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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とりあい

作者: 紫海

初ホラーです。

どうか暖かい目でお読みください。

血の表現があります。

---人は、毎日誰かと何かを取り合って生きている---


私は今、海岸の近くのアパート住んでいる。窓を開けると海岸が一望できる。私は、或ることがあってからここに移り住んだ。


海岸を見る。

窓からの風が心地良い。何やらにぎやかだ。二人の男が何か騒いでいる。私は散歩がてら海岸に行ってみることにした。


海岸にはいつの間にか人だかりができていた。何かを見つけたのだろうか。


その時あの声がした。


---美優。俺はここにいる。


私は目を瞑った。風が私の頬を撫でる。あの男だろうか?


あの男は約束を果たしたのかもしれない。


私は人の間をくぐり一番前に来た。そこには一棹のタンスがあった。複数の警官がタンスの周りをチェックしている。


私はタンスを見た。やはり、あの人は約束を果たしたのだ。


このタンスの中に入っているものが何なのか、私は分かった。


***


太陽の光が眩しい。私は海岸付近に来た時その声を聞いた。

頭の上からフワッと落ちてくるような低い声だ。

久しぶりに聞くその声は穏やかだった。


---美優。今でも俺は君を愛している。


愛?


その言葉を聞くと頭が痛くなるのはどうしてだろう。


私は記憶のどこかで誰かを愛していたのかもしれないと思った。


それと同時に言いようのない不安の波が押し寄せる。この感情はなんなのだろう。


この感情が出るとき私の体にある種の異変が起きる。


その異変というのは幻覚のようなものだ。


 それは突然目の前を何かが横切り、光の中で景色が真横に落ちていくと木々の葉のこすれ合う音が聞こえる。

それからあとは酷い頭痛が続き暫くすると落ち着く。


この現象も今日で終わりかもしれない。


私は波打ち際の光を見つめた。辺りは人だかりができて少し騒がしくなっている。


浪打ち際の光が揺らめいている。何かが見えた。


手だろうか。多分目の錯覚だ。


今の私は普通ではない。


警官二人がタンスをこじ開けようとしていた。


海から引き揚げられたタンスは太陽の光があたりキラキラしている。


やはり、あのタンスだ。


これで終わりだ。全部終わったら記憶が取り戻せるかもしれない。


その時私は気持ちが楽になるかもしれない。


あのタンスがこじ開けられ、そこから出てきたものを見る時もう一度あの恐怖を体験しなければならない。それはとても気が滅入ることだ。


しかし、恐怖の中に一つの事実を、私は見つけたのだ。


***


一年前私の周囲で大きな事件があった。父は会社経営をしていた。


私の肉親は父親だけだったが、何者かに殺されてしまった。


遺体の損傷が激しかったため本人確認をする際に私は警察から見ない方がいいと言われた。現場に立ち会ったのは父の友人の吉田という会社社長だった。

二人は仲が良かったが経営に関する考え方は真逆だった。


それまで裕福だったが突然大きな負債を抱え込み会社は倒産寸前になった。


しかし父が生前に吉田の会社に経営権を譲ったこともあり私の生活は多少守られた。

思えば父は最初からこうするつもりだったのかもしれないと思った。


気が付くと私は病院のベッドに寝ていて記憶は何もなかった。

強いストレスとショックで私は記憶を失ったらしい。

もちろん断片的には覚えていた。

父の死と会社のことについては覚えていたがそれよりも前の記憶があいまいだった。


医師には一時的な記憶喪失といわれたが一向に何も思い出せなかった。

カウンセリングも受けたがダメだった。


そんな私に付きまとう男がいた。いつしかその男は私に求婚してきた。

話を聞けば父の友人の会社の社長の息子らしかった。その社長は辞任し息子に継がせることにしたらしい。そのせいか、その男からのプレゼントは山のように毎日届いた。


私はずっと無視を続けてきたが、とうとう男は大きなプレゼントを持ってきた。

そのプレゼントはタンスだった。


私は驚きながらもタンスを見た。こんなにも家具というものをマジマジ見たのは多分初めてだと思う。


色といい、木の模様というのだろうか美しい。私はそのタンスを撫でた。やさしい感触。滑らかな木肌は何かを思い出す。私はこの木を知っているのだろうか?


