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宣伝2

やっと蒼が妃達を後ろに維心の前で頭を下げると、維心は機嫌よく蒼を見た。

「おお、蒼。よう参ったの。主の妃達の装いも、我が妃と同じようにレースと申すものが着いておるな。」

蒼は、微笑んで頷いた。

「はい、維心様。帝羽がいろいろと大陸で調べて来てくれまして、ヴァルラム様に協力を願い出ると、快く承諾してくださって。あちらの変わった技術を、教わることが出来ましてございます。その代わり、こちらの織りの技術などをお教えするといった形でもありましたが。」

それを聞いた炎嘉が、感心したように言った。

「ほう、なかなかにやり手のようであるの、その帝羽は。我ら、財政に困ったことなどないゆえ、あちらの技術になど興味もなかったが、その手があったか。」

しかし、維心は言った。

「我は早ようから家具職人はあちらへ行かせて修行させておるぞ。なので、こちらの宮にも西洋風の家具が増えて参ったのだ。主が気に入ったと申しておったテーブルと椅子のセットは、バラの細工を施したものであったろう。」

炎嘉は、維心にも驚いたような顔を向けた。

「さすがに主はそういうところに抜かりないの。しかし、着物などには全く興味もないゆえ、こういった生地は作っておらぬか。」

炎嘉は、自分の袖のベルベットに触れた。維心は、頷いた。

「作ってはおらぬの。ヴァルラムに聞いたが、あちらでもよう似た感じで襟元などにこんなものが着いておったから、これの織りをしておるのかと思うたら、あれは獣の革であったわ。毛足の長い獣や、短い獣と用途に分けて使っておるのだとか。色は、染めさせておるのだと。なので、接ぐことも要らずこうして同じ感じで出来る布に、己も欲しいと言うておったの。」

蒼は、頷いた。

「はい、早速に大量の生地を送って来てくださって、それと引き換えにこちらからベルベットをお送り致しました。ですがあちらの布は、リネンのようなものとか…シルクもあるので、それは着物に使えますが、もっぱら洋服向きの生地でした。なので、軍神達の内に着せるものを服のような形で作って、動きやすくしてみようかとか、宮で使うことを考えております。」

維心は、頷いた。

「文化が違うので、その物の価値も違うしの。まあいろいろと学びになることよ。」と、維月を見た。「神世も同じ型の着物一辺倒であったのが、こうして変わって来ておるではないか。」

炎嘉も、胸を張った。

「そうよ、少し単調な着物には飽きて来ておったが、こうして素材を替えたら面白い型にも出来る。これから、どんな着物が出来て来るものか、楽しみであることよ。」

しかし維心は、それには顔をしかめた。

「まあ、主は目立つゆえ、それで良いではないか。我は、その限りではない。普通の着物で良いわ。飾るなら、維月をと思うておるゆえな。」

維月は、慌てて手を振った。

「まあ維心様、私にばかりそのような。あの、瑠維が育って参りましたら、いろいろと作ってやるのが良いかと思いまする。」

凝られて重くなっては敵わないと思ったようだ。蒼は、笑った。

「母さんは、重い着物が不得意だもんな。なら、夏の衣装はきっと気に入るだろう。月の宮の縫製の職人が、夏の新作を作って見せてくれたが、軽くて涼しげだったよ。」

維月よりも、維心が興味を持ったように身を乗り出した。

「ほう、維月に似合いそうなら、早速に見せてもらいたいもの。明日にでも、ここへ持てと命じよ。」

蒼は頷きながら、苦笑した。維月は、呆れたように維心に言った。

「もう、着物はたくさん持っておりますわ。夏の物とて此度も、蝉という生地を龍が織ってくれて、それで軽い着物を何着も仕立てたではありませぬか。私の物ばかりで、奥は満員状態ですのよ。しばらくはもうよろしいわ。」

