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匙と準宝石  作者: 提灯屋
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巡回判事、登場?

 異世界でメートル法つかうのも、なンなので、

「夢見る惑星」から、デル=メートル、貨幣=タウス

 を拝借しました。


 故、佐藤史生先生に哀悼の意を捧げます。



 ある国。

 名をハウナンと言う。


 森の中。途切れ気味な馬の鼻息が響く。

 古木の虚で仮眠しただけの夜通しの騎行。相当疲労している乗馬。息遣い、歩幅、速度いずれも力強さがない。


 暗い。

 木陰どころか日差しを遮断する厚く折り重なった枝葉が径から光を奪い足許すら不確かにさせる。

 全身黒い長衣に頭部はフードに包まれ視界は更に悪い。乗馬灯なしに、この暗い森をよく走ったと馬を褒めてやりたい。

 あと半日。

 この深く暗い森を抜ければ目的地のバルギ市まであと半日だと教わっている。そして、視界が拓け小さな村が前方に見えた。

 

 暗い森、大都市を控えた郊外の村。それなのに不自然に人気がなく妙に静かな街道沿い、身を隠すのに丁度いい低木。

 手綱を握り直す。

 多分良くない状況。軽食を摂れなくても馬に、せめて休息をとらせたかったが先を急ぐと決める。

 残念だがその決定は遅かった。いや、どっちにしても先方は準備万端お待ちかね。低木から男たちが飛び出す。お行儀も人相も良くない。どうやら弓使いは不在のようだけど、皆腰に剣をぶらさげている。

「馬も人も全身真っ黒だな。お前、神官か?」

 数人の男が騎乗の鼻面を遮った。暗い森から出てきたばかりで、目が明るさに慣れていない。男たちが見せつけるように抜いた剣の反射が眩しい。

「今時長旅をする度胸のある神官なんていないさ。人気のない小さな神殿に閉じ篭ってる」

 目前の男たちは皆言葉遣いも身嗜みも悪く、吐く息が生臭い。自然眉をひそめる。

「じゃあ、学生か? こいつ、すごく小さいし」

 身長は一デル二十八スークしかない。悔しいけど確かにチビ、小柄。

「学生は黒い制服だって聞いた覚えがあるぞ」

 このままやり過ごし、なんて無理だろうか。軽く馬の首筋に触れて前進を指示する。

「学生はもっとありえないぜ。なんせルサイの街に一つあるだけだろ」

「さて、詮索は後回しだ。ここをどこだと思うかい、小さいくせに一人旅をする大胆な旦那様」

 改めて通せん坊。

「公道の端っこでしょう。馬にぶつかると危ないですよ」

「娘?」「子供?」

 男たちが顔を見合わせた。

「ああ、確かにフード被って黒い長衣に騙されたが、こいつは娘だ」

「娘ではありません」

 男達に釣られて無駄な科白を漏らしてしまったが、それは棚上げ。

「エスス・エポナ。この先のバルギ市に向かいます。通してください」

「お嬢ちゃん、ここは関所なんだ。危険人物を通さないためのね」

「ここが関所だと言う登録は聞き覚えがありませんし、関所としての設備もないようですね。そもそも関所の設置は国王陛下の許可が必要なはずですよ」

「ああぁん?」

 全てにおいて不愉快な男たち。

「王様なんて、もう十何年もいねえよ。王族だって野垂れ死んだのか誰も知らねえ。国王がしっかりしていれば、この村はもっと拓けて俺たちはもっと楽な生活をしていたんだ」

「貴方たちと歴史や社会経済について討論する意思はありませんし、無許可の関所設置は違法ですが、今は急ぎます。すぐに退いてください」

「急ぐのはこちらも大歓迎だ。関所がダメなら、もしも盗みとかがあった場合に備えてよそ者は保証金を預かる。これらなら納得して支払ってもらえるよな」

 追い剥ぎ盗賊の文言も変遷するらしい。まだ歯が生え揃わない子供でも信じないだろうが、一応表向きは盗みではなく保証金徴収の体裁を取り繕っている。娘としても小柄なためか、カモと値踏みしされたらしい。軽薄な笑いが起こる。

