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永久に

義心と帝羽は、維明より長い時間立ち合った。

帝羽は、幼い頃から実戦を数多く経験しているだけあって、体が自然と動くので、反応が早く軍神としての天性の勘がある。なので、維明より帝羽の方が、義心も立ち合いにくそうだった。決まった型は知っているが、必ずしもそればかりではないからだ。

帝羽も、自分の数十年を維心に見せようと必死だった。あの時、維心に軽くあしらわれた状態だった自分が、とにかくはここまででも精進して向上したのだと、示したかったのだ。

維心は、それを見て誇らしげに目を細めた。

「帝羽は、ようやっておるの。先が楽しみぞ。素材が良いからのう。」

維月は、しかしハラハラしていた。今にも、決しそうに見える。

「ですが、義心にはまだ余裕を感じまするわ。今にも決するように見えまする。」

維心は、つまらなさそうに言った。

「まあ、義心であるから。一番分かりやすい一本を狙っておるのだ。」維月が、どういう意味かという顔をした。維心は、それを見て続けた。「さりげなく甲冑に当てて終わりとか、この立ち合いの速さで見えておらぬ観客には何が起こったのか分からぬだろうが。見ておっても面白くはないからの。なので、義心は昔から、こういう観客の居る立ち合いでは、所々でスピードを落として見えるように調整しよるのだ。そして、よりはっきりと分かる留めを刺す。先ほどの、維明の刀を飛ばしたのもそうよ。皆に、決したのが分かったであろう?」

維月は、感心してそれを聞いていた。そして、それを気取っている維心にも感心した。やはり、神のこのレベルになると、格が違うのだ。

つまりは、帝羽とはまだそれだけ力の差があるということか。

維月が思って見ていると、義心がふいにくるりと上に向かって宙返りした。それを見た維月は驚いた…あれは、私がよく避ける時にする技。普通の神では、しないのに。

観客が、おお、とどよめく。帝羽も、虚を突かれて一瞬義心を見失った。

「!!」

気がつくと、手から刀が飛んでいた。

義心は、上に宙返りしたのに気が付けば下に居て、下から刀を叩き落されたのだ。

「一本!勝敗は決した。義心!」

観客が、わあ、と手を叩いた。義心は降りて来て、帝羽も降りて来るのを待った。帝羽は、フッと肩で息をつくと、軍神から刀を受け取って鞘に収め、義心の前に膝をついた。義心は立ったまま、軽く頭を下げた。

そして、維心の方を向くと、今度は膝を付いて頭を下げた。

維心は、最後の終わり方を見た時から眉をひそめていたが、それでも立ち上がって手を上げた。

すると、シンと歓声が静まり返った。維心は、言った。

「想像通りと申すか、想像以上と申すか、とにかくは義心が筆頭であることはやはり間違いないようよ。しかし、後身が育って来ておるのも確かに見せてもろうた。先が楽しみであるが、主らもっと精進せねばならぬの。我が望んでおるのは、我とまともに立ち合える軍神。まだまだ先は長い。」

軍神達が、それぞれの場所で深く維心に頭を下げた。維心は、軽く会釈を返すと、手を軽く振って見せた。将維が、頷いて皆を見た。

「では、これにて立ち合いを終了する。」

それを聞いてから、維心は踵を返した。

「さあ維月、戻ろうぞ。我らが先に出なければ、皆永久にあのまま動けぬからの。」

維月は、頷いて維心に促されるまま、立ち上がって後ろを向いたが、ためらいがちに下のフィールド上の義心をちらと振り返った。義心が、こちらをそっと見上げる。維月は、その義心と視線が合って、同じようにそっと軽く目を伏せて会釈を返した。義心は、それを見て薄っすらと微笑み、また頭を下げる体勢に戻った。

維心は、維月が視線を下へ向けているので、同じように振り返ったが、その時にはもう、義心は頭を下げた状態だった。それでも、少し不機嫌に眉を寄せると、維月をせかした。

「さあ!維月、早よう参ろう。この後宴あるのだから、戻って着替えねばの。」

維月は頷き、今度こそそのまま、維心と共に、瑠維を伴って出て行ったのだった。


瑠維は、宴の席で維月と並んで維心の背後に座りながら、遠く向こうの軍神ばかりが座る場所に居る、義心ばかりを見ていた。瑠維にしてみると、親族以外で初めて目にした父のように強い軍神だったのだ。

