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月の宮

月の宮では、維心が案じたよりは穏やかに軍の訓練は進んでいた。

何しろ、帝羽は模範的な軍神、上司に当たる嘉韻の言うことには絶対的に従うし、それにうるさく口出しすることも全くなかった。

元々、月の宮の軍神達に敬われていた嘉韻であったので、帝羽が来ても特に困ることなど何もなかった。むしろ、これまで敵がなかった嘉韻にとって、日常が退屈な繰り返してあったのに、今は帝羽が居るためにもっと精進せねばと、訓練に顔を出すことも多くなって、充実した毎日を送っていたのだった。

蒼も、帝羽が来た時はそれは喜んだ。月の宮は確かに守りは強いが、軍神の数が他に比べて圧倒的に少ない。力の強い将がもっと育てばと思っていた所へ、箔炎の息子である帝羽が来たのだ。皇子が臣に下ってまで仕えてくれるというのは、自身の宮でなければなかなかあり得ないことだった。なので、それは幸運だと諸手を上げて喜んだのだ。

しかも、帝羽は龍の宮で学んで、それは博識だった。真面目でとても控えめな性格の帝羽は、それをひけらかす事など全くなかったが、宮の軽い宴などで同席していた時に、臣下達に話を振られてもきちんと答えるその律儀な性格のせいで、それは博識なのが知れ渡ることになったのだ。

蒼は、神世を広く知っている帝羽に、感心していた。確かに維心について、それはたくさんの案件を見て、維心の判断も見て来たのだろう。しかし、本当にその考え方は、王のそれに近かったのだ。

なので、自分も判断に迷った時には、帝羽に聞くことが多くなっていた。帝羽は、自分であるなら、という前置きをした上で、いつも的確な考えを聞かせてくれたのだった。

そんな毎日だったので、帝羽が来てからもう、十数年、月の宮ではすっかり帝羽に頼る神が増えていたのだった。

「それで、来月の桜の宴でございまするが」翔馬が、歩きながら言った。「王は七日と申されて。来客の配置を、いつものように取りまとめてございます。ご確認頂ければと。」

翔馬が差し出す書状を、横を歩いていた帝羽が受け取った。

「毎回申すが、我が見てもの。王にお見せしてはどうか。」

翔馬は、首を振った。

「王は、帝羽様が良いとおっしゃったら、良いと申されるのでございます。王には他に政務もございまするし、帝羽様ならばようご存知であられまするから。」

帝羽は、仕方なくその書状を見た。そして、さっと目を通すと、言った。

「良い。しかし軍神の場、もう少し王から離したほうが良い。龍王も来られるのであるから、あまり騒がしいのもの。桜も、去年の剪定でこの辺りまでで」と、図面を指した。「ここで途切れておるからの。ここまで座っておったら、不自然であろう。」

翔馬は、おお、と手を打った。

「そうであり申した。ありがとうございまする。では、そのように。」と、別の書状を出した。「時に帝羽様、北の烙真(らくしん)様の宮はご存知であられまするか?」

帝羽は、急に話が変わったのに嫌な顔もせずに頷いた。

「知っておる。序列は上から…いや、月の宮の言い方ではDランクか。」

翔馬は、頷いた。

「はい、左様でございます。それが帝羽様、そちらから、このたび援助の申し込みが参りました。」

帝羽は、それには眉を寄せた。

「こちらへ?そのような筋ではないであろう。」

翔馬は困ったように頷いた。

「はい。あちらは、最近に一つ上の宮に嫁がれていた妹君が、破談になってお戻りになったのでございます。それで、援助をしてもらえるつてがなくなって、こちらへ話を持って来られたのです。あちらでは大変に困られて、それで王にご自分の皇女を嫁がせても良いので、援助をと言って来られたのです。」

