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月の宮では、会合に伴って花火の宴も開催し、ほとんどの神の王が居る会合の後なので、例年より盛況に幕を閉じた。

下位の宮々では、花火の宴だけでは、来たくてもまたそのために着物を準備したりと支出が増えるので、出席出来ていない所もあったからだ。

会合の後ならば、皆そのまま居ればいいので気楽に参加出来たらしかった。

皆いろいろと財政事情を抱えているのだなと、今更ながらに知った蒼だった。

帝羽の提案で、その折に月の宮で生産したタオル生地の製品をサンプルで土産として配ったので、皆にとても珍しがられて喜ばれた。見本として置いていた維月も持っているという、内側にベルベットを敷いた宝石箱は、妃への土産にと、数人の王達が製作を頼んで帰ったほどだった。

また維心は、龍の宮の大理石の大広間の椅子を、月の宮から譲られたベルベット張りの物に変えさせ、七夕の祭りの時に皆に公開していた。

北の大陸では既にこのような形の椅子が多かったのだが、こちらの神はそんなものが見慣れないので、とても珍しがられた。そうして、余裕のある上位の神の宮では、早々に応接間などでその椅子を導入すべく、月の宮から仕入れたベルベット生地で、自身の宮の職人に思い思いの椅子を作らせていた。

つくづく、神の世は龍の宮を中心に回っていることを、蒼は知った。


そうやって慎ましく、静かに進んで行った年も明け、月の宮では例年通りの静かな正月を迎えていた。蒼は、龍の宮へと正月の挨拶へ向かうべく、妃達にも準備をさせて、久しぶりに華やかに出かける支度を整えていた。

しかし、正月の龍の宮は朝から大変な騒ぎだった。毎年のことなのだが、龍の宮にはたくさんの神達が挨拶にやって来る。維心と維月もなので、朝早くから起こされて、侍女達に着付けられていた。

維月が綺麗に化粧されて例のごとく首がつりそうなほどたくさんのかんざしを挿された状態で、維心の待つ居間へと出て来ると、維心がもう、真新しい着物に身を包んで座っていた。維月は、その姿に毎回のことながら見とれた。美しく、威厳の備わったその容姿には、美しいものを見慣れた神達でさえいつも見とれているほどなのだ。しかし、当の本人は納得行かないような顔つきで維月を見上げた。

「維月、主は相変らず何を着ても大変に美しいが、我もこれを着なければならぬか。」

維心はいつも、シンプルな着物を好む。

維月にはごてごてと石で飾り付けられたような煌びやかな着物を着せるくせに、維心は飾り気のない、しかし質だけは良い着物を好んで着ていた。

しかし、今回は正月の着物を選ぶに当たり、維月がこれをと強く押したのだ。

その着物は、襟はあの真っ白なベルベットで縫われていて、その上にはダイヤモンドや特別に選ばせた深い青い色を持つサファイアなどが、埋め込まれるように配置されていた。袖口にも同じような形で仕立てられており、しかし着物自体は大変にシンプルで、紺色から深い青、そうして白へと変化する上質な生地に、薄く細い線で龍紋と呼ばれる柄が銀色で染め付けられていた。

まさに、和洋混合というべきか。

維月は思ったが、維心の王としての重みが、それでまた増すような気がした…偉そう、と言えばそうなのかもしれないが、維心が着ると嫌味がなく、すんなりと受け入れられた。

選んだ時からあまり気が進まないようだった維心だったが、本人が自分を飾ることを好まないゆえのことだった。

維月は、維心に歩み寄って言った。

「とてもよくお似合いでございますわ。維心様は、何を着ても美しいのに、いつもシンプルなものばかりを選んで着られるので…このような姿をお見上げ出来て、とても嬉しいですわ。」

維月がそう言うと、維心は表情を明るくした。

「主はこれを気に入ったか。」

維月は頷いて、自分の襟にもついている、ベルベットに触れた。

「維心様と同じ物を着て、隣に座るのはとても気が引けるのですけれど、でも同じ物を着ることが出来るのは、大変に嬉しいですわ。維心様は、いつも何を着ても本当に凛々しくあられまする。」

維心は微笑んで立ち上がると、維月を引き寄せた。

「何を言う。我らは王と王妃なのだから、対の着物を着ておった方が自然であろうに。主もその、深紅がよう似合っておる。それに、我には無いこれは…何と申すものか?愛らしいの。」

