真実2
明維は、西の砦でその知らせを見て眉を寄せていた。美羽と婚姻して美加が生まれたまでは良かったが、その生まれた娘はとんでもないはねっ返りだった。
美羽に、きちんと教育をと言っても、元気で良いではありませんの、と言うばかりで厳しく躾ける様子もなかった。なので、明維が見かねて軍務の合間に躾けるのだが、そんなものではとても追いつかないほど、面倒な娘だったのだ。
美羽には、一度思いっきり怒ったことがあった…しかし、美羽はそれを聞いて涙を浮かべるだけ。後から、月の宮からついて来ていた美羽の乳母に聞いたところ、美羽は躾けたくても、どうすればいいのか分からなかったのだという。つまりは、美羽はまともに乳母の躾けを聞いたこともなく、そんなものからは逃げてばかりで育っていたのだ。
母上に似ておると思うたのも、気性だけであったか。
明維は、すっかり面倒になって、美羽を里へ帰すことこそしなかったが、最近では全く顔も見ていなかった。
しかし、娘はどうにかせねばならない。明維は、悩んだ末、前世は己の父であった、今は甥に当たる維心に、前世の頃のように知らせを出した。まことに困った性質の娘にて、父上のお側にて行儀見習いをさせるわけには参りませぬか、と。
しかし、維心からの答えはこうだった。こちらでは過ごしづらかろう。神もよく出入りし、人目にもつく。他の宮の方が良いのではないか。
つまりは、維心ははっきりと断ったのだ。龍の宮に、ややこしい者が来るのは避けたいということだった。
後に直接に龍の宮へと美加を連れて赴いて話した時には、維心は美加を見て苦笑し、こう言った…主は困ったところもあったが、王族であったし誰より礼儀には通じておったのに。なぜにこうなった?
明維には、返す言葉もなかった。それで、その帰りに蒼の所へ寄って相談し、そのまま半ば押し付けるような形で美加を頼んで帰って来てしまったのだ。
明維は、時に月の宮へ里帰りする美羽が、娘をこちらへ返して欲しいと思っているのは知っていた。だが、ただ礼儀を知らぬだけではなくて、美加は根本的に性質が良くないようだった。欲しいと思えば他の神の持ち物であろうと無理に奪い、なだめたりすかしたりと、偽りまで駆使して手に入れようとした。その上、それでも駄目だとなると、盗みまでした。そして、他の神の子を、己の立場を利用してよく貶めたり、何の罪もないのにいじめたりもした。そんな娘が、明維には恥ずかしくてどうにもならなかったのだ。
月の宮からの手紙には、龍王に絡んで二つの紛失物が出て、すぐに見つかったものの、どうやら美加が関係しているようだと書いてあった。普通なら見つかったのだから秘密裏に済ませられるはずのことが、こうして公になったということは、面倒が絡んでいるということだろう。
明維が険しい顔をして、書状を手にじっと考え込んでいるので、側に座っていた晃維が顔を上げた。
「兄上?どうなされた。蒼が、何か?」
明維は、晃維を見た。晃維は、和奏と婚姻して、同じように娘が一人居るが、和奏はとてもうまく躾けたらしく、娘の奏はとても明るく素直な女神だった。明維は、恨めしげに晃維を見て、書状を差し出した。
「主には分かるまい。なぜに我ばかりがこのような面倒を。」
晃維は、眉を上げて、その書状を受け取ってさっと目を通すと、ふっと息をついた。
「まだ、美加が何かしたと判断されたわけではないでしょう。」
明維は、首を振った。
「あれは、面倒な癖がある。他人の物を盗ってはならぬと教えたのであるぞ?それでも、そんな基本的なことが守れぬ。我の根付を盗られた時のことを覚えておるだろうが。」
晃維は、頷いた。
「ああ。あんな小さな子供を外へ放り出してしもうたと美羽が泣きついて来たゆえ、我が慌てて探しに参った。まあ、確かにあれはまずかったが…知らなかったのだから。」
晃維は、無意識に自分の刀の根付に触れている。そこには、明維と全く同じ、古い根付がついていた。明維は、苦笑してそれを見た。
「主とて同じだろうが。そうして、母上の根付を未だに取ることがない。想う気持ちは我と同じぞ。いや、まあ主は少し違うのやもしれぬが。」
晃維は、それを聞いて驚いたような顔をした。
「兄上?それは、とっくの昔に忘れたのではありませぬか。美羽を娶って、美加までなした。」
明維は、苦笑して首を振った。
