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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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第7話:スライム

 普段、俺は探索に出ている。

 もしかしたら、今までの探索範囲になかっただけで、もっと遠くへ行けば人里があるかもしれなかったからだ。

 ナイフでマーキングしながら、迷わないように彷徨っている。

 状況が分かりにくい場合は木を倒して目印にする。

 キック一発で木が倒れるのは便利だ。


 しかし、探索範囲を1時間、もう1時間と拡げても、村人どころか人の痕跡すら見つからない。

 このまま他の文明に逢えず、ただただ森の中で畑を作って狩りをしながら暮らすだけになるのだろうか。


 そんなことを考えてると、ある日、西の方に人骨を見つけた。

 服も靴も荷物袋もほころびが目立つが、まだ朽ちてはいない。

 骨は獣に食べられたのか、あちこちに散らばっている。

 頭蓋骨は真新しいので、死んだのは長くてここ数年、短くてここ数か月といったところだろうか。


 遺された服は女性っぽいので、この屍体は女性なのか。

 彼女はいったいどうやってここに来て、死んだのだろう。

 同時に、人が来ても、あっさり遭難する場所と分かって、少し悲しくなった。


 この森はどのくらい広いのだろう。


 ともあれ、彼女の骨は埋めることにした。

 散らばったものを丹念に拾い集め、片付けて、まとめて土に埋める。

 衣服はここに置いておいた方がいいだろうか。

 俺が持っていっても使いどころがないので、墓の中に一緒に埋めておいた方がいいような気がする。


 結局、一緒に埋めた。

 冥福を祈るために手を合わせて拝む。


 荷物は役に立たせてもらおう。

 布テントや着替えなどの他に、大型のナイフやコップ、ガラス製のフラスコやピペットなどがあった。

 ガラスの材質は分厚い上に色がついているので、文明度的にはそれほどでもない。


 ただ、彼女の職業は気になった。

 薬剤師か研究者なのかその両方なのか。


 とりあえず役に立ちそうにないものも含めて、全部持っていくことにした。

 荷物は役立たせてこそ供養になる。

 道具は少しずつ揃えているが、「本物」があれば安心する。

 ナイフは少し大きめなので、小物作りよりかは、武器や手斧ちょうな代わりとして役立ちそうだ。


 帰ってみると驚いた。

 池の一つが何者かであふれている。


 その何者かはつるつるして、ぷにぷにして、モチのような形をしていた。

 半透明の身体が太陽光を反射してピカピカと光っている。

 体内には目玉のようなコアが存在していて、せわしなく動いている。


 俺は記憶の中にあるファンタジー知識を総動員して、その正体を探った。


「スライムか?」


 スライム。

 ファンタジー世界では最も基本的なモンスターの一つ。

 この世界で基本的、標準的なのかは分からない。


 ファンタジーには怖いスライムと怖くないスライムがいて、怖いスライムは洞窟やダンジョンの上の方に棲息していて、獲物が通りがかるといきなり落ちてきて、犠牲者を溶かして食う。

