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居場所

帝羽は、維心に向かって何度も刀を振り下ろした。

それでも、そこに立ったままの維心は、全く動く様子もなく帝羽の刀を受けている。簡単に太刀を横へと受け流されてしまい、帝羽ばかりが右へ左へ体を傾けた。

帝羽にとっては、なぜに当たらないのかと焦るあまりに太刀数ばかりが増え、龍王の動きを見極めようと必死になった。しかし、龍王は思いも掛けない方向から、どうやっているのかというほどに早くあり得ない位置から太刀を出して帝羽の刀を受けた。

しばらくそのまま受けていた維心だったが、息も切らさぬままに軽く刀を振った。その後、何か来たと受けた帝羽は、勢いで後ろへ吹き飛ばされ尻餅を付いた。

「それではならぬ。気弾も使えと申したであろうが。我に技術で抗うなど無理よ。」

帝羽は、キッと維心を睨むと、急に飛び上がった。そして、今度は上空から斬り付けながら、気弾を降らせた。維心はそれでも、刀を持っていない方の手を軽く上げると軽い防御の膜を敷き、帝羽の気弾は尽くそれに当たって消えた。しかもそうしている間にも、やはり帝羽の太刀は軽々と受けている。

帝羽はもはや意地になり、気弾の雨を維心に向かって落としながら、縦横無尽に飛び回って維心に刀を突き付けた。しかしそれだけやっても、維心の体には、いや着物にさえも、傷を付ける事は出来なかった。

「…まあ、その歳にしてはようやりおる。」維心は、軽く談笑でもしているように言った。「では、我の力、見てみるか。」

帝羽が息を切らせて攻撃の手を止め、維心を見ると、維心の目の色が変わった。来る、と思った帝羽は、必死に前方だけでなく四方に気の膜を精一杯の力で張り、それも突き抜けた時のために刀を来ると思った方向へ向けようとした。

「一本。」維心の声が、後ろからした。「間に合わぬ。主はもう死んでおるぞ。」

帝羽は、茫然と首筋に背後から当たった刀の冷ややかさを感じた。分からなかった…見えなかった。全く読めなかった。しかも気の膜は何の役にも立っていなかった。簡単に破れて、もはやそれが無いのだと気付いたのは刀を首に感じた時だった。

帝羽は、がっくりと膝をついた。ここまで全く歯が立たなかったのは、生まれて初めてだったのだ。しかも、相手はまるで遊戯のように、息を切らせる事もなく自分を討ち取ってしまった。その上相手は、気弾を撃ってもいないのだ。

そのまま両膝をついたまま呆然とする帝羽に、維心は刀を退いて鞘に収めた。

「うむ、確かに普通なら前から来ると思うて前にしか防御を張らぬのに、主は四方に張った。それは、実戦を経験しておらねば出来ぬ判断ぞ。維明などでは、技術は主より上がって負けぬだろうが、戦場で主に会うたら負けるだろうの。何しろ、主には我が見えておらなんだであろう。良い判断よ。」

帝羽は、まだ心ここにあらずの状態でコクコクと頷いた。維心はそれを見て、苦笑した。

「案じずとも、我に敵う神などこの地上には居らぬ。月でさえ、我に勝った事は無い。戦場で我に会うことはないゆえ、そこまで気を落とすでないぞ。」それでもまだ、呆然としている帝羽に、維心はため息を付いた。「そうよな…義心!」

帝羽は、ハッとした。義心?

すぐに、目の前に義心が下りて来て膝を付いた。

「御前に。」

維心は、頷いて帝羽を見た。

「主は、気では義心と対等か少し上ぐらいであろう。しかし、これの技術は訓練場で培われただけのものではない。長きに渡り、いろいろな軍神達と戦場へ立って戦って来た実績の上にあるもの。主には一生掛かっても敵うかどうか分からぬレベルぞ。主も知っての通り、これは我が宮筆頭軍神。主、これの下で我に仕えるか。」

帝羽は、びっくりして維心を見上げた。龍の宮。そう、元々龍の宮で全てを学んだのではなかったか。この王の判断の速さ、そしてその正確さ、考えの深さに魅せられて、全てを龍王のようにと毎日政務にぴったりついて覚えて行った。何もかも、この王の言う通りにしていれば、間違いはない、と…。

