第58話:シャル姉 その2
「つまり、本気で戦ってみたかったと」
気絶から醒めた娘に対して、俺はもう一度ため息をついて、呆れたように言った。
娘は依然としてガンガンと頭に激痛が奔ってるようで、エリシアがその治療をしているが、それを受けたままこくりこくりと頷いている。
流石に俺を再び怒らせるような真似はしたくないようだ。
俺の質問に躊躇することなく答え続けている。
「すいません。おじさまがいる場所なら本気で攻めても大丈夫かなーって」
「噂はいろんなところから聞いてましたし」
「人生一度、本気を出してみたくって」
「でも、同族と殺し合いはしたくなくって」
「この村なら何かあっても、たぶん耐えきるかなーって」
「何千年かの鬱憤が一気に晴れました」
「今もむっちゃ痛いけど」
頭痛に顔を歪めながらだが、娘はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
シャルガノン。
通称シャル。
「次の神龍」の1人であり、「8人目の神龍」とも言われている存在。
クライルヴァードの従姉妹であり、クラッヘの叔母でもある存在。
従姉妹なのにクライルヴァードが「おじさま」なのは、たぶん年の差なのだろう。
叔母姪の間柄なのにクラッヘに「シャル姉」と呼ばせていることからも分かる。
銀色の髪に銀色の瞳、シュッとした美しい顔、すらっとした体格、豊満な胸。
全身は銀色のドレス状の服。
人間としての外見は20代前半といったところだが、恐らくは数千年の超長寿組。
クラッヘによれば彼女の通称は「銀狂龍」。
各地で大暴れしてはしばしば集落を、国を灰燼に帰す、極めつけの暴れん坊らしい。
最近も大暴れしては、いくつか国を滅ぼした。
ただ、本気でやったのは今回が初めてだとのこと。
城さえも砦さえも、一瞬でブレスで崩壊させる彼女が、一度「本気」で暴れてみたくって、俺の村へやってきて大暴れしてみたのだが、ほとんどダメージが入らずに、ついつい嬉しくなってヒートアップして、その後の記憶があんまりない、というのが実情らしい。
なるほど、「狂龍」だなあ。
そして特徴的な銀色の姿。
「銀狂龍」と呼ばれるのもむべなるかな。
今までグレートワイバーンも含めてフレンドリーな龍種しか目にしていなかったので、改めてこの世界の龍が恐れられて恐怖の、畏怖の、崇敬の対象なのが今回で判然とした形だ。
あれほど大暴れしてブレスを吐きまくったわけで、俺が本気で対抗しなければ危なかった。
あと守護神像。
そっちの活躍も凄かった。
「この世界の龍ってのはこんなもんなのか?」
俺はクラッヘに訊いてみた。
「まあ、シャル姉ほど極端なのはあんまりいないが、割と理性的な龍でも暴れることはあるな。龍の力を、存在を侮って増長した国をたまに滅ぼしたりする。シャル姉はそんなことがなくても気まぐれに滅ぼすがな。っつか、定期的に脅威を与えないと人間たちはすぐ侮るからな。勝手に竜仔、竜姫、竜王を名乗ったりするとかな。あと、ドラゴンは強さの象徴だから、強いと誤認した国はすーぐドラゴンの国を名乗るんだ。○○竜国、とか」
「広い国だと帝国を名乗るようなもんかな」
「それの緩いバージョンが竜国という奴だ。今でも100以上の連中が竜国、竜伯を名乗ったりしてる。粛々と龍を崇めるケースもあるが、だいたいは俺らを舐めてる。俺らが普段は山にしかいないのをいいことに、基本奴らは龍だの竜だのを人間的な強さに当てはめようとするんだわ」
「なるほど」
「大○○国」みたいなポジションなのがこの世界の「○○竜国」なのだろう。
そしてそれが無数にあると。
龍を素直に崇めれば問題はないが、だいたいは己を龍だ竜だと見なして、強国の意味で竜国を名乗るのだろう。
ドラゴンとしては自分たちの名前を勝手に名乗られては沽券に関わる筈だ。
ゆえに龍たちの威信をかけて、時々そういった竜国を滅ぼす。
脅威にはならなくても、迂闊に名乗るところを無作為に滅ぼす。