帝羽は、立ち止まって少し考えるように黙ってから、言った。

「…王は何とおっしゃっておる?」

翔馬は、頷いて言った。

「はい。王におかれましては、妃の方々がお歳も上になって来られておるので、今は煩わせたくないというお考えであられるので、妃の話は受けられないが、援助はしようと。」

帝羽はまた黙ったが、首を振った。

「ならば我からは何も言う事はない。王がお決めになったように。」

帝羽が立ち去ろうとすると、翔馬は食い下がった。

「ですが帝羽様にも、それは筋ではないと思われまするのでしょう?」

帝羽は、ため息をついて振り返った。

「確かにそのように。だが、王がご判断されることであるから。」

翔馬は言った。

「宮の財政が困ってはおらぬとは申せ、そのように誰彼構わず支援出来るほど、月の宮は豊かではありませぬ。確かに何かの折には龍の宮から物資が贈られるので、困った事はありませぬ。ですが、このような前例を作ってしもうては、皆我も我もということにもなりかねませぬ。いくら龍王がついておるとは申せ…そこまでの財政的力は、月の宮には無いのでございます。」

それは、帝羽も知っていた。月の宮は、やっと数人の手練れの職人を育て上げることに成功し、それらが後進を育てている真っ最中であった。神世の財政とは、その職人達が作り上げる、完成度の高い製品をどれほどに持っているかという所にあり、いろいろな分野でたくさんの、古くからの技術を駆使する優秀な職人を抱える龍の宮などは、大変に財政が潤って溢れんばかりだった。

月の宮はいつも、そんな職人を育てようと龍の宮から年替わりで職人を借り受け、教えを受けていた。それ以外にも、維心からは妃の実家ということで、山のような支援を受けていたので、困ることなど全くなかった。なので、蒼の妃であるとか、その繋がりであるとかを、支援するのも簡単で、尚余りあったのだ。

だが、他の繋がりのない宮を支援するとなると、話は違う。他の宮でも、序列が月の宮ランクのS、A、B、Cぐらいまでならば皆己の宮でやって行けているが、D以下はどうにかして支援をと、王族を何とか上の序列の王の妃に出そうと、必死なのだ。ひとえに、宮を継続して行くため、財政を安定させようとしているからだった。どこも、職人などは少なくて困っているのだ。

そこに、頼めば支援してくれるとなれば、どこの宮も月の宮へ支援をと殺到するだろう。そうなると、何を理由に断ったらいいのか、臣下達にも悩めることになる。何しろ、何の筋でもない宮へ、理由もなく支援してしまっているのだ。

ちなみに、妃の繋がりの支援となると、王が亡くなるなり、妃が里へ戻るなりした時点で、支援は打ち切られる。しかし、理由のない支援は、打ち切る時が見えず、いつまでも支援し続けることになる。

蒼はまさに、先の見えない支援をせよと、命じたことになるのだ。

帝羽は、翔馬を見た。

「我にどうせよと?主、それを王にお話しすれば良いではないか。」

翔馬は、必死に言った。

「お話し致しました!しかし、王は困っておるのに見捨てることは出来ぬとおっしゃって…。」

帝羽は、息をついた。確かに蒼の性格ならば、そう言うだろうと思われたからだ。蒼は、とても優しい穏やかな王だった。あれほどの力を持つにも関わらず、全く威圧するような感じはなく、それは臣下達を気遣って生きていた。臣下軍神達も、そんな王を何とかお守りしようと、一生懸命精進しているのだ。

しかし、その実蒼の持つ気は、神世のどの気よりも大きく強大なもので、自分たちがそれに守られている方なのだと帝羽にも分かっていた。その父の十六夜は、同じように穏やかなものの、立ち合いの技には帝羽にさえ追いつけぬほどで、帝羽は月の能力の高さを知った。

帝羽は、言った。

「とにかくは、今一度主から王にお話しを。それでもと言うのなら、我も一度王にお話ししてみようほどに。これは、王がお決めになることで、我が決めることではない。」

翔馬は、仕方なく頭を下げた。帝羽が言うのは、もっともなことだったからだ。そうして、そこを立ち去って行く後ろ姿を、頭を下げたまま送ったのだった。

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