私はそのタンスを気に入り、持ってきた男に礼を言うと男は名前を名乗った。


吉田幹夫


初めて聞く名前のように感じた。笑顔は優しくは話した感じも良かった。

私は頑なまでに無視したことを詫びた。吉田は無理もないと同情した。

毎日のように私の家に吉田は見舞いに来た。


 私が起き上れるようになると、散歩の付き添いまでしてくれた。

家の都合でそれまで来てくれていたお手伝いさんも辞めてしまっていたので

日常の生活は自分でしなければならなかった。


そんな時吉田の家のお手伝いさんが来て手伝いもしてくれた。

何より吉田が率先して私の身の回りの世話をした。


 そんなこともあり、当初警戒していた私の心はいつしか吉田に対して信頼するようになった。そしてついに吉田と結婚をした。吉田は思ったよりも優しかったし、これからの生活を考えるとその方がいいと周囲に諭された。当時私は混乱していて十分な判断もできずにいた。


 吉田との生活は今までどうりだった。しかし吉田が私に触れることはなかった。

吉田は私にキスさえもしていなかった。これは普通の夫婦ではないと思った。

当初生活のためと割り切り結婚したが、いつしか私は吉田を愛するようになった。

私が改めて吉田にそのことを言うと、吉田は家に帰らない日が続くようになった。

興信所で調べてもらうと複数の女のところに出入りしているようだった。

これは、浮気ではないのか?


しかし吉田は家に帰るといつものように私に優しかった。

一度だけ私はこのことについて聞いた。


「貴方はどうして私に触れないの?」


「君を不幸にしたくないから」


「不幸?どういう意味」


「君と一緒にいたいんだ。だから…こうするしかないんだ」


吉田は苦しそうに私に言った。私は理解に苦しんだ。


でも吉田は私の事が嫌いではないようだった。


しかし、私はこの生活が息苦しかった。


他に何人も女を作っているのに、どうして…。


 私は部屋のタンスを見た。あのタンスを見たとき、吉田を見る目が変わったのだった。あのタンスから始まっているような気がする。


私はタンスに顔をつけた。それからタンスを撫でた。

なぜか懐かしい。失った記憶もここに仕舞い込んであるのかもしれない。


私に何があったのだろう。


私はタンスを開けた。お気に入りの洋服が入っている。


その時あの低い声が聞こえた。


----美優


誰だろう。私は辺りを見回した。


誰もいない。


私はタンスの引き出しを開けた。


その横側に小さな切欠きがあるのに気付いた。


私はその切欠きを爪で開けた。中から小さな紙が出てきた。


その紙は何かを包んであった。


私は紙を開けた。


写真だった。


私と見知らぬ男の写真だ。


私たちは笑っていた。幸せそうな笑顔だ。この人は誰だろう。


私はこの人と結婚の約束をしていたのかもしれない。漠然とそう思った。


写真の中の私たちは手をつないで笑っている。後ろは森だろうか。木々が見える。


立派な木があった。


なんて美しいのだろう。


この人は誰だろう。男の顔を見た。日に焼けて爽やかな笑顔は好感がもてた。


私は多分、この人を愛したかもしれない。


懐かしい気がする。でも名前は思い出せない。


男は背が高く体格も良かった。


私はその写真を再び紙に包み直し、元の通りに仕舞った。


どうしてタンスの中にこの写真が入っていたのだろうか。


吉田はこれをチェックしなかったのか?


吉田はこの男の事を知っているのだろうか?


私は吉田に聞きたかったが吉田は家に帰って来ない日が続いた。


父の死以降、父の会社は表向きは吉田の会社と合併した。


実際には吉田が乗っ取ったようなものだ。私は吉田の存在が怖かった。


吉田は私の事よりも会社のために私と結婚したのではないか?