「不心得者でない証拠として、この鑑札符を見せれば通してもらえますか」

 フードを含めて全身を包む黒い長衣の襟元から、掌からややはみ出る厚みのある円型の鑑札符を取り出す。兄貴分らしい男が受け取った瞬間大声を上げた。

「これは。バルギの大殿様にセルツ伯モンテア伯、リド卿……」

 男たちが密集する。

「おい、どれも私兵数万の大貴族の刻印つきの鑑札符じゃないか」

「すごいぞ! これ、幾らで売れると思うか?」

「通行だけじゃねぇ。これがあればどんな貴族のお屋敷に楽々入れる。盗み放題だ」

 速攻で正体を晒す小物の追い剥ぎ。

「鑑札符は売り物でも盗みを手助けする道具でもありません。すぐ返して、私を通しなさい」

 もちろん集団で無視。

「哀れですね。この鑑札符は、眺めたり見せたりするだけでは、その価値は半減、三分の一にもなりませんよ」

「三分の一だと」

 先輩、本当に効果があるのですか。騎乗のまま鑑札符を奪われた時にと教えられた対処法を諳んじる。

 乾いた唇を舐めたいけど、我慢。

「十六回目のノルンの月を迎えていない非力な私では開封できなかったのですが」

「ノルンの月? こりゃまた古風な物言いだ。単純に言うとお前さん十五歳か、すげぇちっちゃいな」

「では、十五の小娘では、開封できませんが、符の真ん中を強く押してから」

 兄貴分は鑑札符の中央を押した。

「ああ、なるほど凹むな」

「『ウテァ、ソラバナ、ボレド』と唱えながら、符を捻りなさい」

「ウテァ、ソラバナ、ボレド? ウテァ、ソラバナ、ボレド……」

「蓋が回ったぞ」

「開くぞ」

 どんな仕掛け? 思わず一緒に覗き込む。

「ん、青光り?」

「宝石ですか、兄貴」

 羽音が聞こえた。瞬間手綱を引き締めて男たちから離れる。いや、

「蟲?」「毒蟲だぞ!」

 金属板で事足りる鑑札符が、どうして掌からはみ出すサイズなのか理解できなかったが、この仕掛けで納得した。ルサイ市を出発してから三日間閉じ込められていた蟲は、四方八方に飛び出して消えた。

「あたあああ、当たったぞ」

「ささ、刺されたのか?」

 男たちがもう少し”まし”な度胸と判断力があれば飛び出した蟲は蠅の一種で、刺す能力などないしまして毒も持ち合わせていないと悟れた。

 だが。

「……。南方辺境の……秘術、ウテァ神の使い魔ソラバナ蟲です。貴方たちは自分の罪を自分で裁いたのです。裁きの女神ウテァ。それぞれの罪の重さの日数毒に犯されながら苦痛の海に沈みなさい。さしずめ五日ほど激痛に苦しんで死ぬでしょう」

「そんな。お嬢様お助けを」

 ちっちゃいのから格上げした。

「ボレドの薬があれば解毒できますが、ウテァの裁きをないがしろにしますね。別の裁きを必要としますけど」

「どんな裁きでも受けます。わけわからん毒で苦しむなんて勘弁です、助けてください」

「あまり大声を出すと毒が速く回りますよ。それから、金属もいけません。金属から離れれば離れるほど毒の回りを遅くできますから、解毒剤が間に合うかも……」

 手にしていた剣と軽そうな財布、そしてエポナの鑑札符を投げる追い剥ぎたち。

 遠方に数人の村人が見えた。やり取りを何事かと集まってきたらしい。

「この不心得者を縛ってください」

 経緯がわからないのか、仕返しを恐れたのか誰も動かない。

「速く解毒しないとこの男たち、そろそろ血反吐を吐きます。金属はダメですが毒の回りを遅くするために、身体を縛ると生存率が上がります」

 男たちは、すすんで縛られた。

「あのぅ、こいつらを今縛っても」

「匿名で違法私関と窃盗の訴えを受理しています。安心なさい、私は司法院の人間、巡回判事です」

「判事? って裁判とかをするあの判事様?」

 現金なことに村人の顔色が変わる。

「それって裁判官ってことだろ。こんな小……娘さんが?」

 鑑札符を拾い上げ村人に差し出そうとしたその時、まだ近くに残っていた蟲がエポナの馬の耳元で羽音を立てた。

「どぅどぅ」

 急いで騎乗したが、蟲の羽音に驚き興奮した馬を抑えきれない。

 結果として威圧するように縛られた男たちの真ん中を駆け抜けた。男たちの情けない悲鳴が背後から聞こえた。

 手綱を引くと、ようやく馬は嘶きながら身体を反らし前足を何回も宙に浮かべた。

 格好がつかない。

 パニくりたい衝動を抑えて腰紐に据えていた槌を抜く。裁判で開廷宣言や法廷の静粛を求める際に叩かれる、あの道具だ。

 予定行動を装って馬の向きはそのまま、半身を回転させ木槌を職杖か短剣の切っ先のように男たち、追い剥ぎたちに突き出した。気持ちだけはポーズを決める。

「巡回判事、エスス・エポナ。『剣をとらず、呪文を唱えず、ただ真実と大法典によって本件を裁きます』。覚悟なさい」



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