episode6・初練習
あれから1週間。死球で負傷した右手は軽傷であったこともあり、問題なく完治し、若菜は練習に初めて参加した。
「氷室さん、もう手は大丈夫なんですか?」
ウォーミングアップ中に長身の気弱そうな1年生の部員が若菜の手の具合を尋ねてくる。
「大丈夫だよ、3年間チームメイトだし頑張ろうね」
「はい、それと僕は阿藤雄一です。よろしくお願いします」
挨拶してきた阿藤に若菜が笑顔で応じていると、柏木に呼ばれる。彼の横には先輩らしき部員がいる。
「氷室、こいつがキャプテンの今井孝弘だ」
柏木は先輩らしき部員をキャプテンとして若菜に紹介する。
「よろしくな氷室、左右どちらもすごいストレートだったぜ」
今井キャプテンは手を差し出してきた若菜に対して、手を差し出してきた。若菜は紅白戦で左ストレートを浴びせた相手がキャプテンだと知って、恥ずかしさが込み上げてきたが、差し出された手を握った。
すると、今井は1枚の紙を渡してきた。
「これがおまえさんの練習メニューだ。おまえさんは投手だから、他の部員と接する機会も少ないと思う。その分ちゃんとコミュニケーションとっとけよ」
そう言って今井は練習へと戻っていく。
「はぁ~疲れた…でも投げてない」
練習メニューを途中までこなした感想だ。ダッシュ50本に始まり、ランニング5㌔と背筋、腕立て、スクワット各50回。その上で、守備練習とピックオフプレーの練習を結構みっちりとやったので若菜は一球たりとも投げていなかった。
「おーい1年、食堂に行け」
日が暮れ始めると、今井キャプテンが声をかける。食堂という単語に疑問に思いつつ、そう思いつつも一年生たちは食堂に向かった。
食堂には2つの弁当がおいてあったが、食べきれそうにないと感じる部員がほとんどであった。
「よし、食事練習始めるぞ~!」
今井が練習の内容を説明する。要は内蔵に負荷をかける練習で、内蔵を鍛えることで、同時に肉体を鍛えるという内容だが、むしろ根性の方がつきそうな気がすると、一年生部員たちは悟った。
若菜は比較的食べている方だが、真弓に声をかけられる。
「若菜、カボチャ食べないの?」
真弓は若菜が避けるように置いている、カボチャの煮付けを指差して尋ねる。
「ん~だって乗り物みたいじゃん、あげるけど?」
若菜はカボチャが食べられないのだが、それをごまかすようにジョークを言って、さりげなく真弓に押し付ける。
「シンデレラじゃあるまいし、ププ」
そのジョークに対して、真弓は笑いをこらえている。若菜は想定外の反応に戸惑いながら、真弓のリンゴジュースが未開封であることに気づいて反論する。
「真弓こそリンゴジュース飲んでないじゃん!」
「だって、毒入ってそうで怖いんだもん!」
真弓はそう言って、リンゴジュースを若菜の方にさりげなく手で押し出す。
「白雪姫?ププ」
若菜も真弓からもらったリンゴジュースを飲もうとするが、思い出して吹きそうになる。
「確かに、お2人にはそれぞれに合致する要素はあると思いますけど」
舞が加わってきて、この話がややこしくなる。
「おやおや、何の話だい?」
その様子を見ていた敬子は裁縫の手を止めて加わろうとする。
「先輩は眠っててください!」
3人が同時にハモると、敬子は残念そうに裁縫を続けた。もちろん、針に指が刺さることはなかった。
「絵本の白雪姫は黒髪で、シンデレラは金髪が多いですから」
舞の発言がその内容が若菜と真弓の癪に障ったようで、二人は強い口調で言い返す。
「うるさい、巨乳!」
「お前は人魚姫にでもなってろ!」
「おいおい、どうしたんだ」
その様子を見ていた早瀬は舞を擁護する形で乱入してくる。
「何を言ってるんだ。こいつが人魚姫な訳ないだろ? こいつはカナヅチだし、胸も大きすぎて貝殻じゃ収まらない。でも俺の大切なお姫様だ」
「お兄ちゃん……」
この仲睦まじい兄妹を無視し、若菜と真弓はどうにか完食した。