第9話:エルフ
エリシアとの同居。
特に反対する理由もないので受け容れる。
畑の作物は、俺ひとりで消費し尽くすには多すぎる。
2人でも充分余るが、無駄にしないことに越したことはない。
テントに招き入れて、彼女が何者かを話してもらった。
「エルフなのか?」
「そうよ、知らないの?」
ぴこぴこぴこ、と彼女は耳を動かして、それをつまんだ。
「この耳だけで普通は気が付くと思うんだけども」
「エルフはゲームの中だけだと思ってたんで……」
「ゲームって何?」
彼女は顔を近づけた。
いちいち距離が近い。
それが彼女の性分なのだろうか。
エリシアの外見は高校生ぐらい。
頑張って大学生にも見えなくもないといったところか。
エルフは長命だというのが定番なので、恐らく外見通りの年齢ではないのだろうが。
彼女はテントの中に置いてある荷物を見ると「あーーーーーーーーッ!」と大きな声を出した。
「あたしの荷物! なくなってたと思ったらこんなところに! なにあなた、泥棒さんなの?」
「泥棒とは失敬な。屍体のそばにあったから、役に立たせてもらおうと持ち帰っただけだ」
「そういうのを泥棒と言うのよ? 屍体というのが何のことかは分からないけど」
白骨を見つけた時に回収した荷物。
その中に彼女の持ち物があったらしい。
特にフラスコやピペットは彼女のオーダーメイドなので、間違える筈はないのだという。
「そこのナイフも、あたしのマークがついてるしね」
彼女が指差すと、確かに柄にマークがついていた。
嘘をつくメリットはないので、確かに彼女のものなのだろう。
「まあいいわ。泥棒が持ち去って、どこかに棄てて、それをあなたが拾ったのかもしれないしね。あなた正直そうだもんね。とりあえず、こんなところで何してんの?」
「見た通り、農業と狩りだな。こんなところで、と言われりゃ、あまり詳しいことは言えないんだが」
「ふーん、秘密主義ねえ。怪しい、けど、聞かないことにしてあげるわ。誰にも言いたくないことはあるもの。喋りたくなったらあなたの方から喋るだろうし」
ありがたい。
ただ、こっちは秘密にしていても、向こうのことは気になる。
会話のできる異世界人との初邂逅だ。
この世界はどんな仕組みで動いて、ここはどこで、この森はどのくらいの規模で、彼女は何者で、いったいどういう経緯でこんな深山幽谷に迷い込んできたのか。
それを聞くだけでも世界把握のヒントになる気がした。
尋ねると。
「あんまり言いたくないんだけど、特別に教えてあげる。あたし、女王候補だったのよ」
まさかまさかのお姫様。
「ただ、数年前に人間に国を滅ぼされてね。王族はことごとく追い散らされたわ。この世界、亜人にはキツい扱いしかしないから、あたしもお供とともに一緒に逃げたんだけど、この森の近くで人間に襲われて、全員死んだの。生き残ったのは、あたしだけ。なおも執拗に追いかけてくるから、この森に入らざるを得なかったわ」
彼女によると、この森は「アインの森」という名前らしい。
志○けん?
まさか、そんなことはないだろう、と思いつつ、もう一つの可能性に思いを馳せた。
「で、追っ手を撒いてから、食糧がなくなって、追い散らされた時の怪我が悪化して、動けなくなって……気が付いたら土をかぶせられていたの。荷物がなくなってたのに気が付いて、ただそこに凄いオーラの跡があって、それが森の中に続いてたから、辿っていったら、この広場だったの。お腹が凄く空いてたから、助かったわ」
土をかぶせられていた?
まさか……なあ。
俺は頭を振ってイヤな予感を払拭する。
「ところで、ここ広いけど、あなたが整地したの?」
「ああ」
「こんな広い場所を?」
エリシアは興味津々だ。
「この森に入って長いこと放浪してたけど、こんな場所はなかった筈よ。あなた、只者ではないわね」
只者ではないどころか、救世主で巨人で転生者です。
そんなことを考えつつ、いつまでも秘密にしておいた方がいいんだろうなあ、とぼんやり思いながら、彼女だけでなく、総ての訪問者についても、同じく秘密主義を貫いた方がいいんだろうなあ、と考えた。
トラブルは少ない方がいい。
どちらにしても、今は何を言っても信用されるとは思えない。
あまりに荒唐無稽すぎるからだ。
見た目はただの人間なのだし。
「あと、農作物見たんだけど、何というか……神殿で育ててるような感じ? とにかく、オーラが凄いのよ。あなたにも興味があったんだけど、思わず畑の方も見てしまったわ。普通の畑じゃないわね」
そう言えば魔気やオーラを見られると言っていた。
ということは、彼女は魔法使いか何かなのだろう。
尋ねてみた。
「魔法は……まあ、ちょっとは使えるかな。四属魔法や八属魔法以外に、補助魔法や治癒魔法も一応使えるわね。あと、薬や咒符に関してもちょっとは詳しいかな」
俺は知っている。この「ちょっと使える」「ちょっと詳しい」は達人の自認なのだと。
ただ、言葉の通り、本当に「ちょっと」の可能性も否定はできないので、頷くだけにしておいた。
彼女は元王女だが、本職は「魔法薬師」らしい。
通常の治療薬や試薬などの他に、「魔法薬」という、魔法効果のある薬を作れるのだという。
たとえば爆発する薬。
たとえば雷撃をもたらす薬。
たとえば雨を降らす薬。
たとえば治癒効果をもたらす薬。
爆発する薬、というと、やはり火薬のようなものなのだろうか。
その辺を尋ねてみた。
「火薬とは違うわよ。火薬は科学、こっちは魔法。分かりやすく言うと、火薬だと湿気ると燃焼しないでしょ。あと火付けや圧力が必要。魔法薬は、投げて当てるだけで効果を発揮するの。威力や効果も調整できるわ。それこそ、花火のような奴から、山が崩れるような大爆発のものをね。もちろん、あなたも投げるだけで使えるわ」
それは便利だ、と思うと同時に、恐ろしいな、と思った。
魔法のセンスがなくても使える爆発薬というのは危険だ。
ただ、幸いというか、こと悪しくというか、今はその魔法薬が作れないのだという。
材料もそうだが、製薬施設がない、試薬がない、媒体がない、道具が足りない。
今の持ち物だけではせいぜいが簡単な治療薬しか作れないとのこと。
それも、森の内と外では植生が違うので、彼女もいちいち効果を確かめざるを得ず、治療薬作りにはかなり苦労したそうだ。
せいぜいが、怪我の化膿を遅らせる程度の「治療薬もどき」しか作れなかったという。
それで、脚についた傷の化膿を何とか止めつつ、森の中を彷徨っていたが、とうとう腐り落ちて動けなくなり、その後の記憶がないのだという。
その脚は今は完治している。
傷の跡もない。
彼女はスカートをまくってスタイルの良い脚を見せた。
白い肌が目の毒だ。
「不思議ねえ。あんなに腐って臭いも酷かったのに、今は痛みも何もないんだから。奇跡でも起こったのかしら?」
奇跡、という言葉に、どき、としたが。
「まあいいわ。これから世話になるからよろしくね、旦那様♪」
旦那様?
その意味するところは。
あまり深く考えない方がいいのかもしれない。
彼女はいろんな意味でマイペースっぽいので。
彼女がぴたり、と俺に身体を預けて、意味深な笑みを浮かべた。




