第53話:有翼族 その2
屋敷の中。
「申し訳ございませんでした」
有翼族の娘たちはリーダーも含めて一斉に土下座をしていた。
ちなみに衣装は替えてある。
理由は彼女たちの名誉のために言わない。
一応謝る前に風呂にも入ってもらった。
「攻め込むのはいいが、ちっと蛮勇だったかな」
俺は腕組みをしながら言う。
「ちょっと様子を見ればただの村ではないことは分かったろうに」
「それは……」
「リーダーが暴走してましたんで」
「マリン! あなたは黙って!」
「いいえ、この際だから全部を吐露してしまいましょう。シュリン様は父上様に認められるべく、いろんな村を征服しておりました。いくつか勝利を収めて、広い村があったから様子を見ましょう、と言ったら、じゃあ、行きがけならぬ帰りがけの駄賃ね、攻めて落としてしまいましょう、って」
「黙りなさいってば!」
「私たちは少し様子を見ましょう、と言ったんですが、シュリン様はいきなり飛び出してしまって……止める暇もありませんでした」
「マリン!」
「ということは、この辺の村を落として調子に乗ってたから、その勢いのまんまこの村に来たってことか」
「そういうことになりますね」
「普段は様子を見るのか?」
「シュリン様もいつもは冷静沈着で、用心深くて、そんなに暴走する方ではないんですが……勝利を重ねると、重ねすぎると、調子に乗りやすいのが玉に瑕でありまして」
「お前らは強いのか?」
「強い……つもりではありましたが、今回ので完全に潰えました。まさか神龍までいるとは……」
「お前らは頭は良いのか?」
「そこは……自己判断に困りますねえ」
「文字は書けるか?」
「そこそこに」
「計算はできるか?」
「……何をお求めで?」
「字が書けて計算できる奴だな。この村はそんな人材を欲している。ついでに魔法や医療ができれば申し分ない。そんな人材はいるか?」
「魔法はそこそこ使えます。字と計算なら、できる方です。できないと村を征服しても管理できませんので」
「最後に訊きたい。お前ら、この村に棲む気はあるか?」
「え?」
「メシは用意する。給料はその三食のメシと、住居だ。広いのを用意する。カネは残念ながら流通してないので、用意はできん。今の連中以上に来れるなら、全員受け容れる。その条件で来てくれるなら、歓迎する」
「……」
「シュリン様、どうしましょう」
「私たちは何も言えない立場ですけど……」
「受け容れないと首を切るとか苦役を課すとか、そういったことでしょうか。ならば甘んじてその条件を受け容れますが」
「流石に首は切らんよ。逃げ帰るなら、逃げ帰るといい。そしてこの村の脅威を周りに伝えてもらえれば、それでいい。その上で移住を提案したい。全面的に歓迎するし奴隷にもしない。皆、対等な立場だ。暴力を振るう輩がいるなら、俺が掣肘する。とりあえず、メシは美味いぞ」
「……検討したい。ただ即答はできない、いえ、できません」
シュリンが口を開いた。
「ならそれでいい。帰るなら土産も持たすぞ」
「私たちは敗者ですが……」
「移住するなら、移住者として歓迎する。とりあえず、メシだな。腹が減った。お前さんたちも食べていくといい」
そう言うと、有翼族の分も含めて料理が運ばれてきた。
村人の腕もかなり上達した。
今や不味さで前世が恋しいということはない。
村人の腕もあるが、醤油味噌を作るスライムの存在も大きい。
シュリンたちの前にも料理が配られた。
怪訝な顔をする。
皿を持って、くんくん、と匂いを嗅ぐ。
「毒は入っていないぞ?」
「いえ、初めて見る料理でして……」
「料理の文化はないのか?」
「もうちょっと大雑把で、単純で、このように複雑な匂いがするわけではないですね」
「この肉は……ホーンラビット? え、ホーンラビット?! 高級肉じゃない!」
「こっちの肉は……ベアボア?! ご馳走ですよ、シュリン様!」
「黙って」
かあ、とシュリンの顔が赤くなった。
どうやら俺たちの食べている肉は、有翼族の中では珍しいらしい。
そんなもんか。
彼女たちは食器を渡されて、怖ず怖ずと料理をすくい、口に入れた。
その目がカッ、と見開いた。
シュリンが皿を置いた。
口に合わんか。
そう思っていたら。
「……美味ぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」
