episode5・紅白戦(2)
若菜にとって高校での初マウンド、ロジンバッグを置いて、指に息を吹き掛ける。そして真弓のサインを見た。
サインはストレート。若菜は大きく振りかぶって第一球を投じる。
ビュッ!…ズバァァァァン!
「ス、ストライーク!」
審判ですら一瞬言葉を失う速球が真弓のミットに収まる。
「早瀬より速いぞ!」
「140近く出てんじゃねーか!?」
三塁側のベンチが騒然とし始めた。
「絵になるねぇ」
その三塁側ベンチで敬子は舞に呟く。
「あの金髪をなびかせながら、投げる姿はすごく絵になるよ?」
敬子は舞に対して語りはじめる。
「長さがミディアムなのもいいよね、ショート過ぎるとなびく量が足らないし長すぎても今度は躍動感とのバランスがとれないから」
そんな敬子の話をほどほどに聞き流しながら、舞は敬子に言う。
「敬子先輩、分かりましたからスコアブックつけてください」
釣れないな、と敬子がぼやいていると。審判の声が響くのだった。
「ストライーク!バッターアウト!」
「ほら、二者連続三振ですよ。これでツーアウト」
舞が敬子に現状を話すと、敬子は驚いたように、若菜の方を見た。その姿を見て、舞はまた呟く。
「はぁ、全くこの先輩は」
「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
三者連続三振、最高のスタートが切れた若菜は小さくガッツポーズしてベンチへと戻っていった。
2回表の攻撃は先頭の加持が倒れてワンナウト。次のバッターは7番の真弓、初球の甘く入った直球を捉え、センター前ヒットを放ち、若菜の高校最初の打席が回ってきた。若菜は左打席に入る。
保田はランナーのことを考えながら、若菜への配球を決めていく。早瀬は首を振るが、やがて納得したように投げていく。
若菜への初球は外角のボール3/4個外したボール球
見送って1ボール、2球目も高めにボール3/4外した釣り球で若菜は見送って2ボール。
保田は若菜の高校生離れした選球眼に驚きつつ、3球目に変化球を要求するが、早瀬はこれに首を振り、ストレートを投じる。だが、甘いコースに入ってしまい、若菜に捉えられる。
カキィィン!
鋭い打球が打球は右中間を割りながら転がる。三塁打になり、真弓が生還して追加点を挙げる。尚も、ランナー三塁のチャンスであった。
続くバッターは9番日向、すでに真っ直ぐ2つで追い込まれている。ここまでは追い込んでから、変化球を投げていた早瀬だが、若菜はあることに気がついた。しかし、日向と青葉が連続三振でホームに還れなかったため、次の回にお持ち越しとなってしまう。
続く2回裏の攻撃、二者連続三振をとったあと、早瀬がセカンドフライを打ち上げて、三者凡退。試合は3回の表へと入っていった。
3塁側ベンチ
「みんなちょっといい?」
私がみんなに声をかける
「どうしたんだ?」
チームメイトの一人が尋ねる
「この回…一気に畳みかけるよ! 葛城くん」
葛城を呼んだ若菜は葛城をかがませてアドバイスをする。
「おお、それならいけそうだ」
葛城は期待感を持って打席へと向かった。若菜は3塁側コーチボックスに入って、葛城にサインを送る。初球は見逃すべし。
早瀬の初球は外にはずれるスライダーで1ボールナッシング。2球目は打てのサイン。
案の定、早瀬は直球を投げてきた。葛城はこれを弾き返してレフト前ヒット、いくら高校入りたてでも、2打席目になればボールには目が慣れてくるのだ。
レフト前ヒットでノーアウトランナー一塁となる。
カキィィン!
カキィィン!
その後も、3番ケン4番島岡の連続ヒットで満塁、5番赤城6番加持が連続犠牲フライで2点を取り、真弓のヒットで再度ランナーを溜めて若菜に打席が回る。
「来い、シスコン」
若菜が軽い挑発として、シスコンという。だが、その挑発で頭に血が上った早瀬は手が滑ったのか、ボールは若菜の方に向かっていく。
ゴッ!
若菜の右手から鈍い音が響いたのだった。
「氷室…大丈夫か!?」
チームメイトが駆けてくるのを見た。若菜は大丈夫のゼスチャーをし一塁に向かった。それと同時に一人の少女がマウンドに向かった。舞だ。
パン!
彼女はマウンドの兄の頬を叩いた。
「お兄ちゃんのバカ、シスコンって言われるのがそんなに嫌なの?私はいいんだよ、お兄ちゃんが大好きだし、お兄ちゃんを支えたくてここに来たんだもん!氷室さんたちはお兄ちゃんのクセを見抜いて連打してたんだよ、そんなんで負けるお兄ちゃんじゃないでしょ?」
なんと舞は、兄に説教するついでに勢いで若菜たちがクセを見抜いていることを兄にばらしてしまった。舞がベンチに戻っていくと羽生は一塁を向いて帽子を取った。
「シスコン!シスコン!シスコン!」
ベンチからヤジが飛ぶ。クセを見抜いていることがばれてしまった以上、ヤジで集中力を削ぐことしか1年生チームの手札はなかったのだ。
「うるせえ、俺はシスコンだ!舞のことが大好きなんだ」
ビュッ!…バゴォォン!
さっきより球威が大幅に上がり、次打者の日向は三振となった。
その裏のマウンド、若菜はロジンバッグをいつもより長くさわっている。死球により、握力の落ちた分を滑り止めで誤魔化そうとしたが制球が定まらない。辛うじて先頭打者を打ち取ったが、次の打者への初球だった。
ゴッ!
打者の頭に速球が命中した。
「野郎!報復死球だな…」
「しかも、帽子を取らねーぞ!」
実際のところ、痛みで帽子をとるどころではなく、辛うじて耐えているその態度も先輩達の気に障ったのだろう。タイムをかけた真弓と同時に先輩達がやってきた。
「この野郎!」
一人目のパンチを反射的に交わす。
「落ち着いてください!」
真弓が間に入るが、額に先輩の拳が当たる。その瞬間、若菜はトリガーが外れた何かを感じた。目の前の先輩を左ストレートで倒したのを皮切りに、加勢した1年生チームと先輩チームの乱闘に発展していったのだ。