用がなくなったから私と一緒に住まなくなったんだろう。


これまでの優しさが皮肉にも裏があるようにしか思えず日に日に吉田に対する憎悪が私の中で膨れ上がった。


この次は吉田は私から何を奪いにくるのだろう。そう思うと耐えられなかった。


吉田が浮気しているのを好都合に私は失踪する計画を立てた。


私はスーツケース一つに荷物をまとめ、ある日失踪した。


吉田から貰ったプレゼントやタンスはリサイクルショップに売った。


業者は高値で買ってくれた。


買い取りが終ると背後から低い声が聞こえた。


----美優 どうして


咄嗟にその声をあの写真の男の声と思い私はその声に言った。


「貴方の事記憶にないのよ。色々とあって記憶がないの。」


----そうか 


「吉田が憎いわ。私は今幸せではないわ。」


----そうか。約束を破ったから吉田を殺す


「約束?」


私は振り向いた。タンスは業者に運ばれてトラックに乗せられた。


タンスが話すなんて…私はどうかしている。カウンセリングを受けた方がいいかもしれない。


買い取りが終ると私は車に乗った。

防犯カメラのない路上に駐車し私は電車に乗った。

知らない町に行こう。そこで暮らす。今はそれだけ考えればいい。


***


失踪してから不思議な夢を見るようになった。


夢の中で誰かが私に話しかけるのだ。


---美優…お前を奪われたくない。


低い声がする。辺りを見回すが姿が見えない。誰だろう。


---お前をずっと見守っている。俺は今でもお前を……。


見守る?父が殺されたのに、見守るですって?


---…を見つけてくれ。


何を見つけてくれって言うの?誰なの?


