episode2・聖ラムタラ学園
若菜と真弓が出会ってから両手の指で数えていくとちょうど使いきる日。この日は聖ラムタラ学園の入学式の日であり、若菜の父、達也も登校していた。
「若菜、結局髪もスカートもそのままデスネ、パパはちょっと悲しいデス」
入学式でも相変わらず娘に萌えを求める達也をしょうもないと思って放っておきながら、若菜は生徒たちの集まる体育館に向かった。体育館の入り口クラス分けの紙が張ってあり、クラス毎に席へ座るように入り口にいた若手教師から指示が出る。若菜がクラス分けの張り紙を見ているちと、一人の坊主頭に近い短髪の少年に声をかけられる。彼はとても信じられないという感じで若菜のことを見ていた。
「ケン!?アンタもここなの」
声の主は赤石憲次、若菜やチームメイトからはケンの愛称で呼ばれている。若菜のリトルリーグ時代のチームメイトであった。
ケンの方も意外だったようだが、若菜としても意外だった。若菜にとって、中学時代は野球一筋のイメージしかなかったケンがそラムタラに来ているとは、そう思っていると。ケンが若菜に向かって言う。
「お前がラムタラとは意外だな」
「アンタの方が意外よ」
ケンの皮肉に対して、若菜も皮肉で返す。最もお互いに本音なのだったりはする。
聖ラムタラ学園は偏差値でいうと50後半、部活もそこそこのいわゆる中堅校だが、自由な校風と制服のデザイン、歴史あるミッション系ということで、地元の女生徒を中心に結構人気がある。
「これでもメジャーリーガーを目指してた野球少年だからな、英語は出来るんだよ」
ケンは自慢げに若菜へ言って見せる。若菜もケンは幼い頃からメジャーリーガーを夢にしていたことは知っていたし、実際リトルでは主力として活躍していたのだ。しかし、中学生になってから彼に悲運が襲う。
成長が止まってしまい、身長は若菜と全く同じなのだ。
実力は確かにあるはずなのだが、小柄なのが二の足を踏ませたのか野球推薦が来なかったらしく、猛勉強してラムタラへと入学したことをケンは話した。
「そういえばお前、野球再開したのか?」
突拍子もなく、ケンは若菜に向かって聞いてくる。
「なんで、ラムタラに女子野球部はないよ」
突拍子もない質問だったが、女子野球部がないことはわかってることだし、煙に巻こうとするように返答する。
「当たりだな、若菜のことは何となく分かるんだよ」
その台詞に絶句する若菜だった、似合ってないといえばそれまでだが、やはり幼いころとのギャップを強く感じさせた。ケンは笑い飛ばして言う。
「ははは、ジョークだよ、リトルにいた頃の雰囲気に似てるからかな?」
「やれやれ、男の子だねぇ、ケンもそういう年頃か、じゃあ、私はクラスを見たから、座っておくね」
そういいながら、若菜は体育館に用意された椅子に座る。
入学式名物、校長の長い挨拶をほどほどに聞き流した若菜たちは年配の男性教師に誘導される形で、教室へと入っていく。
「みなさん、この表通りに着席してください」
クラス全員が、白髪交じりの男性の張り出した表の通りに座るとその男性は話し始めた
「みなさん、はじめまして。私はこのクラスの担任を務めさせていただく青山法政です。1年間よろしく。それでは、自己紹介から始めようか。出席番号順でな」
そう言って青山先生は教壇を降りる。
「赤石憲次です!中学では野球部でした。高校でも野球部に入る予定です」
出席番号1番のケンが教壇にたつと、元気よく自己紹介を終えた。
そして、次の生徒が教壇に立つと、かなりの美少女だったために周囲の男子がざわついた。でも若菜にはその美少女の顔に見覚えがあった……。
--真弓だ--
「上杉真弓です、中学時代はソフトボールをしていました。ここにはソフトボール部がないのでまだ部活は決めていません。3年間よろしくお願いします」
まさか、真弓と同じ学校だったとは、若菜がそういうことを思っていると、若菜の横から男子の談話が聞こえてくる。
「おいおい、可愛いな」
「俺のストライクゾーンど真ん中だ!」
若菜はその男子たちの談話を盗み聞きしていたせいで数人分の自己紹介を聞き逃してしまっていた。
「早瀬舞です。兄が野球部のエースなので私はマネージャーになりたいと思っています」
気づけばもう若菜の前の人が座席にはおらず、彼女も、その人の自己紹介が終わると若菜も教壇へと向かっていき、自己紹介を開始した。
「氷室若菜です、中学では部活をやってませんでした。高校では何かしら入ろうと思ってるので、その時はよろしくお願いします」
若菜はウケを狙うタイプではなく、無難に自己紹介を済ませた。
「早瀬ちゃんもなかなかいいな」
「顔だと上杉かなって思うけど、胸はかなりありそうだし、何よりあのほんわかした感じだよな~」
若菜が座席に戻ると、先程のまたしても男子たちの談話が聞こえてくる。ちなみに二人の名前は藤井と玉置であった。
「氷室も顔だけなら上杉級なんだが…」
「金髪でいかにも高校デビューって感じがなぁ」
若菜は地毛だと主張したい衝動を抑え、男子たちの一方的な評価を聞き流していた。
「それでは、今日はプリントを配ったら、後は挨拶だけかな」
青山先生がそう言うとプリントを配っていき、挨拶の後、解散となった。解散後、下駄箱に向かってる若菜へ誰かが声をかけてくる。その声は少し前に聞いたばかりのものだった。
「久しぶりだね、若菜」
その声の持ち主は真弓であった。これで今後20年くらい宝くじ当たらない気がする、そのくらいの偶然だとお互いに思っていた。
「ホントにこんなことって起こるんだね」
若菜が嬉しそうに返すと、二人は下駄箱に向かいながら話し続ける。
「そう言えば、若菜は部活どうするの?」
下駄箱で靴を履き変えていると真弓は、若菜に聞いてくる。若菜が回答に悩んでいると、真弓は怪訝そうに若菜へと質問を続ける。
「ねぇ、野球部には入らないの?」
若菜の球をまたとりたいと、真弓が笑顔で言う。女子が高校から先で野球をする選択肢としては、大きく分けてソフトボールと女子野球が挙がるが、いずれも歴史あるミッション系ということもあってか創部されていなかったのだ。
真弓と甲子園に行きたい。若菜の中で、その欲求がたった今目を覚ました。
「4日後だっけ?初部活」
「うん!」
若菜が尋ねてみると笑顔で真弓は答えると、二人は学校を出る。二人の帰り道を夕日が照らしていた。