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営業

帝羽が龍の宮へと到着すると、兆加がそれを迎えてくれた。龍の宮では散々に世話になったので、帝羽も微笑んで兆加を見た。

「おお兆加。壮健であったか?」

兆加は、頭を下げて答えた。

「はい、帝羽様。帝羽様には、大変に月の宮にて優秀な将であられるとのこと。我らも常聞いておりまする。」

帝羽は、苦笑した。

「いや、将というて、あちらでは滅多に出撃などないしの。して、今日は先に知らせておった通り、こちらの縫製の職人に会いたいと思うて参った。」

兆加は、帝羽を促しながら歩き出した。

「はい、こちらへ。すぐに維明様も来られることかと。王には謁見がつかえておってお出ましにはなれませぬが、維明様が縫製の長に話しをするとおっしゃっておられましたので。」

すると、その舌の根も乾かぬ間に、維明が甲冑のまま早足で出て来た。

「帝羽!よう参ったの、久しいことよ。」

帝羽は、維明を見て微笑んだ。

「おお、維明。相変らず精進しておるようだの。本日は世話を掛けるが、よろしく頼む。」

維明は、笑った。

「何を言う。母上など、楽しみだと言うて先に職人の部屋へ行っておるわ。」と、帝羽が持つ厨子を見た。「して、それがベルベットとか申すものか?」

帝羽は、頷いた。

「見本であるので、種類だけ分かればと少し。維月様が、楽しみになさっておいでとは。」

維明は、歩きながら言った。

「母上は、前世人世に居られたであろう。本来は、着物はあまりお得意ではないのだ。未だによう、裾を蹴捌けずにひっくり返っておられる。が、まあ、もっと軽い物にして欲しいということのようだ。もちろん、ベルベットのことは知っておられたぞ。」

帝羽は、苦笑した。

「ほんによう知っておられるな。こちらも、しかし助かるというものぞ。王妃の力添えがあれば、職人も何か考えてくれるであろうから。」

そんなことを話しながら、維明と兆加について入って行った部屋には、30人ほどの職人が、もくもくと針を動かす部屋だった。維月がもう来ていて、縫製の長らしき龍が、その前に膝をついている。ひたすらに頭を下げているといった感じて、維月も困り顔だった。

「あ、維明、帝羽!」維月は、助かったとばかりにこちらを向いた。「縫製の(かい)が、恐れ多いとそればかりで。私は、頼みに来たのよと申しておるのに。」

維明が、苦笑して進み出た。

「母上、王妃であられるのですから。」と、兆加を見た。「兆加。」

兆加は、進み出て開と向き合った。

「開。このたびは月の宮の帝羽様が、新しい生地を開発されたとのことで、見せに参られたのだ。主ならば、また変わった型を編み出すのではないかということで、王妃様もそれを期待されてこのように見物に参っておられる。そのように構えることではないのだ。」

開は、ようやく頭を上げた。

「ほう、新しい生地と?お見せ頂けまするでしょうか。」

仕事の事となると、途端に顔つきが変わり、開は見違えるように鋭い目をした。維月は、やはり龍なんだわ…とそれを見て思っていた。

帝羽は、大きな厨子を床へと置くと、それを開いて、丸めた生地を一本一本出した。

「まあ…。」

維月は、覚えのある光沢にため息をついた。確かにこんな感じだったわ。冬になると、温かそうで。

開は、それを手に取って広げ、じっと見つめた。そうして肌触りなども指先で撫でて確かめ、他の物も一本一本、丁寧に見た。そして、言った。

「人が使っておるのを、何度か目にしてございます。しかし、実際に触れたのは初めて。まるで獣の皮のような肌触りでございまするが、大変に光沢もあり、柄の一部や襟の部分などに使う事は可能であるかと。」と、とても薄い物を手にした。「これなど芯を入れて襟に配置すれば、見目も良くなるかと思いまする。」

