるのは、ヴァルラム殿の城。」蒼は、暗い表情だった。「他は全て、断られてしまったのだ。しかも、あちらではあくまでも、咎人として。ヴァルラム殿の城には、そういった輩を働かせる場が、城の地下にあるのだそうだ。罪を許されるとされる期間そこで労働すれば、出ることが出来る。しかし、男も女も、同じ仕事の内容であるそうだがな。」
悠は、それを聞いて顔を青くした。つまりは…それは、牢なのでは。
「蒼様、それは牢…、」
悠が、言いかけたのを蒼は止めた。
「何も言うでない。あれぐらいの罪ならば、真面目に働けば数年で出れるのだとヴァルラムは言うておった。ただ、反抗的であったり、怠けたりすれば長くなるがの。真面目に務めて、そこから出ることが出来れば、城で侍女として使ってくれるのだそうだ。なので、主は案じるでない。全ては、美加次第なのだ。己でしてしまったことの後始末を、あれはせねばならぬ。どこの宮でも、牢へなら死ぬまで放り込んで置いても良いと、そんな返事だった。龍王の勘気を被った女など、宮で使えぬということだろう。ヴァルラム殿だけが、少しはマシな待遇であったのだ。聞き分けよ。」
悠は、神世を甘く見ていた。帰るといえば、帰れるのだと思っていたのだ。だが、代替わりして忘れ去られた里では、そんな遠い親戚など厄介者でしかないのだろう。しかも、普通に王が亡くなって帰って来るのではなく、そんな罪を持って帰って来るのだ。
「…何と罪深いことか。我が、美羽を躾けられなかったばかりに、このようなことに…。」
蒼は、泣き崩れる悠を、抱きしめて言った。
「主だけのせいではない。オレだって、あれを躾けることが出来なかった。預かった美加も、押さえることが出来なかった。離れて暮らさねばならぬが、その苦労を罰として、お互いに受けよう。」
悠は、何度も頷いた。神世の理…。罪に対して、決して甘くは無いのだ。
維月の里帰りも終わり、維心は瑠維と維月を連れて、帝羽と共に龍の宮へと戻っていた。
維月は、すっかり憔悴し切っていて、どうしてこんなことにと、毎日沈み込むことが多かった。瑠維も、美加がどうなったのかを帝羽から聞き、想像も出来ない恐ろしいことに、まるで己のことのように涙を流した。いったい、その城の地下はどんな場所なのだろう。男も女も同じだという仕事とは、いったいどんなものなのだろう…。瑠維まで沈んでしまっていたので、帝羽も、己の気持ちのことはまだ、何も告げられていなかった。こんな状態の時に話しても、きっと瑠維は考えられないだろうと思ったからだ。
それでも、暇を見つけては瑠維と話すために、奥宮近くの中庭へと足を向けた。瑠維が、そこへ出ていることが多かったからだった。
瑠維は、そこで月の宮でのことを振り返り、後で考えると神にもいろいろ居るということを学べたのだと帝羽に話していた。美加は大変に気の毒ではあるが、そうした考えを持ってしまっている以上、自分の行いを見つめ直して考え方を改めて、出直す必要があったからだと納得していた。そうやって帝羽と話すことで、自分の感情といろいろなことを整理して行ったのだ。
維月は維月で、維心に気遣われて少し持ち直して来ていた。
確かに、美加は人の中でもかなり意地悪と分類される性質だった。だが、天真爛漫でかわいいのだと維月は思っていた。自分に正直であるのはいいことだと思っては居たが、それでも回りを貶めるようなことをしてはいけない。それが、一度や二度のことではなく、どうやら西に居た時からかなり回りの同年代の娘達が被害を被っていたらしい。明維が、あまりのことに西から出すこと考えたのだと聞いた。
維月がため息をつくと、維心が言った。
「また、美加のことか?」
維月は、維心を見上げて困ったように微笑み、頷いた。
「申し訳ありませぬ。どうしても、ふと考えてしまって。今頃、ヴァルラム様の城でどのように過ごしておるのかと思うと、考えを改めたならこちらへ帰してやってもと、思うてしまいます。」
維心は、息をついた。
「それはならぬの。どのように考えを改めようと、上に立つ王族に戻すわけにはいかぬ。罪を犯しておるのだからの。だが、ヴァルラムの城で仕えることは出来よう。ヴァルラムに話を聞いたが、あちらでは神であろうとあのような心根を持つ者が多いのだそうだ。なので、ヴァルラムはああして、更生施設を作っておる。全てを罰して斬っておったら、神の数が減ってしまう。なので、少しでも機を与え、更生出来た者には仕える権利を与えておるのだ。」しかし、維心はそこで視線を落とした。「…まあ、出て来ることが出来る者は少ないらしいがの。全体の1割にも満たぬのだそうだ。」
維月は、それを聞いて悲しげに維心を見上げた。
「維心様、どうしたらそこから出るのを許されるのですか?」
維心は、維月を見た。
「真に心から己を変えることが出来たと、ヴァルラムが判断したら。」維月は、維心の言葉に少し首をかしげた。維心は、続けた。「要は、模範囚であっても早く出るために装っておるものも居るであろうが。それが、真に更生したかどうかを、ヴァルラムが試すのだ。心の底から更生せねば、とてもヴァルラムに許しはもらえぬと聞く。危険だと判断された者を、簡単に世に戻すことは無かろうが。」
維月は、表情を曇らせた。
「まあ…蒼の話しでは、ニ、三年で出られると聞いておりましたのに。」
維心は、ため息をついた。
「それは、同じ窃盗の罪で入った者の平均値であって、確約されるものではない。それぐらいの軽い罪の者なら、心の底から性悪なものなど居らぬだろう。だが…美加は、無理であろうの。」
維月には、それはわかっていた。美加は、物を盗るという罪より、他を謀っても己の益を求める、そのためには手段を選ばない、その性質が悪いと判断されたからだ。維心自身も驚いたという、沙汰の折の言葉…祖母と母を、己の行いのせいで不幸な境遇に落とすというのに、それに関して少しも良心の呵責がないばかりか、それでは不公平だと言い放ったというのだ。
維月は、下を向いて口元を押さえた。もう、どうしようもないのだ。本来なら、面倒だとして簡単に斬り捨てられて終わっていただろう。それが、とにかくも生きるチャンスを与えてもらったのだ。悲しんでいては、いけない。
「維心様…私も、美加が出て参るのを待つことに致しまする。きっと、更生してくれるのだと信じて。」
維心は、目を潤ませて自分を見上げる維月の頭を撫でた。
「万に一つも、そうなる可能性はある。我も主と共にそれを待とうぞ。」
そうして、美加のことは少しずつ神世の記憶から消えて行った。




