第20話.ソリの裏面
「あれ?! 動けない……」
ふと座ってしまったミウは、いつの間にか立ち上がれなくなっていました。でも、不思議なことにゲンコツを作ってみると、十分力が入りました。両足首も動き、両膝とも難なく曲げ伸ばしすることも出来ます。ただ、立ち上がろうとすると、手足が動かなくなります。まるで、手足が拒否するかのように……。
今までは歩き回り、よじ登り、時々温かい部屋にこっそり入っていたので、この格好でも寒いとは思いませんでした。
しかし、座り込んで久しく、かいた汗が冷えて、ミウの体温を奪っていくのが自分でもわかりました。
「やばい?! このままだと、やばいかも?!」
ミウはすこし焦りました。そうは思いながらも、どうしても立ち上がれません。
「朝寝坊もしたよ、昼寝もしたよ……でも、何でこんなに眠くなるんだろう……やばい……」
体温がスッと下がり始めたのを感じてから、眠気にも襲われ始めていました。
ミウは襲ってきた眠気と寒さを凌ぐ為、動かすことが出来る部位を小さく動かし続けました。首は小さく何度も頷くようなしぐさ。両膝は交互に小さく曲げ伸ばし、両腕はまるでダンベルをそれぞれに握りアームカールするように小さく曲げ伸ばしを繰り返し。そして腹筋に力を入れ小さく前屈みになったり緩めたり……。
これだけ動くのに立ち上がろうとすると、やっぱり手足に拒否されます。
「体がいやだって、言っているのかな……」
苦笑いしながら、小さく動き続けます。気が付くと、ミウの体の上にはほんのり雪が積もり始めていました。幸い、足の方はかがり火の明かりが当たっているおかげで積もっていません。
それを見てミウは冷静に思ってしまいました。
「これなら、お父さんの時のように朝には誰かが気が付いてくれるかな」
そう思うと、なぜかどこかホッとしてしまいました。無意識にまぶたを閉じてしまいました。目を閉じると、また、周りの音が鮮明に聞こえるようになりました。ただ不思議と、頭には入ってきません。
「なにやっているんだろう、ミウ……。どう考えても歩いて一人じゃ回れる数じゃないじゃない?」
ミウは自分に対して問いかけをしていました。
「だって、少しでも楽しみにしている子供に届けたかったんだもん」
それに答えるのは自分です。
「空飛ぶトナカイと歩くミウじゃ、何倍も違うでしょ?」
「だって、それでも、少しだけでも……」
「そう思って減らした数さえも回れてないじゃない!」
「い、言わないで……やっぱり無謀だったのかな……」
もちろん声には出ていません。ただ、目を閉じている表情にはそのやり取りが現れていました。
ミウは思わず目を開き空を見上げました。
「ごめんね、まだ行っていない多くの子供たち……、やっぱり、無理みたい……」
無意識に目から涙が溢れました。自分の考えの甘さと申し訳ない気持ちと……。小さく動かし続けていた体も、止まっていました。
「やっぱり無謀だったね、お父さん、お兄ちゃん、ラーセ……、お母さん……」
そう言うと、また目を閉じました。するとなぜか体がどんどん楽になっていきます。耳から入る音もどんどん遠くなっていきます。
ミウは、まるで真っ黒な温かい水の上に漂っているような、なんだがふわふわで気持ちいい感覚になっていました。そして少しずつその水に沈んでいく感覚も……。でも、それがまたなんか気持ちよくて……。
そんなミウの意識を呼び戻したのは、広場にいた見知らぬ若い男の声でした。
「あ! あれ! サンタ? サンタクロースじゃないのか?」
ミウの目はパッと開きました。そんな自分にミウはびっくりしました。
「あー、本当だ! ほら、上、あれ!」
「おー、飛んでいるのを見たの始めてだぜ、俺」
「そうなの? 毎年飛んでいるよ」
「でも、遅く無いか? もうイブは終わっているのに」
「ははは、遅刻?! サンタクロースも遅刻すんだなぁ」
「そっか」
「でも、見れて良かった。やっぱこれ見ないとクリスマスって感じじゃないよなぁ」
広場では皆、空を見上げ指を指し、歓声を上げています。ミウからは広場の人たちは見えませんが、その声だけで十分姿を想像出来ました。
一瞬ミウは『私が見つかったの?』と思いました。しかしミウは普通の格好をしています。父のサンタクロースの衣装はサイズも合いませんし、動き回るにはモコモコすぎます。それに、『上』を『飛んでいる』と言う言葉も聞こえたことを思い出しました。
「え! ま、まさか、お父さん?!」
そう思った瞬間、ミウは自分の体がぴくっと体が動いたような気がしました。
気のせいではありませんでした。いつの間にか手足がついているという感覚が無いですが、不思議なことに立ち上がることが出来ました。しかし立っているという感じはやっぱりありません。浮かんでいる感じです。どこか麻痺しているのでしょう。不思議な感じです。
「お父さん?!」
見上げたミウの目は、大きなかがり火の明かりに照らされた飛ぶソリの裏面をはっきりとらえました。
「まさか……」
それは確かにミウの家にあった大きなソリ……、そしてそれを引くのは、不思議なトナカイ、アル。間違いありません。
ミウは慌ててそのソリのゆっくり進む方にふらつきながら歩き始めました。それは街の広場から離れていく方向です。
「お父さ……ん」
一生懸命歩くミウですが、いつもの歩きかたをしようとするとふわふわ跳ねてしまう感じでなかなか前に進みませんでした。まるで水の中を歩く様にすると何とか前に進むようになりました。非常に不思議な感覚です。
今、大きな声で叫べばソリまで声が届くかもしれません。しかしミウの喉は粗い呼吸で精一杯でした。でも、それでもミウは大きく息を吸い込み、思いっきり声を出そうとしました。
「お、……っ……」
最初の一文字を出しただけ、しかも思った以上に小さな声しか出ませんでした。そしてその一言で、息が詰まりました。
「こほっこほ、うぇっ」
そしてそのままうつぶせに倒れてしまいました。顔から倒れましたが、雪が積もっているため、怪我はなく、痛みもありませんでした。……冷たさも感じませんでした。




