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本心

そうこうしている間に、一週間が過ぎ、維月は十六夜の元で少し元気になっていた。父である碧黎も、事情を聞いて維月に会いに来ては、全く関係のない話をして維月を和ませた。維月は、今生共に育った家族の下で、気持ちも明るくなっていた。

そこへ、維心が帝羽を連れてやって来た。一週間は、維心が維月と離れていられるぎりぎりの期間だった。少しでも、側を離れると寂しくて仕方がないらしい。

龍王である維心に、望んで叶えられないことなどないのに、維心は他に妃を望まなかった。維月だけで良いと言って、寂しいと会いに来る。普通、王には妃がたくさん居るので、里帰りの時に寂しいなどないはずなのだ。

それでも、維心は維月に一目散に会いに来て、顔を見ると何年離れていたのだろうという風情で維月を抱きしめた。

「おお維月、我は主に会いとうて、気が狂いそうであった。」

維月は、維心の背に腕を回して、しっかりと抱きしめた。

「維心様、お寂しい思いをおさせして申し訳ありませぬ。大丈夫ですわ。もうこうして側に居りまするから。」

維心は、頷いて維月の髪に顔を埋めた。

「そうよの。主は我のものよな。」

じっと呆れたようにそれを見ていた十六夜が、横から言った。

「オレのものでもあるがな。」と、維月の手を引っ張った。「いつも言うが、長い。それに、会いに来るのが早い。こいつは異次元のシンの所へも行ってるんだぞ?まあ、あっちは時空も越えてるから、オレにとっちゃあ一日ほどのことだが、それでも、まだオレと一緒に居るのは三日なんだぞ。ちょっとは遠慮しろ。」

維心は、眉をひそめた。

「分かっておるわ。しかし此度は心持ちが違うからの。」と、維月の顔を覗き込んだ。「主はどうか?もう、少しは気が晴れたか?」

維月は、頷いた。

「はい。落ち着きましてございます。異次元の維心様とは、あちらの時間で三ヶ月ほどご一緒しましたけれど、その時に義心のことも、聞いて頂きましたの。とても案じてくださって…あちらの義心は、あちらの維月と結婚して子を成しておりましたでしょう。『もしも主があちらで義心と結婚しておったなら、そちらの維心はまだ、こうして独り身であったのだぞ?』とおっしゃられて…それで、目が覚めましてございます。私は、維心様と共にと転生して参った。なので、このように案じても仕方がないのだと。維心様をお独りには出来ませぬ。なので、仕方がないことなのですわ。」

維心は、異次元の自分が維月を癒したのかと思うと何となく気に入らなかったが、それでも何度も頷いた。

「そうか。主は我と共にと転生して参ったのだものの。他に気を取られるなど、あるはずもないの。」

十六夜が、割り込んだ。

「オレも一緒だがな。」と、どうあっても維月を離さない維心に、諦めて側の椅子へどっかりと座った。「それにしても、オレは義心が嫌いじゃねぇだけに、いろいろ考えさせられるんだ。お前、嘉韻に維月を許してるだろう。それがまた、義心を気の毒に思う要因の一つなんだよ。」

維心は、眉を寄せた。

「何を言うておる?嘉韻のことは、我は表立って許しておるわけではないわ。我が見ておらぬから、知らぬ。それだけぞ。」

確かに、そうだった。黙認しているだけで、許した訳ではないのだ。維心は、自分の目につくことは許さないと約させていた。なので、嘉韻は絶対に維心に口が避けても維月のことは言わなかった。

十六夜は、めんどくさそうに手を振った。

「ああ、分かってるよ。だが義心は、それより遥かに早く維月を想って来たんでぇ。先を越されて、それでも黙ってお前に仕えてるってのが、気の毒なだけだ。」

維心は、視線を落とした。確かにそうなのだが。

維月が、また暗い顔をした。

「やはり…前世の私が浅はかであったから。」

それを見た維心は、慌てて首を振った。

「何を言う。主はまだ何も知らなかったのだからの。まあ、我が言うことを理解出来ずにいろいろあったが、主が悪いわけではない。気に病むでないぞ。」

維月は、肩で息をついた。

「はい…維心様。」

そこへ、帝羽の声が戸の外から言った。

「王。宮より知らせが参りましてございます。」

維心は、ちらとそちらを振り返った。

「入るが良い。」

戸が開いて、帝羽が入って来た。維心が維月の肩をしっかりと抱いたままなのに少し驚いた顔をしたが、すぐに持ち直してすっと膝をつくと、維心に書状を差し出した。

「兆加殿より、急ぎ王へと。」

維心は、頷いて書状を受け取ると、さっと目を通した。そして、目を上げてじっと庭の方へと視線を向け、何かを考えているような顔をした。

「維心?何事だ?」

十六夜が言う。維心は、十六夜を見た。

「戻らねばならぬ。宮に、克輝が来たと。」

維月が、驚いたように維心を見た。

「え、あの、瑠維に三回求婚して来た、王であられまするか?」

維心は、頷いた。

「此度は、直談判に来たらしい。維明と義心が残っておるゆえ、我が居らぬでも略奪など出来ぬだろうが、それでも案じられることよ。あれは、序列が上から二つ目であるからな。しかも代替わりしたばかりで若い。何をしよるか分からぬ。」