義心は、常七夕などの祭りに来る飾り立てているだけの神の王族とは明らかに違っていた。謙虚で己の能力をひけらかす事もなく、ただ淡々と太刀を奮う。そんな神を初めて見た瑠維は、気になって仕方がなかったのだ。

維月は、瑠維のそんな様子に案じていた。視線の先に、義心が居るのは知っていた。だが、義心は…。

それとも、義心はもう、自分の前世の事など忘れているのだろうか。今生、再び軍に戻された後、義心とは本当に二人で話す事など無かった。もう、全てを忘れて新しい気持ちでいてくれたなら…。そうして、この美しい瑠維と、新しい生を生きてくれたなら。

維月は、義心の幸せを心から願っていた。前世、あんなことがあって以来、義心の気持ちを知りながら、維心の側に居た。維心はそれを知りながら、義心を罰することもせず、しかし面白くもなく、警戒しながらも、しかし義心の能力はかっていて、複雑な事になってしまっていたのだ。

今生は、そんなことはなかったけれど。

維月は、もしかしてと同じように義心を見つめた。もしかして、義心がもう、何もかもを過去のものとして忘れてしまってくれていたのなら…。

ふと、義心がこちらへ視線を向けた。そして、そのままじっとこちらを見つめている。維月にも、それが瑠維を見ているのか、自分を見ているのか分からなかった。しかし、瑠維が横で顔を赤らめて扇で顔を隠して下を向いたので、きっと義心と目が合ったのだろう、と維月は思って自分も扇を上げて維心の方を見た。すると、蒼と談笑していたはずの維心が、じっとこちらを見ていた。

「ま、まあ維心様…どうかなさいましたか。」

維月が、慌てて表情を変えて微笑むと、維心は真剣な顔で言った。

「…我は、別に良いと思うがの。」

維月は、何のことか分からなかった。

「あの…何がでございまするか?」

維心は、維月の手を引いて自分の方へと引き寄せた。

「瑠維ぞ。」と、小さな声で耳元に言った。「よく見えなかったが、義心と視線を交わしておったのではないのか?」

維月は、ためらいがちにそっと瑠維の方を見た。瑠維は、また扇をずらして義心の方を見ている。しかし、義心はもうこちらを見てはいなかった。維月は、維心を見上げて小声で答えた。

「瑠維の仕草からそうではないかと思うたのですが、しかし定かではありませぬ。」

だが、維心は小さく首を振った。

「あれにも、幸福になってもらわねば。我は、前世より案じておった。主のことを、深く想うあまり他は娶らず来たであろう。ならば瑠維なら。興味を持ったなら、近づけてやらねばなるまい。」

維月は、慌てて言った。

「しかし維心様、まだ定かでもないものを、無理には…」

維心は、頷いた。

「無理にではない。近付けるだけぞ。」と、維月に反論の余地を与えずに声を上げた。「義心!」

向こうに居た義心は、こちらを見た。そして、さっと立ち上がると、維心の前に来て膝を付いた。

「御前に。」

維心は、軽く会釈した。

「本日は、よう立ち合ったの。主もかなり手練れになった。久しぶりに見て、我も主と立ち合ってみたくなったもの。」

義心は、恐縮して深々と頭を下げたまま答えた。

「は…そのように申されると、我も精進した甲斐があったというもの。しかし、まだまだ我では王のお相手は務まりますまいに。」

維心は、笑って手を振った。

「良い。今宵は我らと同席を許すゆえ、主もここで杯を。」と、侍女に言った。「義心に酒を。」

義心は、滅多にないことに驚いた顔をした。維心に限らず王族は、側に軍神を置いて警備させて飲むことはあっても、同席させて飲ませることはない。特に維心は、そういうことはしない神だった。

だが、侍女が酒を持って急いでやって来たので、義心もぎこちなく勧められるまま側へと座った。瑠維が、あまりに側で義心を見て真っ赤になった顔を扇で完全に隠してしまっている。

