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月日

月日は、瞬く間に過ぎて行った。

瑠維は、人でいう高校生ぐらいの大きさにまで成長し、それは淑やかに、赤子の時から維心そっくりのその美しい顔は、今では絶世の美女だと世に謳われるまでになった。

そういえば、前世の維心の妹の瑤姫も、確かに絶世の美女だと言われていた。しかし、ここまで維心に似てはいなかった。

瑠維は、まだ成人までほど遠いというのに、七夕の祭りなどで皆の前に出た後などは、それを見初めた王や皇子からの求婚が後を絶たず、維心から、成人するまではもう、公の場に立つことはないと言われていた。

維心も維月も、前世からの教訓で、教育の一切を乳母に任せた結果、瑠維は模範的な神の王族の女として育っていたのだった。

「お呼びでございましょうか。」

瑠維は、今日も居間へと呼ばれて、両親の前に立って頭を下げていた。維心は、うんざりしたような顔をして、瑠維を見た。

「座るが良い。」

瑠維は、言われるままに扇で顔の半分を隠したまま、示された椅子へと座った。維心は続けた。

「主としてもまたかと思うやもしれぬが、一応聞いておこうと思うての。」維心は、手元の書状を見もせずに言った。「北の克輝(かつき)から、もう三度目の婚姻の申し込みがあった。主、嫁ぐ気はないの。」

維月も、心配そうに瑠維を見ている。瑠維は、ため息をつきたかったが、それは礼に反する。なので維心に頭を下げた。

「はい。お会いしたこともございませぬし、我は嫁ぐ意思などございませぬ。」

維心は、頷いた。

「で、あろうの。」と、隣りの維月を見た。そして、続けた。「我らも分かっておったが、来ておるものを無視も出来ぬ。そもそも本来、我が決めて主には意思を確認せぬものなのだが、母がどうしても主の意に染まぬ縁談は進めてくれるなと申すし、ならばと全て主に確認することにしたのだ。」

瑠維は、母に感謝していた。母は、自分の気持ちを良く聞いて、理解してくださる。神世の母とは、そこが違うのは知っていたが、それでもそれが瑠維には有難かった。

「父上が決定なされたことには、我は従いまする。ですが、やはり意に染まぬ場へ嫁ぐのは、気が重いものでございます。」

なので瑠維は、そう答えた。維心は、頷いた。我が娘ながら、まさに龍の宮の皇女とはこうであるという育ち方をしたものよ。

「ま、いずれは決めねばならぬだろう。だが、今はまだ良い。主が嫁ぎたいと申すなら、この限りではないがの。」

維月は、頷いた。

「若くて嫁ぐ皇女も居ると聞いておるけれど、あなたはまだ良いかと思うわ。父上が決められるまで、こちらで居れば良いかと思うわよ。」

瑠維は、維月に微笑んで頷いた。

「はい、お母様。」

その様も、我が娘ながら気が遠くなるほど美しかった。何しろ、維心の女版なのだ。維心は己と同じなのでそうでもないようだったが、維月にしたらまさに女神とはこう、といった目が覚めるほどの美しさだったのだ。

なので、ため息を付いた。

「…本当に、美しいこと。父上に似ておったから、生まれた時から先を案じたものでありましたけれど、まさかこれほどの求婚の数になるとは。」

維心は、苦笑して維月を見た。

「見た目が何であろうか。それだけで求婚して参る神世の王族の気が知れぬ。これの心栄えを知って、それでと申すなら考えぬでもないがの。しかし、そこらの宮へ嫁がせる気は毛頭ないゆえな。大事な娘であるしの。」

瑠維は、そんな父の、父親らしい言葉を聞いて、少し驚き、言った。

「まあ…お父様…。」

なんだか、うれしい。

瑠維は、そう思ってぽっと赤くなった。維心は、驚いた顔をした。

「瑠維?それは…」と、少し言いよどんだ。「確か維月は、その状態を…。」

また言いよどむ。維月は、それを見て笑った。

「まあ維心様、案じることはありませぬ。あれは、父が自分を案じてくれておるのが嬉しくて、赤くなっただけのこと。維心様を想うて赤くなっておるのではありませぬから。そのように困られなくても大丈夫ですわ。」

瑠維は、びっくりした。父は、そんなことも母に教わらないと分からないのだわ。

維心は、ホッとしたように胸を撫で下ろした。

「おおそうか。まさかまた困ったことになっておるのかと、肝を冷やしたゆえ。ならばいいのだ。」

また?

