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第18話.コリン氏とニハロの家




「こんばんは。……どうか、しましたか?」


 無意識にちょっといい感じの青年を演じているトジです。


「いや――」


 その男の格好は、街に遊びに来たようには見えませんでした。くたびれたコートにくたびれた服。耳まで覆う帽子もくたびれているせいでしょうか、顔までもくたびれているように見えてしまっています。帽子が大きいのか顔が小さいのか、少なくともその頬はこけています。この雪の中でその顔を見ると一段と寒く感じました。


「あ、わたくし、コリンというものです。汽車で二つとなりのツールという街に住んでいるものです」


 その男、コリンはちょっと淋しそうな顔でトジに自己紹介してきました。歳は三十ぐらいでしょうか。


「はあ、俺……僕は、トジです。ツールとは逆の方角から来ました」


「そうでしたか、この街の祭は最高ですからね」


 遠くに見える街の中心の明かりを見つめながらそういいました。トジも振り返りその明かりを見つめています。しばらくの沈黙です。雪の降りが少し強くなったでしょうか。


「もう、帰りなさるのかね。街の中心の方から来た様ですが……」


 明かりを見つめるトジにコリンはゆっくり話しかけました。


「え? いえ、帰るわけでは……」


「そうですか……なにやらわけが――」


「コリンさんこそ、なにをされているんですか、こんなところで」


 トジは自分の話題になるのを避けるために、コリンさんの言葉に被るように質問しました。


 そうすると、コリンの顔は右の方をゆっくり向きました。トジもつられてそっちを見ると、闇の中、家があるのがわかりました。わずかに中には明かりが見えます。ふわふわした明かり……。おそらくロウソクの光でしょう。


 しばらく見つめてからコリンはこう言いました。


「私の育った家があるんですよ。『ニハロ』と言う、家庭の都合で育てられなくなった子や貧しい家の子を育てている家なんですが……」


 言い方は違いますが、孤児施設のことでしょう。この国ではかなりの孤児が存在しています。そのため孤児施設はどの街にも一つはあるものです。しかしそれだけでは追い付かず、個人的に子供を預かっている家もあるぐらいです。


 トジは孤児施設と聞いて『フリクの家』を思い出しました。しかし『ニハロ』の建物は『フリクの家』とだいぶ違います。普通の家にみえます。一回り大きくちょっと立派な作りにもみえますが、やっぱり普通の家です。


 その表情から察したのでしょうか。


「ええ、ここは普通の家です。預かっている子も……今は五人です」


「はあ」


「ニハロさんが……あ、この家の出資者です。その方の家が比較的生活に余裕がある方でしたので、私達も生活に不自由することはなかったです」


「金持ちか」


「いえ、それほどでもないはずです。子供たちも出来る限り働いていますよ。……といっても、子供心には遊びの一環、あるいはお手伝いという感じですけどね。もちろん、私の小さい頃もそうだったと思います」


「……普通の家と同じか」


「ええ、普通の子供と同じように生活出来たのも『ニハロ』のおかげですよ」


 そういう会話をしながらゆっくり『ニハロ』の家の目の前に来ました。


「……もう、まち疲れて寝てしまったかな」


とコリンはポツリと言いました。


「で、コリンさんはなにを……」


 そうトジが言うとそれまでちょっと楽しそうに話していたコリンはすーっと静かな顔になりました。


「……ええ、実は、毎年クリスマスには私がプレゼントをもって来ていたんです。ここを卒業後、社会に出て幸いに事業に成功しましてね……。それから毎年プレゼントを持ってきていたんです。大した物じゃないですが……。しかし、年々事業がうまく行かないようになり……今年はとうとう――」


