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第16話.ミウの出発




 今夜は電気の通っているステーションの周りや大きな街ではきっと多くの人で賑わうことでしょう。いえ、今夜だけでなく、きっと明日の朝まで賑わうことでしょう。気の早い電飾は、まだ日のあるうちから光り始めているようです。




 ぼちぼち日が暮れ始めた頃、トナカイのアルの小屋の近くでランプの光が(とも)りました。


「よいしょ」


    ドスン


「あ! いけない。下の方のプレゼント、壊れなかったかな」


「ブフフフ」


 アルの小屋の扉の上だけ開けてあり、そこからアルが顔を出しています。夕食を貰って、そのまま、ミウの話し相手をしています。


「うん、大丈夫みたい」


「フンフンフン」


 そう頷くアルの小屋の前ではミウがソリの準備をしていました。


 ミウは、淡い赤が基調のちょっと味気のない服装です。風を通さないように加工された布で作られている、ちょっとお値段の高い、例の服です。その下に、室内で着ている動きやすい服と吸汗性の高い肌着を着ています。


 トレーニング中もこの格好を試していました。動きやすく、温かく、いい感じです。




 ミウが二度寝する時、ちょっとだけ願ったことは叶いませんでした。


「ま、無理だと思っていたからねぇ」


 夕方起きた時、やっぱり誰もいませんでした。ラーセが一回帰って来た形跡はありました。アルのご飯が用意されていましたから。


 でも、今は、一人です。一人で用意しているソリは、いつかトジやノリおじさんと乗ったソリではなく、予定通り、小さいソリのほうです。これに白い大きな袋を二つだけ乗せます。


「ブブブ」


 アルはそう鼻を鳴らして首を左右に振ります。


「え? このソリだからこれ以上無理なのよ。そんなことを言うならアルが引っ張ってよぉ」


 ミウはちょっと離れてアルを指差しながら、ちょっとわざとらしく怒ったように言いました。ここ数日の間、何度か挑戦したのですが、結局アルは一度もミウの言うことを聞いてくれませんでした。今もミウの上腕にはアルの歯形が数個付いています。後頭部には角で叩かれたタンコブが残っています。


「ほんと、お父さんの言う通り、男の人の言うことしか聞かないね、アルは。痛かったよ、これとこれ~」


 小屋から顔を出しているアルにそう言っても、全然謝ってくれません。


「ブフフフフ」


「ふふ」


 近寄ると大きく恐く見えますが、こう離れて仕草を見ている分には、可愛いものです、アルも。


 アルと会話をしながらも手は動かし続けていました。日が完全に落ちた頃、小さいなソリへ荷物の固定が完了し、これで準備終了です。


 完了と同時に気合いを入れて、手袋をはめながら、こう独り言――


「今年()……私が、やってやろうじゃないの!」


 トナカイのアルは言うことを聞きません。ですから、小さなソリを自分の手で引いていくしかないのです。しかし、アルを使わないということは行ける距離も回れる数もかなり制限されてしまいます。


「ふう」


 もちろんそれはミウにも分かっていることでした。


「じゃあね、アル。今年()お留守番、ね」


 その言葉にアルは首をかしげ、小屋の扉を閉じるミウを不思議そうな目で見ていました。




 既に日が沈み、空には、真っ黒が広がり……いえ、いつの間にか灰色が広がっていました。雲です。雪を降らす雲でしょうか。非常に低い位置に浮かんでいるように見えました。


 その雲に追い出されたのでしょうか。雲間にも月や星は全然見えません。多少の風で木々に積もった雪がパラパラと落ちてきますが、『小雪の妖精』は現れてくれませんでした。


「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ」


 ソリ自体の重さはそれほどでもありませんが、荷物を乗せ、雪の上を引きずっていくとあっと言う間に息が上がってしまいそうです。裏から家の前、玄関のところに持ってくるだけで、正直疲れました。


「で、でも、この先は一応『道』を通るわけだから、大丈夫よね」


 ミウはソリを家の表に置き、一度家に入りました。家の中は、非常に静かです。玄関の扉を背に暖炉の光でぼんやり明るいリビングを見つめます。耳をすませば、暖炉の薪のパチッという音が聞こえるでしょうか。


 父は入院したままです。あの日、ミウに『やれるところまでやってみなさい』と言ってくれました。でも、本当にやると思っていたのでしょうか!?


 ラーセは父の世話を頑張ってくれています。時々家のこともしてくれています。もちろん、ミウは今日のことを言っていません。今は、きっと父の入院している病院にいます。


 そして兄のトジ……。最近、姿をほとんど見ていません。すれ違いばかりです。今はどこにいるのか、何をしているのか――


「誰も責めないのに……って、一番、責めていたのは私か……」


 ちょっとクスッと笑ってしまいました。




「待っているわけにはいかないよ。百分の一でも、千分の一でも……出来るところまでやるしかないじゃない!」


 そう誰もない家の中に向かって叫びました。その勢いで玄関を飛び出し、ソリのロープを持ち、出発しました。


 もちろんミウのその足の速度しか出ていません。格好も普通です。


「何か普通の郵便屋さんみたい」


 ミウはちょっと苦笑い。そしていつもよりも独り言を多く言いながら、日の暮れた雪の中をゆっくり一歩一歩、歩いていきました。




 ――今日はクリスマス・イブ――




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