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第19話.ミウのイブ




「さ、さむいーっ!」


 雪が深々と降りしきる空間をかき混ぜるように、風が吹き荒れるようになってきました。


 そんな中をミウは大きな荷物を乗せた小さなソリを引いていました。その風は雪で冷やされミウの着ている上着を突き抜け体の芯を通り抜けるようです。


 風は、時にはミウを押し手伝ってくれます。時には横から吹き、邪魔をしたりしています。きっと同じ風でも、仲が悪いのでしょう。


 雪は、時には美しく舞いミウを励ましてくれます。時には多くの雪の山が道を塞ぎます。きっと同じ雪でも、出身が違うのでしょう。


 ミウは一人でソリを引き、煙突を登り、そしてプレゼントを待つ子供たちに気づかれないように枕元にプレゼントを置き、またソリを引いていく、これを繰り返していました。


「ふぅ。やっぱりもう一人、ソリを引く人が欲しかったなぁ。でも、もう一人いても、プレゼントをこっそり置きに行く係は私がやるって言ったら怒るかな……」


 プレゼントを置く瞬間がやはり楽しいものです。


 ソリを引く作業は単調です。ですので、楽しいことを一生懸命想像します。そのため表情は明るくなります。ただ、体のほうはかなり悲鳴を上げていました。それでも、待ち疲れて眠ってしまった子供の枕元にプレセントを置く瞬間、疲れは飛んでいきます。朝起きたときの子供の顔を想像すると更に疲れはなくなります。




「ふぅ」


 一軒の煙突から出たところでちょっと大きめの溜息です。


 やっぱり気力で体を動かすには限界がありました。楽しい気持ちよりも疲労の方が大きくなってきたのです。


 子供の寝顔を見たときに気力は回復します。しかし煙突を出て、屋根を降りてソリのロープを手にする頃には、回復した分を、使い切ってしまうようになっていました。


「せめて、ソリ引っ張ってくれる人ぐらい……いたらよかったのになあ……」


 ないものねだりをしてしまった時が一番脱力感がありました。


「だめよだめよ。こんなこと考えちゃ!」


 ミウは子供達の寝顔以外にも、いろいろ次々『考え』を試しました。父の容態を心配したり、スクールのことを考えたり、幼い頃のことを思い出したり……。いろいろ試した中、一番気力が出たのは――


「あー、ちっくしょー、トジのやつ―」


 トジ()の悪口でした。


「バーカ、バーカ!」


 しかし、これはつい大きな声が出てしまうので、夜道を行くミウにとってあまり多用できる方法ではありませんでした。でも、家と家の間が広いところでは結構使えます。


「おこりんぼー、ええかっこしー!」




 ミウが家を出てからかなり経ちました。雪の上をソリを引きながら女の子が一人でプレゼントを配る速度は、例年のトナカイのソリで配る速度の数百分の一にもなりませんでした。その上、体力は数百倍消耗していることでしょう。


「腕が痛い、力が入らない……トジのバカー」


 トジ()への悪口も段々効果がなくなってきました。声もかなり小さいです。元々本気で言っている悪口ではなかったのですから、しかたないかも知れません。


「……お兄ちゃん……お父さん……」


 雪もだいぶ強くなってきました。空を見上げると、視界は落ちてくる雪で一杯です。


 何件まわれたでしょうか。出発してからどれくらいたったでしょうか。


 ミウはある中規模の街に入りました。もちろん、ここもクリスマスです。明かりは煌々と灯され、大人の人々が歌い飲んでいます。この街には電気は来ていないようですが、街の中心の広場には大きな組木が四隅に作られ、それが明々と燃えています。また、主要な通りにはかがり火が灯されており、それらによって街全体が暖かい色に照らされ、ほんのり暖かく感じます。


「あったかい……」


 ミウがその街に入った時には既に日付は変わっていました。でも、ミウはそれを確認する思いはありませんでした。考えるのは残りの数です。


「あ、あと、どれいくらい? ……もう……広いなぁ」


 そう言いながらソリに貼ってあるチェックシートに目をやります。既にミウの目は座っていました。発する独り言も感情はなく、棒読みになっています。でも、口元だけはほのかに笑っていました。


 街の中心の広場でクリスマスを祝いはしゃぐ人々を横目に、広場の隅をまだまだ減っていないプレゼントの山を乗せたソリを引きずるミウが歩いていきます。その異様に重い足取りははしゃぐ人々の視界には入らないようです。


 ミウはふと楽しそうにしている人達を見てしまいました。やはり羨ましさを感じてしまいました。しかし『私もちょっとぐらい……』という小さな思いは足に伝わらず、ただただまっすぐ進んでいきます。




 広場を抜けた建物の影でミウは、とうとう座ってしまいました。ミウは座るつもりは無かったのですが、冷たいレンガの壁を背に寄り掛かったところ、そのまますっと足が前に滑ってしまい、お尻が雪の地面にサクッと着いてしまったのです。


「ああ、ここもあったかい……」


 投げ出している足は、建物の影からはみ出ており、巨大なかがり火の明かりが当たっています。足だけがほんのり明るい色に包まれています。実際、そこだけ暖かく感じます。『手も……』と思い伸ばしましたが、明かりにはわずかに届きませんでした。少し体勢を変えれば届きそうですが、腰が上がらなくなっていました。


「あ……。ま、いいや、ちょっと休憩、ここで……ちょっとだけ休憩……」


 ミウは軽く目をつぶりました。そして体中の力を抜きました。


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 大きく息を吐くとミウは体が浮き上がるような不思議な感覚になりました。気が付けば寒さを感じません。足先のかがり火の暖かさも感じません。雪の冷たさも感じません。衣類を着ている感触もなくなっていました。唯一機能している五官は耳だけ、そんな妙な感覚です。


 ミウは小さく息をしながら耳から入る音と言葉で広場でおきている事を想像していました。


「カップルの会話かな。ここで聞いてちゃっていいのかな、ふふ」


 他人の声を聞いて、それに答える心の声は続きます。


「ふーん、もう年明けの話かぁ」


 静かな吐息だけが続いています。


「汽車の運転手さんかな、いいなあ、私も毎日旅してみたいな。え? 毎日同じ道でつまらない、ふふ、そうかも。でも、贅沢ー」


 ミウとしては口角を上げて微笑んでいるつもりかもしれませんが、実際まったく表情は変わっていませんでした。




 やがてミウは気付きました。意識だけははっきりしていますが、体を動かすことができなくなってしまったことを――


「あれ?! 動けない……」






一人芝居が続きます。なんとか22話で、第一部「イブの兄妹」は終われそうです。

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