ひたすら同じことの繰り返し。
どこかの竜国が滅べば別の国が改めて竜国を名乗る。
それもまた度が過ぎれば滅ぼされる。
そうした堂々巡りを繰り返しているのが今なのだろう。
それにしても、この村で暴れるというのはどういう了見なのだろう。
恐らくは欲求不満。
本気を出さずに、出せずに呆気なく滅ぶ国を見て、物足りなさを感じたと。
そこで、「おじさま」から、あるいは他の龍から聞いてる村にターゲットを変更して、いっちょ暴れてみようかと。
暴れて潰れればそれまでの場所。
本気で暴れても潰れないなら、今後もやって来ていちいち暴れようとしたのだろう。
最初ならうっかりでやり過ごすことができる。
最悪、クラッヘやクライルヴァードに止められるだけで済む。
そのクラッヘやクライルヴァードが「本気で」抵抗することは考えなかったんだろうか。
考えなかったんだろうなあ。
その辺抜けてそうだし。
誤算は俺がいたことだと。
すぐさまクライルヴァードが飛んできて、半日ほど彼女を詰めた。
部屋から出てきた時には、彼女は本気で凹んでいた。
相当に怒られたらしい。
次は本気で殺すぞ、と脅されたのかもしれない。
神龍は死なないが、彼女はそのまだ「手前」らしいので、「本職」にやられるとギリギリ死ぬのかもだ。
そしてクライルヴァードの命令で、この村に奉仕する役割を与えられた。
どちらにしても俺の握りつぶしたこめかみがすぐに治らないようなので、治療を施す意味でも長らく滞在しなければならなかった。
神龍系統の住民が2人に増えた。
どちらも神龍「未満」ではあるが。
問題は彼女にどんな仕事をさせるかだ。
クラッヘはエリシアのサポートをしているが、彼女と同じ仕事をさせるべきか。
そのシャルが守護神像の前で倒れていた。
いや、これは前に見た姿。
祈っている。
五体投地。
全身を泥まみれにして、ひたすら称賛の祈りを捧げている。
ぶつぶつと何かの祝詞がうつ伏せの下から聴こえる。
結果、守護神像の掃除と毎日の祈りが彼女の主な仕事になった。
ついでに周辺地域、取引のある村々を回ってもらう。
御用聞きであると同時に、輸送も引き受けてもらう。
神龍系統ではクラッヘよりも高速で飛べるらしいので、そういう役割になった。
村々の方が神龍の登場におののいていたが、シャル自身が割と喜んで引き受けたので、反対はしない。
かなりスッキリした顔で各地を回っている。
数千年分の鬱憤が晴れたというのは嘘ではなかったらしい。
今回ので毒気が抜けたのであれば、結果オーライかもしれない。
そうそう、彼女の呼び方であるが、今後は「シャル」で統一することにした。
フルネームはシャルガノンだが、その呼び方はいかつくてあまり好きではないとのこと。
まだ「シャル」の方がしっくり来るらしい。
村人にも「シャルさん」「シャル様」と呼ばせることとなった。
いずれは「シャル姉」と呼ぶ村人も出てくるかもしれない。
彼女は他の住民の例にたがわず、この村の料理に、酒に感動していた。
「この村を攻めるような者あらば、このシャルが相手してやる!」と息巻いている。
別に彼女がいなくてもクライルヴァードやクラッヘがいるのだが。
そもそも彼女自身がこの村を攻めた者なのだが。
神龍関係者が3人に増えたことで、他から攻められる脅威が小さくなったと思えば、悪いことでもないのかもしれない。
神龍関係者と言えば、クラッヘによれば、自動的にその3人の下にいた真龍、大龍たちがすでに村の影響下に入っているらしい。
この村に来ることはないが、すでに数百匹がこの村を認知し、他の龍に攻めることなかれと言い含め、遠巻きに監視し、竜たちの行動を抑制しているようだ。
竜たちが来ないのはそのせいか。
竜の同輩のようなグレートワイバーンも100匹単位で出入りしてるしな。
少々過剰戦力のような気もする。
まあ、『七凶』のすでに5種が出入りし、ボウショクヤケイのような暴れん坊が村に世話になってて、『七凶並み』と称される有翼族が集落ごと引っ越してきたわけで、今さらの話なのかもしれない。