それからしばらく低いうなり声が続き、海の波の音がする。

木々のざわめきを感じる。何かキーンという音がする。

最後に体が揺れる……。


私は目を覚ます。全身汗でびっしょりだ。

頭が痛い。そんな夢がずっと続く。


数ヶ月後、私は転々と引っ越しをし、どうにか落ち着いた。


吉田が追ってくるのも考えて私は整形した。


 時が過ぎ私は以前の記憶を忘れかけていた。それよりも生活するのに必死だった。


ようやく仕事も決まり私は忙しく、引っ越した先では荷物を解くヒマもなく仕事をしていた。ずっと続いていた不思議な夢も見なくなった。


そんなある日私は1件のリサイクルショップを見つけたのだった。


よくある店だ。


その店は一般的なブランドから古着、家具、家電製品が所狭しに並んであった。


私はさしあたって家具を探そうとした。


とりあえず、クローゼットが欲しい。あとは値段次第だ。あまりにも大きすぎるのも手に余る。


私は家具のコーナーをうろついた。その中に新品のようなタンスを見つけた。


タンスを見たとき何かを感じた。どこかで…。形はよくあるタイプだった。


問題ない。金額も手ごろだ。


やや使用感はあるものの、天然木を使っているので長く使えそうだ。


扉を開けてみる。


扉の内側によくある鏡もないし、スッキリしている。


下側には3段引出もついている。引出の右側には切欠きがあったが私は気にしていなかった。高さも大きすぎずちょうどいい。


気になるニオイだが、ニオイはわずかにある。


どちらかというと新しいニオイがする。


これならいいかもしれない。


私はそのタンスを買うことにした。


部屋の荷物整理と仕事の都合で引き取りは来週にすることにした。


とりあえず、前払いで支払った。


1週間後、部屋の整理もついたので、私は店に行ってみた。


店には例のタンスが置いてあった。売約済みの紙が貼られている。


私は店員に引き取りに来たことを告げると店員は売約済みの紙を剥がした。


それから売買契約書に私が書こうとした時に別の客が来た。


客はタンスを見ると


「これを買いたい……」


と言った。


客は大柄な男で私をジロジロ見た。


私はハッとした。この男…どこかで会ったことがある。この目。


吉田だ。しばらく会わないうちに焦燥として少し老けたように見えた。


追いかけてきたのか。私は茫然とした。でも私は整形したから気づかないだろう。


私は素知らぬふりをしつづけるしかない。


威圧感のある吉田の態度に店員は不服そうな顔をしながらも丁寧に言った。


「申し訳ありませんがそれは売約済みです」


と言うと吉田は声を上げて怒った。一緒に生活していた時は温和だったのに、こんな怒り方する人だったのか。


あまりの怒りように私は困ったが、私はもう金を払っている。


あとはこの薄ぺらい紙に自分の名前を書くだけだ。


新しい生活が始まり、これからという時にどうしてまた、こんな男に会ってしまうんだろう。私は自分の運命を呪いたくなった。


「なんだと……俺が先に見つけていた。俺はずーーと前からこのタンスを見ていたんだ!」


「このタンスは入荷したばかりですよ……先週……」


店員は言おうとしたが吉田は店員の言葉を遮った。


「だからぁ……俺はこれがここに運びこまれる前から知っているんだ。」


「え…」


私も店員も不思議そうな顔をした。


「そのタンスは業者から持ち込まれた新品ですよ。アナタがどうしてそれを知っているんですか?」


吉田はゲラゲラ笑いながら言った。


「俺はな……それよりも前から知っているんだよ……ずーーーと前からね」


店員は気味の悪い顔をした。吉田は私の方に向き直った。


「おねえさん……このタンスが欲しいのかい?」


私はお金を払っている。なんであれ、先に売買契約をしているのが優先だろう。


「欲しいもなにも、既にお金は払ってあるんですよ。なんなんですか……」


吉田は不気味に笑った。それから声を上げて笑った。


「アンタ……大丈夫かな……このタンスはヤバイよ」


