老メイド、ウラカ再び
なんだか一番ウラカが濃いキャラですかね
「……」「……」
しばらく二人の言葉が途切れた。
「あっと、もう夕餉の時刻か」
遠くで時の鐘の音。ガルムが扉に邁進。また、首だけ外に出した。
「了解しました、若」
ガルムの使用人たちが沢山の荷物を持ち込む。
「あれ、これって」
大きめだが、騎載を前提に作られた旅行鞄、コンパクトに大中小と組み合わされた鍋などの道具、乗馬灯以下、騎乗を前提とした用品、蹄鉄の緊急修理用の諸道具、綱、寝袋にもなる外套。鞍の敷布と寝床を兼ねられそうな厚手の織物……。
「うわぁぁぁぁぁ! これ全部新品ですよぉ! ちゃんと防水の脂が引いてある! 仕切りが一杯! ちゃんとファイルとか小分けできる!」
「贈り物だ、まぁ……」
「クロとチャだけじゃなくて、こんなに! ロミさんとギルさんって義理堅いんですねぇ!」
「…………ロミ? …………ギル?」
「お礼の手紙を書かなきゃ。ねぇ先輩?」
「…………。そうだな」
「あの、ところで……」
少しはにかんだエポナ。
「クロとチャの所に行っていいですか? あの、もう一度逢いたくて」
「……馬も夕餉の時刻だな、行きなさい。まだ誰か残っているから、我が家の飼葉を与えても構わないぞ」
「はい! 先輩有難う御座います。……あの……判事の心得忘れません!」
精一杯の礼を込めた挨拶を返す。
「なんだ、ウラカ仕込みの挨拶なぞ不要だ。では明日は早いから頃合を見計らいなさい」
飛び去るようにエポナが退出。ガルムは、二本指を動かしで使用人も追い出す。
「……ロミ嬢?」
腰に手を当てて数歩。
「……ミキィ卿?」
「若、件の女性は、最早既婚者です。ミキィ卿婦人とお呼びすべきでは?」
「う! ウ、ラカ、いつ入室した?」
ガルムから五歩の距離に老メイドのウラカが直立。
「このウラカ、四十余年ガルム家にお仕えしております。何時如何なる場面でもお召に応えられますようにお側に控えておりました」
「ポポの寝室にいたのか……? なら呼んでいないぞ」
「笑止。若が子爵家に相応しからざるお戯れなされた場合、お諌めするも古参の勤めと。申し上げたき儀山々御座います」
「手短に要領よく簡素に穏便に……頼む」
崩れるように執務机に腰を落とす。エポナを座らせるために敷いたクッションのせいでバランスが悪い。
「随分とお買い物をされた御様子」
ガルムに接近して腰のポケットから帳面を取り出したウラカ。
「あ、あのだな。ポポは可哀想なことに絶えず金欠だ」
「若。”金欠”とは市井の言葉で貴族の言葉としては相応しからざる品格かと……。更に、エスス嬢の場合、愛称略称はエポかエマ、エレが適当では?」
「ポポが可愛らしくて良かろう? 後輩の金銭的窮状を支援するのは、それほど諫められる行為ではないと考えるが?」
「エスス嬢は、若の買い物をミキィ卿夫妻の贈り物と勘違いした模様」
「よくある勘違いだ。大した無駄遣いでもなかろう。ところで、ウラカ。ルサイには何時赴くのだ?」
「はて? そのような命令など存じ上げませぬ」
「命令書は届けたはずだぞ。私の署名を入れたぞ封蝋も私のだぞ」
「左様でしたか。ああ、先日エスス嬢が若の衣服のコテを当てた際、焚付になにか使った覚えがありますが、あれはその様な手紙でしたか」
「おい! ウラカ!」
「よしんば転勤のご命令があったとしても、若は私めにエスス嬢の指導を御命じになられました。新しい命令が優先されます」
「あれは……サロッペが、伝えた要件、だ」
「ほほぅ。我がガルム家はいつからメイド長の業務を平の使用人が決定できる構成になったのでしょうや?」
「…………なって、ません」
「若、先程エスス嬢の作法はともかく、”ってか”の言葉遣いには再教育の必要を痛感致した所存。加えて、若ご自身の再教育も進言致します」
「あのだな、私は来月には上席判事に昇格する身だぞ。今更何を教育される」
「笑止! 身の回りの不始末でご友人のカペラ氏に高等判事の座を奪われ、そのお情けで上席に引き上げられたと専らの噂で御座います」
「うむ、それは全く事実とは違うぞ。安心しろ」
「この老婆が安心できるために、再教育をお願い致します、若! 聞けばエスス嬢は大法典の抄本を毎朝音読すると誓ったとか。礼儀作法は不安なれど、まだ判事になりたての少女にしては天晴な心構えではないでしょうか?」
「ああ、そうなんだ。凄いね。でも、あれは、ほらポポはギィに”ホ”の字だから……何故鞭を抜く、ウラカ!」
「できればこの老婆も鞭は揮いたくないのですが、まさか若。御幼少時の”おいた”の後始末ように、剥き出しの臀部への一撃をお望みでしょうか?」
「……勘弁してくれ。再教育は、その、なんだ、心掛けよう」
「そのお言葉を耳にして命長らえた想い」
「そうか存分に長生きしてくれ。……ああっ! ウラカ! 用具部が例のものを取り敢えず返してくれと言っていたぞ、速やかに返却しなさい。お前に会ったら間髪入れず思い出すべき要件だったぞ、うん」
「明日の用意が完了しておりませなんだか。では、失礼致します。打ち合わせ通り本日は司法院に宿直致す所存、今宵これにて失礼致します」
作法に則って裾を摘み上げ深々と頭を下げるウラカが立ち去る刹那、
「そうそう、先走りましたが若が判事としての心掛けを取り戻すとお約束して頂けると信じて、これらの不道徳なお誘いは全てお断りを入れておりますので、甚だ(はなはだ)僭越では御座いますがそのお積もりで。それでは」
ガルムの手に、大量の手紙、封筒が手渡された。
中身のほとんどは娼婦、婦人たちのお誘いやおねだりの手紙。
「おやすみ、ウラカ」
クロとチャと沢山戯れた後で執務室に帰ってきたエポナは、この時初めて真っ白な灰状態のガルムを見た。