Aランクか。

十六夜は、心の中でそう思った。維月が、気が気でないような顔をした。

「維心様、それでも維心様が守っておられると思わずでは、私も安心出来ませぬ。どうか、宮へお戻りあせばして。」

維心は、頷いた。

「しようがない。用が済めば来るが、それもあれが帰らねば叶わぬの。主も、なるべく早よう帰るようにな。」

維月は、頷いた。

「はい。瑠維の一大事となれば、私もゆっくりしておられませぬわ。なるべく早よう宮へ戻りまするから。それまで、瑠維のことをよろしくお願い致しまする。」

維心は、また頷いた。

「任せて置くが良い。しかし、ほんに困ったことよの。」と、帝羽に頷き掛けた。「戻る。」

帝羽は、維心に頭を下げた。

「は!」

そうして、来たばかりなのに慌しく、維心は戻って行ったのだった。


その少し前、義心は、王が出て行った空を見上げてため息をついていた。

あれから、王は表面には何も出さないが、それでも一層維月を外へ出すことも、それに自分が近付くような任務を指示することも、無くなった。警戒しているのは、明らかだった。

別に、維心と維月を困らせるつもりなどなかった。ただ、あんな風に自分を縁付けようとする王に、つい意地になってあんな風に言ってしまっただけなのだ。義心は、維月を見ているだけでよかった。確かに、側に居たいと思う夜もあるが、自分が思えば思うだけ、維月を苦しませてしまう事実を知ったからだ。

維月は、義心が自分を思うようになったのは、自分のせいだと自分自身を責めていた。

義心にしてみれば、それは必然であり、運命であったと思っていた。維月を、もしもあの時見初めていなかったとしても、間違いなく別の場所で垣間見て、想うようになっていた思っていた。なので、維月がそんな風に自分を責めることに居たたまれず、軍に復帰して側近くへ行くことが多くなったのを機に、一切を封じて側へ寄らぬことを決心していたのだ。

愛おしい姿を遠めに見つめることはあっても、側へ行って話そうなどとは考えなかった。それによって、維月が自分の気持ちを感じ、苦しい想いをするのは避けたいと思ったからだった。

義心が、一人そんなことを考えて宮の警備を見回っていると、兆加が走って来て必死に言った。

「義心!来客ぞ、克輝様がいらっしゃった!」

義心は、何をそんなに慌てて、と兆加を怪訝な顔で見た。

「来客など、維明様が対応されるであろう。」

しかし、兆加は首を振った。

「それでも、来てもらわねば。瑠維様に、再三求婚されておる王なのだ。まだお若いゆえ、何をされるか分からぬ。王がお留守の今、どうあっても間違いなどあってはならぬから。」

略奪婚か。

義心は、頷いて謁見の間へと足を向けた。神世では、合法である略奪は、力が下であったなら簡単に奪われてしまうが、それは力が無い己が悪いのだとする神世の厄介な理だった。普通なら、龍王が居るこの宮で略奪など考えられないことだったが、今は王が不在。こんな時に、間がよかったと略奪されてしまっては、留守を預かる臣下達は、王に何と申し開いたら良いのかわからない。

急ぐ義心の横で、小走りに付いて来ながら兆加は言った。

「ただ今は、維明様がご対応をなさっておられるが、どうあっても瑠維様に一目会わぬ間は帰らぬの一点張りで、困っておられるのだ。将維様でも居られたら、うまくあしらってくださるだろうが、維明様では、相手も歳が近いゆえ強く出ておるようよ。」

義心は、頷いた。

「このままでは、押し入ってしもうてもおかしくはない。だが、我がそうはさせぬゆえ。案ずるでない。」

兆加は、頷いた。

「王も、すぐにお戻りになろう。先ほど、急ぎ書状を遣わせておいた。それまで、頼んだぞ、義心。」

義心は、また頷いた。維月様の、大切なお子。我が守らずで、どうする。

しかし、義心は言った。

「王の御為に。」

そうして、謁見の間へと入って行った。

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