そして、自分は龍。この王の眷族なのだ。

帝羽は、片膝を付き直した。

「王。どうか、我を龍の宮で終生仕えさせてくださいませ。」

それを見て、義心も維心を見上げた。維心は、頷いた。

「我の宮へ来るが良い。後は、義心に申し付けておく。」と、義心を見た。「これは月の宮の方の始末をつけて来なければなるまい。来たら、部屋を与えてやるが良い。序列が入れ替わるの。」

義心は、頷いた。

「は。久方ぶりに皆で総当りの立ち合いを行なって序列を見直すのも良いかと思いまする。」

維心は、頷いて浮き上がった。

「任せる。ではの、帝羽。我は戻る。」

帝羽は、深々と頭を下げた。

「は!」

そうして、そのまま維心が見えなくなるまで頭を下げ続けた。

王。我の王…やはり我は、龍族なのだ。


月の宮では、帝羽が戻るのを重臣達が揃って待っていた。結界を通ったのを感じた蒼も、奥から出て来て帝羽を迎えた。帝羽は、あまりに皆が揃っているので驚いたような顔をしたが、落ち着いて蒼の前に膝を付いた。

蒼は、帝羽を気遣わしげに見た。

「帝羽。すまない、主にばかり判断を押し付けてしまって。オレが不甲斐ないばかりに、面倒なことになってしまった。」

しかし、帝羽は首を振って蒼を見上げた。

「蒼様。先ほどは中座してしまい、誠に失礼を致しました。我は…ただ今、龍王様に会って参りました。」

蒼は、びっくりした顔をした。維心は、こちらに来た時こそあんな風に気軽だが、普通はいきなり行って簡単には会えない神だからだ。

「維心様に?龍の宮まで行って来たのか。」

帝羽は、首を振った。

「いえ。我の、元居た屋敷の庭で。立ち合いを…いや、あれは立ち合いとは申しませぬな。龍王様が、我の腕を確かめられました。全く、歯が立ちませなんだ。」

蒼は、まだ心配げに帝羽を見た。

「維心様には、敵う神なんて居ないんだよ。それにしても、滅多に臣下の相手なんてしないかたなのに。」

帝羽は、それには驚いたが、続けた。

「あのように、成す術もないのは全く初めてのことでございました。ですが、我はそれで救われたような気がしたのです…。蒼様、我は龍の宮へ参りまする。」

蒼は、一瞬息を飲んだ。確かに、ここでは自分が王だし。臣下達も、それを聞いておろおろと顔を見合わせている。

「すまないな。オレが不甲斐ないばかりに、ここでは居づらかったか。」

帝羽は、首を振った。

「蒼様のせいではありませぬ。むしろ蒼様の力は、神世でも大きく敵う者のない月の力。この結界も、どの神でも破ることは出来ませぬ。我は蒼様に心底仕えておりましたし、宮が良うなればと思うておりました。しかし、我ではならぬ。宮を、乱してしまいまする。」

翔馬を始め、臣下達が下を向いた。自分達が、根本的なことを見落としてしまったばかりに…。

「我らの至らなさから、帝羽様には大変にご不快な思いをおさせしてしまいました。我ら、これから臣下としての心得を忘れぬように致しまする。どうか、宮へお留まりいただけぬでしょうか。」

翔馬が言うのに、帝羽は首を振った。

「我はここに居るべきではない。いやここだけではなく、どの宮でも仕えるべきではない。龍王様は、とっくにそれを知っておられた。しかし、龍の宮は違う。我より優れた軍神が多数居り、絶対的に支配している王が居る。あの厳しい世界こそ、我の生きる世界なのだ。こちらで、安穏としておってはいけないのだ。龍であるから…生涯精進し続ける環境が良いのだ。」

すると、十六夜の声がした。

「行かせてやりな。」いつの間にか、側の壁にもたれかかってそれを聞いていた。「ここは、帝羽にはぬるすぎるんだ。こいつは、もっと激しい動きのある宮のほうが向いている。それに、こいつは王に仕えることを望んでるんだ。王やその臣下に頼られるような環境は望んでないんだよ。それなら、兄の箔翔の所にとっくに行って、仕えてるだろう。わざわざ避けて副王の座を蹴ってこっちへ来たのに、ここで副王みたいに扱われてたら、そりゃあ割が合わねぇよなあ。」