見たところ新品のタンスにしか見えない。何がヤバイのか。


「そんなこと言って私を脅しているんですか?」


「脅してはいない。警告だ。やめといた方がいい。」


それなら、この男が思いもしなかった話でもしてやるか。


私は冗談半分に言った。口から出まかせの話だ。


「私はアナタに譲りますよ。しかしアナタも覚悟しておいた方がいい」


「なんだ、今度は脅しか……おねえさんも素直じゃないね……」


「私には見えるんですよ。このタンスの中に……」


「何が見えるんだ?」


「生首です。」


店員は叫び声をあげた。店の客は私たちしかいない。


吉田は一瞬ギクッとした顔をしたが声を上げて笑いだした。


「そんなんで俺を脅しているのか?ウソをつくならもう少しまともな……」


「いいえ。ウソではありません。その中に入っていますよ。」


私はタンスの開きを指した。


私がそう言うとタンスは一瞬、青白い光を放し、ゴトッと音がした。


私はタンスの開きを開けた。


「ほら、ここに」


私はその時何を考えていたのだろう。何も考えていなかった。


私はウソをついていなかった。本当に見えたのだった。


作り話のつもりで話した内容は具現化され、目の前に現れたのだった。


生首が。


生首はこちらを向き、何か言いたい様子で私に目を向けたのだった。


口は少し開いている。


うまく声が出せないのかシューシュー音を出している。


顔は青紫色になり血色が悪い。首の部分はドス黒い血が出ていた。


低い唸り声がする。辺りは明るかったがこのタンスの周りだけ薄暗くなっている。


店内は音楽が流れていたはずだったが、音は聴こえてこない。


≪シュー…シュー≫


---あぁ…。苦しい。


私は男に目を合わせずに引出を指した。


「この引出には手が入っていますよ……」


私がそう言うとタンスの引き出しが僅かに動いた。


≪キシ…キシ…ガタッ≫


タンス引出の隙間が少し広がっていくと中から両手が出てきた。


その両手は引出の隙間を掴み引き出した。


≪ガタッ…スーッ≫


そのタンス動きに店員は叫んだ。店員は手は見えていない様子だったがタンスがいきなり動いたから驚いたのだろう。


血管の浮き出た両手はゴツかった。力仕事をしていたのだろう。


肘あたりから切断されている。切断部分は血は出ていなかった。


私は自分が意外に冷静なのに驚いた。しかしこれは後々トラウマになるだろうと思った。


私は吉田の顔を見た。その表情からはこの状況が分かるとは思えなかった。


私の言うことにただ、吉田は震えていた。その様子にこの生首の男と吉田は面識があると思った。


私はその生首をマジマジと見た。結構整った顔立ちだ。


この男がどうしてこの状況になったのか気の毒にもなった。


これが私一人だったとしたら間違いなく叫んでいたことだろう。


この男の顔を見て思い出した。


あの写真の男だ。このタンスの切欠きにあの写真がある。


だとするとこれはあの時のタンスだったのか。なんという因果だろう。


そしてこのタンスを探して吉田はここまで来たのか。


生首の男は目を見開き私を見つめた。何か言いたいのか……。


この男からすれば私は一緒に写真を撮った仲だ。いくら記憶がなくなったからといって上から見下ろすのは失礼だろう。


その生首の男の目線と同じ位置にしゃがみこみ、男に問いかけた。


「何か言いたいことはありますか?」


店員も吉田も怪訝そうな顔をして私を見た。彼らには見えていないようだった。


男はわずかに口を動かした。


---俺を忘れたのか?美優。どうして俺を忘れたんだ


「すみません。どうしたらいいですか?」


私はとりあえず謝った。吉田がいる手前あまり具体的には話せない。


---お前を奪われたくなかった。俺は……。今でも……。


「どこに行きたいのですか?」

私はこの生首の男が何を要求してくるのか怖かった。だから質問をしてみることにした。


---海……海につれて行ってくれ。


私は吉田に向き直り言った。


「この生首の主は海につれて行って欲しいそうです。」


