第21話.イブの兄妹
ミウはどれくらいの間眠っていたのでしょうか。
その間、トナカイのアルの声を聞いたような気がしました。鈴の音が聞こえたような気がしました。ゆったりゆれているような気がしました。ふわふわ飛んでいるような気がしました。
夢でしょうか。
「あったかい……」
無意識に出た自分の声でミウは気が付きました。
「あれ? ここは?」
そう思いながらも、目が開きません。まるで糊でくっついているかのようです。手を使ってこじ開けてみようと思うも、なぜか手も動きません。手足はちゃんとついている感覚はあります。でも、なにかに押さえつけられている様で、動かすことが出来ません。
その代わり、と言っていいのでしょうか。非常に暖かく感じます。暖かいですが動けないのです。でも冷たい風が当たっているように感じる顔だけはやっぱり寒く感じます。
「どうなっているの……」
耳も何かに覆われているようで、自分の声が頭に響きます。
意識はすっかり戻りました。しかし、自分がどうなっているのか、ここがどこなのか、さっぱりわかりません。
ミウは今動かせる唯一の顔の筋肉を一生懸命動かしました。変な表情になっていることでしょう。そのお陰で、涙が凍って閉じられていた目をうっすらと開けることが出来ました。
「ははは」
その時、少し遠くで乾いた笑い声が聞こえました。ミウは、その声に思わずバッと両目を見開きました。まぶたがズキッとしました。でも、その痛みはその視界に入ったその後ろ姿を見たとき、吹っ飛びました。
「サ、サンタクロース!?」
「ミウ。おまえは兄とサンタクロースの区別もつかないのか?!」
「お、お兄ちゃん?」
「おう、探したぜえ。アルがおまえを見つけてくれたんだぞ」
ミウは目をぽっかりあけ、口をぽっかりあけたまま、硬直しています。あまりにも驚いたのでしょう。それもそのはず……。
まず、自分が生きていること。そしてトジが目の前にいること。そしてそのトジが父の衣装をぶかぶかながら着ていること。そして――
「飛んでる……」
ミウはソリの下のほうに街の灯火を見ました。真夜中のはずなのにまだまだ明かりがついているところが多いのがよくわかります。
そう、このソリは空を飛んでいるのです。ゆっくりですが、空を進んでいます。
「おい、だいじょうぶか? おい」
ミウは聞こえてはいましたが、返事が出せませんでした。
「おい!」
トジは大きな声を出しながらも前を向いたままでした。きっと後ろを振り向く余裕が無いのでしょう。一瞬チラッと後ろを見るのが精一杯のようです。
「どうなっているの?」
「『どうなっているの』……」
トジはミウのつぶやきと同じ口調で同じ台詞を復唱したあと、強い口調で返事しました。
「……じゃねーよ! まったく。ラーセに聞いてびっくりだ! 本当に行くとは思わなかったぞ。あほかお前は!」
いつも通りのトジのその口調にミウはなにか熱いものを感じました。気がつくと涙が出ていました。両手の動かないミウの涙はそのまま頬を伝い、首元に流れ込んでいきます。
「スンスン……」
「な、なんだ? 泣いているのか、ミウ?」
後ろが見えないトジは慌てています。泣くとは思っていなかったのです。トジのそのあわてた後ろ姿、動きは、同じ格好をした冷静な父と比べると、とても滑稽に感じました。
「ううん。泣いてない、泣いてないよ」
ミウは、そう軽く笑いながら言うとやっと自分の姿を確認しました。毛布でグルグルです。暖かいはずです、動けないはずです。その自分の横にはさっきまで小さいソリとそれに乗せて引っ張っていたプレゼントの入った袋がありました。
ミウは首を大きく左右に振り、頭を覆っていたフードを払いのけました。
「ひゃっ」
冷たい風が、ミウの小さな耳を撫で、一気に温かさを奪っていきました。両手が出せないので、覆うことも出来ません。
「ひーー」
「ちょっと待ってろ」
トナカイのアルに言ったのでしょうか。その言葉の後、ソリはゆっくり減速し、そして空中で止まりました。そして、トジは後ろが見えるように座り直しミウを見ました。
「ははは。ミウ、なんて格好をしているんだ」
「なによ、お兄ちゃんがこうしたんでしょ!」
ちょっと意地悪そうな顔で言うトジに、半分泣きそうな顔でミウがそう返しました。ミウはすごく久しぶりにトジのいつもの顔を見たような気がしました。
「お兄ちゃん……」
涙一杯で嬉しそうな顔をするミウに、一瞬目があったトジですが、すぐに目線を反らしてしまいました。ちょっとトジの顔が赤かったのは寒さのせいでしょうか。そしてこう言いました。
