真実
維心が、ため息をついた。
「…困ったもの。これは少し、これまでのこと問いたださねばならぬ。蒼、軍神達を使え。維月の指輪の件、此度の腕輪が盗まれた件、それから、この一件。どういうことか、真実を調べるのだ。このように宮が乱れるのはならぬ。そして、ことによっては、明維を呼べ。」
蒼は、維心に頭を下げた。
「はい。ですが、本当に皆、美加の仕業でしょうか?女が起こすには、誠に大事な気がするのですが…。」
維心は、維月の肩を抱いて、宮の中へと促しながら言った。
「大きなことを起こすのは男だという固定観念から離れねばならぬぞ。よう調べよ。何か出て参るやもしれぬしな。もしかして、美加が悪くない可能性もあるしの。とにかくは、徹底的に調べさせよ。それから、帝羽の件はこれが明らかになってから、責任云々沙汰を出す。今宵は、これまでぞ。寝る。」
十六夜が、ふんと呟くように言った。
「まだ眠らないだろうっての。」
維心は軽く十六夜を睨むと、瑠維と維月を促して部屋へと戻って行った。帝羽は、その後姿をせつなげに見ながら、思った…では、あれは瑠維殿ではなかった。瑠維殿は、やはりあのようなことをする女ではなかったのだ。つまりは、我と美加様のことを案じておるというのも、また嘘だということになる…。
帝羽は、あの瞬間に自分に芽生えた気持ちに、戸惑っていた。いや、もっと前から芽生えていたのだ。それを、あの瞬間に知ってしまった。瑠維が、自分のために美加に嫌がらせをしていると目の前に見た時に、思いもしなかった感情が湧いて来た…歓喜の気持ち。瑠維が、それほどに自分を想ってくれているのだと。つまりは、自分は瑠維を想うているのだ。
瑠維にこの気持ちを告げるためには、自分につけられた汚名を漱がねばならぬ。
帝羽は、その夜は休むことなく、事件の真相を探るべく動いていた。
次の日の朝早く、瑠維は帝羽の訪問を受けていた。昨日、あんなことを美加に聞いたばかりだったので、瑠維は帝羽の顔を見たくはなかった。なので、最初は断ったのだが、帝羽がどうしても聞きたい事がというので、仕方なく出て来て、目の前で膝をつく帝羽と向かい合った。
「どうしたのですか、帝羽殿。我は、本日は部屋でおとなしくしておるようにと言われておるのです。」
帝羽は、頭を下げたまま、言った。
「決してここよりお出にならずとも良いのです。ただ、お話を聞かせて頂きたい。王から、此度のこと、詳しく解明するようにとの命を受けております。」
任務なのね…。
瑠維は思って、頷いた。自分で、何か役に立つのなら。
「何なりと。」
瑠維が言うと、やっと帝羽は顔を上げた。その顔を見て、また慕わしい気持ちが湧いて来た瑠維は、息苦しく感じて下を向いた。帝羽殿は…美加殿と。
瑠維は、胸を押さえていた。すると、帝羽が言った。
「瑠維様、どうかよく思い出して頂きたい。本当に、あの指輪が置いてあった部屋でお一人になられたのは、瑠維様だけでございまするか。」
瑠維は、苦しく思いながらも、気持ちを切り換えて考えた。どうだっただろう。
「…まず、部屋を出たのはパイを隣の部屋のオーブンに運ぶ時でした。お母様を先頭に、次に我が、そして、美加殿が続きました。そして、後ろで美加殿がパイを落として…我は、振り向いた。それから隣に行って、我が掃除を。その後はずっと3人共に居て、離れることはありませんでした。」
帝羽は、じっと考えた。何か隙はないか。
「もしかして…王妃様の次に瑠維様が居て、前を見て歩いていらした?」
瑠維は、頷いた。
「それは、前に歩いておりましたもの。パイを落としてはと、振り向く事など考えもしませんでしたわ。」
帝羽は、頷いた。
「ならば、美加様も一人に。」瑠維が驚いていると、帝羽は続けた。「一番最後であったのでしょう。その隙に、指輪を手にする事は可能です。」
瑠維は、ハッとした。確かにそうだわ。
では、美加は知っていながらああやって瑠維に疑いの目が行くように振舞ったということになる。
瑠維は、首を振った。
「でも…幾らなんでも美加殿はそんなことはしませんわ。理由がありませぬもの…。」
帝羽は、じっと瑠維を見た。そして、下を向いた。
「我が、悪いのです。」また、瑠維は驚いた顔をする。帝羽は、思いつめたように瑠維を見上げた。「我は、美加殿が我にまとわりついて来られるのがなぜか、分かっておりました。ですが、どうあってもそれをお受けする気持ちにはなれなかったのです。それなのに、瑠維様とはああして庭を散策していたりしておりました。それで、瑠維様がそのようなことに。」
瑠維は、口を押さえた。
「でも…美加殿は、帝羽殿が会いたいと申してと。こちらに居った時から、仲が良かったのだと聞いておりまする。」
帝羽は、必死に首を振った。