吉田は震えている。何があったのだろう。


男は私の顔を見た。目からは涙が出ている。そんなに海に行きたいのなら私が連れて行ってもいい。責任を少しは感じる。


「アナタが連れて行きたくないのなら私が連れて行きますよ。」


吉田はムキになって叫んだ。


「何を作り話をしているんだ。これは俺が買う。海に行きたいだと?そんなばかな」


「ばかなって、どういうことですか?」


吉田は急に無言になった。すると生首の男が笑った。


笑うと首から血が溢れた。男の首もとから滴り落ちる血に私は幻覚を見ているのかもしれないと思った。


私は男を見つめた。


「どうして笑うの?この人を知っているの?」


男は吉田を見上げた。笑いながら睨みつけていた。


---バラバラ。バラバラだよ。


「体はどこにあるの」


---海に流された。だから俺を海に捨てて欲しいんだ。まだ足が見つからない。


「どうしてここにいるの?」


---タンスになる前のこの木のそばで俺は死んだ。

死体の始末はコイツがやった。バラバラ。クックッ。やってくれるよなぁ。


「この木は?」


---俺はこの木を育てていた。君にタンスを作ろうと育てていたんだよ。


「どうして?」


---愛しているから。君を。今でも


「そうだったのですか」

私はこう言うしかなかった。


---君はこの男をどう思っていた?


「好きです。」

ここは正直に話すべきだと思った。この男にはハッキリ言わなければならない。


---そうだったのか。許すよ。でも……。奪われたくない。


男は涙を流した。


「どうして死んだの?」


---君と結婚できなかった。君が…。もういいんだ。


急に私は背中がゾクゾクとしてきた。私は幻覚を見ているんだと思い込みたかった。


しかしこのリアル感は…。


私はこの不思議な静寂の中で語る生首の男の声に恐怖が何だったのか忘れた。


「アナタはこれからどうするの?」


---この男は約束を破った。俺はこの男を殺す。そういう約束だ。


約束とはなんだろうか。男の顔を見た。男は吉田を見ていた。


生首の男は突然声を上げて笑い出した。しかしこの二人には聞こえない。


「……何独り言……」


私は吉田に言った。


「タンスは譲ります。」


生首の男は笑い続けていた。それと同時に泣いていた。


この男と吉田に何があったというのだろう。


「私に何かできることはありますか?」


男は私を見て静かに言った。


---シャツとズボンを買って下の引出に入れてください。


「わかりました。」


私は店内を急いで見回り、適当なシャツとズボンを選んだ。


店員はやや青ざめていた。無理もない。


「店員さん……清算をお願いします。購入はやめますから返金の金額からこの金額を差し引いてください」


私がそう言うと店員は頷きレジから金を出し私に返金した。


店員はシャツとズボンの値段を計算したが、あまりの驚きに返金の金額はそのままだった。


私は店員からシャツとズボンの袋を受け取るとタンスの引き出しに入れた


私は吉田に向き直った。吉田は動揺していた。


「私は放棄しますのでアナタが面倒みてください。」


私はどうしてそんな言い方をしたのかわからない。


吉田はハッとして私の顔を見た。気づかれたのかもしれない。


しかし吉田は私から目を逸らし、財布から金を取り出すと店員に渡した。


生首の男はニヤニヤ笑いだした。


---ついにね。バラバラか。フフフッ。


私はタンスの扉を閉めた。扉を閉める時生首の男と目があった。


男は一瞬笑ったような気がした。


売買契約書には走り書きで住所…氏名が書いてあった。


吉田の住所は変わっていなかった。


それから一週間私は部屋の洋服整理をとりあえず終えた。


仕舞う場所がなければ、処分するのが手っ取り早い。


私は再びそのリサイクルの店に行き不要な服を売った。


店員は割と良い値で買ってくれた。


何気なく私は店員にこの間の客の話をした。


店員は不思議そうな顔をした。


ここにあのタンスがあったでしょう?