 怖くないスライムは野山を行き来して、動物の死骸や落ち葉などを食べて過ごす。

 ということは、このスライムは怖くないタイプだろうか。


 敵である可能性も完全には棄てきれないので、慎重に近付いた。


 彼らは水場からひたすら水を飲んでいた。

 池の一つが数十匹の色とりどりのスライムで埋まっていた。

 青、赤、緑色、水色、黄色、紫色、黒、白、ピンク色、オレンジ色、えんじ色、もろもろの色で彩られている。

 大きさは小さなもので10センチあまり、大きなものでも50センチは超えない。


 俺が近付いても彼らは逃げなかった。

 こっちにちらっと目線(?)をよこしただけで、特段気にする風でもなく、警戒する風でもなく、ひたすら水を飲んでいる。

 『奇跡』の湧水なので乾く心配はないが、こう数が多いと一つの池だけでは足りないような気もする。


 ちなみに飲んでいる池は俺が身体を洗う時に使っている池で、飲み水に使ってる方は誰も寄っていない。

 汚れを好むのだろうか。

 まあ、仮に飲み水を飲まれても、新たな池を作るだけだが。


 眺めていると、ちょっと異形な彼らでも、可愛く見えてくる。

 触ってみたくもあるが、手を溶かされては困るので、眺めるだけにした。


 ふと、満足したと思しき何匹かのスライムがこっちへ寄ってきて、ぺこり、と頭(?)を下げた。


「我々に水を与えてくれてありがとう」


 そう言っているようにも見えた。


 思えば、この辺に水場はない。

 探索範囲を往復6時間に延ばしても見つからなかったので、少なくともその範囲にまとまった水がないことは明らかだった。


 彼らはどうして生きてきたのだろう。

 朝露のようなものを舐め舐め、必死に生きてきたのかもしれなかった。

 そう考えると、急に愛着が湧いてきた。


「別にいいよ、水場なら他にいくらでも作れるしさ」


 そう言うが迅いか、森の奧からさらにわーーーーーーーーーーッと大量のスライムが押し寄せた。

 最初にいた群れも含めて100匹以上はいそうだ。

 その100匹以上が嬉しそうにひたすら水を飲んでいる。

 そして、満足したと思しき何匹かが、懐くかのようにこちらへじりじりと寄ってきた。

 敵意はない。


 ふと、ティンと来て、帰りに狩ってきた角牙ウサギを解体し、その内臓を与えてみた。

 すると、大勢のスライムが寄ってきて、あっという間に溶かして食った。


 やはり、ここでもスライムは不要物を食うのだ。

 頭を切り取ってやると、その頭も骨ごと食い尽くした。

 ここのスライムは消化力が高いのかもしれない。


 ただ、体内の光る石だけは器用に残す。

 予想通り、この石は食べられるものではなさそうだ。


 ゴミを食ってもらえるなら、今までのように遠くに投げ棄てる必要がないので、便利だ。


 肉も与えてみたが、こっちはあんまり食いつきが良くなかった。

 腱や手足は食うが、胴体の可食部にはあまり手を付けなかった。

 あくまでも人間の不食部分を好むのかもしれない。


 野菜や果物の食べさしには積極的に食いついた。

 食い尽くした個体が「もうないの?」「もっとないの?」とばかりに、こちらをチラチラと見ている。


 トイレを見つけると、何匹かが入っていった。

 後をついていくと、そのまま便器にスルリと入った。

 処理穴を開けると、彼らは嬉しそうに俺の排泄物を食っていた。

 刺激臭もしないので、彼らは臭いも食うのかもしれない。


 飼うか。

 あるいはギブアンドテイクと言うべきか。

 こっちはゴミや排泄物を出す。

 向こうはそれらを食う。

 役割分担、共存共栄。

 少なくとも一緒に暮らしていて損はなさそうだ。


 便利なことに、彼らは血抜きの手伝いもしてくれた。

 噴き出した血を見るや、えんじ色の個体が近付いて、噴き出し口にぴったりくっついた。

 どんどん体色が濃くなる。

 特定の色だけがくっついており、他の色のはくっつかない。

 色によって好みが違うのかもしれない。


 吸血スライムと呼べばいいのかな、と思ったが、彼らは血の噴き出していない未処理の死骸には近付かない。

 あくまでもこっちが切り裂いて血を噴き出させたものだけにくっつく。

 牙も持っていないし、「吸血スライム」よりかは「血抜きスライム」の呼び名の方がしっくりきそうだ。


 青は水を好み、緑色はゴミを好む。

 白は魔法を使う。欠損個体が近付いては彼らに治してもらっている。

 黒は非常に硬く、時々がつん、がつん、と木にぶつかっては大きな音を立てている。

 やはり色ごとに特性や役割が違うのかもしれない。


 ふと思い出したが、ここに来て20日あまりになるが、まだ怪我や病気をしてないことに気が付いた。

 『奇跡』のお蔭なのかもしれないが、それ以上に神様の祝福が影響しているように思える。

 なので、魔法が役立ちそう、とか、魔法があったらいいなあ、というケースがあまりない。


 ただ、今後は分からない。

 風邪を引くかもしれないし、怪我をするかもしれない。

 今までそうならなかっただけで、今後もそうならない保証はない。

 一応可能性は念頭に置いておいた方がいいだろう。

 総ての可能性は起こりうる。

 これは生活の第一ルールだ。


 そうなると、欲しいのはやはり同居人。

 特に怪我や病気を治してくれる人。

 そういうのがいると、生活のQOLが上がってくる。


「メシも水もここにあるから、誰か立ち寄ってくれないかなあ」


 俺はそんなことを考えつつ、スライムたちがぽよぽよと撥ねる姿をしばらく眺めていた。


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