重いのが困るとか蒸れるとか、維月が言うので龍達が必死に編み出した、透明感のある薄く軽い通気性のいい生地を、龍達は蝉の羽のようだと蝉と名付けていたのだ。しかし維心は聞かなかった。

「蝉は一通り着たのを見た。また違うのも見てみたい。」

維月は、もう反論しなかった。維心が意地になると困るし、蒼がその着物を流行らせたいと思っているのなら、力になってやりたいと思ったからだ。

「では、そのように。」

維月は答えて、そうしてその場は、また大陸の珍しい品々のことばかりで話に花が咲いたのだった。



思った通り、維心ばかりか炎嘉までベルベットを使った着物を着ていたせいもあって、神世ではそういった着物が流行り始めた。完成度のほどは、その宮の職人次第であったが、蒼の宮はそれでかなり潤い始めた。

なので、節分の催しの際には、かなりの蓄えを残してそれでも盛大な宴を催す事が出来たのだった。

神世の若い女神達は、皆一様にレースが着いた重ね襟などで装うようになり、そこにパールをあしらったり、金剛石をあしらったりしながら個性を出していた。

下位の宮の皇女であっても、元の古典的な柄の着物でも、その重ね襟だけ手に入れたら流行に乗ることが出来たので、これはかなりのヒット商品になった。

あくまで月の宮が提供しているのはレース編みなので、その後は各宮の職人が頑張ってのことであった。

そうやって、神世で月の宮の製品が流行り始めて数ヶ月、龍の宮でもいろいろなものが、それを使って職人達によって生み出されていた。

「失礼致しまする。」

着物の仕立て全般の責任者である、仕立ての龍の長が、頭を下げて入って来た。維心は、頷いた。

藤久(とうく)か。」

藤久は、深々と維心に頭を下げた。

「王、思うしつけの品、縫製の開より戻りましたので、お持ち致しました。」

藤久は、織り、染め、縫製を全て統括している長なので、いつもこうして、着物関係で維心が命じる物をここまで持って来る。維心や維月が普段仕立ての龍、と居間へ呼ぶのは、この藤久なのだ。

「見せてみよ。」

維心が言うと、藤久は持って来ていた厨子を開いて、中からふんわりと見た目にも軽い、三枚ほどの薄い生地で仕立てられた着物を出した。

「蝉か。」

維心が言うと、藤久は、頷いた。

「この織りが、最も軽く通気性も良いのでございます。王妃様のご希望を汲むと、このように。」

維心は頷いて、手を翳した。

「この人型へ。」

そこには、ぼうっと光で形づくられた、維月ぐらいの大きさの人型が現われる。藤久は、頷いてまずは白い着物をを着せた。中が透ける。維心は、眉をしかめた。

「透けてはならぬぞ。外へ着て参れぬしな。」

藤久は、また頭を下げた。

「恐れながら、重ねるに従って透けぬように考えられておりまする。」

藤久は、次に空色の、これもまた透ける素材の着物を着せ掛けた。少し透けなくなった。そうして次に、また白い透ける素材の着物を着せ掛けると、中は透けなくなった。しかし、重ねた着物が綺麗に色を出し、儚げな美しさがあった。

「ふーん、よう考えたもの。しかし、何やらあっさりしすぎておるの。」

藤久は、別の平たい厨子を開いた。

「それに、こちらをあわせるのでございます。」

それは、月の宮から送って来た大きなレース編みで作られた、袿のような形のものだった。白い糸でそれは細かくいろいろな柄を編み込んであって、維心から見てもそれは見事だった。