維月は、微笑んだ。

「石が映えそうね。」

開は、恭しく頭を下げた。

「はい。石を縫い付けても美しく見映えがするかと存じます。」

維月は、紺色のベルベットを指した。

「細工の者に、これを宝石箱の内に張るように申してくれないかしら。あ、こちらの物でも。」

ワインレッドの物も、そう言って指した。開は、頭を下げた。

「は、早速に。」

帝羽は、そんな風にも使えるのかと驚いた。やはり、維月は人世に居た記憶が鮮明なのだ。

開が、帝羽を見た。

「では、これらをお預かり致しまして試作をさせて頂きまする。王がお気に召されましたなら、またご連絡を致しましょうほどに。」

帝羽は、軽く会釈した。

「よろしくお願いし申す。」

維明が、微笑んだ。

「良かったの。こやつは目が肥えておるゆえ、滅多な物では縫うとは言わぬのだぞ?珍しい物でよかったではないか。」

帝羽は、維明を見た。

「普通はこの手の織りには使わぬような、良い糸で特別に織って参ったものであるしの。糸が切れてなかなかに織るのも大変なようだったわ。ここへ持ち込むのに、変な物は持って来ぬよ。」

維月が、微笑んで立ち上がり、真っ白の生地に触れた。

「まあこれなど、見たこともないこと。これに包まれてみたいと思うほどだわ。肌触りが良さそうですもの。」

開が、慌てたように言った。

「しかし、着物自体をこれで縫うのは難しいかと。向いておりませぬ。」

維月は、笑った。

「まあ、冗談よ。洋服ではないのだもの、そこまで無理は申しませぬ。」

するとそこへ、疲れた風の声が割り込んだ。

「間に合ったか?おお、もう終わったようだの。」

維月は、そちらを向いて微笑んだ。

「まあ、維心様!」

維月は、一目散に維心の元へ歩いて行く。開は驚いてその場に膝間づいて額を床に付けて頭を下げた。あちらで縫い物をしていた龍達も、一斉に縫うのを放り出して同じ形になった。何か悪いことでもしたかのような感じだ。

兆加は落ち着いて膝を付く。維明も、帝羽もそのままの状態で頭を下げた。

「父上。謁見は終わられましたか?」

維心は、中へと足を進めながら維月の肩を抱いて息をついた。

「今しがたの。」と、回りの状況など気にならないようにテーブルの上の反物を見た。「おお、それが維月が言うておったものか。しかし夏場は見た目暑苦しいの。」

維月は、苦笑した。

「確かにそのように。しかし維心様、椅子の座る所や背にこれを張っても良いのではありませぬか?ヴァルラム様のお城で、そのような品を見たような気が致しまする。」

維心は、思い出したように頷いた。

「おお、確かにの。あれの玉座にこれとよう似たものが張ってあったわ。良いかもしれぬ。試してみよ。」

維心は、兆加に言った。兆加は、頷いて答えた。

「はい。早急に申しつけまする。」

維心は頷いて、維月の手を取った。

「これでも急いで謁見を済ませて参ったのだ。常より多かったゆえ、なかなかに終わらぬでな。」

維月は頷いて、まだまさに土下座状態の開を振り返った。

「ではね、開。そろそろ冬の着物の準備に入るのでしょう。よろしくね。」

維心は、今気付いたように開を見た。

「そうであった。主らは夏場から冬の仕立ての準備をするのだったな。それを使ってどう仕立てるか、楽しみにしておる。」

開は、ぷるぷる震えながら、頭を下げ直した。

「ははー!」

そのまま、微動だにしない縫製の龍達を背に、維心と維月は部屋を出た。維月は、維心に言った。

「維心様、突然に入って来られては皆固まってしまいまする。あのように、お顔を見るのも罪なような様で。」

維心は、ため息をつきながら言った。

「別に我がそうせよと言うておるのではないぞ。あれらが勝手にああなるのだ。我のせいではない。」

確かにそうだけど。

維月は、背後に帝羽や維明、兆加が着いて来ているのを感じながら、維心に手を取られて居間へと歩いたのだった。

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