「何これ! 何これ!」
「塩だけじゃないよね! レロンゾ草とも風味が違うし、何と言うか、表現に困る複雑な味で、でも、美味しくないわけじゃなくて、いや、凄く美味しくて、えと、あの、その」
いきなり全員が皿を持ってがつがつがつ、と一気に口に流し込んだ。
「はあああああああああ!!!」
「美味しいいいいいいいいい!!!」
「何これええええええええ!!!」
「ふわあああああああああ!!!」
十者十様の形で嬉しさを隠していない。
惚れ惚れとした食欲だ。
そう言えば、ここに来た村人たちも同じ反応だった。
久々に新鮮な表現を見られて、俺も嬉しくなった。
デザートの果実にかぶり付くと、その表現はもっと顕著になった。
涙目でがつがつがつ、と食べている者がいる。
勿体ないのか、ちびちびちびと食べている者がいる。
「おかわりもあるぞ」と言ったら、その目が明らかに輝いた。
「おかわり!」「私も!」の声が飛び交った。
「あーーーー……至福。一生分の幸運を使い果たしたみたい」
シュリンが腹をさすって、惘然としていた。
俺の前だというのに、膝を崩して、だらしなく座って、恍惚の表情を浮かべている。
それをじっと見つめていると。
はっ、と気が付いたように、いきなり正座になって、そのまま上半身を土下座の形に降ろした。
「つくづく失礼をば申し訳ございません。このシュリン、村長様におかれましては、お詫びのしようもございません」
口上を述べた。
それを聞いて、同じくだらしなく座っていた他の連中が、慌ててシュリンと同じ体勢になった。
「苦役でも罰でも何でもお受けします。ただ、父への罰はご勘弁いただけると幸いです。父は関係なく、総て私の判断です。深く深くお詫び申し上げるとともに、村人様へのご失礼をば、ご寛恕いただければ幸いと存じ上げます」
すらすらすらと敬語が出てきた。
少なくとも頭は悪くないことがはっきりした。
「ご寛恕も何も、最初から怒っていないさ。でだ、移住の話なんだが……」
「そう! 移住! 移住ですよね! その話、まだ潰えてないですよね!」
上半身を起こし、俺に迫る形で、シュリンがこっちに顔を向けてきた。
あまりの昂奮ぶりと近さに、そのままキスをするのではないかと思うくらいの勢いだ。
「ああ、今の10人でもいいし、連れてこられるならその倍でもいい。20人くらいなら俺の一存で受けられる。100人は……ちょっと村を拡げないといけないから、ちょっと待ってほしい。どのくらい来れる?」
「20人なら私の一存で! 今の集落が20人ちょっとなので、全員連れてこられます!」
「村を放棄するつもりか?」
「はい! この村にお世話になるのであれば、総て放棄します!」
「支配下に入れたという村は?」
「それらも総て放棄します! 他の村に預けて、私の代わりに統治してもらいます!」
「男はいるのか?」
「いますが、私の村は女性ばかりでして、ご希望であれば、他の村からも募って、連れてくることは可能です。ただ……」
「ただ?」
「男性は男性陣がなかなか手放さず、数も少ないので男性を半分、という形になると、難しいかもしれません。女性ばかりなら、村を引き払うだけなので、私の一存でもどうにかなるのですが……」
「種族の男女比は?」
「だいたい1:10ですね。そして、男性は皆女性を支配下に置きます。女性陣は精鋭が、特別に村を別に構成することを赦されます。私の村は、そんな村でした」
「この森は女性ばっかりの森なのかな」
「だいたいそうだと聞いておりますね。ハイエルフはもうちょっと数が多いらしいですが、ハイドワーフは私たちと似たり寄ったりの構成のようですね」
「そうか……女性ばっかりか……」
俺は大きくため息をつく。
「何か、不都合でも?」
シュリンが不思議そうな面持ちで俺を見つめる。
「いや、俺の負担は全然軽くならんなあ、ぐらいの感じで、気にしないでいい。男はそのうち来るだろうし、その場合でも嫁候補が多いなら、その時に困らんのなら、それでいい」
「はあ……」
あんまりピンとは来ていないようだ。
俺も詳しいことを言ってないので当たり前なのだが、「女性が多すぎて夜の生活が大変!」なんてことを、まさか初対面の女性に言うわけにもいかない。
彼女たちが夜に来るわけでもなし。
言っておくがフラグじゃないぞ?