敵は少ない方がいいし。
そしてシャルの直後に、また新しい種族がやって来た。
上半身は人の形、下半身は蜘蛛と、エルダーアラクネに似ているが、人間部分が少々怪しいというか、どちらかと言えば「変化し尽くしていないスライム」のような感じがある。
顔がのっぺりして、眼が複眼で、鼻と口が曖昧で、「髪の生えたスライム」のような上半身に、間違いなく蜘蛛の下半身。
「エルダーではないアラクネですね」
ハイエルフのサラチが教えてくれた。
なるほど、これが普通のアラクネか。
確かに「半人」というよりかは「虫」に近いっぽい。
ちなみにエルダーアラクネとは、アラクネとは名前がつくが、完全に別種らしい。
エルダーアラクネはどちらかと言えば亜人系であり、こちらのアラクネは虫系。
むしろ大蜘蛛に近い系統のようだ。
そのアラクネが100匹単位でやってきた。
……この場合は「匹」でいいんだろうか。
「シャル様がいらっしゃってるということで、そのお世話のために参りました」
代表者がそう告げた。
なるほど、シャルの麾下か。
アラクネ――エルダーアラクネとは区別をつけるため、今後は「ノーマルアラクネ」と呼ぶが、この森には無数の部族がおり、有力者の麾下につくことで庇護を受ける者がいる。
今回来たノーマルアラクネはシャルの麾下に入っている部族の出身であり、アラクネ種の中でも有力らしい。
部族にも個人にも名前はついておらず、ただ「長」や「リーダー」などと呼ばれる存在がいる。
その辺も大蜘蛛に似ている。
入村することに否はないが、名前がないと不便なので、今回の部族には「アラコ族」、そしてそのリーダーには「アラコ1号」を名乗ってもらうことになった。
以後序列に従って「2号」「3号」「4号」と続く。
細かく算えたら103匹いたので「103号」までいることになる。
非人間的な扱いだが、そもそも彼女たちに名前はついてなかったし、外見も非常によく似ているので、たぶん問題はないだろう。
そのように告げたら非常に喜んでいたし、ネームプレートを与えたら身体の一番目立つところに掲げていたし。
……ヒエラルキーが逆転した時のことに思い至ったが、気にしないことにする。
そこまで考えているとキリがない。
どうせ細かい名付けも区分も無理なのだ。
ならば簡素なルールでいいではないか。
シャルの世話というが、そもそもが彼女があまり身の回りの世話を必要としないタイプなので、どちらかと言えば「兵士」的な役割なのかもしれない。
実際、彼女たちの主な仕事は「戦闘」と「シャルの周りの細々した家事」の二極に分かれるようだ。
家事も狩りも哨戒もすでに過剰なレベルで存在しているので、彼女たちには改めて「探索」の役割を得てもらうことになった。
すでにこの村に来ているハイドワーフたちの他にどれほどの村々があるか。
既知の種族以外に、この村から徒歩圏内にどれほどの種族・部族がいるか。
そして、彼らは「橋の村」と交流する気はあるかないか、などをいちいち調べてもらう。
ちなみに交流については無理強いしないことにしている。
こっちに背を向けて暮らしているなら、その邪魔をしたくない。
こっちもマイペースで暮らしているのだ。
影響下の村々と敵対しているなら別だが、そうでないならあえてトラブルの種を増やす必要もない。
ノーマルアラクネにもそう言い含めた。
「敵対の意思あらば宥和につとめること、交流の意思なかりせば放置しておくこと」
あえて付け加えるとしたら、場所と規模の把握だけ。
後は敵対的か、宥和的か、無視かの意思確認。
ちなみにノーマルアラクネもアラクネの例にもれず、全員女性だった。
……本気で男手が欲しいなあ。
対等に、気兼ねなく話し合える間柄が欲しい。
クライルヴァードは「対等」だが、「気兼ねなく」が少々怪しくなってきているので。
そう思うくらいには、近頃は頻繁に女性型に変身している。
TS趣味はないのだがな。