瑠維は思ったが、それ以上は何も言わなかった。お父様は、お母様以外の女のかたには全く興味を示されない。それは、お母様と出会う前からだったと聞いている。つまりは、女の反応など知らなくて、全てお母様から聞いて、それでしか知らないのだ。

瑠維は、こんな神も居るんだなあと、感心して仲睦まじい両親を見つめていたのだった。


そんな瑠維は、奥宮から出ることなど本当に無く、出るとしたら中庭を散策する時や、宮の中でも内輪の催しの時ぐらいだった。

つまりは、内宮にまでなら行ったことがあるが、外宮には同じ宮でありながら、足を踏み入れたことすらなかった。

上位の宮の皇女なら当然のことなのだが、王妃である維月がすいすいどこへでも出て来るので、瑠維は引きこもりではないか、と維明も維斗も妹を案じることがあるほどだった。

しかし、瑠維は引きこもりでも何でもなかった。ただ、乳母の言いつけをしっかりと守っているだけだったのだ。

なので、その話を父から聞かされた時には目を輝かせた。いつもお兄様がおっしゃっておる、訓練場に出ることが出来るの?

「なので、内輪のことであるし」維心は、瑠維に言った。「主も、一度軍神の立ち合いを見たいであろう。維月も、見せてやりたいと申すしの。」

維月が、横で微笑んだ。

「いつなり奥宮で、退屈するのではないかと思うて。」維月は、ふふと笑った。「少しは、殿方も見ておかねば、ここぞという時に選ぶなど出来ぬでしょう。つまらぬ殿方などを選んでしまわないように、今からよく目を肥やしておかなければね。」

瑠維は、びっくりして赤くなった。維心は、苦笑して維月を見た。

「こら維月、そのように直球では瑠維も驚くではないか。確かに、我もそう思うたからこそ見せてやろうと思うたのであるが。」

維月は、維心を見上げた。

「ですが維心様、そのつもりで見るのと、ただ見るのとでは訳が違いまするわ。きちんと、神世にはこのように立派な殿方が居るのだと知っておかないと、つまらない殿方などが瑠維に近付いて、それが立派だなんて思うてしもうたら、大変でございまするから。」

維心は、まだ苦笑したままだったが、頷いた。

「まあ、その通りであるが。」そして、瑠維を見た。「そういう訳で瑠維、主もそのつもりでの。ああ、だからといって、嫁ぎ先を見つけようとしておるのではないぞ。ただ、知っておかねばというだけだ。」

瑠維は、まだ赤い顔のまま、神妙に頷いた。

「はい、お父様。」

維月は、また恥ずかしげにふふと笑った。

「でも、瑠維は幼い頃から維心様のような神を見慣れておるから、その辺りの神になど、決めぬと分かってはおりまするけど。でも、維心様のようにご立派な神は居らぬから、それも知っておかねばなりませぬものね。」

維心は、瑠維が居るので困ったような顔をしたが、嬉しそうに控えめに維月の肩を抱いて引き寄せた。

「また主は…娘の前であるのに。そのように我しか居らぬと申して。」

維月は、自分で言って自分で照れくさくなったのか、顔を赤くして下を向いた。

「まあ私ったら…。でも維心様のように美しい顔立ちの、凛々しい神は他に居りませぬもの。そのように、心栄えも良いし。」

維心は、維月に頬を摺り寄せた。

「分かっておるよ。主にはそう見えておるのよの。愛いヤツよ。」

瑠維は、ますます赤くなって、扇を上げて下を向いた。確かに、父のような神は居ないだろう。これほどに力を持つ龍王で、叶わぬことなどないのに、母一人しか側に置かず、しかもそれは大切に片時も側を離さず愛している。母の言うことは、全て叶えられていた。だからと言って、維月が願う事などあまりないのだが。

維心は、ふとそんな瑠維に気付いて慌てて咳払いをした。

「とにかくは、主も準備をの。では、もう下がって良い。」

瑠維は、自分が邪魔をしているという事実に居たたまれなかったので、急いで立ち上がると、美しく頭を下げて、そうしてそこを出て行ったのだった。

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