私は店員に聞いた。


店員はそんなタンスはないと言った。私は客の男の名前を言った。


店員は首をかしげながら売買契約書の控えを出した。吉田の契約書はなかった。


ならあれは誰だったのだろうか?


私は誰とあのタンスを取り合ったのだろう。


それから数ヶ月して私は家から近い海岸に行った。


周りには人が集まっていた。


海岸にあったのはタンスだった。あの店で見たものだ。


蘇るあの時の記憶と悪夢。私は震えた。


警官二人がタンスをこじ開けようとしたがなかなか開かなかった。


タンスの近くには強欲そうな男が一人居て警官に何やら話しかけていた。


そこへもう一人の20代くらいの男も加わった。


「なぁ、金が出てきたら俺が一番最初に見つけたんだからな。よく覚えておけよ」


「じぃさん、俺の方が先だったぞ。俺が運んだんだから」


二人はこのタンスの中に入っている金を取り合っているのか。滑稽だ。


私は笑いたくなった。金なんか入っていないのに。


あの中には……。


あの男は約束を果たしたのだ。


警官はタンスと格闘し、やっと扉が開いた。


-------------ゴロン--------------


と音がして中から生首が転がって私のほぼ前に落ちた。


隣にいた女性は失神し、その横にいた男性は叫んだ。


小さな男の子は泣き出した。


あの強欲な二人組は尻もちをついていた。


私は一切驚かず、その生首を見た。見るまでもなく吉田だった。


私は吉田をあの時止めなかったことを後悔した。しかし止めていれば私はどうなっていたのだろうか。


吉田は目をむき青白い顔には苦悶の表情があった。血は不思議と出ていなかった。

タンスにも血はついていない。


警官は私の前にある吉田の生首を持ち上げた。その時たまっていた空気の圧力のせいだろうか。吉田の口がわずかに開き、呻き声を出した。


≪…あぁ…≫


それと同時に口の中から赤黒い塊が落ちた。


赤黒い塊は舌だった。


その瞬間あの二人組のうちの年寄の方が失禁し失神した。


警官はため息をついた。


「こんな田舎で厄介な事件だな。」


それから警官は引出を開けた。


中に入っていたのは腕だった。


さっきの強欲な2組のうちの若い方が突然の事が続き、ついに失禁してしまった。


威勢の良いような態度をしていた割には軟弱で私は吹き出しそうになった。


警官はヤバイと思ったのだろう。人だかりを防ぐようにブルーシートで辺りを覆った。他の引出からも発見されるだろう。


その時、青白い光が見え、そこから白いシャツとズボンの男が出てきた。


周りの人間には見えていない様子だった。


男は私に一瞥すると軽く会釈をし、海に入っていった。


男が海に入るのを待っていたかのように海の中から何本かの腕が男の体を捉えた。


その中の腕に見慣れた腕があった。火傷の痕がある腕が……。父の腕では……。


男の手には生首を抱えている。あれは吉田の生首だろうか。どうして持っていくのだろう。


タンスが運び出された。太陽の光を浴びている。


まるで今、出来上がったばかりのように見えた。


終わった…。もうあのタンスが私の元に来ることはない。


私は安心したと同時に眩暈がし、その場に座りこんだ。


フワリと木々の葉のこすれ合う音が聞こえる。

何かキーンっていう音も。


記憶が…戻って…くる…。


どれくらいそうしていただろうか。


しばらくして警官が開いていたタンスの引き出しを元に戻した時、私は思い出した。


あの生首の男の事を。あのタンスの事を。


一瞬にして断片的な映像が押し寄せる。


私は頭を抱え込んだ。誰かが私の肩を掴んだが私は振りほどいた。


ふわりと私は一瞬浮かんだ気がした。誰かが私を持ち上げたのだろうか。


それでも私は首を振り、失った記憶を見るのに集中した。


***


笑い声が聞こえる。

ああ、そうだ。そうだった……。


皆川、吉田、私は昔からの幼馴染だった。吉田と皆川も仲の良い友人だった。


皆川はまっすぐな人で純粋で私を愛してくれていた。


私も彼を愛した。しかし、皆川は私を愛するが故なのか私を束縛した。


そのあまりの束縛ぶりに父は心配したのだ。父は家庭に入ると皆川は暴力を振るうと決めつけた。


私は父を諭したが私が吉田と少し話しただけで皆川は暴力を振るったのだった。


その時父の不安は正しかったことに気付いた。


それから会社の問題を含めて私の今後を私からでなく父から皆川に言ってもらうようにしたのだった。


皆川と父が話してから父は行方不明になった。


私は皆川に連絡した。父とは別れてからわからないと皆川は答えた。


私は警察に父の捜索願を出した。


その後皆川は私に電話をしてきた。最後にあの木の場所で会いたいと。


そして最後に私たちはあの木のそばで会った。


私は不安で吉田に連絡をした。吉田はそれとなく私たちの様子を隠れて見ていた。


あの写真の場所の木漏れ日の中で皆川は穏やかな笑顔で私を見た。


皆川は最後に二人で一緒に写真を写したいと言った。


写真を撮っている時も皆川は穏やかだった。


父の話した内容も良くわかったと言っていたので私は安心だったが、自分からも言わなければならないと思った。

まず謝らなければ…。


私は話すタイミングが見つからなくてハラハラしていた。


そんな私に皆川は私を抱きしめキスをしてから穏やかに言った。


「良い方法を思いついたんだ。美優。君を誰かに奪われるくらいなら、君をバラバラにして隠すよ。そうすれば奪えないだろう?」


皆川はチェーンソーを持っていた。皆川の表情はこの状態でも気持ち悪いほど穏やかで笑顔を浮かべていた。

私は後ずさりした。後ろは崖だった。

私は声が出なかった。


「君の親父さん借金で会社を手放すみたいだね。俺との結婚は白紙にしてくれって言われたよ。俺は君を愛しているのに。君は吉田と結婚するらしいじゃないか。

親父さんが娘が決めたことだって言っていたよ。だから俺は。俺はね。」


皆川はチェーンソーのスイッチを入れた。


「親父さんを…これで…。親父さん人を見る目ないよなぁ……。」


この人が父を殺したのか…。


「大丈夫。俺もすぐに行くから。」


私は足を滑らせ倒れた。その時頭を強く打った。


木々が風で揺れている。その向こうに赤黒い塊があった。


あれはなんだろう……。私はその塊を凝視することで意識を保とうとした。


それは父の生首だった。


皆川は父を殺した後私に見せるために木に吊るしたのだ。他の遺体はなかった。


絶望の中で私はかすかに聞こえる二人の声に集中した。


「美優を殺すな…皆川。お願いだ。」


「吉田。俺の邪魔をしないでくれ。お前はイイヤツだが美優は渡せない。」


「今のお前が美優を幸せにできるのか?」


「吉田も美優を…。お前は美優を幸せにできるのか?」


「不自由はさせない。お前はどうだ?お前は美優の親父さんを殺したんだろ?