「おお、これを編んだとはの。」

藤久は、頷いた。

「糸の接ぎも見えず、大変によう出来た物でございます。」藤久も、満足げだった。「これを、この上へ。」

すると、控えめでありながら華やかに、すっきりとした淡い色合いの夏の装いが出来上がった。

「これは良い。」維心は、満足げな表情で言った。「維月を呼べ。着せてみたいもの。」

すると、藤久が頭を下げる中、維月が瑠維を抱いて入って来た。

「維心様?お呼びと伺いまして…でも、そろそろ瑠維がお昼寝の時間なのですけれど。」

維心は、もうすぐ一歳になる瑠維を見て、微笑んだ。

「おお維月。瑠維…機嫌は良いか?」

瑠維は、維月に下ろされた床の上をよちよちと歩いて維心へと向かった。

「おとーちゃま。」

維心は、手を差し伸べた。

「瑠維。ここまで来れるかの?」

瑠維は、歩き始めたばかりだったが、頑張った。維心そっくりの美しい顔は、大変に真剣な色をたたえ、涼しげな口元は真一文字に引き結ばれていた。だが、どこまでも真剣な瞳の色は、維月の色だった。

そして、維心の目の前まで来て、小さく腰を退いて、頭を下げるような仕草をした。維心は、それに軽く会釈で応えた。

「よう来た。これへ。」

維心が手を瑠維に向けると、そこで初めて瑠維は維心の手にすがって、抱きついた。維心は瑠維を抱き上げて、維月へと手を差し伸べた。

「よく躾けておるようよ。幼いながら、理解を始めておるようだの。」

維月が、微笑んでその手を取った。

「王族とは、このように躾けるもの。乳母がそのように言うておりましたわ。なので、私も此度は口出ししておりませぬ。まだ幼いのにと、思うこともありまするけれど。」

維心は、頷いた。

「幼い頃からであった方が、これも楽であるのだ。甘やかされてから、厳しくされた方が、いくらか面倒であるだろう。身についたものは、離れぬからの。これで良い。」

維月は、そうして目の前でまだ頭を下げている藤久を見た。

「ああ、待たせてしまったわ。藤久、それは新しい着物かしら?」

すると、藤久が頭を下げ直した。

「はい、王妃様。王がお申し付けになりましたレースを組み合わせたものでございます。」

維心は、維月を見た。

「着て見た様を見たい。ここで着てみよ。」

維月は、今着るの?!と思ったが、頷いた。侍女達がわらわらと出て来て、維月の袿に手を掛ける。すると、藤久はそれが見えないように、床に額をくっつけて頭を下げ続けた。だが、脱ぐと言っても襦袢は脱がないので、毎度のことながら維月は気にしていなかったが、維心はとても気にしていた。なので、藤久は微動だにしなかった。

どうせ襦袢の上に羽織るだけなんだから、襦袢も見えるのに。

と維月は思いながらも、新しい着物に手を通した。

すると、維心が感嘆の声を漏らした。

「おお、主は何を着ても似合う。」維心は瑠維を腕に、言った。「そのような様は、見たことがなかったが、良いの。」

維月は、それがとても軽いので気に入った。それにしても、この大きなレースはみんな手編みなのかしら。だとしたら、すごい手間が掛かってるわね。

「とても軽いので気に入りましたわ。まるで羽のよう。」

維月が言うと、維心は頷いた。

「では、夏には着れば良いぞ。それならば許す。」と、藤久を見た。「他にも、仕立てよ。そうよな、蝉の染めを変えたものとか、刺繍を施したものとか。そこら辺りを考えて、また持って来るように。」

維月は、慌てて言った。

「維心様、蝉を使った着物であるなら、去年作らせたものがありまするわ!皆一度ずつしか着ておらぬほど。それよりも、瑠維の着物を仕立てさせてくださいませ。」

維心は、首を振った。

「瑠維には別に作らせるわ。主は案ずるでない。」

維月の着物に関しては、維心は曲げてくれない。維月は、ため息をついた。

「はい。維心様。」

維心は満足げに頷くと、藤久を見た。

「ところであれを羽織る時には、襦袢は絹を花柄入りで織ったもので仕立てた物にしたい。準備させよ。それから…」

維心がまだ何か指示を出しているのを、維月は息をついて黙って聞いていた。

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