蒼は、十六夜を見た。

「十六夜…。」

十六夜は、蒼を鋭く見た。

「王ってのは、もっとしっかりしなきゃならねぇ。財政の事だけ落ち着いたからって、終わりじゃねぇぞ、蒼。お前の王としての資質が問われてるんだ。臣下に押されるような力の強さじゃねぇだろう。もっと強く出てもいいんだよ。でないと…」

「…我らだけにするからの。」皆が、一斉に声の方を見上げた。そこには、碧黎が浮いていた。「別に蒼はそれでもいいのよ。我らだけであるならな。月の眷族は、僅か7人。そこに、伴侶を残したければそれも居て良い。この大きな宮に、それだけで住めば良いのよ。他は、逆らうのなら要らぬ。出て参るが良い。何の繋がりもない、その辺の神の集まりであろうが。」

臣下達は、顔色を青くした。地…確かに、その考え方なら、そう言うだろう。十六夜が、嗜めるように言った。

「親父、だからオレが何とかしようとこうして蒼に言ってるんじゃねぇか!口出しするな。」

十六夜は、これを恐れていたのだ。碧黎なら、こう言うと思ったからだ。王だと言って、蒼は月の眷族の王。他の神は、ただ面倒を見るためにここへ置いている神達。月の眷族達が何も言わないなら、蒼は充分に王として君臨できているのだ。宮が乱れるのは、他の臣下達が居て、神世の考えが流れ込んでいるからなのだ。

蒼は、十六夜が厳しく言う意味を知った。十六夜は、これ以上宮がごたごたとして碧黎が面倒だと他の神を放り出すのを、阻止しようと思っているのだ。

「碧黎様、オレはこれからきちんと王として振舞えるように、維心様を見習って頑張りますから!せっかくに、こうやって落ち着いている月の宮を、そんな風にはしてしまいたくありません。」

碧黎は、ふーんと神のように顎を触った。

「主も十六夜も面倒を抱え込み過ぎるのだ。これらは、面倒を見ている王に対して、無礼な態度であるのだろう?なぜに、結界内で守ってやる必要がある。誠実に仕える臣下以外は要らぬ。今までは、皆真摯に仕えておったから、我もここに関係のない神が居っても黙っておったが、それによって諍いが起こるなど本意ではないからの。」

帝羽が、必死に言った。

「碧黎様、我が元凶でありまする。我は、もう龍の宮へ参ることになっておりまする。もう、このようなことが起こる懸念もありませぬので。」

碧黎は、じっと帝羽を見た。そして、ふーっと息を付いた。

「主がそう言うのなら、しばらく様子を見るか。しかし、我はこれ以上我が眷族の宮を乱されることを好まぬ。まして我が王として適任だとその気性を認めた、我の孫が否定されるとなるとの。」

蒼は、必死に言った。

「碧黎様、もうこのようなことが無いように、オレもきちんと見ておきますから!月の宮は、皆が居ってこその月の宮なのです。」

碧黎は、面倒そうに手を振った。

「わかったわかった。主がそう言うのならな。様子を見てやろうぞ。ではの。」

碧黎は、来た時と同じようにパッとその場から消えた。蒼が、ほーっと息を付くと、翔馬が、蒼に膝をついて頭を下げた。

「王、大変に失礼を致しました。我ら、初心を忘れて何を申しておったことか。我らは、その王のお優しい気質に助けられて、ここでこうして不自由なく生きておるというのに。どうか、我らをお許しくださいませ。」

蒼は、戸惑ったように翔馬を見た。

「いや、別にいい。オレだって、頼れるものがあったら頼りたいって気持ちで、王としての自覚が足りなかったのだと思うし。十六夜に言われて目が覚めるなんて、ほんと不甲斐ないよ。」

十六夜は、ふんと横を向いた。

「どういう意味でぇ。」

しかし、ホッとしたような気が伝わって来る。

帝羽は、月の宮が元へと戻りつつあるのを見て、胸を撫で下ろして空を見上げた。しかし我は、龍の宮へ行く。維心様に仕え、あの宮を皆と共に守ろう。

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