「ああ、晃維。誰しも、魔が差すということはあるものよ。我は、勘違いしておったやもしれぬの。なぜなら、父上のようにずっと変わらぬ気持ちを言うものを持つことが出来なんだ。これは、本当のものではなかったのだ。」
晃維は、気遣わしげに明維を見た。明維は、笑って晃維を見た。
「そのように案じるでない。別に里へ帰そうなどと言うては居らぬではないか。世の男と同じように、責任は取るつもりでおるよ。別に、顔を見なければ良いのであるから。」
晃維は、顔をしかめた。そこまで…。
晃維が黙ったが、明維はポンと膝を打って立ち上がった。
「さて、とにかくは迷惑を掛けてしもうておるのだ。行って参る。」
晃維は、慌てて立ち上がった。
「兄上?月の宮へでございまするか?」
明維は、頷いた。
「あれは我の子であるから、皆遠慮して強く追及出来ぬであろう。我でなければ、あれも真実を言わぬ。早急に解決するためには、呼ばれる前に行くしかないのだ。」
晃維は、神妙な顔をした。いくら第二皇子の子であるとはいえ、龍王に対して何某か迷惑を掛けたとあっては、ただでは済まない。それは、神世の理だった。
「では…美羽も?」
明維は、首を振った。
「そこまではまだ良い。今責任を取って面倒を見ると言うたばかりであろうが。連れて参ったら、あれはそのまま里へ帰すことになるぞ?我はそれでも良いが、蒼が何と申すか。」
晃維は、頷いた。しかし、美加が本当に関わっていたとして、父上が許さぬと言われるか、父上が言わなくても兄上が過ぎたことと判断したら、美加はそれなりの沙汰を受けるよりなくなる。そうなると、その母である美羽も、ここには置けなくなるだろう。明維は、ため息をついて戸へと歩いた。
「主は案じずとも良いわ。行って参る。」
そうして、明維は月の宮へと単身飛び立ったのだった。
月の宮では、軍神達が集まって、蒼の前で報告をしていた。嘉韻が、険しい顔をして言った。
「帝羽が聞いて参ったこともあわせると、美加殿の行動は限りなく怪しいと言わざるを得ませぬ。」嘉韻は、常にも増して機嫌が悪そうだった。「王のお孫様にあたるので、強く言うのもと思いまするが、それでも此度は言わざるを得ませぬ。」
蒼は、ため息をついた。
「仕方のないことだ。孫だろうと何だろうと、悪いことをしたら悪いのだから。あれも、気の毒と言ったら気の毒なんだがな。何しろ、美羽は礼儀作法を習うような娘ではなかった。明維に娶られてホッとしたものだが、その娘なんだから礼儀など教えてもらえなんだ可能性が高い。明維が子育てするとは思えぬし。」
それでも嘉韻は、険しい顔を崩さなかった。
「王、事は礼儀云々ではありませぬ。もっと、根本的なこと。人であっても守るようなことでありまする。他人を貶めたり、己の望みを叶えるために偽りを申したり、そんなことは普通の神ならばすることなどない。その上、この重大さがわかっておりませぬ。事が公になってしまった以上、龍王に仇名す者として、斬り捨てられても文句は言えぬのに、そんなこともわかっては居らぬ。」
蒼は、うんざりしたような頷いた。
「ああ、わかっている。して、指輪の方は恐らくそうであろうというしか証拠がなかったらしいが、腕輪はどうか?まあ、美加が持っておったのは、帝羽が美加が落とした腕輪を拾ったことで分かるが、裏は取れたか。」
帝羽が、頷いた。
「はい。瑠維様は、それが確かに自分の腕にあるのを、あの日の夕方まで見ておったのでありまする。それから、美加が訪ねて来て話し、その内容にショックを受けてふらついていた時、側へ寄って来た美加に手を取られた記憶があると。そして、寝る準備をしておる時に、それが自分の腕に無いのに気付いて、慌てたのだと。」
蒼は、帝羽を見た。
「美加しか、訪ねておらぬのだな。」
帝羽は、頷いた。
「はい。その他は、月の宮の侍女が二人、就寝の準備を手伝いに来たぐらいで、その時に無いのに気付いたということでしたので。」
蒼は、息をついて頭を抱えた。
「一つは、間違いないの。指輪の件、本人に問いただす必要があるな。だが、あれが言うことを聞くのは、恐らく父親の明維だけだろう。そうして、あれが吐いたとして、その後の沙汰を考えると気が重い。」
それには、さすがの嘉韻も気の毒そうな顔をした。
「王…。」
蒼は、立ち上がった。
「明維を呼ぶ。」
すると、そこへ維心によく似た姿が入って来た。
「その必要はない。」
そこに立っていたのは、明維だった。




