episode3・初部活!
入学式からの4日間。オリエンテーションだのなんだのと、あっという間にすぎた。気がついたら聖ラムタラ学園の野球部マネージャー室で若菜と真弓が練習着に着替えていた。
「若菜って意外と胸あるんだね」
マネージャー室で着替えていると真弓が少しうらやましそうに若菜へと言う。
「……でもこれ以上はいらないかな、投球の邪魔になりそうだし」
軽い口調で言う若菜だったが、真弓からの殺気を帯びた視線を感じて、それ以上の軽口を避ける。しかし、その殺気の量がさらに倍増される地雷が真横から無情にも投下されてしまう。
「まあ、2人とも私以下ですけど」
マネージャー志望でジャージに着替えている舞がボソッと呟いたのだ。
「早瀬さん、なんかいいました?」
真弓が舞に殺気に満ちた笑顔で聞き返すと、舞はその気迫に押されるだけだった。女性なら胸のサイズを気にするのはそこまで珍しいことではないのだが、その度合いは人それぞれである。だが、若菜は真弓の意外な一面を知ってしまった気になった。
「後輩たち、着替え終わった?」
2年生のマネージャーで、長い茶髪が印象的な島谷敬子が、三人の着替えの様子を見に来る。練習着に着替えた若菜と真弓を見て、敬子は驚いたように二人に言う。
「あれ、そこの二人は選手志望だったの?」
「はい、そうですけど」
若菜と真弓の声がかぶった。
「やっぱりね、二人とも野球やってる雰囲気が出てるし」
敬子はなぜか誇らしげに胸を張る。若菜よりは大きく、舞よりは小さいといったところか。そんなことを思うはずもなく坦々と、2人はスパイクのひもを結んでいる。
「早瀬さんはマネージャー志望なんだね」
舞を見たとたん、島谷先輩は胸を張るのをやめた。あまりに露骨だと、その様子を眺めながら二人は帽子を被る。
「はい!お兄ちゃんを支えたいんです」
舞が胸を張って答える。先輩の気持ちもわからなくもないと、思いながらも、同情の余地はないよね、お互いにアイコンタクトをとる。
「もうグラウンドに集合する時間だよ」
「いけない、呼びに来たんだった!」
時計の方を見た真弓が言うと彼女たち4人はグラウンドに向かい、入部希望の男子たちと合流した。
「えー、俺が聖ラムタラ学園野球部で監督をやってる柏木修だ。3年最後の夏の大会までとなると約2年半になるな、その間、よろしく」
監督と名乗る柏木が挨拶をする。少し気の抜けるような軽い挨拶だ。そういうと瞬間的に柏木の目付きが変わる。
「自己紹介なんて陳腐なものはいらない。名前は入部届で見ているし、プレーで紹介してくれ。そういうわけで今日は入部記念に紅白戦を行う。各自アップをして30分後に集合だ」
柏木は唐突に入部記念と称した紅白戦を行うことを告げる。
「あの、僕らのオーダーとかはどうすればいいんでしょうか?」
背の高い気弱そうな一人の男子が監督に質問する。そうすると、柏木はため息をついて返答する。
「はあ、自分たちで考えようという自主性はないのか?そのくらい自分達で考えてくれ」
柏木はやれやれといった感じで答えながら、それだけを言い残して去っていった。新入生は戸惑いながらもそれぞれアップを開始する。それは、若菜たちも例外ではない。
「どういう意図なのかな?」
「まあ、うじうじ考えず勝ちにいこうよ!」
真弓が笑顔になって答え、二人はキャッチボールを開始する。
「そうだね」
若菜も連られて笑顔になってくる。真弓の笑顔は伝染しやすいのだろうか、若菜がそう思って真弓の方ををみるともうすでに彼女は座っている。
「そろそろ行くよ~!」
若菜は左足をあげて右腕を思いっきり振る。
ビュッ!…ズバァァァン!
一瞬、確かに一瞬だったが周りの音が止まった。
「集合!」
アップの時間を終えると、柏木が声をかけると選手たちが集まって整列する。
「これより先輩チームと新入生チームの紅白試合を、7イニング・先輩チームの先攻で開始します……礼!」
防具をつけたアンパイアが、試合の開始を告げる。この試合、単なる自己紹介以外の柏木の意図が隠されている。
--今日からこのグラウンドはお前たちのホームだ--
本当の意味で入部するのであれば、わざわざお客さん、ビジターの意味を内包する先攻にする必要はない。本当の意味で仲間に迎え入れるという意味でもこの試合、新入生チームは後攻になった。
また、中学野球と同じ7イニングは9イニングを戦い抜く体力と技術を彼らが持っていない事実を突きつけながらも、彼らに勝ち目のある勝負をする、柏木なりの紳士協定であった。
「お願いします!」
一般的に高校野球では試合開始にサイレンが鳴るが、学校のグラウンドレベルではサイレンは鳴らない。新入生チームの後攻で試合が始まろうとしていた。
「いつものことだな」
「ああ」
先輩チームの一番打者が打席に入っているが、新入生チームの守備位置にはまだ誰もついていない。先輩チームのベンチでは、その様子を微笑ましく見ている。彼らも通ってきた道なのだから。
--前行く者妬むな、後行くもの嗤うな--
新入生チームのベンチ内では新入生たちがオーダーに関してもめていたのだ。
先程の投球練習もあってか、先発バッテリーは若菜と真弓で決まったが、未だに打順や守備位置が全く決まっていない。
「僕が一番を打つ」
「いーや、一番セカンドは俺だ!」
「俺は四番サード!」
「なんでだよ、僕が四番を打つんだ!」
このままでは、ベンチの揉め事の収集がつきそうになく、先輩チームの余裕の視線もまたそれを浮き彫りにしていたが、一人の選手の発言から雰囲気が変わり始める。
「なぁ、これって俺たちのチームワークを試してるんじゃないのかな?」
ケンは自説を述べ始める。即席チームだからこそ、どれだけまとまることができるのかが焦点なのではないか、と。
「もうこの試合の意図に気がついた奴がいるのか……。赤石憲次だな、小柄だがキャプテンの資質はずば抜けてるな、今年はモニタリングのしがいがありそうだ」
柏木は防犯カメラ越しに学校のパソコンを借りてベンチを見ていたのだ、パソコン越しに柏木はケンを評価する。
「何偉そうに言ってんだよ!」
「そんな統率力のある奴いるわけねーだろ!」
反論する部員たちが多い中、一人の選手が異を唱える。
「俺もそのチビの意見や考え方に賛同する。赤石とか言ったな、お前にリーダーを任せよう。俺は島岡雅人だ。よろしく」
島岡という選手がケンに同意してきた。若菜と真弓もケンの意見に同調し、徐々にチーム内でもまとまろうというムードになり始めていた。
「島岡は飲み込みが早そうだし、チームプレイもこなせそうだ。あの女の子2人組は、キャッチボールを見る限り、実力はありそうだな。特に氷室に関しては早瀬より速い」
柏木はモニター越しに見たことをメモにつける。
しばらくして新入生チームのオーダーがようやく決まり、守備位置につく。
本当の意味で新入生チームと先輩チームの紅白戦が幕を開けたのだ。