「そこまでしてプレゼントを用意する必要はあるのか?」


 こんどはトジがポツリとそう言いました。


「ええ、この家のサンタクロースは私ですから」


 トジはその言葉にピクッとしました。


「恩返し、と言うのも変ですが、私もこの家にいた時、この家の卒業者から毎年プレゼントを貰っていました。一年に一回のプレゼントですよ。嬉しかったなぁ」


 雪の降る中、中心街の光が降り注ぐ雪に反射し、離れたこの辺も多少明るくしています。


 静かにすると微かに楽団の演奏の音も聞こえています。


「そういえばいつからだったでしょう、クリスマスのプレゼントを貰わなくなったのは。……トジさんはいつまで貰っていたか、覚えていますか?」


 コリンの言葉は急に語りから質問に変わりました。トジはずっと閉じていた唇を内側からゆっくり舌でこじ開けるようになめました。


 そして一度大きく口を開いてから、こう言いました。


「……そうだな、母が死ぬまでかな」


「そうですか……」


「でも、最後はモノじゃなかった……」


「素晴らしいことですね……。私も何かしてあげたい……出来ることは、私はお金で用意したプレゼントぐらいだったんです。……でも、今年はそのお金もない……」


 コリンはそういいながら空を見上げます。


「子供達、がっかりするでしょうね。今年は、この『ニハロ』にもサンタクロースが来てくれるといいのですが……。でも、もっと貧しいところは一杯ありますからねぇ、無理でしょうね」


 コリンの言葉に、トジは『今年はこの辺はどこにも来ない』と言うべきなのか、一瞬考えてしまいました。


「それでは、私はこれで。話しを聞いてくれてありがとうございました」


 そう言って軽く会釈し、中心街とは逆の暗闇に向かい一歩二歩、歩き始めました。


「コリンさん。まてよ、顔出さないのか」


 慌てたトジはいつもの自分の喋りになっていました。


「ええ、何も持っていませんから」


「コリンさん、だけど……」


 そのトジの大きな声に、コリンは口の前に一本指を立てて「シー」としました。しかし、トジの声は『ニハロ』の中にも聞こえていました。家の中からドカドカと言う足音が聞こえてきました。そして玄関が開き、手に手にロウソクをもった子供達が五人出てきました。男の子二人、女の子三人。一人の男の子がノッポ以外、身長はみな似たような感じです。


 最初に飛び出してきた男の子が一瞬トジの顔を照らし、違うことがわかったのでしょう、「あれ?」とがっかりした声をあげました。が、その瞬間他の子が本物のコリンを見つけ、高い声を出しました。


「コリンさん!」


「え、やっぱりコリンさん」


「わーい、コリンさんコリンさん」


 コリンさんのまわりをユラユラした炎が囲みます。


「コリンさん、いらっしゃい」


 コリンは苦笑いしながら、両手を広げ制します。


「ご、ごめんよ、プレゼントないんだ。だから……」


 コリンはみんなの落胆の顔を見ないようにでしょう。目を細め、誰もいないほうを見ながらそう言いました。しかしみんなの反応はコリンの予想とは全然違うものでした。


「いいよー、今年は僕たちが用意したんだ!」


「入って入って」


「せんせー、来たよコリンさん」


 コリンは子供に押されて玄関に向かってきます。トジの直ぐ脇を通っていきます。


「はは。今になってプレゼントが、子供たちがプレゼントをくれるなんて……」


 その声は擦れ違うトジに向けられていました。トジは静かにうなずきました。




 トジはしばらくその家の前でこっそり中を見ていました。小さい窓から見えたのは手作りの飾り付けされた壁……絵。そして手作りの人形劇が開演するようです。これら、あの男のために作っていたのでしょう。きっとそうなのでしょう。


 その子達が待っていたのは、プレゼントではありませんでした。




 ここの雪の下にはなにがあるのでしょうか。少し歩くと、大きくなにもない平らな雪原が広がっているところがありました。


「サンタクロースはどこにでもいるな……」


 おそらく池の凍った上に出来た雪原しょう。その真ん中辺りで、トジは上を向き、降りしきる雪の中にいました。


「でも、いない子だっている。そのための俺の家系……なのか」


 しかし、トジには『なぜ俺が』の答えは出せませんでした。




 でも、どちらにしても、もう遅いです。今日という日は後数時間で終わってしまうのですから……。雪はどんどん強くなり、トジの体を飲み込んで行きました。




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