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第4話.雪の夜の来客




    ドンドンドン


 ある日の夜、突然ミウ達の家の扉を叩く音が聞こえてきました。


    ドンドンドン


 外は昨日から今日の朝にかけて降った雪が積もっていました。まだ、足首ぐらいまでの少ない積雪量ですが、既に一面を白くしています。日は暮れているにも関わらず、雪のせいでほんのり明るく感じます。


    ドンドンドン


「ジルさん! ジルさん!」


 ミウの家のあるあたりは日が暮れると、非常に静かになります。動いているものといえば、窓からもれるランプやロウソクの火の揺らい光ぐらいです。雪で化粧した針葉樹の森は動きもせず、音も発せず、逆に音を吸い込んでいます。


    ドンドンドン


「ジルさん! ジルさん!」


 その静寂の中、その大きな音はあるのですが、雪のためそれほど響きません。玄関の分厚い木の扉を外から叩くと同時に聞こえるその声は、多少甲高い男の人の声です。家の中へは扉越しでも非常に通りました。


    カチッ


    ギ、ギィィィ


 玄関の鍵が外される音に続き、ゆっくり重い木の扉が少し開き「はい?」とミウが顔を出しました。手にはまだ新しいロウソクの立った小さい受け皿の明かりを持っています。


 その明かりが制服の上からエプロンを付けていることを見せてくれます。きっと帰ってきてすぐ台所に立っていたのでしょう。奥からはいい匂いも漂ってきます。


 しかし、そのロウソクの明かりだけでは、玄関の外に立つ男の人の顔を照らすには不十分でした。雪の光は人の輪郭こそ浮き出させますが、表情は見せてくれません。


「ああ、申し訳ない! 食事中でしたか」


 その男はちょっと興奮気味のようです。


「いえ、まだ……料理中です」


 ミウはそう短く答えました。


「ああ、そうでしたか、大変ですね、いつも」


「……私は今帰ってきたところで、いつもは妹がやっていますので……」


 ミウの声はちょっと不安を含んでいました。それを察して男は慌てて顔を突き出し、ミウの持つロウソクの明かりに照らしました。三十ぐらいの細い、ひげ面の男です。


「私です、覚えて、いますでしょうか?」


「あ、ノリ……おじさん!?」


 ミウの裏がえった大きな声が玄関に響きます。背が高く、体が細く、猫背で、ひげが中途半端に長い、記憶に残る顔、風貌です。少し厚手の服とコートを着ていても体の細さがわかるほどです。


 その男、ノリおじさんは興奮していた自分に気が付いたのでしょうか。大きく息をして、ゆっくり言いました。


「覚えていてくれましたか。ミウさん……ですよね。大きく、綺麗になられました。お母さんに似てらっしゃる」


「はあ、ども」


 確か最後に会ったのが四,五年ほど前、母に連れられて家に来た時です。久々の再会と言えば再会ですが、ミウにとっては母の知り合い以上のなにもでもありません。返事は社交辞令の笑顔と言葉になってしまいました。


「で、ジルさんは?!」


「実は、父はまだ帰っていないんです」


「いつもそんなに遅いんですか?」


「いえ、今日は特別……ときどきあるんです。この時期、隣国の仲間と打ち合わせとか仕事とか雪とか……。いっしょに食事することも多いんですが」


 ミウはちょっと不安気な顔を見せました。


「そうでしたか……」


「なにか、父に急用でしたか?」


「ええ、ソリを出して頂きたいと思いまして……」


 ノリおじさんはミウが寒そうに腕を擦っていることに、その時気が付きました。


「すみません、中、よろしいですか?」


「あ、はい。どうぞ」


 ノリおじさんを中に招き入れ、扉を閉めると、流れていた空気の動きもなくなり、ロウソクの火もまっすぐになりました。


「なにかあったのですか?」


「ええ、実は……。『フリクの家』はご存じですか?」


「はい、孤児施設ですよね。私の母もそこの出身でしたから」


「そうですね。お母さんは、私の姉のような存在でした……」


 ミウはなんとなく思い出しました。このノリおじさんもその施設の出身で母と兄妹のように仲が良かった、と母に聞かされたことを。


「……で、そこがどうかしたんですか? まさか閉鎖、とか」


 ミウは少し乗り出して、ちょっと大きな声を出しました。ノリおじさんは微笑みながら、右手を顔の前で『ちがうちがう』と左右に振りました。


 ミウの大きな声に呼ばれて、奥から顔を出してきたのは、妹のラーセです。きっと料理にひと段落が付いたのでしょう。


「どうしたの? だーれ?」


「あ! やあ、ラーセちゃん」


「あ、ノリ」


 ミウとお揃いの、それでいてちょっと汚れている……いえ、使い込んでいるエプロン姿のラーセが玄関に到着しました。


「ラーセ。あんた、ノリおじさん、知ってんの?」


「うん」


「ラーセちゃんはスクールの課外授業で『フリクの家』に来られましてね。その後も色々手伝って貰っているんですよ」


 ノリおじさんが嬉しそうに言いました。


「ほー」


「えへん」


 ラーセはほんのわずか胸を張ります。


 ミウはその話を聞いて、なにかホッとしました。だれでも余り知らない人には警戒してしまうものです。でも、ノリおじさんはラーセの知り合いです。しかも結構親しいようですから、まずは安心出来るというものです。


「で、ノリ。どうしたのー?」


「ああ、ゆっくりしている場合じゃなかったんです。お母さんが見つかったんですよ」


「おお、おめでとう。あの子?」


 ラーセなりに大きく驚き、少しだけ微笑みました。


「ええ、そうです。さっき事務室に連絡が入りましてね、確定したと。それで、急いでそこに行こうと思いまして。しかし雪ですし、バスなんてとっくにない時間です。明日は休みですからこの辺のバスも動きません。となると、もう、ジルさんにお頼みするしかない、とお願いに来たわけです」


 ぶらっと遊びに来た親戚のおじさん、のようなゆっくりとした会話から、慌てて真面目な真剣な顔になりました。気が付けば手は祈るような格好になっています。


 確かにこの一帯で人の乗れるサイズのソリを持っているのはジルだけなのです。ただ、そのソリは……。


「……でも……」


 ミウが困った顔でそう呟きました。


「ああ、そうかジルさんが帰ってないんでしたね」


「遅くなったから、歩いて帰ってくるかなぁ。でも明日だねぇ」


 場の空気に似合わないラーセのゆっくりとした口調が、ミウとノリに妙な落ち着きを与えてくれました。


「今から隣待ちの人にお願いに行けるかなぁ……明日にするしか無いかなぁ……」


 ノリおじさんは落ち付きながらも次の手を考えているようです。


 ミウも少し考えているようです。そして……


    ポン


 手を叩きました。なにかを思い付いたようです。


 ノリおじさんが玄関の扉に寄り掛かり頭を抱えているところに、こう持ちかけました。


「ノリおじさん! 兄がいますよ」


 ノリおじさんは「え?」と言う表情を浮かべます。ミウは楽しそうに大きくうなずきました。


「うん!」




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