維心は、維月の襟元にだけついているひらひらとした生地を触った。維月は微笑んで答えた。

「これはレースと申すもの。ヴァルラム様や北の大陸の方では、よう使われておる編み物でございまするわ。帝羽があちらへ参って、いろいろ調べて珍しい物があれば、その生産方法を学ぶために職人を派遣しておるそうでございます。これも、あちらで学んで来た女神達が編んだもので、こうして女神の着物の襟に付けたりしておるのでございます。半襟に付けたり、重ね襟に付けたりと、用途は広いのですわ。ほら、袖口にも。」

維月は、維心に見せた。維心は、微笑んでその手を握った。

「目新しい物は良いよな。主には何でも着せてやりたいと思う。欲しいものがあれば、もっと申せ。」

維月は、困ったように笑った。

「もう、たくさん頂いておりまする。ただ今は、こうして共に皆の前に出たいと思うておるだけでございまするわ。」

維心は、維月を引き寄せて肩を抱いた。

「そうか。ならば参ろうぞ。」

維心の機嫌が直ったので、維月はホッとしてそのまま正月の挨拶に出たのだった。

維月がびっくりしたのは、炎嘉まで維心と同じような着物を着て挨拶に来たことだった。炎嘉の着物はその瞳の色に合わせて緋色だったが、襟だけではなく肩と袖のつなぎ目辺りにも配置されたベルベットは、王者といった感じて、しかもデザインが華やかで炎嘉のイメージそのままで、それはよく似合っていた。他の神の王達も、炎嘉に見とれて維心に見とれて、呆けてしまって忙しい限りだった。

維月まで見とれているのを見た維心は、憮然として炎嘉に言った。

「何ぞ、炎嘉。何を主までそのような着物を持っておる。月の宮か。」

炎嘉は、ふふんと顎を上げて笑った。

「我が鳥族の職人の、生き残りの集落をこのほど見つけたのだ。ひっそりと逃れて、心細く生きておった。皆、再び我に仕えてくれると申すから、月の宮から良い素材を揃えてやるゆえ、龍に負けぬ着物を作ってみせよと命じた。そうしたら、これを作って参ったのだ。」

確かに、これは炎嘉の職人だろう。炎嘉に、何が似合うのかを知っている。炎嘉は華やかで美しい神。これぐらい仰々しくなってしまっても、嫌味なく着こなすことが出来る。その上、大変に目立つのだ。炎嘉でないと、この着物を自然に着こなすことな出来ないだろう。

維月がそう思ってただじっと炎嘉を見つめていると、炎嘉は維月の横へとすすっと寄って来て座った。

「そのようにじっと見つめて…主も美しいぞ、維月。我に惚れ直したか?次に南へ来た時には、存分にかわいがってやろうほどに。」

維月は、途端に真っ赤になって湯気が上がりそうになった。維心は慌てて維月を引き寄せて抱き寄せると、ぶんぶんと首を振った。

「何が惚れ直すだ!これは主に惚れてなどおらぬぞ!」

炎嘉は、呆れて維心を見た。

「どこまでも嫌味なヤツよのう、主は。己だけ美しいと思うておったら大間違いぞ!我とて主には負けぬからの!」

維心はまた首を振った。

「維月は我の見目など気にしておらぬ!我の性質を愛してくれておるからの!」

確かにそうだけど。

維月は思った。でも、最初はこの維心様のお美しさに惹かれたのは間違いない事実だけど。

炎嘉はふんと鼻を鳴らした。

「なぁにが性質ぞ!こんな面倒くさいヤツを心底良いなどと思うはずはあるまいが。」

確かに面倒だけれど、扱いが分かっているからそれがまた愛おしいのよね。

維月はいちいち心の中で思っていた。しかし維心が少し気弱になった。

「それは…我とて少し、うるさく言うてしまうこともあるが。」

炎嘉が、それみたことかとばかりに言った。

「そうだろうが。そのように四六時中追い回されて維月も面倒だと思うておるわ。飽きられぬように、少しは加減するが良いぞ。」

維心は、しゅんとした。維月は、かわいそうになって、維心の体に腕を回して抱きしめ、維心を見上げた。

「維心様、私は維心様の全てを愛しておりまするの!維心様なら、何をおっしゃっても良いですから!飽きるなど、絶対にありませぬ!」

維心は、少し驚いたような顔をしたが、目を少し潤ませて微笑んだ。

「維月…。」

持ち直したようだ。

こんな僅かなことで一喜一憂して他の臣下や客に対しての態度まで変わってしまう維心に、困ったとは思うが、それでも維月は愛おしくてかわいくてならなかった。こういう時は、母のような気持ちになっていた。

炎嘉が、それを見てはいはい、と手を振った。

「やってられぬわ。いつなり主が持って行く。我は悪者よの。」

蒼は、とっくに到着してじっと出て行く機会を待っていたのだが、なかなかに出て行けずにこちら側で困っていたのだった。


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