一方で人が欲しいのはまごうかたなき事実だ。
具体的にはエリシアをサポートできる、代替できる人材が欲しい。
また、今後増えるであろう作物や生産物を管理できる部門が欲しい。
その点において、目の前の有翼族はうってつけの人材だ。
女性が増えても人材が揃うのを取るか、あるいは時間がかかってもいいから男性陣を地道に待つか。
二択のように見えて、実は二択ではない。
「男を待つだけ待っておいて、人材はとりあえず目の前にいる女性陣でまかなう」というのも、立派な統治戦術だ。
この世に女性しかいないわけでもなし、俺が出逢ってるのが女性ばっかりの種族なだけで、「外」に出れば男女比は普通に1:1の可能性も高いし、逆のケースも多いだろうし、ただ、選択肢として「人を使い潰す」ことだけはやりたくない。
これは俺の前世の反省でもある。
そうなれば、することは決まっている。
「よし、お前さんらの移住を赦そう。20人ちょいなら、全員来るのも許可する。ただ、建屋は数日間待ってほしい。その間は倉庫なり何なりを改造して生活してくれ」
「ありがとうございます! 心より感謝いたします!」
「スケジュールは大丈夫か?」
「私に関しては1か月ほどいただければ」
「たった1か月で大丈夫か?」
「父や他の勢力に押しつけるだけですし、統治を放棄すれば元の鞘に戻るだけですので」
「そうか」
無責任だな、と言いかけたが、元から自立しているところを管理しているだけなら、そんなに責めることでもないだろう。
そもそも俺も無責任と言う意味では同じようなもんだし。
皆の大変さを放置して、勝手に住民を受け容れるところとか。
「とりあえず、仮のリーダーを決めてほしい。お前さんたちが村を引き払って周りに押しつけ……譲渡するまで、この村に滞在する有翼族をまとめておくリーダーをだ」
「それでしたら、このマリンにお委せを」
「謹んで拝命いたします」
「あと、分担するために人数を何人か連れていきますが、よろしいですね」
「それはいいが、そもそも俺とお前さんの一存で全員棲むことになってるが、いいのか?」
「リーダーの命令であれば」
「我々は不服を申し上げる立場にございませんので」
「敗北しましたので、麾下に入るのは当然です」
「苦役を謹んでお受けいたします」
「素直に食事が美味しいのが嬉しい、って言いなさいよ」
「うるさい、バーカ! あ、失礼いたしました。私としましたことが、ほほほ」
否はないようだ。
ありがたいことである。
また女性が増えることになるが、管理要員が増えるのはありがたい。
今までは戦闘要員や体力仕事ばかりだったからな。
村人に上下はつけたくないが、いずれ村の差配の一部を委せたい。
委せなくてもエリシアやクラッヘたちの負担が小さくなればいい。
それにしても人型が女性ばかりだなあ。
シャドウウルフや大蜘蛛にオスはいるのだが、喋れないので悩みが共有できない。
また、アントケンタウロスのように、せっかく男が来ても喋れない、人型と程遠い形態というのもある。
アントケンタウロスの男性陣も夜は苦労しているようだし。
その扱いに若干の欲求不満を覚えている者が俺の家にやってきている。
俺も嫌いではない、というより、村人なら差を付けたくない、という理由から一部を引き受けているが、何のかんの言っても何とかなってしまっているのが、夜の生活に拍車をかけているような気がする。
『巨人』の体質がこの場合は恨めしい。
一方で『巨人』でなかったら早々に潰れていたわけで、その辺は痛し痒しだ。
ちなみにこの数日の間に、俺たちの管理下にあったハイドワーフの村人たちが次々と訪問してきて、有翼族が来たという報告を受けた。
攻め落とされた、というわけではなく、一方的に上空から勝利宣言、支配宣言を受けて、それをどうしようか、すでに管理を受けている村があるんだ、と返事しようと思ったら、あっという間に飛んでいって「何なんだ?」とぽかんとしたというのが実情のようだ。
管理を受けている村々にもそういうのがあるんだろうなあ。
残っている有翼族に聞いたら、村長の負担が小さくなるから喜ばれてるとか、村の中でいさかいがある時にその仲介をするので、少なからず歓迎されているケースはあるようだ。
大半は単なる迷惑なのかもしれないが。
とりあえず新しい種族がまた増えた。