「お、お前、これだけのプレゼント、どうする気だったんだよ」
袋の中身はまだまだあります。
「も、もちろん、できる範囲で配っていこうかと思って……」
でも、ミウが覚えている量よりずいぶん減っています。
「ずいぶん、減っているね……お兄ちゃんが?!」
びっくりしている様子のミウをみて、トジは目線をそらしたまま『コホン』と嘘の咳払いをして、指で上を指します。
ミウは指すほうを見ました。空はまだ真っ暗ですが……
「え?」
その時、見たものはミウにとって信じられないものでした。いえ、おそらく、これを見たことがある人はいないでしょう。
「わあぁぁぁ……」
ミウが見上げたその空には、数十体のソリの姿がありました。この時間にしては明るく、にぎやかな街の光にソリが照らされ、ゆっくりとした大きな流れ星が何本も夜空を流れているようにも見えます。
ミウはふとソリから下を見てみると、この不思議な情景に気がついた多くの人々が今年一番の笑顔で、空を指差し見上げているのがわかりました。一度に複数のソリが飛ぶのは初めてのことでしたから……。
ミウもまた見上げます。
「……すごい……」
びっくりしている時にさらにびっくりしたせいでしょうか、状況が読み込めないせいでしょうか。ミウの表情は驚きと喜びと感動と寒さが入り乱れて、少し引きつった表情にも見えます。
その時、大きな物体がスーッと近づいてきました。
「きゃっ! あー、びっくりした……」
ミウが驚くのは無理ありません。その物体はアルよりもふた周りぐらい大きいトナカイです。それが真正面から向かってきたのですから。
「ほっほっほ。それだけ声が出たら大丈夫のようじゃな」
初めて聞いたその声の主は、その大きなトナカイの引くソリに乗る赤いコートを来ている男です。
「残りのプレゼントはわしらが配っておいた。後は、そこにあるだけじゃ」
「サンタ……」
「お嬢ちゃんもりっぱなサンタクロース、じゃよ」
続いて別のソリもすれ違っていきました。数多くのソリは、皆、ミウたちの近くを通り、空っぽになった袋を振り、そしてゆっくりと真っ暗な空のほうに帰っていきました。
その間、どれくらいだったでしょうか。ミウにとっては非常に長く感じていました。
最後のソリが見えなくなったとき、ミウは、ハッとしました。
「い、今の人たちは? ……み、みんな、手伝ってくれたの?」
「あ、ああ。隣国の同業者さん達さ。な、なんか噂になったらしいからな、どっかの国であほのサンタが歩いてプレゼント配っているって、な……」
「……ありがとう……お兄ちゃん……」
ミウはその噂の源がトジであることになぜか確信があります。うつむき加減に、今にも泣きそうな目をしています。
トジはミウの意外な反応にびっくりしています。
「そ、それにしても、おまえあれだけのプレゼント、どうする気だったんだよ」
トジはいつもらしくない雰囲気を打破しようとまた兄妹喧嘩する時のような、強めの口調で言い放ちました。
「だから、できる範囲で配っていこうかと思っていたの……」
「あのな、渡せるところだけ渡したら、貰えると信じていた子が可愛そうだろ」
その言葉にちょっとムッとした顔でミウがすぐに返します。
「なによ、全然よりはマシでしょ」
ミウのいつもに近い元気な言葉に、トジは軽く微笑み、言葉を続けました。
「……そう、ラーセに言われたぜ」
「え?」
「全然渡せないのも、一部の人しか貰えないのも、だめだってさ」
「ラーセ……が?」
「ああ。あいつ、俺の前に突然現れてさ。なんかいつもボーっとしているけど、いつの間にか、一番しっかりしてたな」
「……お母さん役だもんね」
「だな」
そうゆっくり話していると、空飛ぶトナカイ、アルが身をゆすりました。もちろんソリもゆれます。
「おっと、アル、すまん。ミウ、動けるか?」
「うん」
「よし、じゃ、ミウが枕元係だ」
「ええっ! いいの?」
「しょうがないだろ」
「うん!」
元気な声を発すると同時に包まれていた毛布をバババッと脱ぎました。疲労はもちろん残っていることでしょう。でも不思議なことにミウの体は動くようになっていました。
自由になったミウは、手綱を握るトジの背中に、背中で体当たり!
「痛て! な、なにすんだよ!」
トジは怒りながらも前を見たままです。手が離せません。
ミウはそのまま背中合わせに座りました。
「はい、しゅっぱーつ!」
「へいへい」
お互いの顔は見えませんが、二人ともお互いの表情がなんとなく想像出来ていました。
次回、~イブの兄妹~ 最終話です。
第2部、~ミウの初恋~ に続く予定……予定……(二回言いました^^;)