「偽りでございまする。こちらに居った時から、我は無難に避けておりました。それは、蒼様もご存知であること。瑠維様、あのようなことがあっては、男は不利でございます。ですが、我は本当に美加殿に言われてあちらへ参っただけ。なぜに訓練場の観覧席に来たのかと、我が問いただしたところ、瑠維様に命じられたと…瑠維様が、我が瑠維様の軍神であるのに、美加様が付きまとうから、気を悪くされておると申したのです。」
瑠維は、あまりのことに口を押さえ、ふらふらと椅子に座ったままで横へふらついた。帝羽は、慌てて瑠維を支えた。瑠維は、驚き過ぎて気が遠くなっていた。美加殿が、そのようなことを。我が、帝羽殿を独占したいと思っておると…。
「そのような…まさか、そのようなことを、美加様がおっしゃるはずは…。」
帝羽は、じっと瑠維と目を合わせた。そして、強い口調で言った。
「瑠維様、どうか我をお信じください。我は、今の状態では誰にも信じてもらえぬやもしれぬ。しかし、我は絶対に美加様を望んでなどおりませぬ。どうか、この件の解決に力を貸して頂きたい。どうあっても、瑠維様には信じてもらわねばなりませぬ。」
瑠維は、目を上げた。帝羽殿…。
「信じますわ。」瑠維は、帝羽に力を入れてはっきりした口調で言った。「我のことは、前のように瑠維と。そのように、敬称をお付けにならずにお呼びくださいませ。そうして、ご自分の無実を晴らしてくださいませ。我に出来ることならば、何でも致しまするから。」
帝羽は、ホッとしたように肩の力を抜くと、支えていた瑠維の手を引き寄せて、そっと抱きしめた。瑠維は、びっくりしたが、そのままじっとしていた。帝羽は、そのまま言った。
「必ず。瑠維殿、我は、必ずこれを解決して、その後には主に言わねばならぬことがある。」
瑠維は、じっと帝羽の腕に抱かれたまま、その胸に顔を埋めて、黙って頷いた。帝羽は、何としてもこの件を解決しなければと、眼光を鋭くしていた。
「知らないわ。」美加は、数人の軍神と共に訪ねて来た嘉韻に言った。「何でも我が悪いと思うておるのでしょう。あの瑠維殿のことも、疑ってはどう?あの子が、我に何でも押し付けておっただけよ。我は知らない。」
嘉韻は、眉を寄せた。
「そのように非協力的ではならぬな、美加殿。主はこれを、どれほどの事件だと思うておるのか?」
美加は、ふんと横を向いた。
「知らないわよ。お祖母様の指輪がなくなって見つかって、瑠維殿の腕輪が無くなっただけでしょう?大層な。」
嘉韻は、そんな美加にパシっと自分の刀の柄を打った。美加は、びくっとした…よく、父の明維がすることだったからだ。
「何を申す!龍王妃の宝物が何者かによって盗まれ、龍王によって見つかり事なきを得た。その後、龍王の第一皇女の、龍王自身が与えた宝物がまた何者かによって盗まれ、庭にて落とされておるのが見つかった。神世に告示され、既に捜査は始まっておる。事を大袈裟にすることはないとの龍王の意思で今まで何もなかったが、昨夜の龍王の命で一気に神世が知る事となったのだ。神世全体が、その動向を見守っておる状態。これ以上もないほど、窃盗事件として大事ぞ!我らは月の宮の威信に掛けて、これを解決せねばならぬのだ!協力せぬと申すなら、主とて牢へ繋ぐ!王からもそれは許可を得ておるからの!」
嘉韻の目は、見たこともないほど険しく、そうして薄っすらと光っていた。こうなる時は、本当に怒っている…父が、自分を結界外へと放り出した時も、こんな状態だった。父の大事にしていた刀のもう古い根付を、そっと取って来て自分のかんざしにつけて遊んでいたら、それを失くしてしまったのだ。その時の父の怒りようは、並大抵ではなかった。後で聞いたことだったが、それは祖母が父にとかなり昔に手作りしたものだったのだという。その後大変に大騒ぎをして、その根付を探し出した。見つかった時の父が、涙を流さんばかりに喜んでいたのを覚えている…しかし、自分はその後、無法者がうろつく外へと放り出されてしまったのだ。叔父の晃維が助けに来てくれるまで、自分は大変な思いをしたのだった。
美加が、僅か10歳ほどの時のことだった。
嘉韻に、父の影を見た美加は、震え上がって言った。
「本当に…あの、詳しいことは知らないわ。私、あの、部屋で一人になったこともないし。」
嘉韻は、じっと美加を見た。美加は、ただ震えている。嘉韻は、小さく息をついた。
「…とにかくは、またお聞きすることもあるかと。瑠維様にも、帝羽が今話を聞きに参っておる。そこから、何か分かることもあろう。では。」
嘉韻は、そう言い置くとそこを早足で出て行った。残りの軍神も、それについて出て行く。
美加は、じっと黙って考え込んだ。ここで、とにかくは大人しくしておかなければ。まさか、ただの家族内の失いもので済むと思っていたことが、これほどに大きなことになるなんて…。