そう、皇女まで居る席に軍神を座らせるとは。

義心は、怪訝に思ったが、王の命は絶対なので、杯を傾けた。何も知らない上に、瑠維のことなど気付かない蒼は、義心が来たので喜んで話し掛けた。

「ああ義心。この間来た時稽古をつけてくれた嘉翔が、また是非にとオレから頼んで欲しいと言っておったのだ。あれは筋がいいし、また見てやって欲しいな。」

義心は、蒼が居るのにホッとして、そちらを向いて微笑した。

「嘉翔ならば、大変に覚えが早いので、暇が出来ればいつなりと。」

蒼は、嬉しそうに頷いた。

「良かった。じゃあ、次に維心様が来られた時にでも、お願いするかな。」

維心は、蒼を見た。

「そうよな、義心は優秀であるし、我が宮の方も見てもらわねばなるまい。また、日にちは追って連絡しようほどに。」

義心は、居心地が悪かった。滅多に褒めない維心が、やたらと自分を褒めるからだ。困っていると、蒼が言った。

「嘉韻も、義心が来たら見て欲しいと言っていたんだよなあ。息子ばかりか親もまだ現役で、向上心を持っているんだから凄いよ。」

すると、維心が頷いた。

「優秀な軍神が数多く育つのは良いこと。まあ、嘉翔のことについては我もいろいろ思うところがあるが、それでも優秀な軍神の将には後継者が欲しいものよ。」と、義心を鋭い目で見た。「主も、いつまでも独り身ではなるまい。確かに、緋月(ひづき)との間に一人、子を成しておるが、疲れを癒す存在も必要であろう。主ならば、我はいくらでも良縁を考えてやろうぞ。考えてはおらぬのか。」

それを聞いた義心は、すっと表情を引き締めた。そうして、杯を置いたかと思うと、維心に深く頭を下げた。

「恐れながら、王からのせっかくのお話でございまするが、我は終生、ただ一人だけに己を捧げておりまする。その気持ちはこうして老いもせず800歳を迎えようとしておる今も同じ。叶わずとも、我はその気持ちを貫きまする。」

維心は、黙った。

義心も、視線だけを上げてじっと維心と視線を合わせ、傍目にはにらみ合っているようにも見える。維月は、それを聞いてショックを受けて、口元を袖で押さえてじっと黙っていた。瑠維は、義心の強い意思を目の前で聞いて、それが自分でないことは一目瞭然だったので、失望のような、悲しいような、そんな初めての感情に扇の向こうで戸惑っていた。

戸惑う蒼の横で、とっくりと5分はにらみ合っていた二人だったが、維心が小声で呟くように言った。

「…まだ、諦めぬか。これほど、長き時が過ぎても。」

義心は、維心を見たまま答えた。

「永久に。」

それを聞いた維月が、後ろでふらふらと瑠維にもたれかかった。それを見た瑠維は、自分のことなど吹き飛んでしまい、慌てて維月を支えた。

「お母様?!ご気分がお悪いのですか?!」

維月は、青い顔のまま、首を振った。

「いいえ、大丈夫よ。でも、少し疲れてしまったみたい。維心様、お先に戻っておりまする。」

維月は、侍女と瑠維に支えられながら立ち上がった。維心は、それを見て首を振った。

「良い、我が運ぶ。」と、立ち上がり、維月を抱き上げた。そして、ちらと義心を振り返ると、言った。「また苦しい生になるの。」

そして、また義心をひと睨みしてから、そこを出て行った。

蒼は、それを見送りながら、事態をやっと把握していた。母さん達が前世生きていた頃、義心はずっと母さんを好きだった。それを心配した十六夜と母さんが、月の宮で義心と過ごせるようにしたり、いろいろとあったのだ。維心はそれを知りながら、義心を罰することはなかったが、決して許すこともなかった。しかし、最近では全くそんなことが無かったので、忘れていた…義心は今、まだ母さんを好きなのだと維心様に言ったのだ。

「義心…。」

まだ頭を下げたままだった義心は、蒼の声で頭を上げた。

「蒼様、御前失礼致しまする。」

義心は、そう言うと、さっとその場を退出して行った。

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