そんなお前が美優を幸せにできるとも思えない」


「それでもお前に奪われたくない。でも条件を飲んでくれたらいいだろう」


「なんでも言ってくれ」


「この木でタンスを作ってくれるか?」


「タンス?」


「嫁入り道具だよ。俺が育てたこの木で作ってやってくれ。できるのか?」


「わかった」


「それと俺と美優の今日の写真をタンスに入れておいて欲しい。」


「わかった。」


「吉田は美優と結婚したいのか?結婚はいいが夫婦になるな」


「なんだって……。」


「ダメなら美優を…」


「どうするんだ。美優を」


「バラバラにする」


「バカなことをするな!」


「俺は本気だ。もっと早くやればよかったって後悔しているよ。」


チェーンソーの音が聞こえる


「わかった。あくまでも一緒に住むだけだ。それならいいだろう?」


「約束を破ったらお前を殺すぞ。それから……」


「まだなにか……」


「最後の条件だ。」


「美優がもしタンスの所有権を放棄することがあったらお前を殺す。バラバラにしてな」


「美優に大切に使うように言うよ」


「本当だろうな?俺が命がけで育てた木だぞ。」


「わかった。その時は俺を殺せ。」


「吉田。お前を見ている。見ているからな……。」


「お前何を…やめろ!」


チェーンソーの音が激しい。何か切られる音がした。


私は現場にいたのだ。あの時に記憶を失ったんだ。


忘れられたらどんなに幸せだろうって……


思ったんだ。


***


気が付くと海岸には誰もいなくなっていた。あの貪欲な二組もいない。


私は砂浜に座り込んでいた。体の震えが止まらない。


私は立ち上がった。砂浜を歩いた。


私は今、何ができるのだろう?


急に吉田の笑顔を思い出した。結婚したのに私に一切触れなかった。


それなのに私を見つめる目はとても優しかった。


吉田は純粋に私を愛していたのだ。皆川の約束を守って。


今になってわかっても遅い。私は声にならない叫び声をあげた。


あの時無理にでもタンスを買っておけば良かった。私は泣いた。


どうすれば…。


私は警察に電話をしようとした。そうすることしかできない。


事件の真相を話す。それだけでもするべきだ……。


---もう、いいんだ。美優


皆川の声ではない。吉田なのか。


---自由に生きて欲しい。


自由。自由って?


私は言った。吉田の声は聞こえなかったが鳥が鳴いた。


私は空を見上げた。鳥が飛んでいる。気持ち良さそうだ。


私は自由になれたのだろうか?


そうなのかもしれない。私を知る者はいない。


だけどどうしてだろう。


とても、とても哀しいのだ。


一羽の鳥が私の周りをしばらく飛び、それから姿を消した。


これからどうしよう……。どう生きて行こう?


私の足に何かが触った。


手だ。


手が私の足を掴んでいる。幻覚だ。気をしっかり持たないと。


---美優。哀しいのか?


皆川だ。私は記憶を戻ったことを後悔した。


私は走った。どこまでも続く砂浜を。それから足がもつれ転んでしまった。


---美優。俺が傍にいてやる。寂しくないから。


絶望の中で意識が薄れていく…。


***


気が付いた時は小さな診療所のベッドに私はいた。


診療所には白衣を着た医者らしき男がいた。私に背を向けている。


「気づかれましたか。ここは小さな町ですからね。医者は週に1回私が来るんです。」


医者の男は後ろ向きに私に言った。私の腕には点滴が付けられていた。


助かったのか…。


私は安心した。とたんに少し眠くなった。しばらく休もう。


医者は私に近づき、顔を見せた。


その顔は皆川にそっくりだった。薄れていく意識の中で私は声を絞り出した。幻覚だと思いたかった。


「貴方によく似た人を知っていますよ。」


「そうですか。それは光栄ですね。」


医者は私に何か注射した。


「どんな方ですか?」


「とても純粋な人でした。その人は林業をやっていました。木を育てる仕事です。伐採もします。」


「なるほど素敵な方ではないですか。」


「でも殺人犯なんです。警察にこれから事実を話に行こうと思うんです。その方がいいですよね?」


「殺人…ですか?」


「そっくりな人が犯罪者なんてイヤでしょう?」


医者は私に笑顔を向けた。


「とても光栄ですよ。」


「光栄?愛していた女をバラバラにしようとする男でもですか?」


「その方の気持ちよく分かります。私もですから…。」


「えっ?」


「安らかに眠ってください。貴方は私を捨てた女によく似てる。貴方を見つけて良かった。これからはずっと一緒ですよ。」


意識が薄れていく…。私は死ぬんだ…。


テレビニュースのレポーターたちは田舎の町で起こった奇妙な事件をいち早く報道しようと躍起になっている。


「今朝未明、海岸で身元不明の女性の頭部を除く遺体が発見されました。この付近では先日も身元不明の男性が----」


警察の遺品管理室の近くに名前のない部屋があった。


中にはタンスがあった。


他の証拠物件は一同に集められているのになぜかそのタンスは別に保管してあった。

お読みいただきありがとうございます。

リサイクルショップで良さげなタンスを物色したのですが買えなくなりそうです。

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